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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第3章 天の階
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勇者の誓い――かつての憧れは揺るがぬ意志となりて

 意識が現実へと引き戻され、アレスはふいに顔を上げた。

 そこは何も変わらぬ神殿の奥に向かう道中。だが、石床を踏む音は遠く霞み、目に映る柱も薄膜を隔てたように輪郭が曖昧だった。

 思い起こされる仲間との出会いの記憶。時に断片的に、時に連続的に記憶が鮮明に浮かび上がる。

 奇妙さはあっても不快さはない。何か大きな力に背中を押されているような温もりすら感じた。

 そして――


――――


『やめておけ』

 低く響いた声に、アレスは反射的に振り返った。

 そこには人影のようでいて輪郭を持たぬ存在――闇の中に揺らめく影が立っていた。

 冷たい風が神殿の奥から吹き抜け、衣の裾を揺らす。

『神剣バアル』

 その名が告げられた瞬間、アレスは自分の手が台座に突き刺さった剣の柄へと伸びていたことに気づく。

 同時に、過去の記憶が鮮烈に蘇った。

 ――これはかつて仲間とともに挑んだ『封雷の塔』。その奥で伝説の武器に触れた、あの瞬間の記憶のことだと。

『それは古の転生者が鍛え上げ、担い手に雷神のごとき力を与えるという最強の一振り。そして何より――』

 影の声は重々しく、石壁に反響して広がる。

『かつて世界を救った勇者の剣』

 その言葉は、積み重ねられた歴史の重みそのものを宿した響きだった。

 そこには英雄譚で謳われるような輝かしさはなく、剣を取る意味をただ刻み付けるように影は言う。

『それは『象徴』だ。人類の希望の』

 アレスは視線を落とす。剣は淡い雷光を帯び、まるで呼応するかのように微かな振動を伝えた。

『抜けばもう後には戻れない。世界の希望を一身に受け、最前線で戦わなくてはならない。逃げることは許されない。それすなわち、絶望の始まりとなるからだ。わかるか、その剣を抜くということは――あまりにも重すぎる宿命を背負うということなのだ』

 影は最後の言葉を突きつける。

『問おう。それでもお前はこの剣を抜くというのか』

 世界の命運を受け止める覚悟を問う声。沈黙が落ち、空気が張り詰める。

 一拍の間を置き、アレスは影をまっすぐ見据えて答えた。

『ああ』

 迷いのない答え。虚勢ではなく、揺るぎない決意を宿した声だった。

 そして、静かに言葉を紡ぐ。

『俺は――物語の勇者に憧れた。未知の世界へと旅立ち、初めての景色に胸を躍らせる冒険に憧れた。新しい仲間と出会い、何気ない会話で笑い合う、そんな日常に憧れた。どんな強敵にもひるまず立ち向かい、救った人々を笑顔に変える英雄の姿に――憧れたんだ』

『憧れか』

 影は低く呟く。

『世界の命運を負う覚悟を、借り物のような感情で決めるというのか』

 『いや』とアレスは首を横に振った。

『きっかけは確かに憧れだった。でも――』

 アレスは静かに、だが、確固たる意志をもって言う。

『この思いは本物だ』

 アレスの意志に呼応するように、神剣が強く光り輝く。

『旅も、冒険も、仲間との日々もすべてそうだ。ただ物語の軌跡をなぞっただけのものじゃない。本物だ。俺たちだけの、俺たちにしかできない、かけがえのない冒険だった』

 目を瞑ると、過去の景色が次々と浮かぶ。

 何もかもが初めてで、不格好だった冒険。

 苦労して手に入れた宝物。旅先でのアクシデント。強敵との遭遇。

 助けた人々の感謝の声、向けられた笑顔。

 ――――ああ。

 アレスは内心呟く。

 思い出すのは彼の後ろ姿。魔物の侵攻に苦しむ町で、人々を守るため、一人陰ながら黙々と動く男の姿。誰の感謝も受けず、秘かに安堵の息を吐いた彼の表情を。

 ――そんな君だからこそ俺は――

 光はさらに強まり、雷鳴のような振動が地面を揺るがす。

『世界を救いたいのはもう憧れなんかじゃない』

 その言葉に応えるかのように、天井の奥から稲光が走り、周囲が白銀の輝きに包まれる。

『俺の、いや俺たちの――意志だ!』

 アレスは剣に手をかけ、渾身の力で引き抜いた。

 迸る雷光とともに神剣が姿を現す。かつて世界を救った伝説の剣は担い手の意志を映すかのように、澄み渡る青を刀身に宿していた。天にかざすと、紫電が弾け散り、銀の輝きが空を裂くように走り渡った。

 白銀の光に呑まれるように、影が声もなく掻き消えた。表情はなかったが、その消え際には、どこか満足げな余韻が漂っていた。


――――

 

 そして、視界が一気に開ける。

 そこに広がっていたのは、神殿の内部とは到底思えぬ、果てしなき荒廃の大地だった。

 風に削られ、原型すら忘れ去られた神殿の残骸が、朽ちた骨のように大地へ突き刺さっている。

 頭上には吸い込まれるほど深い闇夜が広がり、無数の星々が昼のような明るさで瞬き、空間そのものを照らし出していた。

 青白い光の粒が風に乗って漂い、世界を幻想の絵画のように染め上げる。

『来たか』

 眠りを誘うほど穏やかな声が、空間の奥底から響き渡る。

 その声の主を探して視線を向けた瞬間、アレスたちは息をのんだ。

 はるか先の壇上――

 そこに横たわるのは、山脈すら小さく思えるほど巨大な白き竜だった。

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