二十六 初めての妖魔戦
せっかく寝床があるのだから馬車の1階で寝ようかという話もあったが、あそこで寝ると熟睡しそうだという話になったので、2階の席でウトウトすることにした。規則正しい揺れと、ポカポカとした温かさで気持ちいいなぁって思っていたら、次に気がついた時には、次の休憩場所についていた。早起きをして、おいしくご飯を食べて・・・寝ないのがおかしいよね。さくら、よだれ拭いたほうが良いよ。
「ここで少し休憩をした後に出発いたしますが、この大きな街道を進むのは、あと少しだけになります。少し先で街道を外れて山の方に向かいますが、街道を外れると道が悪くなりますので、少し揺れが大きくなります。ご容赦下さい。また大きな街道以外では対妖獣結界は施されておらず、街灯の数も少なくなっていますので、妖獣に襲われることがございます。馬車には結界が施されておりますので、直ぐに危険な状態になる訳ではございませんが、この街道よりは危なくなります。我々がお守り致しますが、十分にご注意をお願いします。」
何か、冒険が始まる感じだね。怖いけど少しワクワクする感じもある。
目的地の村は山を越えたところにあり、途中の村で昼食を食べるらしいので、ここでは休憩だけ。トイレによった後に少しプラプラする。私は危険になるって説明があったので少し緊張してきたが、さくらとユキは通常運転だった。気がつくと、さくらは芋を揚げたフライドポテトのようなものを買ってニコニコしていたし、ユキもなんか煎餅みたいなものを買っていた。ユキはともかく、さくらは緊張しないのかな?
「最初から緊張してると神経が持たないよ。気楽に緊張しないと。」
なかなか難しいことをいうね。
休憩をしたことで復活したさくらとユキと共に、ワイワイ言いながら出発して街道を少し進んだら、分かれ道を山に向かって登り始めた。ユキは神社に来るのに、この道から来たらしい。
「私が実家を出て神社に務めるようになったのは、6歳の時に村長の勧められたからです。私の家系は代々癒しの術に秀でた一族なのですが、癒しの術が使えるのは10歳になる頃になります。でも私は、他の人とは違い3歳の頃から癒しの術が使えたようで、村長に推薦していただいて、徳井寺の巫女になることができました。ぜんぜん覚えていないのですが。」
癒しの術というのは、RPGでよくあるヒール系の魔法の様なもので、体力回復や傷を治すことはできるが、人を蘇らせる力はない。それでも癒しの術を使える者は少ないので、町や村では医者のような立場として地位が高い場合が多い。それ以外でも、対妖獣組にも必ずと言って癒しの術の使い手が所属している。
対妖獣組は徳井寺で修業をした猛者なのだが、癒しの術の術師は徳井神社から選出される。領土の術師でも有能な人が徳井神社に集められており、男女問わず術の使い手はいるのだが、女性の方がうまく術を使えるらしい。さくらは「男は母性がないのよ、母性が。」といっているが、案外当たっているかも知れない。確かに神社に仕えているのは女性の比率が高い。
これはユキには退魔の旅にはついてきて貰わないとだねとか思っていると、急に馬車が止まった。
「姫様、神子様、妖獣です」
急に緊迫した空気になってきた。外を見ると大型犬ぐらいの真っ赤な妖獣が馬車の前に数匹いた。妖獣は狼のような見た目だけど、あたまの中央に大きな角が生えている。既にキョウが馬車から降りて、妖獣の前に一人立っている。妖獣たちは、唸り声をあげながらキョウを取り囲っていて、いまにも襲い掛かってきそうだ。
「山の坊さんは後方防衛に守って頂いています。もしもの事をかんがえて、皆さんも術の準備をお願いします。」
蘭ちゃんが2階に登ってきながら、状況を説明してくれる。
「この馬車の左右には強力な結界を施しています。この程度の妖獣であれば、左右の結界が破らることはありませんので、前後を固めれば被害を受けることはないと思います。」
前後は人の出入りがあるので、どうしても強い結界を施すことはできない。妖獣は敏感にそのことがわかるので、結界が弱い所を襲ってくるようだ。
初めての妖獣は、キョウがあっという間に倒してしまった。
ドキドキするとか怖いとか思う前に、サクッと終わってしまったね。
それにしてもキョウはカッコいいね。素人の私が見ても美しい剣さばきだった。映画がアニメで見た美少年剣士って感じだね。人気があるのが良く分かる。
