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挨拶状(終)

 数日後、大月中央署の関と名乗る刑事から、空木に連絡が入った。瞬間、空木は電話が来たということは、やはり自殺ではなかったということではないか、と推測した。

「石山田刑事から、お聞きしましたが、空木さんは探偵業をなさっているそうですね」

「そうですが……」

「北山さんが亡くなられた日、北山さんを追っていたとお聞きしました。一度、お話を伺いたいので、署に来ていただけませんか」

 関は、話を伺いに行くとは言わなかった。探偵ごときは、時間の融通はつけられるだろうと思っているのか、それともまさかだが、容疑者としての任意出頭要請なのかと、空木は考えた。


 空木は翌日、十二月二日土曜日の午前八時半、大月中央署を訪ねた。

 空木は日頃から、人間を行動で大まかに分類すると、二種類に分かれると思っている。気になることを直ぐに解決しないと気が済まない人種と、先延ばし、若しくは忘れようとする人種の二種類に分かれると。そして、自分は前者、直ぐに解決しないと気が済まない人種だと思っている。

 空木は、自分に疑惑の目が向けられているのだとしたら、それこそが、北山の死に疑問が生じたということを、意味しているのではないかと推理し、一刻も早くそれを知りたいと考えた。

 空木は、聴取室に案内され、机を挟んで、関という刑事ともう一人の刑事の二人と向き合った。

 空木は関たちに、探偵の名刺を渡した後、関たちの聴取より先に質問した。

「私に連絡がきたということは、北山さんは自殺ではなかったかも知れないということですか」

「お答えできません。それをはっきりさせたいと思って、あなたに連絡させていただきました。こんなに早く来てもらえると思いませんでしたが」関と名乗った刑事が応じた。

「……私は、容疑者と思われている訳ではないと思って良いんですか」

「現段階では、自殺の可能性のある北山さんに関しての事情聴取ですので、参考人です」

「分かりました。良かった」

 次に空木は、警察が北山の死のどこに疑いを持ち始めたのか、石山田から聞いた話以上の理由はないのか、知りたかったが、もう質問が許される雰囲気はなかった。

「北山さんの十一月二十五日土曜日の行動を話して欲しいのですが、北山さんの行動を追うことになった経緯から含めて、全てを話してください」関の聴取が始まった。

 空木は、ホープ製薬の石黒を始め、何者からか嫌がらせを受けていた四人から、その犯人を捜す依頼を受けたことから話し始めた。そして、四人が犯人ではないかと疑う北山伸夫の行動を、追うことになったと説明した。

 二十五日の土曜日に、北山は動くと推測し、空木は中野区の北山のマンションを、四人の上司である大和とともに監視を始めた。

すると午後四時過ぎにマンションを出て来た北山が、西新宿五丁目駅で降りて、渋谷区のマンションに入り、知人と思われる男とともに駐車場へ向かい、大阪ナンバーの車で、一人で運転して走り去った。そして、その時刻は四時四十分頃だったことまでを一気に説明した。

