4.DRINK ME
物騒な中一(?)に殺気向けられたりしつつも、とにかく「脱出は貴方次第」と言われた俺は歩き出していた。あれってつまり不可能ではないってことだよな!うん!
……それにしても、なんというか。
女の趣味だな、と思った。
何がって、この地下(多分地下)室だ。
――さっきも相当落ちたと思うのだが、とにかく此処に来てからずっと窓という窓を見ていない。別に設計者が窓ギライだったとかいう可能性も無いわけじゃないんだけど、普通に考えれば地下なんだろう。
話がズレた。
女の趣味というのは、壁紙とかランプのことだ。
少女趣味と言うほどかわいらしくはなく、茶色系統で纏められ落ち着いているが、ランプには細かい細工が凝らしてあるし、壁紙もお洒落。床は落ち着いた赤色の毛足の長い絨毯で、全体的に大人の女性が好みそうな雰囲気だ。
……まぁ、高校男子の俺にあまり心動かされないんだけど。
ふかふかの絨毯を歩いて二つほど角を曲がると、小さな扉に突き当たった。小さな、と言っても1.2Mくらいのものだ。取っ手も含め木製で、これまた精密な装飾が施してあり、作った人……というか此処を設計した人のこだわりが垣間見える。
でもなんでこんな小さいんだ……屈まなければいけないだろうに。何でも小さくすると可愛くなるって言うけれど、こんな微妙なサイズにミニマム化しても大して可愛くないし、大体利用に大変不便だ。最近は便利さを追求しすぎているとか言われているけどさ。
そんなことを考えるともなく考えながら、取っ手を掴んで扉を開いた。
「わーお………」
そこには部屋があった。
……その表現がおかしいとするなら、そこには部屋しかなかった、と言っても良いし、更にいうならばそこは何も無い部屋だった、と言うべきかもしれない。
つまり、何もなかったのだ。そこは廊下ではないし、最初に目覚めた空間よりも(壁紙や床、照明を見るに)部屋らしい部屋であると言えるだろう。
だが、調度もなにも無い。部屋の中心に立ってぐるりと回って見ても何も見つからない。強いて言えば天井中央にアンティーク調の照明が三つ。金魚鉢を逆さまにしたみたいな形をしたあれだ。
「何もねぇ……ほんとに何もない」
そう、次の場所へ進める扉や何かも無いのだ。
「つまり、行き止まり……?」
ここに来るまでの廊下は確かに一本道で、他に進むべき道など無かった。
「ウサギめ……出れるんじゃなかったのかよ」
恨み言を呟き、仕方なく戻ろうかと思った時だった。
「……………」
へっ?
声が出ないくらい、驚いた。いや驚いたというほど勢いがなかったから、声が出ないくらい意表を突かれたというべきか。
「さっき、確かに何もなかった、………のに」
今や、入って来た扉の、向かって左斜め前の位置に三脚テーブルが在った。確かに、在った。
「なんで………」
誰に言うわけでもないけれど、思わず「いやさっきはホントに何も無かったんだって」と弁明したくなる。もしかしたら、「いや実は最初からあったけど気付かなかったんじゃない?」という現実的思考の俺の頭を、体が「いや見たじゃん、確かに確認したじゃん」と騒いでいるのかもしれなくて、その騒ぎが少し漏れだそうとしているのかもしれない。
「ええと、そう、だから、ああ落ち着け俺。」
兎に角、三脚テーブルを調べてみる。
黒い鉄?製の脚は植物をイメージしてあるらしく、所々に花や葉のモチーフがあしらってある。天板は、木製の丸枠に硝子が嵌めこんである。硝子には紅い薔薇の花弁が閉じ込めてあった。
全体的に、やはりアンティーク系のデザインだ。古いファンタジィ世界風とも言えるかもしれない。
そんな三脚テーブルには、くすんだ金の鍵がちょこんと置いてあった。
「……扉も無いのになんで鍵なんだよ」
もっとこう、例の灰色部屋に戻ったら、ウサギの言うような出入り口が見えるメガネとかだったらよかったのに。
とりあえず手に取ると、小ささの割にずっしりと重い。
「ふぅん、ちゃんとした鍵なんだ」
でも、開けるべき扉がないから――
「、は………?」
開けるべき扉は、確かに無かった。
そもそも扉が無かったのだ。
そう、より正しく言うならば、
先へ進む為の扉はおろか
――入って来た筈の扉さえ、無かった。
「え……………え?」
混乱に陥る寸前、
不意に、ウサギの言葉が蘇った。
――見えないだけで、ちゃんと入口も出口もある。
「隠された、ってこと……?」
そうだ、焦っても混乱しても何も始まらない。落ち着いて、状況を判断しろ。
まず回りを見渡した。壁紙はまるで切れ目一つ無いように見える。確かにそこにあった筈の扉は無い。三脚テーブルが部屋のど真ん中ではないおかげでどちらから来たのか分からなくなることはないが、これで再び俺は密室に閉じ込められたことになる。が、さっきと違うのは、確かに自分は自分でこの部屋に入ったこと。そして、この鍵だ―――「へぇっ!!??」
手元を見ると、いつの間にか、
俺は硝子壜を握っていた。
「………いやいやいや」
現実逃避気味に乾いた笑いを浮かべつつ、首をかるく振った。
宝石の様に綺麗にカットされた硝子で出来た小壜。栓まで硝子の洒落た品だ。化学薬品のように茶色や黒ではなく、クリスタルの様な透明無色。…もしかしたら本当にクリスタルかもしれないけど、俺は生憎教養が無いので分からない。
…………いや、そんなことはどーでもいい。
「俺、さっきまで鍵握ってたよな……?」
金色の鍵だったはず。離した覚えはないのに、いつの間にかすり替わって――いや、すり替えられている。
「うっそだろ………」
不可解なことばかり起きるけれど、これが今までで一番ヘンだ。何てったって、今までは視覚だけの問題だったけど今は触覚も連動しているんだから。
これは、あれだ。
――「考えた方が負けだな。」
諦めてよく見ると、壜には藤色の液体が詰まっている。藤の花で作った色水みたいで綺麗だ。
そして、麻かなにかの紐で口の所にタグが付いていた。
なになに、
『DRINK ME』
「………いやね、綺麗なのは認めるけどね、流石に飲む気にはならないなぁー……」
飲むかどうかは兎も角、まずは飲めるかどうかだ。
飲めそうな想像をしてみる。
グレープジュースを薄めたモノ。――却下。
ワインの水割り。――却下。
藤の色水。――すごく却下。
紫キャベツの煮汁。――却下却下。
ええと、えーと。――駄目だ、もう思いつかない。とりあえず字面的に一番まともなのは二番目かな?三番目もいいけど、悲しいかな飲み物じゃないし。
「さて、とりあえず飲めないこともない」
飲みたくはないが。
だが、飲む必要があるだろうか?…部屋の中をぐるりと見渡す。扉は一つも無く、天井には照明。中心から少しズレた所に三脚テーブル。それ以外に何かあるだろうか?
丁寧に、時間をかけて目を凝らして眺める。壁に近付き触る。元々あった扉は跡形もなく、凹凸はおろか壁紙の継ぎ目すら無かった。他の壁をよくよく注視するも……
「……ん?」
何か、ある。
つ、次はもう少し長くなる予定です…