モンスターペイシェント(終)
石山田との話を終えた南は、病院の駐車場事件の被害者五人に会って話を聞くために、若手の刑事とともに北多摩中央署を出た。
友人の見舞いに来院していた山崎佳純、母親の付き添いで数日おきに来院していた末森伸子からは、南が気になるような情報は無かった。
三人目の七十歳だという高倉明は、前もって刑事の訪問を伝えていたにも関わらず、南たちが不審に思うほど落ち着きがなかった。自分が警察に伝えた不審者が犯人ではなかったのか、俺は何も知らない、と聞きもしないことを勝手に話した。南が、傷つけられた車の写真を見せた。
「高倉さん、あなたの車が一番傷つけられているようですね」
高倉明は、その写真を、眼鏡を外して手に取って見た。
「………」
「車はまだ修理に出していないんですか?」
南が駐車場に停めてある車を見て訊いた。
「車両保険に入っていないからね。犯人が捕まったら、そいつに直してもらうつもりだからそのままにしてある」
高倉はぶっきらぼうに言うと、写真を南に返した。
四人目の石黒勇樹は、中内祐輔という人物は全く知らないが、東亜製薬の国松は、同業者であり知っていると答えた。
最後の五人目の空木健介は、国分寺市光町のスカイツリー万相談探偵事務所での面会だった。
中内祐輔に面識はないか聞かれた空木は、面識は無いが、中内という人物は、北多摩総合病院近くの玉川上水で殺害された男なのか、と南に訊いた。石山田刑事の知り合いの探偵というだけあって、情報に敏感だと感心した南だったが、石山田の名前は出さなかった。
「そうです」とだけ南は答えた。
「殺害されたことと、駐車場での事件が関係しているということですか?」
南はそれには全く答えず無視した。
「国松重隆さんはご存知ですか」
「国松さん……もしかしたら東亜製薬の国松さんのことですか?」
「そうです」
「会ったことはありませんが、駐車場の事件のことで電話をしたのが国松さんでした」
やはり、東亜製薬に電話をした『うつぎ』とは空木健介だった、と南は納得した。
「駐車場の件で、何を国松さんに訊かれたんですか」
空木は、車を傷つけた犯人を捜す中で、被害者の一人である石黒と、病院の薬剤に関連して競合関係にあった国松には、嫌がらせの動機があると考え、コンタクトを取って見ようと電話をした、と説明した。
「国松さんがやったかも知れないと……それで国松さんの反応は?」
空木は、仕事用の手帳を開いた。
「あなたがやったんですか、とは訊けませんからやったかどうかは分かりませんでした。聞けたのは、事件現場から病院の玄関に向かって歩いて行く、眼鏡をかけた年配の男性を見た、という話でしたが、私としては、そこから後のことは調べようが無くて頓挫しています。……」と答えた空木だったが、南に話をしながら、ふと、国松は傷つけられた五台の車の場所をどうして知ったのか、疑問に思えた。駐車場で傷つけ事件が起きた事は、その後に病院の玄関に貼り紙がされたことで知ることは可能だが、それには駐車場のどの辺りに駐車していた車だったのかは記されてはいない。国松は、あの時の電話では間違いなく(傷つけられた車の方から)と言った。それは、この手帳にも書いてある。国松は、現場近くにいて、何者かが車に傷つけている現場を目撃していたのではないだろうか。だとしたら、何故それを言わないのか。国松は何かを隠しているのではないか、と。空木の疑問は国松への疑惑に変わった。
「刑事さん、刑事さんは何故国松さんの名前を出したんですか。殺人事件と関係あるということですか?」
「………」南は迷った。話していいものかどうか、石山田刑事の知り合いという、この探偵業の男に。
南の迷いは、空気感染するかのように空木に伝わった。
「一般人に捜査内容を話せないのは、良く分かります。ただ、今刑事さんと話していて思ったのですが、国松さんは何かを隠しているのかも知れないと」
「隠している?何を?」
