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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第2章 光の森、精霊界にて
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揺れる心、闇は迫る

 フェリリアが精霊たちの下へ向かったのを見送って、イリスはアレスたちの方へ向き直って言った。

「すみません。遅くなりましたが、今、傷を癒します」

 精霊王が祈ると淡い光が空気に溶けるように広がり、アレスたちの傷が静かに癒えていく。だが、心に刻まれた痛みは、光に触れてもなお残った。

「ありがとう、イリス。君がいなければ、俺たちは死んでいた」

 アレスの声には感謝と痛みが混じっていた。イリスはその言葉に目を伏せ、首を小さく振る。

「……私には、これくらいしかできませんでした。精霊王として……自分が情けないです」

「そんなことはありません。少なくとも私たちにはあの結界を破ることはできませんでした。だからどうか自分を責めないでください」

「ありがとうございます、アリシア」

 イリスはかすかに微笑んだが、その表情はすぐに翳りを帯びた。

「ですが……あの転生者――グレイブには、私の力は届きませんでした。彼は……私よりも遥かに高みにいる存在です」

「とても強力な闇魔法の使い手でした……」

 アリシアが呟き、ヒースが静かに頷いた。

「剣術も俺に匹敵するほどだった。あれほど容易く受け流されるとは……正直、予想外だった」

 ヒースは背中を大木に預け、腕を組みながら言葉を継ぐ。

「だが、奴が転生者なら話は別だ。あの異常な強さにも納得がいく」

「転生者、か……」

 アレスが苦しそうに顔を歪ませる。

「……まるで、悪い夢を見ているようです」

 アリシアが泉の方へ歩みながら、静かに言葉を続ける。

「魔王を倒して、ようやく平和が訪れたと思ったのに……あのグレイブさんが、国を滅ぼそうとするなんて」

 タリクが静かに頷いた。イリスが問う。

「私は彼について詳しくは知りませんが……皆さんの中で、何か思い当たることはなかったのですか?」

 タリクが目を伏せ、記憶を探るように言葉を紡ぐ。

「ええ、特には。ただ……あの時の言葉を思い返すと、魔王と何らかの因縁があったのかもしれません」

 ヒースは鼻を短く鳴らして言った。

「奴が死者を操る魔の手先ならば不思議ではないな。さしずめ仇討ちか八つ当たりといったところか」

 そして冷たく吐き捨てる。

「魔王が殺された腹いせに国を滅ぼすなんてな。ばかげている」

 「俺は……」と、アレスが口を開く。言葉は迷いながらも、確かな想いを帯びていた。

「……まだ、グレイブを信じたい」

「な……?」

 ヒースが目を見開く。

「信じる?何をだ。あれだけのことがあって信じられるものがどこに――」

「ヒース」

 タリクが静かに制し、アレスに問う。

「……どうしてそう思いましたか?」

「キーエルの町のことを覚えているか?」

 その名を聞いた瞬間、仲間たちの表情が変わった。記憶の奥底に沈んでいた光景が、静かに浮かび上がる。

 あの戦いは、数ある戦の中でも最も苛烈なものの一つだった。

 当時、キーエルの町は魔物によって支配されていた。

 町長は表向きには善良な顔を見せながら、裏では魔物の力を使って、反抗的な町民を密かに粛清していた。

 そんな中、アレスたちは町を訪れ、町の青年と協力して町の秘密を探り、ついに町長の正体を暴いた。

 正体を知られた町長は、怒り狂い茨の魔人へと変貌し、怒りに任せて魔物の大群を呼び寄せ、町を包囲した。

 人々は逃げ場を失い、町は滅びの淵に立たされていた。

 茨の魔人は強く、アレスたちは彼と戦うことで手一杯だった。魔物の大群から人々を守る余力はどこにもなかった。

 そのとき――

「グレイブが、結界を張って人々を守ったんだ」

 アレスの声が、過去をなぞるように続く。

 今となっては偶然か必然かわからない。だが、その町に訪れていたグレイブが、貴重な結界の魔道具を起動し、結界の中へ町の人々を避難させたのだ。

「グレイブがいたから、俺たちは魔人との戦いに集中できたんだ。でも、戦いが終わった後、グレイブは結界の中にいなかった。――結界の外、まだ魔物が暴れる町中で、彼はいた。傷だらけになりながら、たった一人、取り残された少年を守るために戦っていたんだ」

 そのときの光景が、アレスの脳裏に鮮やかに蘇る。

 アレスたちを見つけて微笑んだグレイブ。そして、崩れかけた建物の奥に手を伸ばし、震える少年を力強く引き寄せて肩を抱くグレイブの姿。

 そして――

『……よかった……!』

 あのときのグレイブの声。誰かを救えたことに、まるで自分が救われたかのように、心から安堵し、深い喜びが滲み出ていた。

「あの時のグレイブが嘘だったとは……到底思えないんだ」

 タリクが遠い目をして、小さく息を吐く。

「確かに、そうですね。――彼がいなければ私たちは魔物を倒せても、人々は救えなかったでしょう」

 ゆっくりと落ちていく木の葉を掴み、タリクは懐かしむような目をする。

「キーエルだけではない。彼はずっと……多くの人々を助けてきました。目立つことはありませんでしたが、裏方として皆さんを支えてきたことは誰よりも私たちが、よく知っているはずです」

 アリシアが、頷く。

「私も冒険を始めたばかりの頃――魔力の扱い方を教えてくれました。才能があるって褒めてくれて……」

 そこで、アリシアの顔が沈み、言葉が途切れる。

 アリシアは胸元を押さえ、苦しげに言葉を続けた。

「……でも、その時はもう、グレイブさんは……魔王の仲間だったのでしょうか……?」

 その疑問に答える者はいなかった。

「私には……わかりません。人を救って笑ったグレイブさんと、国を滅ぼそうとアンデッドを召喚するグレイブさん。どちらが本当の彼なのか……」

 アレスは答えられず、視線を落とす。

「……わかりません。誰にも」

 タリクが静かに言う。そして、言葉を継いだ。

「でも、だからこそ――それを確かめなければなりませんね」

 アレスが顔を上げる。瞳に、わずかな光が戻る。

「彼がなぜ、ああなったのか。もともとそういう人間だったのか。それとも……何かがあったのか。会って、聞いてみなければいけません」

 ヒースが大きなため息をついた。

「わかったよ。どの道、奴を止めるためにもう一度、会いに行くんだろう。疑問の一つや二つ、ぶつけるくらいすればいい」

「……そうだな」

 アレスが微かに笑みを浮かべた。アリシアも小さく頷く。張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。イリスがそっと微笑む。

 ただ一人、ヒースが念を押すように言った。

「しかし、言っておくが、俺は奴を信じちゃいないからな」

「いいさ、ヒースはそれで。俺は……まだ納得できないだけなんだ」

 微精霊の生み出した光粒がふわりと舞い、空間に柔らかな光を灯す。精霊界の静寂の中、希望の灯が、確かにともり始めていた――その時。

 イリスが突然、顔を上げた。瞳が驚愕に見開かれ、声が震える。

「まさか……!もうここが……!いくらなんでも、早すぎる……!」

「どうした⁈」

 アレスが鋭く問いかける。イリスは言葉を絞り出すように答えた。

「ここに……アンデッドの大群が転移してきました……!」

 その瞬間、空気が一変する。静寂は砕け、戦慄が場を支配した。

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