二十三 遊廓の現状
次の日の午前中は術の練習ではなく、祭りを含めた神事のことの勉強だった。先生はイケメン神主の伸明。
一言でいえば、大宮司はたいへん!やることは少ないのだが、重要な仕事が多いうえに、それらの仕事一つ一つに大きな責任がある。一方で凄く権力を持っていて、人々の生活への影響力が強い。かなりプレッシャーだね。
「大宮司の職は、掟を作ることなのですが、祭りごとも担っています。お金の管理は徳井城で行っていますが、どのように使うかは、我々徳井神社が決めているのです。なので、我々からお金を引き出したい者たちが、陳情に来ることがあります。正当な陳情であれば良いのですが、中には我々に取入ろうとする者たちがいます。」
取入る?あぁ~賄賂を渡して自分に都合の良いようにお金を使わそうとするのね。なるほど、これは饅頭の底に小判が入っている奴だ。親が見ていた時代劇で見たことがある。
「今までの大宮司様、領主代行様、大僧正様は、賄賂に惑わされたりしたことはありません。色仕掛けも聞きませんから、今の政は清廉潔白です。今後も、正しき政を行いたいと考えておりますので、神子様もよろしくお願いいたします。」
責任重大だなぁ。16の小娘にできるかなぁ。まあ何かあれば相談して下さいって言っているので、遠慮なく頼ることにしよう。
私の神事のデビューは、次のお祭りの日らしい。まず謁見、いろいろな人が挨拶にくるので、「よろしく頼む。」と答えるだけだ。簡単なようだけど、かなりの人が挨拶に来るらしい。人見知りではないけど、謁見って経験ないじゃん。緊張しない方がおかしいと思う。まあ頑張るけどね。
その後は、決められた場所に座って、舞楽と言われる舞を鑑賞する。音楽に合わせて舞をするようだが、詳しくはないので、ずっと見ていられる自身はない。でも、それが終わると自由に行動しても良いらしいので、こっちも頑張って鑑賞するしかなさそうだ。寝ないようにしないと。
ちなみに座学でも、さくらと蘭ちゃん、キョウのコンビは同席している。
「暇なの?」って聞いたら、「暇じゃないよ。私の仕事は、桃ちゃんの成長を見守ることだから。だから毎日来てるんだよ。」って返された・・・暇なようだ。
座学が終わったあとの今日のお昼は、町で食べることにした。退魔の旅の練習も兼ねているらしい。
確かに、ずっと城や神社で食べていると、世間知らずのお嬢様で終わったしまうので、町での経験は大事だ。私もこの世界の食事には興味がある。昨日のカフェもおいしかったしね。今日はさくらと私、キョウと蘭ちゃんの他に嗣基くんも一緒に移動することになったので、5人で町に出発した。
”ごんどら”に乗りながら、この世界では、どんな食べ物屋があるのかを聞いたら、昔からあるソバや煮物の他に、拉麺、咖哩、中華料理、唐揚げ、肉団子の小判焼き(これはハンバーグかな?)、鶏肉焼き飯の卵とじ(オムライスだと思う)など、いろいろな食事処があるようだ。ただし、南洲では牛肉を使ったものは少なく、また値段が高い。殆どの店で食べられる肉は、鶏肉か豚肉になるようだ。
何を食べたいか聞かれたので拉麺と答えたら、今日の昼食は拉麺を食べることになった。ちゃんと醤油、味噌、塩、豚骨拉麺があるので、今日は豚骨ラーメン屋で昼食をとることにした。叉焼も入ったちゃんとした拉麺で、すごく美味しかった。
初音太夫との約束は、午後としか決まっていなかったが、蘭ちゃんが「午後と言えば、昼の子の刻(1時)から丑の刻(2時)の間に訪問するのが普通です。」と教えてくれた。寅の刻(3時)以降の場合は、夕刻とか夕方とか言うらしい。なるほど。
拉麺を食べた後に遊廓まで歩いていくと、到着したころには子の刻となっていた。
初音太夫は、遊廓の中でも一番の老舗である崋山楼という妓楼の遊女だということなので、遊廓に入ってから真っすぐに崋山楼に向かった。崋山楼は、妓楼の中でも一番豪華で目立つので、遠くからでもすぐわかった。さくらも少しずつ記憶が蘇ってきたようで、途中から先頭に立って案内をしてくれた。
妓楼は午後から本格的に営業が開始されるいうことで、崋山楼も表門を開いて準備をしてるようだったが、さくらは慣れた感じで裏門に向かっていった。裏門には従業員が出入するところがあり、この入り口は勝手口というらしい。その勝手口を慣れた感じで入っていくと、禿たちがバタバタとしている中で、入り口付近に二人の護衛が立っていた。