「もしかしたら、車が傷つけられたあの現場にいたのに、それを隠しているんじゃないかと思うんです」
「……もしそうだとしたら、車を傷つけた犯人は、国松さんという可能性もあるということになりますよ」
南は、仮に国松が車を傷つけた犯人だとしても、それが中内祐輔とどう繋がるのか考えた。
「空木さんが、国分寺署の石山田刑事のお知り合いだということで、信用してお話ししますが、殺害された中内祐輔は、病院駐車場で事件が起こった日と、その翌日に東亜製薬の立川営業所に偽名を使って電話をして、国松さんにコンタクトを取っています。私たちは、その事が中内殺害に関係しているのではないかと考え、二人の接点を探っているところなんです」
南は、現状では、自分たちより情報を持っていると感じた空木から、もう少し話を聞くべきだと判断した。その為には石山田の名前を出すことにしたのだった。
石山田の名前を突然出され、空木は驚いた。
「石山田をご存知なんですか」
「所轄は違いますが、今は同じ捜査本部にいる刑事ですからね。石山田刑事から空木さんの話は聞いています。それで空木さんはどう思います?」
「……中内という男の素性次第でしょうが、国松さんが車を傷つける現場を、その中内は見たのではないでしょうか。そしてそれをネタに強請ることを思いついた。偽名でのコンタクトは警察に通報された時のためではないでしょうか。どのようにして東亜製薬の国松さんの名前を知ったのかは分かりませんが、電話は強請の電話だった、と思います」
「強請られた国松さんが、中内を殺害したという推理ですか……」
南はその時、捜査会議で刑事課長が言っていた、話を思い出した。被害者、つまり中内祐輔のスマホのカメラに、傷ついた車の写真があった、という話を思い出していた。その写真こそ、中内が国松を強請るために移した写真なのではないかと。
「中内は、国松さんの素性をどこで調べたんでしょうね。それもその日のうちに」
「多分ですが、病院に入って行く国松さんを尾けて行ったんでしょう。MRは薬剤部に記帳もしますし、大抵はネームプレートを付けますから、それを見たのかも知れません」
「……なんで、空木さんはそんな事を知っているんですか」南は不思議そうに空木を眺めた。
「実は、探偵業を始める前は、MRだったんですよ」空木は笑って答えた。
捜査本部に戻った南は、空木から得た情報を、自分の推理として捜査本部長の署長と上司の刑事課長に話した。
刑事課長は、中内のスマホに入っていた傷ついた車の写真と、被害に遭った車の照合を指示した。その結果、写真の傷ついた車は、五台のうちの石黒勇樹の車と判明した。
中内祐輔の素性については、あくまでも推測という中で、先月から今月初めにかけて、小平市、東大和市で特殊詐欺の電話が頻繁にかかってきていたことが判明した。確たる証拠は無いものの、中内祐輔がそれに関わっていた可能性も考えられ、そうであれば殺害された公園も知っていたとも考えられる。それは、日時は特定出来ないものの、長い時間あの公園にいたサラリーマン風の若い男というのは、中内だったとも考えられる、とも報告された。
捜査本部は、国松重隆を中内祐輔殺害の重要参考人として、任意の聴取をすることを決めたが、南には、解いておきたい疑問があった。それは、空木にも問いかけた、中内がどうやって国松の素性を知ったのかということだった。空木の推測通りだとしたら、病院の防犯カメラに写っている可能性が高い。南は、捜査員に北多摩総合病院の九月五日火曜日の防犯カメラの映像の入手を指示した。
翌朝、自宅マンション前で、任意同行を求められた国松は、任意同行の主旨を冷静に聞き質した。
「北多摩総合病院の駐車場で発生した器物損壊事件について、もう少しお話を聞かせていただきたいんです」南は静かに言った。
「その件なら、先日お話ししましたが……」
「もう少し、お聞きしたいことが出来まして、……殺害された中内さんが、あの日あなたを尾けていたようなんですが、どういうことなのか、お話を聞かせていただく必要が出てきたので、ご足労願いたいのです」
