第一章 ‐ 1.暗転
第一章: 紅い瞳の白兎
Hello,hello,
Can you hear me?
Can you hear my voice?
僕/私の声は、アナタに届いていますか?
* * * * * *
* * * * * * *
うさぎが跳んでいる。
ぴょこん、ぴょこん、と和むような苛立つような音をたてながら、こちらへ向かってくる。
ぴょこん、
ぴょこん、
うさぎの赤い目。
毛が白いから、今は冬だろうか。
それとも一年中白いうさぎなんだろうか……そういう種類がいるのかは知らないけれど。
ぴょこん、
ぴょこん、
うさぎの赤い目が近付いてくる。
透き通っているのに、どこまでも赤が沈んでいて。
まるで底なし沼を覗き込んだよう。
ぴょこん、
ぴょこん、
赤い、
ぴょこん、
ぴょこん、
赤い、紅い瞳――――
「一年二組一番、藍川壱縷!!!!」
!!!!
「ハイッ!」
がたっ!と派手な音を立てて、思わず立ち上がった。それからきょときょとと辺りを見回して、そういえば今は授業中だったと思い当たる。
「お前寝てただろ……」
「あ、いえ、寝てはいません」
こう、ちょっと姿勢悪かっただけで!……いや、嘘ですけどね。うさぎが出て来るようなメルヘンな夢まで見てましたけどね。
でもあの夢、あんまりメルヘンじゃなかったよなぁ。うさぎが近付いてきて。あの紅い目とか怖かったし……
「おい藍川」
「あ、はい」
ヤバイ、おもくそトリップしかけてた。
と、クスクス笑いが床から忍びよってくる。お前ら男の癖にクスクス笑ってんじゃねぇよ気持ち悪い。
「問3と練習6、次回の授業始まる前に黒板に書いとけ」
「はーい……」
ちっくしょ、練習6とか三問もあるじゃねぇか。
舌打ちをどうにか抑えつつ、席に着く。と、隣の奴はまだクスクス笑っていた。だから気持ち悪いっつの、と意味を込めつつ睨む。
睨みつつ、これマズイかなぁと思った。
ただでさえクラスから孤立気味の俺だ、何かあれば所謂虐めに繋がりかねないし、そうでなくともハブられたりとか。まさかこんなことで、とか、まさか高校にもなって、とか思うが、女子がいないからかどうにも子供っぽい真似をする馬鹿がまだいる。
今更つるむ相手がいないと嫌だとか言うつもりはないけど、孤立すんのとハブられんのは違う。後者は確実に不快だしメンドくさい。
やだなぁ。
大体、なんで高校まで男女別にしなきゃならないんだ。男女不純交遊をなくす為らしいけど。なんでも、「恋愛」に重きを置けば「結婚」や「出産」は二の次或いは恋愛の付与物と見なされかねないかららしい。だが、そうして子供を増やす為とか言って、男子校女子校は同性愛者が増えるに決まってんだろ、大人って阿呆なのか。
――2XXX年の第三次世界大戦によって、世界人口は激減した。
大きな人口減少により、立ち行かなくなった国も多くある。酷い駆け引き、残忍な兵器や手口、裏切りと騙し討ち。先進国は軍役を強いた国民を減らし軍事費に多くの国家予算を割いた。発展途上国は軍事拠点にされ、戦争の舞台となった。結果として、前者は内側から、後者は外側から瓦解していった。
誰が生きているかも判らない戦場で勝利を叫んだのは、当初の予想通り某合衆国だった。だが、世界中が総力戦を行い、且つ二次とは比べるべくもない科学力を軍事に行使した為、結果として賠償金は払えない、領土を奪っても統治するだけの人員がない、という理由から、何処が勝者なのか判らないような有様だった。
……らしい。
全部、教科書に書いてあることなんだけど。
それから約五十年。
世界大戦を知る人が少なくなった。
平和を唱える声もどこか真剣味がない。
五十年前に終わったらしい戦争のせいで衰退した医療・学問・芸術などを復興させることに全力を尽くす時代が終わろうとしていた。
今は、とにかく国力を付けようということなのか、どの国も人口増加に躍起になっている。我が日本はというと、高校まで男女を分け、大学からようやく異性交遊が公式的に認められ(つまり、高校まではあまり良しとされていないのだ)、三十五までに結婚し、少なくとも四十までには第一子を産むのが「当然」。「常識」。
うちの国は戦前から少子高齢化に悩まされていたらしく、しかし人口増加率は他国と比べても大差無い。一旦減ったものが増えるのは大変なのかもしれない。
とにかく、そんなわけで俺は小学校入学以来きちんとした異性(=寮母さんや母親は異性とは認めない。断じて。)とほとんど会ったことがない。全く嘆かわしい。
それというのも、この鳴成男子校が全寮制なのが悪い。そのせいで数少ない異性との交流もないのだ。しかも一遍「浮いてる奴」のレッテル貼られると剥がれねぇし。
はぁ、とため息をつく。
なんか色々間違ってるよなぁ、俺の人生。
此処じゃない所に行きたい――って、まさか異世界にトリップして勇者さまー魔王を倒してくださいーなんて言われたいわけじゃないんだけどさ。無理だし。その前に有り得ないし。
俺は結構現実主義だ。シビアというか。
だから、此処じゃない所に行きたいなんて本気で思っちゃいなかったし、行けるなんてもとより信じてなかった。
ちょっと本屋へ行こう。
ふと思い立って、寮へ向かう道を逸れた。
購買にも雑誌やコミックの新刊はあるけど、文庫とかハードカバーが置いてない。俺の好きな村上龍とか浅田次郎とかもない(古いとか言うな、今でも太宰とか鴎外だって読まれてるし、そもそも書籍の保存形態がデジタルに移行してからは新旧はあまり意識されなくなってきてんだから)。
……結局、あの授業の後もクラスに変わりはなく、あれ俺ってもしかしてビビリかと落ち込んだものの、まぁいいやと放り投げたところで落ち着いた。
まぁ日常なんてこんなもんだよね。
そんなことを考えていた。
車通りの少ない道路を渡ろうと、左右確認する直前だった。
ぴょこん、
と、
跳ねる白い影。
うさぎ?
そう思って見ると、白い猫だった。
跳ねたのは見間違いか、なんて思いながら、流石に道路にいるのは危ないよーと追い立てようと軽くかがんだ姿勢で走り出した。
猫を見ていた。
多分、白かったから。
目が紅いのかな、なんて少しでも思ってしまったから。
車の音に気付くのが遅れた。
キキィィィイイイイイ!!
タイヤが道路に擦れる音を聞きながら、
猫を助けて死ぬなんてカッコイイじゃん、
嗚呼でもやっぱり猫なんて見殺しにしておけば良かった、
あぁ、こんなこと考えてる時点で格好よくねーなぁ、
てか猫自分で避けたんじゃねぇ?俺犬死に?
なんて馬鹿なことを、刹那、思った。
……全部うさぎの所為だ。
そんな文句を最後に、思考は闇に落ちた。
短めですが、基本この文量でやっていきます。
更新遅いですが、どうぞ愛想尽かさずに読んでやってくだされば幸いです。
評価・感想などくだされば小躍りして喜びます*´ω`)