八 櫻花姫
門を超えていくと,右側に上っていく石段があり、城へはそこを登っていくようだ。その階段は、ぐるりと城の周りを周回するように登っており、各々の角には門と櫓がある。2周して城の正面に戻ってきたら、やっと城の正門がでてきた。登りながら嗣基くんが説明してくれたが、この階段で城を周回する造りは、城の防衛のための作られていて、階段や櫓には、攻めてきた敵を殲滅させるための、いくつかの仕掛けがあるのだそうだ。
なるほど。よく出来ている。
城に着いたら急に緊張してきた。下の門から城の入り口までには、槍を持った兵が何ヵ所かに立っており、
挨拶をしてくれる。嗣基くんがいるから当然だけど、私が神子だというのも知っているようで、「神子様、ようこそいらっしゃいました。」と言ってくれる人もいて、それによって、どんどん緊張してくる。さらに城の中に入ると、整然と並んでいる武士であったり、豪華な装飾であったりと、さらに緊張が高まってくる。
城に入った最初の部屋は、待合所の様な部屋だったのだが、正面に大きな振り子時計があり、ちゃんと時を刻んでいた。妙に日本風の部屋に馴染んではいるが、この世界にも、ちゃんとした時間という概念があるに、びっくりした。ちゃんと一周が12分割されているので、時間の概念は前の世界と同じのようだが、文字盤に書いてあるのは数字ではなく、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、羊、申、酉、戌、亥と十二支が書かれていた。なんかかっこいい。
「嗣基様、立派な時計ですね。時計は一般的に出回っているのですか?」
嗣基くんの説明では、一般的には出回っておらず、いくつか重要な場所に設置されているらしい。気がつかなかったが、神社の建屋の一つに、時刻社という時計が置いてある棟があるのだそうだ。ちなみに、1日は24時間、1時、2時と呼んでも良いのだが、子の刻、丑の刻ということが多い。明けの巳の刻、宵の午の刻のように、昼夜が分かるように呼ぶらしい。これは慣れるのに時間がかかりそうだ。
待合所の先には、いくつかの方向に廊下が続いているのだが、嗣基くんが正面の廊下を進んでいくので、後について進んでいくと、「こちらでお待ちください」と、六畳ぐらいの部屋に案内された。奥の部屋が、偉い人と謁見するの部屋で、この部屋は控えの間のようだ。
「嗣基様、私は敬語とか出来ないのですが、大丈夫でしょうか?」と聞いてみると、「”けいご”とはどのようなものでしょうか?」と、逆に質問されてしまった。
「えっと敬語とは、畏まった言葉ですかね。領主代行様や姫様に合うのに失礼になるのではと」
「神子様、ご心配には及びません。歴代の神子様も、気にせず挨拶をして頂きました。特に、先代の神子様におかれましては、非常に難しい言葉を使っておられましたね。後になって意味が分かった言葉もありましたが、最後まで意味が分からない言葉もございました。」
ギャルだからね。タメ語とギャル後をかましたのかな。そうだとかなり強いね。
「そうは申しましたが、領主代行様に謁見するときは、可能な限りで結構ですので、丁寧に話をしていただけると助かります。姉様は、まあ、会えば分かると思います。心配は不要ですよ。」
分かったような分からないような回答だったが、言葉使いは、気にしないことにした。とりあえず敬語ではないかもしれないが、丁寧に喋れば良さそうだ。しかし、先代がどんなふうに喋ったかは、すごく気になるよね。
櫻花姫は私と同じ十五歳で、領主代行の嗣治様、イケメン武士の嗣家様の妹で、嗣基くんの姉になる。ただし、櫻花姫だけ母親が違う。領主の徳井川嗣元の正妻、万の子は三人、嗣治、嗣家、嗣基になり、嗣家と嗣基の間に、正妻の侍女の清花が、側室として嗣元の子を授かって、生まれたのが櫻花になる。
