2.邂逅
灰色と言うには白過ぎる。
コンクリートであるには滑らか過ぎる。
……そんな壁に、四方どころか六方を囲まれた、直方体型の部屋。個室にしては広すぎるその部屋には、何故か、窓どころか扉も見当たらなかった。調度の一つも見当たらない。存在するのは、ただ一つ。
――部屋の中に、少女が一人立っている。
目の醒めるような金髪は腰まであり、空色のエプロンドレスに白いハイソックス、バックルのついた可愛らしい焦げ茶のローファーを履いている。
お伽話に出てきそうな出で立ちの少女は、しかし、冷え切った金属のような瞳をしていた。
可愛らしい顔立ちをしている所為で、まるで人形のようだ。現代の科学技術の粋を集めて作ったアンドロイドです、と言われたら頷いてしまいそうなくらいに。
だが、その十四、五歳の少女の胸は微かに上下し、呼吸していることを示している。
ドレスよりも濃い、夏の空を映したようなその蒼い瞳を天井に向けたまま、少女は身じろぎ一つせずに、ただ立っていた。
****
――バチッ!――
電気が爆ぜるような音に、俺は文字通り跳ね起きた。いまにも感電しそうな音に驚いた心臓は、未だ動悸を収めようとしない。
「は、は、……はぁ、」
ありきたりだけれど胸に手を置いて深呼吸。ありきたりなだけあって、動悸はともかく呼吸と気分は落ち着いた。
さっき見たのは……夢、か?
それにしては鮮明に覚えている。
得心出来ぬままに辺りを見回すと、
「うわ………まじか」
……夢?に見た部屋と、全く同じ。明るい灰色の滑らかな壁(しかも穴一つ無い)に囲まれた、長方形の部屋。
真っ白い部屋にいると人間は気が狂うらしいけど、この色はセーフなんだろうか。それに、これって酸素とか大丈夫なのかな。
現実的のようでただの現実逃避気味にそんなことを考える。
さっきの、夢?と……ええい、夢ということにしてしまえ。兎角、夢と違うのは、女の子の代わりに俺とベッドがあることのみ。
これ、密室ですよね。密室殺人とかとは意味が違う、根本的に違う密室ですよね。俺を此処に入れただけで既に完全犯罪ですよね。
………。
………。
………。
そうじゃんっなんで俺こんなとこにいんの!?来た覚え無え!!!!
はぁはぁ、
お、落ち着け俺。
よく考えよう。
此処に来る前、何してたっけ?
……フツーに登校して、フツーに授業受けて、フツーに下校して、確か寮に戻る前に本屋に寄ろうとして、それで、白い……
白いうさぎ?
あ、いや、確かあれはただの猫だったはず。そうだ、猫を道路から退かそうと思って――
車の音。
ブレーキ音。
スリップ音と、
……その後は思考が暗転して、思い出せない。
それにしてもダサい。あまりにもダサくないか、俺。
だが、あれで轢かれてなかったとは運が良い……え?もしかして――
「此処って……天国、とか?」
地獄よりは天国っぽい。
それに、そんなに大した悪事を働く勇気も動機も投げやりも持ち合わせていなかったから、天国に来ていてもまぁ可怪しくはない。
「そかー、俺死んじゃったのか……」
なんか、未練はあまりないけど、それが逆に悔いが残る。こんなにいきなり死んで、未練が無いなんてそんな寂しすぎる。大学入ったら楽しく過ごす予定だったのに。もう三年くらい待ってくれたら未練もあったろうに。悔いの残る十六年間だったな。
……ううむ、淡々としている。仕方ない、全くこれっぽっちも実感沸かないし。露ほども、と言ったって良い。
だって、身体はまるで無傷だしちゃんと実体ある。足もある。しかも今居るのは保健室みたいなベッドの中。軽く頭がふらふらする辺り、気絶して目覚めましたって気分。部屋が非常に異質なのと、途切れる直前の記憶――この二つ以外、とても「フツー」。
まぁ、とどのつまり。
俺は、「死んだかも」という危機感を持てば良いのか、「(窒息して)死ぬかも」という危機感を持てば良いのか分からないので、結局うまいこと危機感が持てずにいる。
ので。
「…………まぁ、いいや」
俺は考えることを放棄した。
なんでこんなとこにいるのかとかはいいや。とにかく、
「此処を脱出する方法、だよなぁ」
どうせ考えたところでどうしてこうなったのかなど分からない。ならば差し迫った危険(=窒息死)を排除しようではないか、ということである。
とりあえずベッドから起きだし、端から壁を調べてみることにした。
先ず部屋をぐるりと見回す。
長方形の部屋は、タテヨコが大体5M×15M――比率で言えば1:3くらい。それを正方形を三つ横に並べた形と表現するならば、片端の正方形の中央あたりにベッドは置かれていた。
とりあえず一番近い短辺から調べるか……と歩いて近付いていく、
が。
「うう、滑らか過ぎて素材すらわかんねぇ……堅いから壊したりも無理か?」
丹念に調べていくものの、何の情報も得られない。無表情な壁と睨みっこしながらさらにぶつくさと呟いた。
「だから此処は何処なんだよ…天国でも地獄でも良いからはっきりしろっての」
「天国でも地獄でもない」
「!!!!」
びっくりして振り返ると、そこには小さな影。
「だ、れだお前……」
黒い蝶ネクタイと焦げ茶のベスト、黄土色のチェックのパンツなんて小洒落た服装をキチッと着込んだ少年だった。左手に持ったひどく細身の短い傘はなんだか紳士的で似合わない。金色の大きな懐中時計を右手に収めている。大体中学一年生くらいだろうか。声変わりも済んでいなさそうだが、口調はあまり幼さを感じさせない。
――なんだ、この変な奴……
そう思ったのは一瞬で、はたと我に返った。
「お前、どっから?一体此処が何処なのか知ってんのか?」
教えてくれ、此処は何処でなんで俺はこんな所にいて一体どうすれば此処から出られるんだ。
澄ました様子で手中の時計をちらりと見て、ベストに仕舞い込んだ。そうして勿体ぶってから、言葉に出なかった問いも聞こえているかのような顔で、少年は答えた。
「それは、僕の役割ではない」
「役割……?」
駆け寄ろうとした途端、少年はくるりと踵を返し、駆け出した。
「あ、おい………あ!」
思わず声を上げた。
少年の駆けていく先に、いつの間にか壁が消えて廊下が延びていた。
「さっきは無かったのに……」
夢でも見ているかのようなふわふわした感覚に陥りつつ、また壁が出現しちゃかなわないとばかりに、既に廊下の先に消えた少年の背中を追い掛けた。
なんだか申し訳ないくらい短いです…。
最初なので二日続けて投稿しましたが、これからは前述の通り更新遅いです。