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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第3章 天の階
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竜王の住まう地――天空の園

 精霊界に、まばゆき光が舞い降りた。

 天より降り注ぐその光は、静かに大地へと触れ、やがて複雑な紋を描きながら魔法陣を形成する。

 ミレーゼがそっと手をかざし、魔力を込めると――魔法陣が光を放ち、眩い光の柱が天を突くように立ち昇った。

「さあ、触れてください」

 促されるまま、アレスたちは戸惑いながらも柱へと手を伸ばす。

 次の瞬間、彼らの身体は光に包まれ、吸い込まれるように天へと舞い上がった。

 光の柱の中で風も重力も感じない、ただひたすらに昇る感覚。

「こ、これ一体どうなっているんですか⁉飛んでる⁉落ちたりしませんよね⁉大丈夫ですか⁉」

 アリシアの声が、光の中で跳ねる。

「落ち着け……と言っても無理か。俺も色々経験してきたが、これはさすがに驚いたな」

「この感覚……覚えがあります。絶望の淵から一転、博打に勝ち、流れが来始めたあの高揚に……」

 タリクが呟くように言うと、ヒースが軽く跳ねて彼の頭を叩いた。

 笑いが起こり、緊張がほぐれる。アレスも思わず苦笑した。

 ミレーゼが生真面目な顔で言った。

「私たち竜の使いは、この導きの柱で地上と天空のてんくうのそのを行き来します。竜王がいらっしゃる天のてんのきざはしはそこからさらに先にあります」

 そのとき、イリスが不安げに口を開いた。

「あの……本当に、私も同行してよろしかったのでしょうか?」

 ミレーゼは静かに頷いた。

「無論です。精霊王であるあなたを拒む理由はありません。勇者と共に戦うのであれば、なおさらです」

「……でしたら、いいのですが」

 イリスはまだ不安げに視線を伏せる。そんな彼女に、アレスが朗らかに笑いかけた。

「何言ってるんだよ、イリス。俺たちは仲間だ。一緒なのは当然だろ?」

「そうだそうだ。精霊王なんだろ?だったら、もっと堂々としてりゃいいんだよ」

 ヒースが言って、アリシアも勢いよく頷いた。

「そうですよ!っていうか、普通に話してますけど、本来なら私たちよりずっと偉い立場ですよね……。大丈夫でしょうか?」

 タリクが笑いながら言う。

「まあ、私やアリシアは問題ないでしょう。アレスとヒースあたりは……少々怪しいですが」

「俺か?」アレスが目を丸くする。

「ヒースはともかく、俺は――」

「ともかくってなんだよ。お前のため口がそうだって言ってんだよ」

 ヒースが眉をひそめ、言い返すと、アリシアが「それ、ヒースさんがいいますか」とくすっと笑った。

 イリスも思わず笑みをこぼした。

「いえいえ。私は精霊王になったばかりの若輩者で……。ですが、そうですね。ありがとうございます!頑張ります!」

 イリスの笑顔に、皆の表情もほころんだ。

 ふと、ヒースが下方を見やる。

「……地上が見えるな」

 遥か下、世界は縮んで見えた。家々は点のように散り、ただ一角だけが闇の霧に沈んでいる。

「あそこが……グランナレフ城、ですね」

 闇の霧に覆われた一帯を見つめながら、アリシアが静かに呟いた。

 霧は濃く、底知れぬ穴のように何も見通せない。

 その闇の中から、アンデッドの群れが溢れ出る。よろめき、あるいは獣のように跳ねながら醜悪な姿を晒した不死者の軍勢。それらが生者の暮らす人の町へ、城へと殺到していく。

