表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

護り人(3)

 浜崎恵奈から送られてきた手袋の写真は、黒地の手袋の甲の面に、登山服メーカーのNFというアルファベットをあしらったロゴマークが入り、見た目には、恵奈の言っていた通りのフリース生地のような手袋だった。そして、それはMサイズの右手用の手袋だった。

 空木は、名刺を引っ張り出し、甲州中央署の刑事の飯富に、相談の電話を入れてみることにした。飯富とは、十月末に土田嘉英の家宅捜索で会って以来であり、突然電話をすることに(いささ)かの遠慮の想いはあったものの、飯富の手をさほど(わずら)わすことはないだろうと、勝手な理屈をつけての相談だった。

 大晦日という暦日(こよみび)も警察にとっては、無関係なのだろう、飯富は署に出ていた。

 空木は、突然の電話を詫びた後、佐原浩が発見時にしていた片手の手袋について、その色、サイズ、メーカーのロゴマークの有無、そして左右どちらの手袋だったのかを確認したいと伝えた。

「確認するのは簡単ですが、今更、何故そんなことを確認したいんですか」

 飯富の問いの言外には、解決した事件を蒸し返すつもりなのか、という思いがあるように空木には思えた。どう答えるか、守護霊の話はとても出来ない。

「つい最近、また佐原さんが亡くなったあの山に登ったんですが、佐原さんが転落した辺りで黒い手袋の片方を見つけたんです。それがもしかしたら、佐原さんのものなら、ご遺族に返すべきかと思ったんです」

空木は嘘を吐いた。

「……暮れの押し詰まったこの時期に登ったんですか……」

飯富は疑っている。空木は咄嗟に続けた。

「あの事故の時は、三条の湯に泊まることが出来なかったので、改めて行くことにしたんです。今年の登り納めも兼ねて登りに行って、たまたま見つけたんです」

 飯富は、空木の答えにそれ以上の質問はすることはなかった。そして、少し待って欲しいと言い、受話器を置き、席を離れたようだった。

 暫くして受話器を取った飯富は、何かを机に置き、

「サイズはMで左手用です。メーカーのロゴマークは、これでしょうか、手の甲にNFというアルファベットを変形させた字が縫い込まれていますね」と伝えた。

「生地は分かりますか」

「現物はここには無いので分かりませんが、写真で見る限りでは、毛羽だっているように見えますね」

 フリース生地だと空木は確信した。

「分かりました。ありがとうございました」

「どうですか、同じ物のようですか?」

「…いや、違ったようです」

 空木はほんの一瞬躊躇し、答えた。


 電話を終えた空木は、飯富への答えに自問しなければならなかった。

 浜崎恵奈の父の墓前に置かれた手袋は、佐原浩が左手にしていた手袋と同じメーカー、同じサイズ、同じ色の右手用だと分かった。にもかかわらず空木は『違ったようだ』と答えた。

 答えた空木自身の心と、その判断に向き合うかのように、空木はベランダへ出た。そして、考える時には、いつもそうするように丹沢の山並みと富士山を眺めた。

 墓前に手袋を置いたのが守護霊だとは、空木は勿論信じてはいない。誰かが置いた物だと確信している。その誰かは、佐原浩が死んだことは勿論、浜崎恵奈の父親が滑落死した原因が、佐原が落とした手袋にあることも、更には常寂光寺のお墓の場所も知っていた。もう一つ重要なことは、佐原が着用していた手袋のメーカーも知っていた人物だ。その人物はやはり甲賀ではないだろうか、甲賀しかいないと思う。しかし、甲賀は佐原の手袋をどこで知ったのか。過去に山行を共にする機会に知ったとすれば、浜崎恵奈に、供養のために自分が置いたと何故言わなかったのか。……言えなかったのだとしたら、それはもしかしたら甲賀が置いた手袋は、佐原が死んだあの日、あの時、右手にしていた手袋そのものだったかも知れない。

 空木が飯富の問い掛けに『違ったようだ』と答えた理由はこれだった。咄嗟に甲賀を佐原の死に結びつけることを避けたのだ。何故、避けたのか、その訳は空木にもはっきり分からなかった。ただ空木の本能がそうさせたとしか言いようがなかった。


 部屋に戻った空木に、もう一つの本能のようなものが騒ぎ始めた。本能というよりも、探偵業を始めてから身に着いたものかも知れない、推理という仮説を立てた上で、それを立証してみたいという思いだ。

 空木は手帳を取り出して、以前、浜崎恵奈から、雲取山の山行について話を聞いた時の内容を書き留めたページを開いた。

 甲賀が、佐原の右手の手袋を手に入れることが出来たと仮定したら、甲賀は十月二十一日土曜日の朝、佐原が雲取山から飛竜山に向けて縦走路を歩いている時、あの周辺にいなければならない。とは言え、佐原からの雲取山への山行を断った甲賀としては、佐原と顔を会わすことは避けたかった筈だ。佐原の山行計画を知っていた甲賀ならどうするか。空木自身ならどうするか。自分なら、前夜からあの周辺に潜んで待つか、早朝にあの周辺に行って待つかだろう。

 空木にはそれを調べる方法はなかったが、一つだけ確認してみたいことが

あった。それは、三条の湯の小屋の、佐原が亡くなる前日の、十月二十日金曜日の宿泊者だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