年配の護衛がさくらに気がついて、「これは姫様、ご無沙汰しております。」と挨拶をしてくれたので、その時点で顔パス決定。
「姫様、大きくなられて素敵な女性になられましたね。そろそろ退魔の旅に出られる年齢になられましたか?」と話を続ける護衛に、さくらが笑顔で応対している。さくらの凄いところは、作り笑顔での形だけの応対ではなく、誰に対してもちゃんとした笑顔できちっと応対しているところだね。まだまだ付き合いは短いけど、裏で愚痴を言っているのも聞いたことはない。抜群のコミュ力だね。羨ましい。あっ、さくらが私を紹介してくれたので、挨拶しなきゃだね。
一時の間お喋りをしてから、初音太夫の部屋に向かう。崋山楼は4階建てになっており、初音太夫の部屋、楼主一家の部屋、花魁の部屋は3階にあるので、3階まで登らなくてはいけない。こっちの世界は、足腰が強くないと大変だ。文系の人がこっちの世界にきたら、まずは体力増強が必要だね。脳筋とまでは言わないが、それなりに運動好きだった私は、こっちの世界に合ってるかも。まあ通っていた学校も3階建てで、文系の人も毎日階段を登っていたけど。さくらや蘭ちゃんは、何でもないように階段を登っていくので、こちらの人達は足腰がしっかりしていると感じる。ちなみに4階は、大部屋と倉庫があるのだそうだ。
遊廓の1階には多くの部屋があり、新造や禿の部屋や大きなお風呂もあるようだ。2階に上がると遊女の部屋があり、各々の部屋で準備を進めている。禿や新造がバタバタとしながら廊下を走っており、自分の姉さんである遊女の準備を手伝っているのだが、歩いているのが姫様だと分かると、立ち止まって礼儀正しく挨拶をしてくれる。さすが老舗、教育が行き届いている感じがするね。挨拶は、昼間でも「こんばんは。」だったので違和感があったけど、遊廓での挨拶は、何時でも「こんばんは。」なのだそうだ。
3階に着くと、廊下沿いに2つの大きな扉があり、突き当りにも扉が見える。さくらの説明だと廊下沿いの2つの部屋が初音太夫と花魁である大河内の部屋になっていて、奥の部屋が楼主の部屋になっている。初音太夫と花魁の部屋は、各々3部屋に間仕切りされていて、客間、寝室、衣裳部屋となっている。さくらは、どの部屋も訪れたことがあるようで、詳しくガイドしてくれるので助かる。
初音太夫の部屋の前にきたら、入り口でさくらが「初音太夫、こんばんわ、櫻花です。」と声をかける。すると扉の奥から「お待ちしてやした。どうぞ入っておくんなんし。」と、初音太夫の返事が聞こえた。
部屋に入ると、初音太夫を中心に左右に二人の人が座っていた。向かって右隣りには、優しそうな眼差しをして艶やかな着物を着ているお姉さんが、左隣りには痩せ型だがしっかりした姿勢で微笑んでいる初老のお爺さんが座っている。
まずは、初老のお爺さんの挨拶から始まった。
「櫻花姫、神子様、お付きの方々、ようこそ崋山楼にお越し頂きました。崋山楼の妓楼主を務めております大内と申します。どうぞお座りください。」と用意された座布団に手招きされた。連絡が着ていたのだろう、座布団は5つ用意されていた。ちゃんと背もたれがある座椅子になっているのでありがたい。まずは正座で座ったが、「どうぞ足を崩してください。」と言われたので、私とさくらは横座りになった。男3人衆は最初から胡座だ。
「姫様、覚えておられんすか。花魁の大河内でありんす。ご無沙汰しておりんす。」
右隣りのお姉さんは花魁のようだ。さくらは花魁とも顔見知りのようだ。初音太夫が忙しいときには、花魁の大河内さんと遊んでいたらしい。妖艶な色気を炸裂させてる初音太夫とは対極で、菩薩の様な安心感のある笑みを浮かべている。花魁になっているだけあって、なかなかのボディの持ち主だが、妖艶というより包み込み様な優しさを感じる。
一通り挨拶と昔話が終わったあと、3人が話してくれたのは、今の遊廓の状況だった。
この遊廓には崋山楼の他に、梅林屋、扇子屋という3つの上級妓楼ある。世間では、3つの妓楼が競い合っていると思われており、それに伴っていろいろな噂があるのだが、実態はかなり仲が良い関係が築かれている。お忍びで年に何回も会合をもって、遊廓に関する情報交換や、治安や景観、今後のあり方など様々な内容の相談をしているのだ。
