二十二 遊廓の騒動
茶屋を出た私達は、馬車で遊廓の近くまでいって、その後は馬車から降りて、歩いて遊廓に入った。
遊廓は、京都の神社のような赤を基調にした妓楼が立ち並んでいて、夕方でまだ明るいのだが、多くの灯篭や提灯に灯りがついていた。お洒落な恰好をした人たちが、行き来している光景は、独特の雰囲気がある。妓楼毎に造りが違っていて、豪華な門構えをしている妓楼もあれば、表の道に面した部屋が覗けるようなっている妓楼もある。中を覗ける部屋には、遊女と呼ばれる着飾った女の人が数人座っていて、男だけでなく女の人も覗いている。男の方は品定めって表情で中を覗いているが、女の方は憧れの表情をしている。遊女は流行の最先端で、それを真似することで、広めているのだろう。さすがに華やかだね。
遊廓の真ん中には堀が作られていて、堀には何本か真っ赤な橋が架かっている。堀の両側には道が整備されていて、堀にかぶさるように木が植えられているのだが、今は葉が散った後で枯れ葉もついていない。何の木か気になったので聞いてみると、キョウが桜の木だと教えてくれた。春には桜を見に来る人が大勢やってくるので、今よりさらに華やかになるようだ。さくらは、「私の花だから、ここは私の聖地だね。」って、なぜか自慢げにいってきた。聖地って、多分先代の神子に教わった言葉だね。
そんな話をしながら、さくらとぼんやりと向こう岸をみていたら、10歳ぐらいの女の子が籠を持って歩いているのが見えた。おかっぱ頭の女の子だから、禿だろうとキョウが説明してくれた。キョウも同じ女の子を見ていたようだ。多分お使いを頼まれて買い物中って感じだ。
その禿が歩いていく方向から、女の人が歩いてきたのだが、すれ違い様に禿の籠に、何かを入れたのが見えた。何をしているのだろう?と思って隣をみたら、さくらもキョウも首をかしげていた。
「すりだぁ。私の財布をすられたぁ。」
突然、対岸で騒ぎが始まった。さっき禿の籠に、何かを入れた女が騒ぎ出している。何だ何だと人が集まってきて騒然としている。女が女の子に向かって、「この盗人め。私の財布を返して。」と大声を上げている。女の子は、「私は盗んでいません。」と反論しているが、女は籠の中から財布を取り出し、高々と上にあげて「これが証拠よ。この盗人が!」と、わざとらしい芝居を始めた。
女の子は、女の勢いに押されながらも。小さい声で、「私、知りません」と何度も反論しているが、少し分が悪い。勝ち誇ったように、禿を犯人にしている女が、証拠となる財布を籠から取り出すところを、大勢の人間が見ているのだ。女の子は、既に半泣きになっている。
何の目的でこんなことをしているか分からないが、女の子を貶めようと芝居をしているのは分かった。でも、これじゃ女の子がかわいそうだと思い、少し先の橋を渡って騒ぎの現場に駆けつけた。まだ騒いでいる女に頭に来たので、女の子の前に出て、女がやったことを説明しようとしたのだが、さくらに止められた。えっ何でと思った時に、さくらが通りの先の方を指さした。すると、そっちも騒ぎになっていた。芝居をしていた女も。そちらを見ている。
新たな騒ぎの元は、花魁だった。煌びやかな衣装を纏った美女が数人の禿と新造を引き連れてこちらに向かっている。花魁道中だ。花魁は、女の私が見てもクラっとしそうな、絶世の美女だ。妖艶というか何というか、引き込まれそうな雰囲気を纏っている。これがオーラってやつかな。初めての感覚だ。
「大夫だ。」「初音太夫だ。」「すごい綺麗。」
あちらこちらで、声が上がっているので、その花魁は太夫のようだ。花魁の中でもトップ3ということだ。なかなか見ることは出来ないと聞いたので、すごくラッキー。
初音太夫は、騒動に気が付いたようで、方向を変えてこちらに向かってくる。こちらに向かって歩き出した瞬間に、集まっていた人が左右に移動して、人垣の中に道が出来た。花魁道中の邪魔をしてはいけないのが暗黙のルールになっているようだ。私は、アニメでみた海が左右に割れるのを思い出したのだけど。
「何の騒ぎでありんすか。」
初音太夫は、一言でこの場を支配した。すごい。
騒いでいた女は、初音太夫のオーラに押されたように、少し後退りしたのだが、強気な表情に戻ると、自分の主張を繰り返し始めた。あくまでも、私は被害者だと言い張るつもりだ。
初音太夫は、表情を変えずに女の話を聞いていたが、女の主張が終わったあと、女の子を方に目を向けた。女の子は、「ひっく、初音太夫、私はやっていません。」と、泣きながら縋っている。