それに2階のガラス越しに見ていたから、遊園地のアトラクション感満載だった。さくらは、「いけぇ、そこだ、うしろあぶない。」とか言いながら見ていた。アトラクションというより、自宅のリビングで映画を見ている感じだった。揚げ芋と煎餅もあるのだから、緊張感がなくても仕方ないよね。
あと、妖獣って斬られると煙になって消えちゃうんだね。めっちゃアニメっぽいけど、実際に見ると不思議な感じがする。RPGみたいに宝石やゴールドは出ないみたいだ。残念。
「神子様、森の中には妖獣以外の野生動物も生息しています。もちろんそれらの野生動物は、斬られても煙になりません。なので、獣を斬ることで妖獣なのかどうなのかが分かります。」
なるほどね。じゃあ野生動物を食べるジビエ料理のような文化は無さそうだね。
「昔の記録には、森の動物を食べた記録もあるのですが、妖獣がいるんで人間は森の動物を狩ることがありません。だから森の獣を人間の食料にする文化はありません。でもそれが理由で家畜を飼う文化が広がりました。」
相変わらず蘭ちゃんは物知りだね。
「妖獣は小さな野生の動物を狩って食料にしているようですが、当然野生の動物は妖獣を狩っても食料になりません。それでも森の中が均衡に保たれているのは、野生の獣が強いからです。しかし野生の獣は人間を襲うことはありません。人間が妖獣を狩ることで、森の中の均衡が保たれていると言われています。妖獣を狩りすぎるのも均衡が崩れるので駄目だという人もいるので、難しいところです。」
なるほど、妖獣を倒しすぎるのも駄目だということか。自然が相手だと難しいね。
「皆さん、特に怪我などないようです。」
様子を見に行っていたユキが戻って来て、煎餅を食べ始めた。
「それでは姫様、神子様、出発いたします。」
何事もなかったように、キョウと山さんが馬車を出発させる。さくらも揚げた芋を食べ始めた。
なるほど、この程度の妖獣襲撃には慣れろってことね。了解です。
その後は特に妖獣に襲われることはなく、昼頃には峠の頂上にある小さな村に到着した。この村の街道沿いで食事ができるのは一軒の蕎麦屋だけのようだ。蕎麦アレルギーはこちらの世界にもあるようだが、今回のメンバーは全員大丈夫なので、おいしく蕎麦を頂いた。
アレルギーを説明するのに少し苦労をした。「まあ食べながら説明を聞きましょう。」とユキに言われたときは、「食べてからだと、遅いよ。」って思わず突っ込んでしまった。
この村で特にすることはないので、食後トイレに寄って直ぐに出発することになった。
「姫様、神子様、いま1時を少しすぎたところでございます。田ノ上村には3時ごろには到着するかと思います。既に嗣基殿には先ぶれとして村に向かって頂きましたので、我々もそろそろ出発致します。」
村を出てしばらく馬車に乗っていると、森を抜けたところで急に視界が広がり、一面黄金色の田園が広がっている場所に出てきた。田園の中央には大きな水路が真っすぐ通っており、その両サイドに道が整備されている。
広大な田園は圧巻だね。よく見るとあちらこちらで稲刈りを行っているのが見える。水路沿いの道から左右にいくつも側道が出ており、その側道沿いに何ヵ所かに民家と納屋がみえるので、民家に住んでいる住民が区域ごとに田んぼを保有しているのかもしれない。
少し先の左側には小高い丘があって、そこには民家が密集しているみたいだ。
「田ノ上村の中心は、あちらの高台の上にあります。その村の中心には集会所がありますので、これからそちらに向かうことになるかと思います。そこで村長と面会になるでしょう。」
田ノ上村には多くの酒蔵がある酒造りの村で、この時期は米の収穫と出荷で賑わっているらしい。村民も収穫が終わった後に村祭りが開催されるので、それを楽しみに収穫を頑張るのだそうだ。祭りは収穫祭というのではなく、徳井神社の祭りを起点に、各々の村で秋祭りが開催されるらしい。近郊の村で日程が被らないように順番で開催されて、出店が順番に回っていくようだ。
さくらは、「芋はどこ?」ってユキに聞いている。ユキの説明では、高台にある村に向かう段々畑があって、稲作以外の農業は段々畑で行っているという事で、芋もそこで作っているようだ。
それにしても、さくらはブレないね。




