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ジェラシー(4)

 石黒勇樹は、国立駅北口で、スカイツリー(よろず)相談探偵事務所所長の空木(うつぎ)(けん)(すけ)と待ち合わせた。

 数日前、立川中央署の刑事の聴取を受けた石黒は、帰宅後、妻に、警察から疑われていることを話すと、妻は誰かに恨まれているのなら、その誰かを捜すべきでしょう。まず居酒屋の無断キャンセルを石黒勇樹の名前でやった人を捜すべきだと言い、その為には興信所とか、探偵事務所とかに調査を頼んでみたらどうか、とまで言ったのだった。妻は、多分に、無断キャンセルのキャンセル料を家計から払わされたことが悔しいのだろうと石黒は思ったが、例えそれが理由にしても、自分が考えていることを後押ししてくれている言葉に意を強くした。

 そして石黒は、携帯電話の着信履歴の画面から、空木健介という名前を探した。空木健介は、探偵を名乗る人物で、以前石黒の車が、北多摩総合病院の駐車場で傷つけられた事件で、関わることになった人物だった。


 国立駅北口の珈琲店に、空木と共に入った石黒は、改めて名刺交換での挨拶をした。

 そして、営業所の十月二日の決起会の予約に際して起きた、自分の名前を使っての、居酒屋への予約、無断キャンセルという嫌がらせがあったことを話し、さらには、営業所内ではそれが誰によってされたものかを調べることが出来ない事情も説明した。その上で、数日前に営業所で起こった出来事の、犯人だと疑われていることまでを話した。

「石黒さんが、私に依頼した仕事というのは、居酒屋の無断キャンセルを、石黒さんの名前でやった人間を捜すことですよね」

「そうです」石黒は頷いた。

「そのことが、数日前に営業所で起こった出来事と関連していて、あなたがその出来事の犯人と疑われていることにも影響しているということ、と理解すれば良いのですか」

「それは、分かりません。ただ、私は私を恨みに思っている人間の仕業だとしたら、それが誰なのか知りたいんです」

 石黒は、それが誰なのか分かれば、ロッカーに農薬入りのプラスチック容器を置いた人間に近付くのではないか、と考えているが、それは言わなかった。というより、オープンにはなっていない農薬混入事件を、探偵の空木に話す訳にはいかなかった。

「……聞かせていただけるようでしたら、営業所で起こった出来事を話していただけませんか」

 空木の質問は、当然であり、石黒には想定内だった。

「それはお話し出来ません。お話ししないと仕事は引き受けてはもらえない?」

「……いえ、そんなことはありません」

「いずれはお話し出来るかも知れませんが、今は……。会社の恥でもあることなのでご容赦ください」

 石黒の答えに、空木は交換した石黒の名刺に目を落とした。

「……会社の恥ですか。確か御社は、太陽薬品と合併した会社でしたね。……分かりました。最後に一つ教えてください。石黒さんの出身会社はどちらですか?」

「私は太陽薬品ですが……」

 空木の問いは、石黒に想像したくなかったことを想像させた。自分に恨みを抱き、嫌がらせをした人間が、旧ホープ製薬の人間なのだろうかと。それは、融合を唱える合併会社では、褒められることではなく、人間として恥ずべきことだと石黒は思っていた。それを空木という探偵は、想像しているのだろうかと。