「その渋谷区のマンションの住人は、横谷という方だと思いますが、ご存知なかったですか」

「その横谷という方は北山さんの知人ですか?」

横谷という名前は、空木には全く聞き覚えの無い名前であり、思わず関に訊いていた。

「北山さんの東京支店での上司で、車は横谷さんの車だと思われます。その車で北山さんは、梁川(やながわ)まで行ったと考えられます」

「上司ですか……」

「東京支店長です」

「以前の上司の車を借りたんですか……」

 北山はあの日の夜、浜崎恵奈のマンションから走り去った後、借りた車で梁川まで行ったのか。

「……北山さんの死亡推定時刻は、何時頃なんでしょう」空木は思わず質問が口から出てしまった。

「……土曜日の十時から十二時の間ですが、それよりも、土曜日のその後のあなたの行動を話してください」と、関の目つきは容疑者を見る目に変わっていた。

 北山の死に至った状況を説明する為に、空木を呼んだのではない。状況によっては、空木も容疑者の一人だと、その目は言っていた。

 空木は、改めて西新宿から立川へ移動した後のことを話した。

 立川市栄町でタクシーを降り、浜崎恵奈のマンションを探し歩いたが見つからず、六時二十分頃、澤木圭一から、カッターナイフの刃をポストに入れられる、嫌がらせを受けたというメールが着信したこと、そしてその十分後に、栄町の路上で大阪ナンバーの車を見つけ、付近を見廻していると、北山らしき男が、慌てて細い道から飛び出して来て、その大阪ナンバーの車で走り去った。その後を追うように、男が出て来たが、その男は浜崎恵奈の知り合いらしいことも説明した。

「北山さんらしき人物を見た時間は、何時頃でしたか」

「六時四十分頃だったと思います」

「北山さんらしき男の後から出て来た方については、ご存知ない方でしたか」

 関の質問に、空木は、甲賀という名前を出して良いものなのか、躊躇した。警察の聴取に協力するということでは、当然全てを話すべきなのだが、探偵としての義務の一つ、守秘義務が頭をもたげた。

「……浜崎恵奈さんにも話を聞くつもりですから、そこで分かるでしょう」関だ。

 浜崎恵奈からも聴取するということは、嫌がらせをされていた四人全員から、聴取するつもりなんだろう。考えた空木は話すことにした。

「……浜崎さんの知り合いの甲賀と言われる方のようです。八年前に亡くなった恵奈さんのお父さんと同じ会社の後輩だと聞いています。浜崎さんの話では、北山さんと最後に話したのが甲賀という方かも知れないと思います。スマホの着信履歴を見ることが出来れば分かるかも知れませんね」

 関は、空木の話に、再び睨むような目付きになった。空木の想像では、空木がスマホの履歴を持ち出したことが、気に食わなかったのだろうと思った。

「スマホの発着信の履歴なら、今、解析に入っているところですから、確認出来るでしょう。結局、空木さんは、その甲賀と言う方とは、面識は無かったということですか」

「はい、ありません。ただ、浜崎さんからは、その甲賀さんは会社を退職して京都へ引っ越す予定だと聞きましたから、東京にはいらっしゃらないかも知れません」

「……京都?どこであろうが、私たちは必要であれば聴取に行きますよ」

 関は、また気分を害しているように空木には思えた。これから聞きたいことがあるのに、悪い雰囲気にはしたくなかった。探偵として、情報を持っていることを見せたいという、空木の貧相な思いが、関の刑事としてのプライドを逆なでしたのだと想像した。

「知ったような口をきいてしまって、すみませんでした。友人の石山田刑事と話しているつもりになっていました」空木は(つくろ)った。

 しかし、空木には口に出さずにはいられない疑問が生じていた。六時四十分に見た北山は、その後十時頃まで誰にも会わなかったのか、そんな筈は無い。自殺でないとしたら、必ず誰かと会っている。渋谷の横谷という、車を借りた男の所に、車を返しに戻らなかったのだろうか。

「刑事さん、北山さんが亡くなる前、最後に会ったのは私と甲賀さんということになるんでしょうか。自殺ではないとしたら、私と甲賀さんは容疑者になるということですか」

「北山さんは、検死解剖の結果、どこかでラーメンを食べたようですから、最後に会ったのが空木さんと甲賀という方の二人だけとは言えませんが、お二人は容疑者です」

 関は容疑者だと言い切った。関が言い切ったということは、北山は自殺ではなかったということだと空木は理解した。関は教えてくれたのだと理解した。

「容疑をかけられた立場でお聞きするのも何なのですが、北山さんは車を返しに横谷という方のマンションに行ってはいないのですか」

「………横谷さんは、土曜日曜の二日間の約束で貸したと言っていて、土曜日は来ていないそうです」

「そうですか……」

 本当にそうなのか。首都高速、中央自動車道のNシステムで調べれば分かる筈だ。

「北山さんは、梁川まで行くのに中央道を使ったんでしょうね」

「それも調べます。空木さんの言うように、十一月二十五日土曜日午後四時以降の、首都高速から中央道の料金所、インターチェンジをNシステムで調べますから、安心して下さい」