 押し寄せる群れは黒い津波のようで、城壁にぶつかっては砕け、しかし砕けた端からまた新たな影が這い出してくる。

 城壁の周囲では、何度も魔法の閃光が激しく弾けた。青白い光が闇を裂き、炎がアンデッドを焼き払う。

 だが、焼け焦げた骸の向こうから、なおも無数の影が湧き続ける。

 終わりの見えない地獄のような戦い。戦う兵士たちの惨状を思い、仲間たちは、無言のまま拳を握りしめた。

 ミレーゼが口を開く。

「ここだけではありません。各地でも同様にアンデッドが大量発生しています。魔王が滅んでから、大人しかった魔物までもが狂暴化し、町や村を見境なく襲っています」

「……被害は?」

 アレスの問いに、ミレーゼが答える。

「……これだけの規模です。守りの薄い村はほとんど……壊滅状態です。城付近にいる人々は、何とか城内に逃げ込んで、耐えているようですがしかし――」

 イリスが言葉を継ぐ。

「転生者――グレイブが動けば、今の均衡も崩れる」

「……その通りです」

 ぐっと唇を噛むアレスにヒースが「おい、アレス」と声をかける。

「気持ちは分るが、抑えろよ。助けに行きたいのは山々だが、もっと大事なことがある。わかるだろう」

「……ああ、分かっているさ。今は……みんなを信じよう」

 アレスの言葉に、仲間たちも頷きを返す。

「奴に動きがないことが幸いしたな。ただ、ここまで派手に動きながら、アンデッド任せというのも不自然だ。何か意図があるのか……」

 ヒースの声が、静かに落ちる。

「どう思う?」

 誰もすぐには答えられなかった。

 沈黙が広がり、やがてヒースが口を開いた。

「奴は確かこう言った。『周囲一帯の人々を皆殺しにして、この国そのものを滅ぼす。跡形もない荒野に変えた後、少しばかり感傷に浸って終わりだ』と。――言葉通り受け止めるなら、今まさに奴はその感傷に浸っているのだろうな」

