天の階、揺らぐ記憶の回廊
そうして歩みを重ねることしばし――やがて視界の果てに、威容を誇る建造物が姿を現す。
それは、白銀の石を幾重にも積み上げて築かれた神殿。
あまりにも巨大で、その全貌は人の目に収まりきらず、ただ存在するだけで来訪者を圧倒する。
石肌に刻まれた風化の痕は、幾世代を超えて積み重ねられた歳月を静かに物語っていた。
正面には、来訪者を睨み据える竜のレリーフ。その眼差しは、訪れる者を試すかのように鋭く、ただの彫刻とは思えぬ威厳を放っていた。
目を輝かせるアレスを、ヒースが肘で軽く小突いた。
「どうぞ、中へ」
ミレーゼが静かに促し、巨大な柱の間を抜け神殿の奥へと導く。
古びた扉に手をかけ、一歩を踏み入れた瞬間――澄み切った空気が、突如として異質な圧力を孕んだものへと変貌する。
目に見えぬはずの空間が、重く、歪んだ膜のように彼らを包み込む。
未知の緊張にアレスたちは思わず身構えるが――その緊張は、剣を構えるべき敵の気配ではない。
かつて感じたことのない空気に、どこへ警戒を向ければよいのかすら掴めず、ただ戸惑いが胸を満たしていく。
「ここは……?」
イリスの問いに、ミレーゼが低く答える。
「この場こそが――天の階です」
アレスたちは息を呑む。
「ここが? だけど……竜王はどこにも……?」
アレスの疑念に、ミレーゼは静かに告げる。
「ここはまだ入り口ですので。かのお方は、この奥です」
納得の色を浮かべる一行に、ミレーゼはさらに言葉を重ねる。
「長き時を超えて生きる偉大なる竜王スキア様は、この世の理を超えた力をお持ちです。その力はあまりに巨大で、生身のまま現れればそれだけで世界そのものに影響を与えてしまいます。ゆえに、この神殿の奥深くにて、その力を封じているのです」
ミレーゼが壁へと手をかざす。
すると、不可思議な力がその場所から波紋のように広がる。同時に、閉ざされて石壁は重々しい響きを伴って裂け、その奥から道が現れた。
その瞬間――
魔力でも聖気でもない、アレスにとって未知の力の奔流が、嵐のように吹きつける。
思わず顔を庇うアレスたち。その圧力の中で、ミレーゼの声が響いた。
「しかし、それでもなお、力を完全に抑えることはできません。――気を付けてください。この先は異界。時空のはざまのごとき場所です。人であるあなた方は、気を抜けば――己を見失うでしょう。私から離れず、しっかりとついてきてください」
ミレーゼの導きに従い、アレスたちは神殿の奥へと足を進めていった。
進めば進むほど、神殿は朽ち果てていく。壁は剥がれ落ち、石の床は裂け、亀裂の隙間から冷たい風が吹き抜ける。荒廃の気配が濃くなるほどに、彼らの歩みは重く、言葉は失われていった。
行く先は薄闇に沈み、どこまでも続くかのように果てしなく伸びている。歩を進めるごとに、異質な気配が強まり、空気そのものが歪んでいく。
やがて平衡感覚が失われる。足が地を踏んでいるのか、それとも宙に浮いているのか――自分が前へ進んでいるのかさえ曖昧になっていく。
意識は知らず不確かに揺らぎ、境界が崩れていく。
――そして。
『おい、アレス。この村を出るというのは本当か⁈』
村長の声が、遠い記憶の底から響いた。
『いや、そんな大袈裟なことじゃないよ。ちょっと町へ出稼ぎに行くだけさ』
軽く笑って答えるアレス。だが村長は眉をひそめ、なお問い詰める。
『しかし、しばらく帰るつもりはないということはどういうことだ』
『まあ、そのままの意味かな』
笑みを浮かべながらも、ふと真剣な眼差しを宿す。
『本当のことを言うと――この世界の果てまで冒険したいんだ』
本格的な旅立ちの前日――魔物が活性化し、村が不安に包まれていた時期。村長の顔は曇り、『この危険な時になんでそんなことを……』とアレスの無謀を止めようとする。
だがアレスは肩をすくめ、あっけらかんと笑った。
『関係ないよ。だって、そう思っちゃったんだからさ』
――次の瞬間、意識が現実へと引き戻される。
「……今のは……?」
アレスの呟きに、仲間たちが振り返る。
「……過去が、見えた。一瞬だったが……」
困惑を隠せぬ声でヒースが言う。
「私もです。あれはいったい……?」
アリシアが眉を寄せ、ミレーゼへと視線を向ける。
ミレーゼは静かに答えた。
「ここは時空のはざまのような異界です。人の身であるあなた方は、竜王様の力の流れの中で、記憶が無意識に呼び起こされたのでしょう」
不思議そうに首を傾げるイリスへ、アレスが問いかける。
「イリスはなんともないのか……?」
「……はい。どうやら精霊である私はそういった作用が働きにくい……のかもしれません」
ヒースがぼやくように尋ねる。
「どうにかできないのか?正直、気持ち悪いんだが」
「すみません……この力には私も干渉できません。ミレーゼ様なら……」
イリスが視線を送ると、ミレーゼは静かに首を振った。
「そうか……。いや、なら仕方ないな」
ヒースが諦めたように頭を掻いた。




