護り人(終)完結
年が明けた一月四日木曜日、空木は国分寺新町の実家の母と、車で立川市郊外のショッピングモールに出かけた。酒を飲んで運転出来ない父に代わって、初売りに連れて行って欲しいという母の頼みだった。
そのショッピングモールの広大な駐車場から、モールへ入る通路の一角に貼られているビラを見て、空木は立ち止まった。そのビラにはこう書かれていた。
『七月二十二日土曜日、駐車場で当て逃げされました。目撃された方、または心当たりのある方は、ご連絡を乞います』
と書かれた下に、連絡先として携帯電話の番号と高倉明と書かれていた。
空木は、高倉の名前に見覚え、聞き覚えがあった。そして携帯電話の番号を控えた。
翌日の金曜日の午後、体育センターのジムで、今年初めてのトレーニングで汗を流した空木は、石山田と会う約束をした平寿司へ出かける支度を始めた。
テレビのニュースでは、新年早々高齢者の運転する車が、コンビニに突っ込んで、客一人が亡くなった、と報じていた。ここ数年、高齢者の運転する車の逆走や、アクセルとブレーキの踏み間違えやらが頻繁に発生し、報道されているが、今年も早々に発生したのか、実家の父親は大丈夫だろうか、と独り言を呟きながら、空木は部屋を出た。
「いらっしゃいませ」と声を合わせて空木を迎えた、女将と店員の坂井良子は、「今年もよろしくお願いします」と、年始のお決まりの挨拶をして頭を丁寧に下げた。
待ち合わせ相手の石山田は、既にカウンター席に座り、ビールグラスを手にしていた。
二人は、「今年もよろしく」とビールグラスを軽く合わせた。
空木は、昨日の立川市郊外のショッピングモールの駐車場で見た、貼り紙の話を石山田に切り出し、貼り紙の主が高倉明だったと話した。
「高倉明?……誰だ、それ」
「北多摩総合病院の駐車場で、俺のレンタカーを含めて四台の車に傷をつけた男だよ。巌ちゃんたちが北多摩中央署の捜査本部に応援に行っていた、あの殺人事件のきっかけを作った男だよ」
「そうだったのか。応援に入った事件のことは細かくは憶えていないよ。だけど、その男の貼り紙だとよく気がついたな」
「高倉の名前に、もしやと思って、書かれていた携帯電話の番号を控えてきたんだ。それで病院駐車場の傷事件で連絡のために、メモしていた高倉明の番号と、確認したら高倉明の番号と一緒だったんだ」
「その当て逃げされた傷の腹いせというか、無差別の逆恨みというか、それがきっかけで健ちゃんたちの車に傷つけた。そして、それが殺人事件の発端になったということか」
「………その当て逃げをしたのが、当時ホープ製薬の立川営業所の所長だった北山だった。元の部下たちに嫌がらせをして、最後は、前上司の男に殺されてしまった北山だったんだ」
「え、俺たちが被疑者死亡のままで起訴した北山がやった当て逃げだったのか……本当なのか」
「間違いないと思う。北山があの殺人事件の発端を作ったんだ。当て逃げなんかせずに、自ら名乗り出ていれば、人ひとりが死なずに済んだのに……」
その当て逃げ現場を部下に見られたことが、北山の数々のハラスメントを内部通報するきっかけになったと考えれば、当て逃げ行為が自分の首を絞め、降格を呼んだと言える。そして、社員への嫌がらせを生み、最後は殺されることになった。空木は、恐ろしい巡り合わせ、因縁に言葉が見つからなかった。
二人が、焼酎の水割りを飲み始めた時、空木のスマホが携帯電話の着信を知らせた。スマホの画面には、ホープ製薬大和所長と表示された。北山の後任の所長として、北山の嫌がらせの対応に苦心した大和にとっては、穏やかな一年であって欲しいと思っていることだろう。
空木は店外に出た。
「空木さん、ホープ製薬の大和です。空木さんに新年早々ですが、お伝えしておこうと思って電話しました」
「………」
「亡くなった北山さんの上司だった、人事部長の小野田が亡くなりました。今日、テレビのニュースでも流れていましたが、コンビニに車が突っ込んだ事故で亡くなった客が小野田でした」
「小野田……」
「北山さんがやった、嫌がらせ行為を、横谷支店長に伝えたのが小野田さんだったと思います。こんな形で亡くなったのも、何かの因縁なのかと感じて、それで空木さんのお耳にだけは入れておこうと思って電話しました」
電話を終えて、店内に戻った空木は、暫く黙り込んだ。
「空木さん、どうかしたんですか」坂井良子が心配そうに声を掛けた。
「……本当に守護霊っているのかも知れない」
その言葉を聞いた石山田も、女将も店主も空木の顔を見た。その顔は、「大丈夫か」と言っていた。
空木には、小野田の死が偶然とは思えなかった。浜崎恵奈の守護霊が、ホープ製薬の膿を排除しようとしたのではないか、恵奈の将来を託せる組織になって欲しいという、守護霊の思いだったのだと。
了