 関の顔つきを見た空木は、少しほっとした。目が笑っていた。

「刑事さん、犯人は、やっぱり車で梁川まで移動したんでしょうか。それとも中央本線の電車を使ったんでしょうか。梁川大橋から梁川駅までは歩いて五分もかかりませんからね」

「空木さん、よくご存知ですね」

「山をやるんで、倉岳山(くらたけやま)には梁川駅から何度も登っているんです。それであの橋は何度も渡っています。犯人もあそこの橋を知っていたんでしょうね」

「なるほど。空木さん、あなたならどちらを使いますか」

「私は車を持っていませんから、電車になるでしょうが、私は梁川には行っていませんよ」

「車を持っていなくても、免許があれば北山さんの車で行くことは出来ますよ。念のためにお聞きしますが、あの日の夜十時から十二時の間、空木さんは、どこにいましたか」

「自宅のマンションの部屋にいました。残念ながら、アリバイを証明してくれる人はいません」

 空木が、聴取を終えて大月中央署を出たのは、午前十一時を過ぎていた。


 大月中央署の刑事課は、北山伸夫の検死解剖の結果を受けて、自殺と他殺の両面での捜査から、他殺に重点を置いた捜査を本格的に進めることになった。

 解剖の結果、胃からはラーメンの消化物の他に、ビール成分と睡眠導入剤の成分も検出された。本人が、自らビールとともに睡眠導入剤を飲んだとも考えられるが、橋に残されていた車にはその痕跡は見つからなかった。いずれかでビールと共に飲んだ後、運転して梁川大橋まで来たとは考えにくい。何者かが、ビールと共に薬を飲ませた可能性があると、刑事課は考えた。


 関が空木の聴取をしている頃、刑事たちは、北山から嫌がらせを受けていた四人からの聞き取りのため、ホープ製薬の立川営業所を訪ね、北山への恨み、当日夜のアリバイの確認などを聞き取った。結果、浜崎恵奈と福永弥生の二人は旅行先でのアリバイが確認され、石黒勇樹と澤木圭一は、二人ともアリバイとは言えないものの、家族は一緒に家に居たと話した。

 

 スマホの携帯電話、メールの解析結果も含め、その日の夜、刑事課では捜査会議が開かれた。携帯電話の発信履歴からは、一か月以内に発信者番号非通知でかけたと思われる、184の番号が頭につけられた携帯電話番号への発信が、一つの番号で十件、合計で三件の番号合計三十件、横谷支店長と登録された発信が五件、ピザ店一件、寿司屋一件だった。着信履歴からは、死亡した当日、横谷支店長と登録された先からと、未登録の携帯電話からの各一件であり、いずれも通話していた、と報告され、メールについては、大阪の妻からのものが一件と、横谷支店長とのやり取りが多数あると報告された。

 関の空木からの聴取結果の報告と合わせ、刑事課は、北山がホープ製薬の元部下だった四人に、ビラの貼付、無言電話、なりすましの出前注文などの嫌がらせをしていた犯人だと断定した。

 関は、北山の嫌がらせの確証を掴もうとした空木が、浜崎恵奈のマンション近くで、北山と、甲賀と言う浜崎恵奈の知人らしき人物に出くわしていることから、現状では、北山を最後に見たのは、その二人であると説明し、特に甲賀と言う人物は、北山にその後電話をして二度と嫌がらせをしないことを、北山に約束させたらしい。このことから、甲賀と言う人物からの聴取と、Nシステムでの北山の移動確認、さらには、梁川駅の防犯カメラのチェックが必要だと提案した。

 加えて、浜崎恵奈の聞き取りに当たった別の刑事から、浜崎恵奈の知り合いは、甲賀(こうが)(けん)治郎(じろう)で今は東亜製薬を退職して、京都に引っ越したばかりだと補足の報告がされた。

