闇の使徒との戦い
ユーゲルの魔力が急速に膨れ上がり、漏れ出た闇の力が空気を濁らせる。
魔法を練り上げる暇など与えまいと、アレスとヒースが剣を抜き、疾風のごとく突撃する。
「はああああああああああああああっ‼」
二人の斬撃が、ほぼ同時にユーゲルへと届こうとしたその刹那――
ユーゲルはにやりと嗤い、魔法を行使した。
『召喚・中位死霊・血穢騎士!』
杖から闇が奔流のように広がり、赤黒く汚れた鎧を纏う騎士が現れる。
その姿は死と穢れの象徴。赤く錆びた盾がヒースの剣をがっちりと受け止め、続いて、左手の巨大なフランベルジェがアレスの剣を迎え撃つ。
金属が軋み、火花が散る。
拮抗は一瞬。ブラッドナイトが濁った咆哮を上げ、二人の攻撃を力任せに弾き返す。
のけぞるアレス――その隙を見逃さず、兜の隙間から覗くブラッドナイトの眼が妖しく光る。
『オオオオオオオオオオォッ‼』
再び雄叫びを上げたブラッドナイトが、アレスに向けて、巨大な剣をすさまじい勢いで振り下ろす――まさに致命の一撃。
だが、ブラッドナイトの健闘もそこまでだった。
ヒースの神速の一閃が、闇を裂くように足を切り落とし、続く二撃目で、体勢を崩したブラッドナイトの首を鮮やかに跳ね飛ばす。
それで終わりだった。ブラッドナイトは崩れ落ち、闇に溶けるように消えた。
間髪入れず、距離を取っていたユーゲルを追って、アレスが再び駆け出す。
しかし、ユーゲルも予想済みだったのか微塵の動揺も見せず再び術を紡ぐ。
『召喚・上位死霊・奈落の屍竜!』
地面が震え、ユーゲルの足元から禍々しい瘴気が噴き上がる。
「くっ……!」
前衛のアレスたちは足を止め、咄嗟に顔を覆う。瘴気の乗った凄まじい風圧が彼らを押し返し、アレスとヒースは一時的な後退を余儀なくされた。
直後、黒い雷が空間を裂くように幾度も弾ける。瘴気は渦を巻き、膨れ上がり、そして天を貫くような巨大な雷鳴が轟く。
やがて、瘴気の中心から影が浮かび上がる。
低く、地の底から響くような唸り声とともに、ゆっくりとその姿が露となった。
それは――巨大なドラゴン。
だが、その体は骨と腐肉がむき出しで、見る者の理性を狂わすほどの異形。腐臭が瘴気とともに漂い、空気そのものが死に染まる。
それは死の化身、奈落より這い出た屍竜。怨念に染まった紅の瞳が、眼下のアレスたちを見下ろす。
そして、咆哮――
大地が震え、空が軋むほどの咆哮が、周囲を呑み込む。
しかし、その竜の咆哮を受けてなお、アレスたちは剣を構え、微塵も怯まない。
屍竜が苛立ったように唸り声をあげて、顎を大きく開く。
――『竜の息吹』。
その巨大な口から禍々しい瘴気を纏った黒炎を吐き出す。
その炎は生気を奪い大地を瞬く間に朽ち果てさせる――死そのもののブレス。
それがアレスたちを襲う。
「精霊王の聖域!」
イリスの声が響き、瞬間、聖なる光が一帯を包み込む。
その光は穢れを拒み、死の炎を一瞬にして浄化させた。浄化された黒炎は、色を失いやがて光の中で音もなく消えていく。
そして、聖域の輝きは屍竜の身にも及び、アンデッドに堕ちた肉体を淡く焼く。竜が苦悶の唸りを漏らし、巨体がよろめく。
生じた大きな隙――すかさず、タリクが神術を紡ぐ。
「光の封牢‼」
「炎神の鉄槌‼」
天より降り注ぐ光の柱が幾重にも現れ、屍竜の動きを封じる。
続いてアリシアが詠唱を終え、天空から巨大な炎の業火が降り注ぐ。それは太陽のごとく真紅に燃え上がり、屍竜を丸ごと呑み込むほど巨大だった。
屍竜が炎を見上げる――だが、逃れる術はない。
そして、直撃。
『――■■■■■■■■■■‼』
咆哮とも悲鳴ともつかぬその声が、天を裂いた。
轟音とともにすべてを焼き尽くす炎がその巨体を一瞬で包み、瞬く間に燃え上がる。炎から浮かび上がる影が、苦しみを訴えるようにもがいた。
しかし――
『ふふふ、ははは、ははははははは‼』
業火の中から響く、ユーゲルの狂気に満ちた笑い声。
同時に、闇の波動が奔り、光の檻も激しい灼熱の炎も、一瞬にしてかき消された。
現れた空白の時間。そこに疾風のごとく走る影が一人。
「――っ‼」
静寂を裂くように、アレスが走る。狙うは、屍竜の足元に佇むユーゲル――その本体。
『甘い‼』
ユーゲルが杖を振り上げると同時に、死角から竜の尾が閃き、アレスを薙ぎ払う。
「ぐっ……‼」
とっさに剣で受け止めるも、衝撃は凄まじく、後方へ吹き飛ばされる。
空中で身を捻り、態勢を立て直すアレス。その瞳は、次の隙を逃すまいと、鋭く光る。
代わって、ヒースが前へと飛び出す。
その瞬間、ユーゲルが杖の石突を地に打ち鳴らし、低く魔法を唱え始めた――。
『煉獄の嵐!』
黒い炎が地を這い、渦を巻いて天へと昇る。だが、ヒースは怯まない。手にした二刀が風を裂き、炎の嵐を切り裂いた。
「断風‼」
竜巻が両断され、黒炎は消滅する。まるで障害などなかったかのように、ヒースは前を走り続けた。
だが、ユーゲルの口元には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「……⁈」
違和感が警鐘を鳴らす。しかし、その時にはもう遅かった。
黒く汚れた大地が、いたるところから赤く脈打つように発光する。
それは――竜巻を迷彩として、しかけた邪悪な死霊の罠。
「しまっ――」
『爆ぜろ――闇の爆発』
闇の爆炎が地を裂き、ヒースを襲う。精霊王の加護によって致命傷は免れたものの、しかし、爆風に呑まれた身体は少なからぬ傷を負い、吹き飛ばされて宙を舞う。
だが、それは終わりではなかった。
ユーゲルが確信の笑みとともに、杖を再び打ち鳴らす。
『一人目だ――!』
「なっ……!」
ヒースの意識の外から、突如として襲いかかる影。
空中では回避も防御も叶わない。
そして――
ヒースの身体を背中から大鎌が深々と貫いた。




