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scene5 夢

瀬名サイドというか、瀬名の話です。

 新海誠の「君の名は。」

 クリストファー・ノーランの「インセプション」

 デイミアン・チャゼルの「ラ・ラ・ランド」

 スクリーンの向こうで夢を見ていた。


【引用:瀬名の鑑賞ノートより】



 教室の窓際、一番後ろ。席替えで一番人気の教室の角は、いわゆる「主人公席」ってやつ。クラス一番の美少女の隣と並ぶくらい希少価値がある。学校生活をおくるうえで、あの場所ほど昼寝に適した席はない。なのに、アイツはバカ真面目に授業を聞いている。教科書もノートも、電子辞書も。キレイに整頓されて机に並んでいる。黒いシャーペンでカリカリと板書を取って、黒板と睨めっこしている。教科書のページをはぐって、たまに頬杖を突いて窓の外を眺める。


 横顔が美人だと思った。


 昼寝の最中に見た優等生、松平葵の名前をあの日オレは覚えた。


 美しいものが好きだった。綺麗なものが好きだった。

 テレビの画面、映画のスクリーンに映る世界はいつも光で溢れていて、四角な箱の中に閉じ込められた輝く世界はいつ見てもワクワクする。

 友達と遊ぶこと。バイト代をパアッとギラギラした電飾と頭の悪そうな音楽が鳴り響くゲームセンターで溶かして、カラオケ行って、声枯れるまで歌うこと。ファミレスでマズイ液体を錬成すること。かわゆい女の子とアソブこと。キライじゃないよ、むしろ好き。何も考えずにその場限りの楽しいこと。笑いながら「バカやったな」と、手元に何も残らない幸せも、マァこれでいいか、と寝る時にふと思い出せばよく寝れる。


 それでも。物足りない。スリルとサスペンス、ロマンスが足りないって言ってるわけじゃない。ローファーの踵を踏んで歩く生活は薄いと思う。


「問一、松平、式と答え」


 葉桜の緑は光で黄色に透けて、空気は夏というには甘すぎる。

 長袖のシャツの袖を捲り上げても体が熱い。


 きっと眠たいからだ。昨日見た映画の俳優、彼に松平は似ている。

 淡々と読み上げられるX=に続く式を子守唄に、オレはそのまま夢の中に沈んだ。


「な、せな、おい、瀬名」


 肩を揺すられて目が覚める。ぼんやりと定まらない視線の先で、また名前を呼ぶ声が聞こえる。耳障りのよい中低音。シパシパと瞬きを繰り返せば、心配そうに覗く顔。


「きれー」


 艶やかな黒髪が白く端正な顔に影を落とす。涼しげな目元に、真っ直ぐな鼻筋。キュウと上がる口角に横には、控えめに美人ぼくろ。


「や、何言ってんの? 瀬名、今日稽古あるっていうから起こしたんだけど」


 不機嫌そうに眼前の美人こと葵が言う。

 寝ぼけたフリをして、しばし葵を見つめ、視線を掛け時計に移動する。窓の外は緑が青くて、夏の香りがした。腕をさすれば半袖で、夢を見ていたのかと思った。

 あの日のX=の答えは何だっただろうか。も一度瞬きをして短い針を見る。五時前。確かにいつもだと帰り支度をいそいそと始める時間だ。だが。


「今日は設備点検で稽古場使えないんだよね〜」


 言外に「はぁ?」と言われ(そういう目をされた)葵に呆れられる。

 言葉少なに目で語る演技。演じているわけじゃないだろうけど、いつか見た映画の俳優に、葵は似ていると思った。


「お前さ、五線譜の向こうに、って知らない?」


「藪から棒に何だよ」


「映画。九〇年代のピアノ弾いてる映画」


 さっぱりわからないと訴えられて、普通そうよなぁと独りごちた。

 男子高校生が知っている映画なんて、金ローでやるトトロやポニョ、アナ雪とハリーポッターくらいだろう。アニメの映画化は劇場に行ってみるかもしれない。コナンとかな。それでも、見たことある映画なんてきっとそんなもん。生まれる前の洋画が好き、随分前に話題になった邦画を観た、なんて話はやっぱりするべきじゃない。


「瀬名は映画が好きなの……?」


 真っ黒な瞳に光が差して、きれいだなと思った。

 葵には許されるかもしれない。オレの好きなもの。誰にも言えなかった大好きなものを、葵には知って欲しいと思ってしまった。


「映画が好きなんだよ。ドラマも舞台も見るけど一番は映画。二時間半に完成された全部が詰まっている。役者が一番輝く舞台って、銀幕だと思うんだ」


「銀幕って、渋い言い方知ってるんだね」


 さぞ驚きです、の顔をした葵を見ながら、んふふと笑った。


「オレの夢ね、銀幕のスターなんだ」


 自分の中でスイッチが誤作動を起こした。

 スウと視界がクリアになって、ほんの少し目線が高くなる。椅子に深く腰掛け直して、キザっぽく足を組む。ゆっくりと瞬きして、そのまま流して見れば、ほら。赤くなる。ふぅと息を吐いて、緩慢に腕を組みながら葵を見つめる。目線がキョロキョロと定まらなくて、恥ずかしがっている姿にオレは満足して笑う。

 余裕があって、カッコ付け。無意識にそんなポーズをとっている自分に違和感を感じる。誰だ。オレの中に誰がいる? 

 ノイズの消えたきれいな世界。我が物顔はCか、海賊か。いいや、王子だ。この前の舞台で演じた王子の人格だ。

 顔が上がる。目が合った。葵が耳まで真っ赤になって言った。


「瀬名はなれるよ」


 可愛くて、いじめたくて、オレは王子のまま「ああ、そうだろう」と堂々と言った。

 王子にはそんな台詞はなかった。教室の椅子に座って足と腕を組むというト書きもなかったし、演出も派手だった。今の言葉は誰の言葉だ? オレか、王子か、はたまた別の役なのか。不安が渦巻く。ドロドロと自分の演じた役たちが自分を飲み込んでいくようで、怖くなる。

 パッとスイッチが切れる。


「月山瀬名は、銀幕のスターになれると思う?」


 もちろんだと頷かれて、胸の奥がキュウと縮こまった。

 理由はわからない。頷きひとつで体が軽くなった。

 オレは天才じゃないからさ、劇団でも一番若くて下っ端なのに今回はいい役貰えてさ、たったそれだけで浮かれているんだ。稽古でも怒鳴られてばっかだし、今みたいに役と自分を見失う。こんなんでも銀幕のスターになりたいんだよね。

 信じたい。なれると言った葵も含めて信じたい。


「夢は現実とウヤムヤな時が一番狂うもんなぁ」


「どういうこと?」


「クリストファー・ノーラン、インセプション。一回見とけ? 自分の信じたい現実探しに行こうぜ?」


 首を傾げる葵を見て、オレはくふくふと笑った。

 一〇〇パーセントは理解していない。劇団の本多兄さんと話しているほうが、きっとずっと有意義な映画の話ができる。

 ぽけっとした顔。知りたがって目に光が入ること。ミカちゃんを字幕付きの洋画に誘った時よりいい反応。

 オレのこともっと知ってほしい、なんてキザすぎて葵には言えないけど、思ってないわけじゃない。

 んふふと笑って、青い冊子の台本を開いた。覚えた台詞も声に出して読む。音読であっても、チラリと葵を見れば、原稿用紙で生きていた女と同じ顔になる。おもしれえヤツ。


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