 刑事課長は、甲賀賢治郎からの聴取と、北山が使用した車の追跡、そして梁川駅の防犯カメラのチェックを指示し、関には京都への出張を命じた。

 翌日、関はもう一人の刑事とともに、京都に甲賀の聴取に出張し、刑事課の刑事たちは、Nシステムと梁川駅の防犯カメラのチェック、そして、梁川大橋付近の数少ない民家への聞き込みも再度実施した。


 関が、京都から帰署した翌日、早朝から捜査会議が開かれた。

 梁川大橋付近の民家からは、やはり何の情報も得られなかった。田舎の夜は早い、加えて橋付近は真っ暗なことに加え、桂川の流れの音で人の気配は無論、車の気配も全く感じた住民はいなかった。

 首都高速と中央道の十一月二十五日土曜日のNシステムでは、北山の乗っていた大阪ナンバーの車は、首都高の初台のランプの下り線を16:50、上り線を19:41に、そして再び下り線を21:02に通過していた。中央道は、国立府中IC付近を、下りは17:42、上りを19:23に、さらに下りを21:14に通過した後、上野原iC付近の下り線を21:57に通過していた。

 この報告を聞いた関は、空木が言った通り、北山は十一月二十五日土曜日の十六時四十分頃渋谷区本町の横谷のマンション付近を出て立川に向かい、立川の浜崎恵奈のマンション付近を十八時三十分頃出た。しかし、そこから梁川には向かわなかった。どこに行ったのか。

 刑事たちは、一旦自宅に戻ったのではないか。そして誰かに呼び出されて梁川に向かったのではないか、と推理した。

「……ビールと睡眠導入剤はどこで飲んだのか、説明してくれ。自宅で飲んだら運転できないぞ」関は、誰に言うとでもなく言い放った。その関には、その行き先に思い当たるのは一つだけだった。空木の言った通りだと。

 梁川駅の防犯カメラは、十一月二十五日土曜日の夜九時以降の画像には、降りてくる乗客が四人いたが、全員女性だった。ただ一人の男性客は十時五十分に交通系iCカードを使って改札を入って行ったことが報告され、土曜日のこの日の梁川駅発の二十二時五十分以降の電車は、下りが3本、上りは1本だけだったことも併せて報告された。

 改札を写した防犯カメラの画像を、刑事たちは入れ替わり見た。関には見覚えは無かったが、一人の刑事が、「顔は暗くて分かりませんが、着ているフード付きのヤッケみたいなのが特徴的ですね」と指摘した。

「ウィンドヤッケだな。恐らく、登山とかアウトドア用のヤッケだ」

関はそう言うと腕を組んで考え込んだ。そして、(おもむろ)に立ち上がった。

「課長、横谷を任意で聴取させてください。課長には、甲賀の聴取については報告しましたが、改めて皆に説明します」

 関は、そう言って甲賀賢治郎から聴取した内容を、刑事たちに報告した。

 甲賀は、十一月二十五日土曜日十八時三十分少し前、浜崎恵奈のマンションの監視をしている際、黒い帽子でマスク姿の北山が、玄関ドアにビラを貼っているところを目撃し、スマホの写真に撮った。そして「北山さんですね」と声を掛けた瞬間、北山は振り返り慌てて逃げて行った。甲賀は、北山が残していった浜崎恵奈の誹謗中傷を印刷したビラを、その後に連絡した際の証拠として使うつもりで持ち帰った。スマホの写真とそのビラは、我々にも見せた。そのビラには<浜崎恵奈は毎週男を部屋に連れ込む淫乱女だ>と印刷されていて、甲賀は、北山という男は許せない人間だと、怒っていた。

 北山の携帯番号は、以前勤めていた東亜製薬の所長の時、ある事件をきっかけに知っていたので、その番号に電話すると、北山は直ぐに出た。時間は八時頃だった。北山は、嫌がらせの証拠写真とビラがあることを話すと、二度と嫌がらせはしないと約束した。その際、電話の向こうから、誰かの声が聞こえた。明らかに人の声で、北山も「あ、どうも」と小声で応対していた。と話したことを報告した。

