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箱庭アリス  作者: 土佐犬
9/9

      4.「白兎を追いかけろ」



空気が少し冷えたのに気付いて、次いで、ああ時間が経ったのだと諒解した。

「【城】に辿り着く、ね。ゲームクリア、俺が生き残る方法ってわけ?」

「まぁ、そうなるな」

教えて貰ったところで、四十七人(だっけ?)は『負けた』わけだから、とても

有り難いとは思えない。聞いて損はないと思うが。

「クリア方法というか、ルールに近いな」

ぷかりと煙を吐いて、言う。

――こいつらが女王の手下、或いは少なからず息のかかった存在なら。

不意に、そんなことを思う。

――もしそうなら、こいつらの『役割』は「ルール説明」なんじゃないだろうか

それが正しいとすれば、『役割』とは『女王に与えられた役割』となる。


俺は、こいつらの話を丸呑みにして良いのだろうか?


「君が助かる方法はただ一つ。



【白ウサギ】を追いかけろ」



「白……ウサギ?って、あの銀髪のチビか?」

思わぬ台詞に、首を傾げた。頭に浮かぶのは、あの生意気なウサギだ。

「チビなんて聞いたらウサギが怒るだろうなぁ」

せせら笑うように言うのは、俺にかウサギにか。

「追い掛けろったって……追い掛けてたけど、いなくなったんだよ。今何処にい

るのかも分からないし」

追い掛けようがない、と言ってみる。だが、ハトが自分の背後を指差して、そち

らを見ると。


「っああああ!ウサギ!」


遠目だろうと間違えようのない、短い銀髪に、小さな身体に似合わない紳士的な

服。百メートルほど離れたところで、何やら屈んでいる。


思わず駆け出した。



****



あと十メートル、五メートル……

「うわぁっ!」

心底驚いた声でそこを飛びのくので、捕まえようとした俺の腕は空を切った。

「チッ」

「ちょ、何だいきなり!いや、アリスが僕を追うのは分かるが、どうしてそんな

親の仇みたいに憎しみ込めて睨むんだ」

「そりゃあお前が逃げるからだろう!」

「そりゃ今みたいに追い掛けられたら逃げるだろう」

ハァとため息をついて、「つくづく『アリス』らしくない」と呟く。その左手は

、何故か、胸に押し付けられていた――花を握って。

そこで辺りを見れば、俺の足元には幾つかの手折られた花が落ちている。最初に

見たウサギの体勢を思い出し、首を傾げた。

「………あかずきん?」

「……花摘んだだけでグリム童話に飛ぶとはね」

「ペローだ」

「訊いていない」

再び、まるで付き合ってられないとでも言うようにため息をついた。幼い癖に、

幸せ逃げるぞ。

「で」

「はい?」

「だからぁ、で?」

「なにがだ」

下からジトリと睨まれて、なんでこいつはこんなに目つきが悪いのかと嘆息する

。赤目の所為で妙に迫力があるのが尚更悪い。

「なんで花なんか摘んでん……え、まさかその歳になって摘みたかったから摘ん

だとかそんなカーワイイ理由じゃな」

「だ、ま、れ」

即座に靴底が飛んできたので慌てて避ける。それを、さも不愉快そうに見てから

脚を下ろした。

「あっぶね、ホントお前物騒」

「五月蝿い黙れアリスのくせに」

「あ?アリスとか呼ぶんじゃねーよ、小学生か中学生かわかんねーくせに」

一瞬、何か言い返そうとしてか口を開けたが、何を思ったのやら、ぱくりと閉じ

てしまった。そして、もぞもぞと低く言った。

「……これでも僕は14だ」

「…………ぷっ」

「きっさっまあああああ……」

紅い目がめらめらと燃える。いや、いやほんとに。それでも俺は笑いを止められ

なかった。

「じゅーよん!?中二!?ちっせぇえ」

「少し待ってろ?今すぐ串刺しにしてやるからな」

地雷だったらしく、こめかみに青筋が立たないのが不思議な程鬼の形相をしてい

た。

まあ実際のところ、中一と中二なんて見分けつかない奴もいるし、中二と言われ

ても理解出来るのだが、俺は「好意的に見て中一」と思っていたので、ほら、ね

「うはーごめんごめん、だってあんまり線が細いからさぁー。女子みてぇ」

「失礼な!」

顔を赤くして怒っているのを見るに、それも地雷だったようだ。よく言われるの

かな。

「それで、ウサギさんは何してたわけ?」

言いつつにじり寄ると、にじり下がられた。ガード堅いなぁ。

「『アリス』には関係無い」