「そう簡単な話ではないでしょう。まだ口にしていない何かがあるように私は感じました」

 タリクの言葉に、アレスが小さく頷いた。

「正直、実は全部嘘だった、と信じたい。戻ってみれば、ただの悪い夢だった、てね」

「……ですね。それが一番です」

 空気が沈みかけたのを感じて、アレスは気まずそうに頭をかいた。

「悪い。元も子もないことを言ったな」

 そして、顔を上げて言葉を続ける。

「――今はグレイブともう一度会って、話を聞いてみよう。彼の真意を」

 「ええ」と、タリクが穏やかに返す。

「それが一番確かな道です」

 ヒースが肩をすくめて、皮肉っぽく笑った。

「まあ、長い間転生者であることを隠していた奴だ。聞いたところで、本当のことを言うかどうか……。いや、それでもここで変に気にするよりはるかにましだな」

 その言葉に、アリシアがふいに顔を上げる。それから考え込むようにうつむいた。唇が何かを言いかけて、そして閉じる。

 タリクが気づいて声をかける。

「アリシア?」

 その瞬間――景色が切り替わった。

 まばゆい光が視界を満たし、やがて静かに晴れていく。

 そして、目の前に広がった光景に、アレスたちは言葉を失い、ただ息を呑んだ。

 天高く広がる、澄み切った青空。

 吸い込むだけで心が洗われるような、清らかな空気が胸の奥まで満ちていく。

 吹き抜ける風が草原を撫で、緑の波がさざめきながら揺れる。

 緩やかな断崖の先を見れば、白銀の雲海が果てしなく広がっていた。陽光を受けて淡く輝くその景色は、この世のものとは思えない美しさだった。

 雲とともに漂う浮遊島が、空中に点在している。その島々には、竜を模した石像が静かに佇み、光を湛えた泉がきらめいていた。

 その美しさにただ立ち尽くすアレスたち。ミレーゼが静かに告げる。

「到着しました。ここが竜王の住まう地――天空のてんくうのそのです」



 さわやかな風が頬を撫で、アレスたちはミレーゼに導かれるまま、静かに石畳の道を進んでいた。

 風のざわめきと草原のさやめき以外、音ひとつない世界。

 空には浮島が漂い、手を伸ばせば届きそうなほど近くに雲が流れている。

 アレスたちは足を止めることなく歩きながらも、視線をあちこちに彷徨わせていた。誰もがこの異界の神秘的な美しさに心を奪われていた。

「すごく……きれいです……!」

 アリシアが感嘆の息を漏らす。

「以前古い文献に空島の記述を見たことはありましたが……。まさか本当に目にすることができるとは……!」

 タリクは感慨深げに呟いた。

「誰も足を踏み入れたことのない伝説の地……禁足地ネバーランドだったか?俺もそれ以上は知らないが……しかし、どうやった原理で浮かんでいるんだか。……落ちたりしないだろうな?」

 ヒースは眉間に皺を寄せ、声を漏らす。

 イリスは思索を巡らせながら静かに答える。

「……安定した浮遊の力が働いているから大丈夫でしょう。しかし、魔法でも神術でもない……。この力は、いったい……?」

 そのとき――ふとアリシアの視界に映ったのは、立ち止まり、言葉もなく空を仰ぐアレスの姿だった。

「アレスさん?」

「アレス?」

 仲間たちの声も届かぬほど、彼は目の前の景色に心を奪われていた。心配そうに近づく仲間たちをよそに、しばしの沈黙の後、アレスは息を漏らす。

「……すごいな。空が――こんなにも近くて、果てしなく広い……!」

 その瞳には静かな輝きが宿り、胸の奥から湧き上がる昂ぶりが隠しきれない。

「知らなかった……こんな世界があるなんて……!」

 一瞬の静寂。やがてヒースが吹き出した。

「何がおかしいんだよ!」

 抗議するアレスに、笑いを収めたヒースが懐かしげに言う。

「いやな、少し昔を思い出したんだ。魔王討伐も何もなかったころのお前は、いつもそんな感じだった」

 タリクも笑みを浮かべる。

「確かに。新しい場所に行くたびに目を輝かせていましたね。見たことない物があればすぐに、自分の世界に入り込んでしまって……。魔物と戦闘の最中ですら関係なかったですからね」

 ヒースが何度も頷いた。

「そうそう。特にボス部屋だ。奴らのいるダンジョンや神殿の奥深くは意匠が凝っていることが多いからな。あれには参ったもんだ」

 イリスが納得したように頷く。

「……そう言われてみれば私もいくつか心あたりがあります。あれはそういうことだったんですか」

 アリシアは思い出し笑いをこらえきれず、くすくすと声を漏らす。

「宝物や宝石には興味ないのに、変な話ですよね。敵と戦いながら『この壁画、どうやって描いたんだろう』ってずっと見上げていたときは、本当にやきもきしました」

「それな!『今どうでもいいだろ!』って全力でキレそうになったぜ」

 ヒースが大笑する。

「……悪かったよ。でも、俺だって時と場合くらいは選んでいたさ」

「嘘つけ。ほとんど選べてなったぞ」

 アレスを除く皆が笑い合う。

「まあ、お前らしくていいさ。魔王討伐前からずっと深刻な状況ばかりだったからな。かえって安心したよ」

 笑いを抑えながらヒースが言うと、アレスは目を伏せる。

「……こんな時なのにな」

「いいじゃないですか」

 タリクが穏やかに返す。その瞳は問いかけるようなアレスの視線を受け止め、柔らかな微笑みを浮かべていた。

「今、確かに世界は危機的状況です。でも、美しいものを美しいと思う人の心まで忘れることはないでしょう」

 アリシアも空の世界に視線を送り、頷いた。

「大事な思い出にしたいですね」

 アレスは「そうだな」と少し嬉しそうに言った。その言葉は風に溶け、アレスは目に焼き付けるように空を見上げ続けた。

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