「甲賀の話は、北山のスマホの着信履歴とも符合していて、甲賀の話の信憑性は高いと思われる。つまり、北山が誰かと一緒にいた。そして、そこでビールと睡眠導入剤を飲んでしまった。いや飲まされた、と考えるのが妥当だと思う」

「その誰かが横谷ということか」刑事課長が念押しするように言った。

「初台のランプで降りたということは、横谷のマンションもあります」

「そう言えば、横谷が車を引き取りに来た時、ヤッケのようなものを着ていましたね」若い刑事が後押しをした。

「ただ、現状は横谷が北山を殺害する動機が全く分かりませんから、ホープ製薬の社員への聞き込みも必要ですが、まずは、横谷のアリバイの確認と、梁川駅の男と横谷本人の異同識別での確認をすることが必要です。その為にも署に出頭させる必要があります」

「関係長、一つ質問ですが、横谷が犯人だとしたら、なぜ車を置いていったんでしょう。車で帰った方が足はつかないと思いますが……」別の若い刑事が訊いた。

「俺の推測だが、一つは、梁川という片田舎で自殺に見せかける為には、車を置いておくのが自然だと考えた。もう一つは、北山のポケットに車のキーを入れたまま橋から落としてしまった。つまり置いて帰るしかなかった、というどちらかだと思う」

「よし、横谷を任意で引っ張ろう」刑事課長が立ち上がった。


 翌日早朝、関たちは、渋谷区本町の横谷仁志のマンションに出向き、出勤前の横谷に任意の同行を求めるとともに、参考品として紺色のウィンドヤッケと、交通系ICカードの提出を求めた。横谷は、困惑したが、会社に連絡をした後、同行に応じた。

 参考人としての聴取では、横谷は全てを否定した。北山は、車を二十五日土曜日の夕方借りにきてから以降、会っていないし、梁川駅にも行っていない。北山を殺害する理由もないと話した。唯一認めたことは、梁川大橋の存在を知っていたことだった。横谷は、登山が趣味で、梁川駅からの登山コースを何度か倉岳山に登ったと言った。

 関は、「これを着ていただけますか」と横谷の前に、参考品のウィンドヤッケを置いた。そして控えていた鑑識係に色々な角度から写真を撮るよう指示した。

横谷は理由を訊いた。

「後ほど分かります。協力お願いします」と関は突き放す様に言うだけだった。

暫くすると、一人の刑事が一枚の紙を関に渡して、「乗っていましたよ」と耳元で囁いた。

関は、その紙を横谷の前に差し出し、蛍光ペンで塗られた一行を指差した。

「横谷さん、これはあなたからお預かりした交通系ICカードの履歴です。十一月二十五日土曜日22:50に梁川駅の改札に入っていますね。そして日付が変わった十一月二十六日日曜日の0:14に三鷹駅の改札を出ています。あなたは梁川駅には行っていないと言っていましたが、これはどういうことなのか説明していただけますか」

「カード……私は知りません。それは私のカードではありません。誰かが入れ替えたのかも知れません」

「誰が、何の為に入れ替えるんですか。いい加減な話は通用しませんよ。梁川駅23:06発の高尾行に乗りましたね。高尾からは中央線の三鷹行の最終電車に乗り換えて三鷹まで行った。三鷹からは、恐らくタクシーで帰ったんでしょう。違いますか」

「…………」

「黙っていても構いませんが、もう直ぐ、さっき撮らせていただいたヤッケを着たあなたの写真と、十一月二十五日土曜日の22:50梁川駅のカメラに写っている男の照合結果が出れば、全てわかることですから」

「……今日は任意ですよね。帰らせていただきます。会社にも行かなければならないですから」

「おっしゃる通り今は任意の聴取です。今は。ただし、異同識別の結果が出るまでは帰っていただく訳にはいきません」

 横谷を睨みつけた関は、横の刑事に結果を急ぐよう指示した。

 部屋を出た刑事が戻ると、関に耳打ちした。

「横谷さん、一致したようです。今、あなたへの逮捕状と捜索令状を請求していますが、もうそろそろ正直に全てを話したらどうです。それとも部屋から睡眠導入剤が出てきてからでないと話す気になりませんか」