南は、病院の防犯カメラでの確認は現時点で取れていなかったが、確信を持って言った。
「………」
国松は、無言で捜査車両に乗った。
国松重隆の任意の聴取に当たった南は、九月五日火曜日に発生した病院駐車場の事件を、いつ知ったのかを訊くことから始めた。
国松は暫く考えてから、その日病院での仕事が終わって、玄関から出て行く時に貼り紙を見て知ったと答えた。さらに南が、駐車場内の車を停めた場所について訊くと、真ん中辺りだったと答え、何故今さらそんなことを訊くのか、と苛立ったように言った。
「ある人から、あなたが車を傷つけた犯人ではないか、という情報が寄せられました。そしてそのことが、中内さんの殺人に繋がった可能性があるのではないか、とまで言うんですよ。駐車場の事件は、地域課の案件ですから、我々がしゃしゃり出るところではありませんから、あなたが駐車場の事件に関与していないとなれば、疑いはしません」
「誰がそんな話をしたのか知りませんが、私は疑われていると言うことですか。いい迷惑です」国松は苛立ちをあらわにして言った。
「……あくまでも確認のための聴取だと言うことです。ご協力をお願いします」
「協力は良いのですが……。出社するつもりでいるので、任意の聴取ということなら、そろそろ終わって欲しいのですが……」国松は腕時計を見やり、苛立ちをあらわにした。
「分かりました。ちょっと待っていてください」
南は席を外し、捜査本部の置かれている会議室に向かった。暫くして戻って来ると、一枚の写真を国松の前に置いた。それは中内祐輔のスマホに残されていた車の傷を写した写真だった。
「国松さん、この写真を見たことはありませんか」
国松は、机の上に置かれた写真を見つめた。
「いえ、知りません。これは何ですか」
「これは、九月五日に北多摩総合病院の駐車場で被害に遭った車、つまり傷つけられた車の一台を中内さんが写した写真です。この車の持ち主は、あなたと同業のMRという職業の石黒さんです。あなたは、仕事上のことで石黒さんを恨んでいたのではありませんか。違いますか」
「恨むなんて………」と国松は笑ったが、南には笑っているようには見えなかった。
「駐車場の件は、地域課に任せることになりますから、もうお聞きする事はありません。ここからは、中内さんが殺害された事件に関してお聞きします。国松さんは、事件のあった日、九月十四日木曜日の夜七時から八時の間は、どちらにいらっしゃいましたか」
「……やっぱり疑われているんですね」国松は言いながら、椅子にもたれていた体を起こし、スマホを操作した。そして
「その日のその時間なら、卸に顔を出した後、家に帰る途中の車の中でした。八時過ぎには家に着いていました」と、スケジュールを見ながら答えた。
「ご家族以外に証明してくれる人は?」
「いません」
「卸というのは?」
「ウェルフネットという医薬品卸で、小平に営業所があるんです。そこに七時ぐらいまで居たんです」
「なるほど、そうですか。ところで国松さんは、北多摩総合病院の駐車場の西隣に公園があるのをご存知ですか?」
「ええ、知っています」
「中内さんは、そこで殺害されました。首をベルトのような物で絞められてね」
「そうなんですか……。ベルトですか……」
「正しくは、ベルトのような物です。ところで、国松さんは、ベルトは何本かお持ちですか」
「ええ、三本ぐらいは持っています」
南は、座っている国松の腰に締められたベルトに目をやった。
「今、締められているベルトは、九月十四日にも締めていたベルトでしょうか?」
「……ええ、そうですが……」
「ちょっと見せていただけますか」
南は立ち上がって、国松の返事を待たずに後に回り、屈んだ。
「しばらくこのベルトをお貸しいただけますか。代わりのベルトは用意させてもらいますから」