 救命救急センターの北山の担当医との面会を終えた三木は、刑事課長の中野に、担当医も自分たちと同様の疑問を抱いていた事を伝えた。

「担当の医師は、北山所長の血液を調べに出しているという訳か。結果は?」

「外注に出しているそうで、あと数日で結果が分かるそうです」

「科捜研に送るべきだったか……」

「担当医の所見では、軽症の五人とは農薬の種類が違うのではないかと……。毒性の強い農薬ではないかと言っていましたから、結果を待ちましょう」

 二人のやり取りの間に、何人かの刑事が、戻って来ていた。

 一人の刑事が、三木の背中に向けて話しかけた。

「自分の名前は出さないということで、福永という女性社員からの話なんですが……」

 三木は、刑事に顔を向けた。

「石黒を恨んでいる人間に心当たりはないが、(ねた)んでいる人間には心当たりはあると言って、山元という社員の名前を挙げてくれました」

「山元……妬みか……」

「その福永という女性社員は、営業所で恨まれているとしたら所長だと思う、とも言っていました。成績不振の所員にはかなり厳しく当たっていたようですよ」

 話を聞いていた別の刑事が歩み寄った。

「所長の北山という男は、所員からの評判は悪いですね」

「お前も何か聞いたのか?」三木が訊いた。

「私も浜崎という女性社員からですが、パワハラ、セクハラもあったようです」

「女性の敵のような上司という訳か。ところで澤木の家から出た農薬は調べに出したのか?」

三木は、刑事課室に戻ってきたばかりの若い刑事に向って聞いた。

「出しましたが、鑑識が見て直ぐに、これは水和剤じゃ無いって言っていましたから、コーヒーに入っていた農薬と一致する可能性は……。期待は薄いです」

「……そうか」

三木は、やはり澤木の犯行ではない可能性が高い、だとすれば後は井上由香と山元だが、井上由香に動機があるのだろうか……。眉間に皺を寄せ、目を(つぶ)った。

「おい、浜崎という社員の言っている所長のセクハラっていう話は、どんな話なのか聞いたか?」

「セクハラの詳しい話は聞いていませんが、事務員の女性が受けているようです」

「事務員の女性……、井上由香のことだな……」

 動機があった、と三木は心で呟いた。


 石黒勇樹からの調査依頼を引き受けた空木健介は、その日の夕刻、立川駅南口の居酒屋を訪ねた。

 開店十五分前の店には、揃いの黒い半袖のTシャツを着た、中年の男と若い男女がいた。厨房にも何人かいるようだった。

 中年の男が店長だった。空木は、その店長に開店前の忙しい時間に来店した詫びとともに、スカイツリー(よろず)相談探偵事務所所長の名刺を渡し、来店の主旨を説明した。

「石黒さん本人のしたことではないと、私も思っていますが、キャンセル料については、請求する権利がありますし、会社の規則なんです」

店長は、空木の名刺を手にして申し訳なさそうにした。

「いえ、キャンセル料のことは、石黒さんは全く気にしていませんから大丈夫です。石黒さんは、誰が自分の名前を使って予約したのか知りたいだけなんです」

「そうですか。しかし、そう言われても、私はあの予約電話の相手は石黒さんだと思っていましたから、それが誰なのかと言われても、見当もつきませんよ」

「予約の電話を受けたのは、店長さんですか?」

「予約の詳細は私が受けましたが、最初に電話を取ったのは、彼女だったと思います」

店長は、女子店員に顔を向けた。

「その男からは、二回予約の電話があったと思いますが、二回とも彼女ですか?」

「そうだったと思います」

 店長は、テーブルセットの準備をしていた女子店員を呼んだ。

 女子店員は記憶を呼び起こそうとしているのか、首を捻っていたが、出てきた言葉は「特には……」だった。

 店長は、開店の時間になったことを空木に告げると、入口に『営業中』の看板を立て掛けた。

 空木はテーブルに座ったまま、今からは客として飲んでいくことを店長に告げると、店長は笑みを浮かべ、「では、改めて、いらっしゃいませ」と頭を下げた。

 生ビールと串焼きの盛り合わせを注文した空木は、美味そうにビールジョッキを口に運ぶと、サイレンの音が聞こえた。救急車が店の前の通りを通過して行った。

 生ビールを運んできた女子店員が、何かを思い出したのか「そう言えば」と呟いて、空木の座るテーブルに戻ってきた。

「私が最初に電話を受けた時、受話器から救急車のサイレンの音がすごく大きく聞こえていたのを思い出しました。あんまりうるさくて、相手の話が全然聞こえなかったことを憶えています」

店員の声は、思い出したことにホッとしたのか、嬉しそうに弾んでいるように空木には聞こえた。

「……救急車が通り過ぎて行ったんですね」

 空木は、女子店員が一生懸命に思い出してくれたことに、感謝しつつも、これが石黒の名前を(かた)った人物に辿り着く情報とは思えなかった。

「いいえ、通り過ぎたんじゃなくて、数秒後には鳴り止みましたから、近くに停まったんだと思いますよ」

「救急車が停まった……。最初に電話を受けた日と時間は分かりますか」

 女子店員は、予約のノートを見て、九月十六日土曜日の時間は、今頃の開店直後だったと伝えた。

 店を出た空木は、友人のある男に電話をし、今夜この後、会う約束をした。空木は、その男にある頼み事をするつもりだった。それは、救急車の出動履歴を調べて欲しいという依頼だった。

 

国立駅の北口に出た空木は、五分程歩いて『平寿司』と染められた暖簾をくぐった。

 約束した友人は、空木がビールを飲み終わり、芋焼酎の水割りを飲み始めた頃、「待ったかい?」と言いながら、カウンター席に座っている空木の隣に座った。

 この友人の石山(いしやま)()(いわお)は、空木の高校時代の同級生で国分寺警察署の刑事だった。

「頼みたい事って何だい?」

 石山田はグラスに注がれたビールを一気に飲み干した。

 空木は、石黒から依頼された調査の内容を、丁寧に説明した上で、居酒屋の店員から聞いた情報を話した。そして、九月十六日土曜日午後五時頃に救急車が現場到着した場所を探したいので、協力してくれないかと頼んだ。

「その場所が分れば、その石黒という名前を使って予約をした人物が、どこから電話をしたのか推測出来ると考えているのか」

「そうなんだ。というか、これしか手掛かりがないんだ」

「しかし、固定電話にしても、携帯にしても自宅から電話をかけていれば、その場所が嫌がらせ犯の自宅となるんだろうけど、自宅以外からだったらそうはうまくいかないぞ」

「確かにその通りなんだけど、予約をした日が土曜日、時間が夕方の五時頃というところに期待しているんだ」

「期待しているってどういうことだ」

「俺の土曜日の夕方五時は、飲みに行く前の時間で、必ず部屋に居るんだよ」

「皆がみんな、健ちゃんと同じじゃないし、家族もいるかも知れないけどな……」

「調べるのは無理か?」

「一般人とは違うから、調べられないことはないんだろうけど、それはあくまでも捜査の一環としての話だからな。……自分で調べてみたのか?」

「ああ、多摩災害救急情報センターというところが、救急車の出動指令を出しているところだと分かって、電話で教えてもらえないか聞いたけど、全くダメだった」

「それで、俺に電話をしてきたって訳か。……個人を特定するためじゃない訳か。……場所を知りたいだけだな」

石山田は、暫く考え込んだ。



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