「この小娘が私の財布を盗んだんだ。ここにいる大勢の人が証人だよ。」
女は財布を高々と上げて主張を繰り返している。
「私の証言なら、どうなのかしら?」
頭にきていた私も参戦しようとしたのだが、さっきまで横にいたさくらが、初音太夫の横で、無い胸を反らして立っていた。キョウもさくらの斜め後ろに控えていた。いつの間に移動したんだろう。
周りにいる人も驚いている。あっちこっちで「姫様」「さくら姫だ」という声が聞こえる。
「私は、あなたが財布を、そこの女の子の籠に入れるのを見ていたわよ。なにをやっているのかと思ったけど、こういうことね。」さくらの発言で、場の流れが変わった。さっきまで大声で主張をしていた女も、黙ってしまった。
「それとも、私の証言では不足なのでしょうか?」さくらの一声で勝負ありって感じになった。
女は、不利な状況になったのを感じたのか、「ふん」と悪態をついて、逃げるように走っていった。誰かが追いかけるかと思ったけど、そのまま逃がすようだ。まあ、すっきりしたから良いか。
初音太夫は、女の子に「お前さん、わちきの所の禿だね。大丈夫かえ。」と声をかけた。禿は半泣きだったが、何とかこの場が収まったので、安堵の表情に変わってきた。
「はい。大河原様の禿をやっております。」と答えたあと、さくらの方に向き直って、「姫様、ありがとうございました。」と頭を下げた。凄く礼儀正しい。
「初音姉さん、ご無沙汰しています。」今度は、さくらが初音太夫に声をかけた。姉さん呼びだし、ご無沙汰っていっているから、知り合いのようだ。
「櫻花姫、お久しぶりでありんす。大きゅうなりんしたね。今回は助かりんした。」
「初音姉さん、先程の表情やあの女を逃がしたこと、今回の騒動に、何か心当たりがあるようですが?」
「相変わらず勘が良うござりんすね。そうでありんすね。」
初音太夫は少し考えて、「今日はこれから座敷がありんすゆえ、明日の午後、私の妓楼に来てもらえんすか。」
そういうと、初音太夫は踵を返して、颯爽と去っていった。かっこいい。
集まっていたほとんどの観衆が、初音太夫の花魁道中についていった。こっちの騒動は収まったし、太夫の花魁道中は、なかなか見ることは出来ない。中でも初音太夫は、大夫のなかでも一番人気のようだ。女の私が見ても、妖艶でかっこよく、圧倒するオーラを放っている。これは、男共がクラッときても、仕方がないと思う。
「姫様、カッコよかったです。」「キョウ様、かっこいい。」
この二人も人気があるな。まあ、さっきのさくらはカッコよかった。キョウは何もしていなかったけど。
気がつくと、薄暗くなってきていて、妓楼や街灯、提灯が点灯されて、遊廓は夜の姿に、変化してきている。少しずつ男の比率が増えてきているかな。
私達も、今日は一旦撤収することになった。
馬車に戻って駅に向かう途中で、さくらと初音太夫の関係を教えてもらった。
さくらが8歳か9歳の頃、先代の神子と城を抜け出して、遊廓に遊びに来ていたらしい。結構夜にも抜け出していたようだ。夜の遊廓では、小さな女の子は珍しいし、さくらも神子も有名人なので目立ちそうだが、遊廓だと煌びやかな遊女が沢山いるので、それほど目立たなかったようで、いろいろと見てまわっていた。
そうはいっても、先代神子も常識があったようで、子供が見るにはまだ早いところは避けていたようだ。しかし、ある日さくらは、遊廓の中で迷子になってしまった。さくらは心細くなって、泣きそうになりながら道端でうずくまっていたところ、声をかけてきたのが初音太夫だった。声をかけた時に、初音太夫はさくらが姫だとは気がつかなったのだが、姫を探していた先代神子をみて、事情を察して騒ぎにならないように、一旦遊廓に匿ってくれたらしい。
そこで、二人から事情を聞いた初音太夫は、こっそり城に戻るのを手伝ってくれたのだが、さくらが初音太夫に懐いてしまったようだ。先代の神子も、初音太夫に憧れを抱いたみたいで、その後、何度か城を抜け出して、遊廓に遊びに行くようになった。初音太夫も、毎日座敷に呼ばれる訳ではなく、時間が許す限りさくらに付き合ってくれたようだ。三人の交流は、先代の神子がいる間は続いたのだが、先代の神子がいなくなってからは、疎遠になっていたので、今日久しぶりの再会となったとのことだった。
蘭ちゃんとキョウは、呆れたような表情で聞いていたが、さくらは喋りながら、久しぶりに会えて嬉しかったのか、超ニコニコだった。子供の頃の夜遊びは、ワクワクするからね。良い思い出なんだろうな。




