精霊王の怒り、狂信者ユーゲルとの開戦
精霊王イリスは静かに膝を屈め、トレントの灰を掬い上げた。
その灰は風に舞うことなく、彼女の掌の上で静かに留まり、まるで精霊の意志がまだそこに宿っているかのようだった。
イリスは目を閉じ、短く、しかし深い黙祷を捧げる。
やがて目を開き、灰をそっと大地へ還す。
その瞬間、彼女の瞳に宿るのは――静謐なる怒り。
氷のように冷たく、刃のように鋭く、魂の奥底から湧き上がる感情が、彼女の気配を一変させる。
その怒りは冷気となって顕現し、空気は震え、風は渦を巻き、空を裂く。
それはもはや一個の感情ではなく、大自然そのものが怒りを表したかのような、原初の力の奔流だった。
だが、イリスの怒りに晒されながらも、リッチーは口元を歪めて嗤う。
『ずいぶんと遅いお出ましだ、精霊王イリス』
その声は嘲笑に満ち、死者の冷気を帯びていた。
続けて、灰を見下ろすように言う。
『その灰は無礼なトレントのなれ果てよ。まったく、愚かな精霊だ。抵抗せずおとなしく従っていればこうならずに済んだものを』
その言葉が終わるより早く、風が唸りを上げる。
鋭利な風の刃がイリスの怒りを帯びてリッチーへと奔った。
だがリッチーも即座に闇の結界を展開し、黒い膜が風刃を弾く。
「黙りなさい!」
イリスの声は雷鳴のように響き、空気を震わせる。
『ははは。そう怒るな。我とて本意ではなかったのだ』
リッチーは肩をすくめるように言い、なおも余裕を崩さない。
その時、遠方から足音が近づき、アレスたちが戦場に到着する。
「何という邪悪な気配……!」
タリクが険しい表情で杖を握りしめる。
勇者たちの姿を認めたリッチーが歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
『おお!人間の勇者どもか……!』
両腕を大きく広げ、まるで舞台の幕が上がったかのように声を響かせる。
『よくぞ来た。のこのこと姿を現すとはおかげで手間が省けるというものだ。このまま逃げられてはどうしようかと案じていたのだが――ああ、我が王よ!私にこのような場を設けていただき、なんと感謝申し上げればよいか……!何たる栄誉!何という光栄の極み!』
恍惚とした様子で天を仰ぐリッチーに、ヒースが小さく毒づいた。
「奴の言う王ってのはグレイブのことか。もう王様気取りとは……あのリッチーといい、趣味の悪いことだ」
アレスが一歩前に出て、剣の切っ先をリッチーに向ける。
その眼差しは冷静でありながら、怒りの火を秘めていた。
「答えてくれ、君の王は俺たちに何と言った」
リッチーは口元を歪めて答えた。
『捕らえよ。生死は問わぬ、とのことだ』
「そうか……!」
アレスの声が低く響き、一瞬走った苦みを飲み込んで剣を構える。
仲間たちもそれに呼応し、戦闘態勢を整える。
「イリス。俺たちが前に出る。援護を頼む」
「はい、なんとしてもこのリッチーを滅ぼしましょう!」
イリスが頷き、冷気が再び場を満たす。
その気配に煽られるように、リッチーが高らかに叫んだ。
『なんと身の程知らぬ不遜な言葉よ!だが、それでこそ勇者!我が王が一目置かれる者どもよ!』
そして、声を張り上げる。
『我が名はユーゲル‼偉大なる死の王の忠実な配下であり、怠惰に生を貪る貴様らに滅びをもたらす者である‼』
その瞬間、空気が震え、死と風が交錯する。
戦いの幕が上がった。