今度は俺がムッと来る。こいつは意地でも俺を『アリス』にしたいらしい。

「アリスアリスって、俺には名前があるんだよ!つーかさっき言ったろうが。忘

れたなんて言ったらウサギじゃなくてニワトリって呼んでやるよ」

ニワトリも赤いしな。目じゃなくて鶏冠がだけど。

「一々失礼だな……。本当に、壱縷はアリスらしくない」

ふて腐れたように呟くのを聞いて、ついまじまじと見てしまう。

「……まだ何か?」

「…いやぁ、別に」

やたら自然に言われたなとか、ああファーストネームで呼ぶのかとか思ったが、

何より、

――久しぶりに呼ばれたな……。

クラスでは浮き気味で、寮だから家族もいなくて、そんな生活だったから久しぶ

りに呼ばれた……本当は、その記憶も朧なのだけれど。だが、鼓膜を叩くその感

覚に、久しぶりなんだと分かる。

「なんだ、まだ不満なのか」

「違うつってんだろ」

軽くいなしながら、今まで切羽詰まっていて気付かなかったけれど、多分こうし

て誰かと話すのも久しぶりなんだろう、と思った。中身を伴わない抜け殻として

の記憶から、そう推測する。

「………えと」

「何か」

「そう、だ。えっと、『赤の女王』?の所に行くにはどう行けば良いんだ?」

追い掛けろと言われたが、ウサギに進んで貰わなくては追い掛けるも何も無い。

そう思ったのだが、

「ああ……」

一瞬、ウサギが目を伏せた。その目は酷く冷えていて、しかし、俺を責めるよう

なものではなかった。

あ、なんか、前も見た。

デジャヴ、ではない。確かに見た。前は、ええと何を言った時だったか?

そう考える刹那のうちに、彼は既にふてぶてしい赤い目を俺に向けていた。

「はいそーですかと案内するのも癪だしな…」

「おいテメェ」

調子のんなや。

「というのは流石に嘘だが、僕には少しやりたいことがあるのでね。壱縷には居

て欲しくないことだし」

さらり言われ、何故か小さく胸椎が軋んだ気がした。

『居て欲しくない』。そんな言葉にショックを受けるくらいに、俺はこいつを信

頼していたのだろうか?この世界で頼れるのはこいつだけ、とは言え。

いや、こいつだって完全に頼れるわけじゃない。すぐいなくなってしまうし、味

方と言われたわけでもないのだから。それでも『最初に会った人』として、少な

からず心を許していたのだろう。だからって、ショックを受けるようなものでも

ないのに。

久しぶりに名前を呼ばれたから、勘違いしたのだろうか?こいつと親しいとか何

とか?だとしたら、心と脳の乖離が酷すぎる。笑える程に。

「だから」

急に、自身の思考の渦から引き戻された。

「うん」

「撒こうと思う」

「うん、…………うん?」

首を傾げたのが運の尽き。ってそれほどでもないんだけど、白ウサギは自分の言

葉を忠実に実行したのだ――つまり、さっさと逃げ出した。

「ああっ!テメッ、待て!」

俺も後を追って直ぐさま駆け出したが、最初のスタートで出遅れ、しかも地の利

は完全に向こうにあるため、とても追い付かなかった。

見失ってから五分以上走り続けたが、ついに辺りを見回して、確かに完全に撒か

れたことを認めた。

「畜生、あのガキ……」

やりたいことがあるって、いつ終わるんだよ。そもそも会いに来るとも到底思え

ない。

「はあ……じゃあ、この森捜し回るしかないのかぁ……」



****



森の中、ウサギを捜し歩くこと三十分。腕時計なんか持っていないから、大体だ

けど。



変なものを見つけた。


見つけてしまった、と言うべきかもしれない。それくらい、非常に変なものだっ

た。



森は思ったよりも広かったらしく(或いはただ俺が歩き慣れていないだけかもし

れないが)、ぐるぐる歩いてみても、見覚えある場所にまるで辿り着かない。完

全に迷子状態。せめてウサギを見つけた、開けた所に戻りたいと歩いていた。

と、少し開けた場所が見えてきた。万感の思いで駆け寄ると――

「あれっ?」

確かに開けてはいるが、花は殆ど咲いておらず、見覚えの無い大きな倒木が今朽

ちんとしている。

どうやら全く別の場所にたどり着いたらしいとため息を付いた時だった。

変なものを見つけたのは。



「何故、森の中に」



両手鍋と中華鍋?





二章はこれにて終了です。

本当に申し訳ありませんが、三章の更新はずいぶん先になってしまうと思います。

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