五 早い就寝
それではありがたく、先にお風呂を頂くことにしたのだが、ふと困った。
着の身着のままなので、制服のままだし、下着の替えもない。さすがに靴下の連履きはきついとおもっていたら、救いの手が伸びてきた。
「こちらにお着替えをご用意しております。寸法が合わないかも知れませんが、本日はご容赦ください。」
この女の子はユキと言う名前で、私の世話をしてくれる巫女と紹介された。年齢は私より少し上かな?二十代半ばの落ち着きがあるうえ、私と比べて胸の主張は半端ないが、太っている訳ではなく、背も百七十以上はありそうな感じなので、海外のモデル体型だ。
同じ年だったら羨ましすぎると思って、聞いてみたら18歳。私の2つ上、高校3年の年齢でこの完成度ですか。「よし、ユキと同じものを食べよう」と心に誓った。
温泉へ案内されながら、この世界の着衣事情を聞いてみた。先代の神子様は、下着革命を起こしたらしく、絹と木綿からブラとパンティを作ったようだ。このブラとパンティを一般の人に広めたので、この国の女性は和装の下はブラジャーとパンティが普通らしい。
名前は「ぶら」と「ぱんつ」と、かなりストレートなネーミングになっている。先代もなかなか優秀だったようだ。
案内された温泉の入り口には、広い脱衣所があり、既に浴衣と下着が用意されていた。
さすがに下着にタグが付いていないのでサイズは着てみるしかないのだが、ピッタリだった。聞くと、神子が現れた時のために、いくつかのサイズの着衣が用意されていたようで、さっき高台で話をしている間に、ユキが用意してくれていた。私のサイズを当てるとは、ユキもなかなかである。
脱衣所は、ほのかに硫黄の匂いがしており、聞いていた通りほんとの温泉の様だ。脱衣所の先には大きな湯舟があり、極楽タイムの予感がする。
「お背中をお流し致します」というユキに対して丁寧にお断りして、一人で風呂に入った。
湯舟は木の枠で出来ており、檜の香りがするので、檜風呂なのだろう。洗い場の大きな桶には、常にお湯が流れ込んでいて、ずっと溢れて出ている。その大きな桶のそばに手桶があったので、それを使ってかけ湯をして、大きな檜風呂に入ったら、その途端に全身の力が抜けて大の字になってしまった。
はしたないが、一人だから良いだろう。さっきまで風呂に入ったら、今の状況を整理しようかと思って、ユキの提案を断って、一人で温泉に入ったのだが、湯舟に入った途端、頭がぼぉっとして思考停止している。これは、このまま堪能するべきと、私のポジティブシンキングが告げている。現実逃避ともいうが・・・
暫く湯舟に入ったら、少しのぼせてきたので、湯舟から出て、体を洗うことにした。どのように洗うのかは、先ほどユキに聞いていたので、チャレンジする。体を洗う場所には、陶器の壷が置いてあり、その壷には、草から作った石鹸もどきの液体が入っている。これを使って、体と髪を洗ってみたら、かなりさっぱりした。ミント系の材料も使っているようなので、温泉で火照った体をクールダウンしてくれる効果もある。この後に食事が待っているので、そのまま体にかけ湯をして、温泉を出た。
食事は質素と言っていたが、十分に豪勢な夕食だった。既に他の人は夕食を済ませており、食事をするのは私だけだったので、二十畳ぐらいの畳敷の部屋で、一人だけの夕食になっていた。
ここは、食事処という部屋で、食事のするとき、「正座だったらどうしよう?」と心配していたのが、杞憂だったようで、かなりほっとした。部屋の中心には、長方形の大きなテーブルがあり、テーブルの下は、椅子のように座れるつくりになっていた。近所にあった、お好み焼き屋みたいだ。
テーブルの中央あたりに、一つだけ座椅子の様なものが準備されていたので、案内されるままその座椅子に座ると、作務衣をきた女の子たちが、食事を持ってきてくれた。
メインは豚肉の味噌漬けを焼いたもので、たくさんの副菜と一緒にお膳に乗せてくれている。いい匂いがしていて、おいしそうだ。聞いてみると、豚肉と鶏肉は一般にも出回っていて一般的に食されているので、珍しいものではない。一部の地方では牛肉も食べるようだが、南洲では殆ど流通していない。牛肉がないのは残念だが、私は豚肉派閥なので問題なし。ごはんとみそ汁も、素材が良いのか凄くおいしい。
食事をおいしく頂きながら、まだ異世界に来た実感が沸いてこないことに気が付いた。だって、ちょっと高級な日本旅館にきたのと、変わらないのが、原因かな。憧れの一人旅をしているみたいだ。
ちょっと恥ずかしいぐらいにガツガツ食べてしまった。ごちそうさまです。
寝床には、ふかふかの布団が敷いてあった。VIP対応だね、これは。それに、食事の間もそうだったが、社務所の中は暖かい。術によって社務所の中全体を、適温に温めているようで、心地いい。
寝室は、床の間に飾ってある制服を除けば、旅館モードが継続している感じである。私が着ていた制服は、神子が現れた時に来ていた神聖なものとして、飾っているらしい。ちょっとハズい。
疲れていたので、直ぐに布団に入ったのだが、今日はいろいろあったので、直ぐには寝れないだろうなって思っていた。そんなことを考えながら、布団に入った瞬間に、重大な事に気がついてしまった。
スマホが無い。
テレビも、パソコンも、DVDも、漫画も、ラノベもない。宿題がないことは嬉しいのだが、スマホが無いのが痛い。今までは、布団に入ってから、スマホでSNSチェックと、推しのチェック、ネットをうろつくのが日課だったのだけど、こちらに来た時に、スクバもスマホも無かったのだ。
要するに、することがないのだ。これは困った。非常に困る。
しかし、前向きに考えれば、これで異世界に来た実感が湧いてくる。気持ちを入れ替えて、今日の出来事を整理しようかと思ったが、気が付いたらそのまま眠ってしまっていた。
そりゃ温泉入って、おいしいご飯を食べて、ふかふかの布団に入ったら寝るよね。