その会合の中で最近話題になるのは、太和屋という妓楼だ。太和屋は昔からある妓楼のひとつだが、最近様子がおかしい。
3年前に妖しい魅力を持った羽島という遊女が太和屋に入った頃に、それまで花魁だった金色が神隠しにあった。実際はどうなったのかは不明だが、いなくなったのだ。それが理由なのか分からないが、同じ時期に妓楼主の山川が体調を崩して、表舞台に出てこなくなってしまった。
そのような事件があった太和屋を、現在引っ張っているのが、新たに花魁となった羽鳥である。
羽鳥が花魁となってから、太和屋は急成長を遂げている。多くの太客を会得して、建屋も立て替えて上級妓楼を凌ぐ大きさになった。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
同時に遊廓では多くの噂が立っている。「羽鳥は大夫になりたがっているので、上級妓楼を蹴落とそうとしている。」、「大和屋は遊廓を牛耳ろうとしている。」など、どこまでが真実か分からない噂だ。表立った動きはないので噂の域を出ることはなかったのだが、実際には上級妓楼の周辺で小さな事件は起こっていた。事件といっても、小さな諍いや、上級妓楼の禿や新造に対する嫌がらせなどで、大きな問題になることはなかったのだが、上級妓楼の評判を落とすためと思われるような事件が頻発しているのだ。
「どれも証拠はありんせんが、こうも続くと疑いが出てきんすよね。実際、何回か騒ぎがあったあとに、騒ぎを起こした人を追いかけてもらったことがあるのだけど、毎回太和屋の近うで見失っちまうのさね。」初音太夫も、太和屋を疑っているみたいだけど、証拠がなくて動けていないようだ。
「私も山川も遊廓生まれの遊廓育ちで、小さい時から仲が良く性格も知っているのですが、こんなことをするような奴ではなかったです。私も心配になって何回か会いに行ったのですが、門前払いです。」妓楼主の大内さんは、本当に山川さんを心配しているようだ。
「ほんに心配でありんすね。幼い禿まで狙われているようで。何事も無ければ良いのでありんすが。」花魁は、禿のことを心配している。確かに昨日の騒動では、禿が狙われている。
話を聞いていて、昨日の騒ぎを起こした女を逃がした理由が分かった気がする。追いかけても無駄だと知っていたのね。
「こんなことを姫様に頼むのは心苦しいのだけど、このままだと悪いことが起こる予感がするわね。太和屋が黒幕なのかは分からねえけど、遊廓の平和のために力を貸してくれねえかしら。」と3人が頭を下げる。
「初音姉さん、皆さん、頭を上げて下さい。私が初音姉さんの頼みを断ることはないですよ。」さくらの回答は想像通り。
「もっと早く相談してくれればよかったのに、水臭いです。」
「ありがとうござりんす。あちきも何回か相談しようと思ったんでありんすが、姫様はなかなかお見えにならねえし、遊女のあちきが城を訪ねるのもよろしゅうないかと思い悩んでおりんした。」確かにさくらがこっちに来ないと、相談は難しいのだろうね。
「任せて下さい、初音姉さん。まずは太和屋を調べてみます。そうですね、明日から神子と旅に出ますで、戻ってくる3日後の宵の口に、また訪問したいと思いますが、皆様のご都合は如何ですか?」
「それなら大丈夫でありんす。祭りの日まで座敷はありんせん。そうでありんすよね?」初音太夫に言われて、「はい、初音太夫も花魁も私も大丈夫でございます。」と大内さんが答えた。次の面会日も決まった・・・って、明日から旅ってどういうこと?
「明日から旅って聞いてないんですけど・・・」
「あっ、言ってなかったっけ?この前話していたユキの故郷に行くのよ。私の旅の練習も兼ねてね。桃ちゃんの準備はユキがやってくれているはずよ。」
「そうはいっても、私も準備が・・・」そういえば、私の私物は何もない。準備するものが無いのだから、特に困らないか。
「新たに作った馬車の確認も必要だしね。今回の旅で問題があるようなら、退魔の旅に出るまでに改良することになっているのよ。」なるほど、既に準備は進んでいるのね。
「ふっふっふ、姫様は変わっておりんせんね。」
小声で話していたが、初音太夫に聞こえていたようだ。