「大奥パターンきたぁ」と思ってドキドキしたが、正妻の万も、櫻花姫の母親清花も、凄くできた人のようで、清花は、正妻を立てて一歩引くタイプで、決して前に出ず、争いを好まない温和な人のようだ。侍女の頃から万を敬っており、万も清花を非常にかわいがっていて、二人の関係は良好、櫻花姫を出産したあとも、万の侍女を続けているらしい。権力者が側室を持つのは一般的だし、兄弟仲も良好だと本人が言っている。
良かったような、残念なような・・・。女の戦いが過熱して、ドロドロした展開のTVドラマが好きだったので、少し期待をしてしまった。でも、実際に身近でドロドロすると大変なので、これはこれで良かったのかもしれない。
暫く控えの間で待っていると、襖の奥から「櫻花姫の準備が、整いましてございます」と聞こえてきた。すると、待っていたとばかりに、嗣基くん、大宮司、イケオジ神主三人組、ユキが立ち上がったので、私もあわてて立ち上がった。タイミングを計ったように、襖が左右に開いて、奥の間が現れた。
奥の間は縦に広く、一番奥の一段高い場所の中央に、華やかな着物をまとった少女が座っていた。多分、その少女が櫻花姫だろう。少女の右奥には、十歳に満たないと思われる子供が控えている。壁際の右側には、揃いの着物を着た女性が、左側には嗣基くんと同じ羽織袴をきた男性が座っていて、中央に座布団が2枚、その後ろに3枚と計5枚準備されている。
大宮司に誘導される形で、姫様の正面に大宮司と横並びで座ると、後ろの座布団には、イケメン神主軍団が座った。ユキは部屋に入ると、直ぐに脇へ移動して襖のそばに座って、嗣基くんは一段高い位置まで歩いていって、姫様の左側隣に着座した。しかし、ツートップの位置は緊張するよね。
改めて櫻花姫を観察してみる。十五歳と聞いているが、かなり幼く見える。座っているので身長はわからないが、見た目でいうと、小学校高学年ぐらいかな。一言でいうとひな人形、嗣基くんも年相応で幼い感じだが、身長は高いので大人びた見た目なのに対して、櫻花姫は妹キャラ全開である。これはメロメロになる。誰も敵わない、最強な感じがする。
「姫様、大変ご無沙汰しておりました。ご機嫌麗しゅう存じます。」
「大谷よ、堅苦しい挨拶は抜きじゃ。その方が新しく顕現された神子殿であるな。」
「仰る通りでございます、姫様。ここに居る神主たちが何日も祈祷を行った事に対して、神が応えて頂いた結果、新たな神子様が顕現されました。新たな神子様、桃花様です。」分かりやすく挨拶のタイミングを振ってくれた。
「初めまして姫様。桃花といいます。よろしくお願いします。」
「桃花と申すのか、我は櫻花じゃ。よろしく頼む。今後は、我の仕事を手伝って貰うことになる。話は聞いておるか?」
「はい姫様。大体のお話は、聞いています」
「それなら良い。細かい話は後程するとしよう。大変な役目であるが、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
最初の挨拶は、無難に済んだかな。姫様は見た目通りアニメ声だったので、コロッとやられる男共がいるのは、間違いなさそうだ。私も、コロッといきかけている。
「皆の者、大儀であった。これからも、神子のことをよろしく頼む。これより、神子と今後の事について、話をしたいと思う。神子には、午後に兄上に挨拶をした後、今宵の夕餉は城で取ると聞いておる。夕餉のあと、嗣基に神社まで責任持って送らすので、先に神社に帰って待つがよい。そち達には、茶と茶うけを用意させてもらったので、ゆっくりしていくがよい。」
偉い人に会うときは、こんなものかも知れないけど、30分ぐらい待って、5分ぐらいで用が終わってしまった。それでも、妙にみんなの顔が笑顔である。ユキも、ニッコニコだ。これは、お茶うけでおいしいお菓子が出るのかな?
「それでは、私共は、失礼させて頂きます。姫様には、神子様のことを、宜しくお願い致します」
挨拶も早々に、私を残して大宮司、神主、ユキは立ち上がり部屋を出て行った。