「…………」横谷は下を向いたまま、何も喋らず、微動もしなかった。

 関は、横谷が自供を始めるのは時間の問題と確信し、今日の聴取を止め、ホープ製薬の社員から、北山殺害の動機に繋がる聞き取りの報告がされるのを待った。


 逮捕した横谷への取調べが翌日から始まった。

「北山さんに弱みを握られていたようですね」関の第一声だった。

 刑事たちの聞き込みにより、横谷が、二、三年前ぐらいから、北山に何か弱みを握られていたのではないか、北山が所長になったのも、横谷支店長が無理やり本社に押し通したという話だった。弱みの中身は、聞き込みでは掴めなかったものの、北山がある人に、支店長つまり横谷は、俺に足を向けて寝られない筈だと、言っていたことが掴めていた。

 関の読み通り、一晩の拘留で、横谷は全てを話す気持ちになったようだった。

「北山に脅されていました」

横谷は、小太りの体を縮ませて話し始めた。

「何を脅されていた?」

「車の事故です」

 横谷は、一昨年の夏の夜に単独物損事故を起こした。道路脇の標識と電柱に衝突する物損だったが、その時、北山に運転手の身代わりになってもらった。それ以来、脅しを受けていた、と話した。

 関は、即座に、「身代わり?あんた飲酒運転だったんだな」問い詰めた。

「………」横谷は答えなかった。

「支店長という立場で飲酒運転していたとなれば、降格は勿論、懲戒免職もあり得る。酔った頭でそう考えたあんたは、大阪支店当時から上司部下の関係だった北山さんに、身代わりをやらせた、という訳か。それで北山さんを所長に昇格させたんだな」

「………」横谷は、今度は黙ったまま頷いた。そして(おもむろ)に顔を上げた。

「北山は、ハラスメントで内部通報を受けて、社内処分の対象になると、助けてくれと言って来た」

「助けないと、飲酒運転をばらすとでも言われたか」

「あいつは、所長の器ではない。それを俺が引き上げてやったんだ」

「横谷、あんた間違っているよ。あんたが飲酒運転しなかったら、身代わりを頼まなかったら、北山に脅されて、所長の器でもない北山を所長にすることもなかった筈だ。一番迷惑しているのは、社員たちだろ。あんたや北山の部下になってしまった社員たちだよ」

「…………」

「それで、北山を殺そうと思ったのか。……自殺に見せかけて殺した」

「…………」

「嫌がらせの犯人が北山だと知って、罪を償うために自殺したかのように見せかけて殺そうと考えた。そうだな」

「…………はい」うなだれたまま、横谷は微かに答えた。

 横谷は全てを自供した。

 車を返しに来た北山に、ビールを振舞い、そのグラスの中にすり潰した睡眠導入剤を混入させ、寝てしまった北山を寝袋に押し込み、担いでマンションを出た。そして車で、登山で何回か歩いた梁川大橋まで走り、投げ落とした。梁川大橋は駅から近い上に、民家も無く車もほとんど通らないことを知っていて、場所はここに決めていたと。そして、自殺に見せかけるために、車のキーは北山のポケットに入れ、車は橋の上に置いてきた、と供述した。

 供述を終えた横谷に、関が訊いた。

「北山が嫌がらせをしていたことを、あんた、どうやって知った?」

 北山の書類カバンの中の誹謗中傷を印刷したビラを、どこかで見たのだろうと、関は勝手に想像していた。そして、それをいつ知ったのか分からないが、見て見ぬふりをしていたのだろうと推測していた。

「本社のある人が、連絡して来て、何とかしろと」

「……いつ頃だ」

「十一月の二十日頃だったか…」

「………」関が想像していない答えが返ってきた。

「横谷、お前まさか、その「何とかしろ」と言われて殺したのか」

「…………」横谷が答えることはなかった。



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