「えっ、私のベルトですか……。まさか、私がこのベルトで、その中内さんという人を殺したとでも言いたいんですか」国松は顔を強張らせ、声を震わせた。
「そんなことは言っていません。あくまでも念の為ですが、ご協力いただけるかどうかは任意ですから国松さんの自由です。お貸しいただけない理由があるんでしょうか?」
「いや、そんな理由はありませんが、突然でしたので……」
国松は、立ち上がってズボンからベルトを外し、南に渡した。
国松重隆の聴取を終えた南は、捜査本本部に戻り、刑事課長と国松から提出された、ブラウンの革製のベルトを見つめていた。
「被害者の吉川線は出血するほどでしたから、可能性はありますね」南はベルトに目を落としたまま言った。
南は、聴取の際、国松のベルトの太さが3センチ程度に見えたことから、(もしや)と思い、国松の締めていたベルトを見てみた。その時、ベルトの端に黒いほんの小さなシミを見つけたのだった。南が言った可能性とは、そのシミが、被害者の中内祐輔の血液、つまり血痕ではないかという意味だった。
「血痕であればDNA鑑定を頼む」課長は鑑識に指示した。
「国松と被害者の接点は、北多摩総合病院の駐車場の事件だと思うか?」
刑事課長が、南に国松の聴取の感触を改めて訊いた。
「本人は否定していますが、恐らく接点は駐車場の事件だと思います」
「係長の推理通りだとして、その裏が取れるか?」
「二人が会ったのは、中内が国松を強請った結果、国松が応じてしまったことからでしょう。強請のネタは、ライバル社の石黒の車を傷つけたことだと睨んでいますが……」
「それだけのことで、人を殺すのかということだな」
「それもそうなんですが、あの殺害現場の公園で二人が会っていたという物証は、何もありませんから」
「国松は、中内が殺害された時間には、卸から帰宅途中の車の中だったと、言っているんだな」課長は調書を見ていた。
「そうです」
「あの公園の横は、病院の駐車場の筈だが、そこに車を停めたら公園に行けるな」
「確かに行けます。駐車場の出口の精算機には、確か監視カメラがあった筈です。確かめてみます」
数日後、捜査本部は、国松重隆を中内祐輔殺害の容疑で逮捕した。
国松のベルトの太さは、中内の首の策条痕と一致し、小さなシミは血痕であることが判明、そしてそのDNAは中内のDNAと一致した。さらには、北多摩総合病院の駐車場の精算機監視カメラに、国松と思われる男が運転する車が、九月十四日午後七時五十分頃に出場しているところが映されていた。これらが決め手となって捜査本部は国松逮捕に踏み切った。
南に逮捕状を見せられた国松は、覚悟していたかのように静かに従った。
ベルトのDNA鑑定と、精算機の監視カメラの画像を見せられた国松は、中内祐輔から強請られたことがきっかけとなって殺害に及んだ、とあっけなく認めた。南の推理通りだった。
その供述によれば、中内は、北多摩総合病院の中村という名前で、どこで調べたのか分からないが、会社に電話をかけてきた。一回目の電話は、自分を国松と確認して、終わったが、翌日の電話では、病院駐車場の隣の公園から車を傷つけたところを見た。証拠の写真もある。十万円で買えと強請ってきた。ホープ製薬の石黒の車を傷つけたところを見られていたとは思わず、慌てた。自社の抗リウマチ薬のバイオ製剤が、ホープ製薬のバイオシミラーに切り替えられた腹いせ、嫌がらせのつもりだったが、このことが公になったら、対外的にも社内的にもとんでもないことになり、自分は追い詰められると思い、十万円で済むならばと指定されたあの公園に木曜日の夜七時半に行き、中村と名乗る中内に会った。そこで十万円を支払い、写真を受け取った。その写真は棄てた。
ところが、その中村という男は、全部で五台も傷つけたんだから、口止め料も五台分の五十万円だと言い、あと四十万円を来週の木曜日に持ってこい言った。石黒の車以外の四台は自分がやったのではないと言うと、俺の知ったことではない、と聞く耳を持たなかった。
翌週の木曜日、九月十四日の午後七時半、またあの公園で中村の要求通り四十万円を渡し、これで終わりにしなかったら自分にも覚悟があると言うと、その中村は、自分に背中を向けながら、「中年のいい年をしたオッサンが、何が覚悟だ。覚悟がある奴が、嫌がらせで他人の車に傷なんかつけるもんか。あんたは、会社でもお荷物なんだろうな。これからもよろしく」と言った。それを聞いた瞬間体中が熱くなって、ベルトを外して、中村の後ろからベルトを首に回して、思いっきり絞めていた。何分間ぐらい絞めていたか分からない。気付いた時には、大変なことをしてしまったと思ったが、この中村という男との接点さえ知られなかったら、捕まらないと思い、玉川上水に棄ててしまった。と供述し顔を伏せた。
供述調書を確認した南は、調書を係官に戻すと徐に国松に訊いた。
「石黒さんの車に傷をつけたのはお前だったが、他の四台に傷をつけたのは誰だったんだ。あんたは見たんじゃないのか?」
南の問いに国松は、小さく頷き、「見ました」と答えた。
「眼鏡をかけた年配の男で、車に傷をつけた後、病院の消化器外来にいました」
「何故、病院なり警察に直ぐに連絡しなかったんだ」
「……傷をつけられた車の近くに石黒の車があったんです」
「国松、お前、その年配の男が、やったのを見て、石黒さんの車に傷をつけることを思いついたということか。その年配の男の仕業に出来ると考えたんだな。そうだな」
「………」国松は頷いた。
「お前が、眼鏡をかけた年配の男を、院内で見つけたのと同じ事が、中内にも起こったようだ。中内は石黒の車に傷をつけたお前の後を追って、病院に入ったようだ。お前の素性を調べる為だったんだろう。九月五日の午後一時過ぎの病院玄関の防犯カメラに、スーツ姿の中内らしき男が映っていた。病院でどうやって調べたのかは分からないが……、お前は分かるか?」
「多分……薬剤部から出てくるところを見たのか、胸の名札プレートを見たのか、それで会社と名前を知ったんだ。あいつの所為でこんなことに……」
「馬鹿なことを言うな。分かっているのか、お前は中内祐輔という一人の人間の命を奪ったんだぞ。誰の所為でもないお前自身がしたことだ。恨むのなら自分の事しか考えない身勝手な自分自身を恨め」
「………」国松は首をうなだれた。
空木健介に北多摩中央署の地域課から連絡があったのは、国松逮捕のニュースがテレビで流れた翌日だった。
空木の車を傷つけたのは、高倉明、七十歳の男だと判明した、との連絡だった。高倉は、七月に立川のショッピングモールの駐車場で車に大きな傷をつけられ、未だに犯人は捕まらず、泣き寝入り状態でいることを根に持ち、いつか他の車にも自分がやられた事と同じことをやってやると、狙っていた。そんな時、あの日病院の外来でクレームをつけている男を見て、この男の仕業にしようと思い、自分の車も含めて四台に傷をつけた。傷はいつも車に用意していたドライバーでやった。そのうちの一台が、たまたま空木が借りたレンタカーだった。とのことだった。
その日の夜、平寿司に向かって歩く空木の携帯が鳴った。国分寺署の石山田からだった。
石山田は、北多摩中央署の南刑事からの言伝だと言った。
「(国松は石黒さんの車を嫌がらせで傷つけた。それを中内に見られ、強請られた。空木さんの推理通りでした)とのことだったよ」
「そうか……。国松は、車を最初に傷つけた犯人を見たのかな」
「そうみたいだ。それを見てライバルのMRの車を傷つけることを思いついた、と供述したと聞いた」
「………分かった。わざわざありがとう。南刑事に宜しく伝えてよ」
石山田との電話を終えた空木は、星も月も見えない空を見上げて独り言を呟いた。
「モンスターペイシェントから始まって殺人事件にまでいってしまったのか」と。
不幸なめぐり合わせの連鎖を思いながら歩く空木の周りには、その思いを忘れさせるかのような金木犀のほのかな香りが漂った。




