十四 歓迎会
さくらの部屋で、まったりした時間が過ぎていたのだが、蘭ちゃんの「姫様、神子様、そろそろ参りましょうか?」という言葉がきっかけで、全員が「よっこらしょ」と立ち上がった。部屋を出ると、廊下でイケメン武士が数名の武士を従えて、待っていた。かなり待たせたみたいで申し訳ない。
「嗣家兄さま、お待たせしました」
「お待たせしました。よろしくお願い致します」
城の見学は、イケメン武士が案内してくれた。さくら、嗣基くん、キョウ兄、蘭ちゃんはすぐ後ろについてきてくれたので、安心だね。それにしてもイケメン武士は、あいかわらず流暢に話をしてくれるので、素人の私にも分かりやすいので助かる。
この城は見かけによらず、中身は要塞のような造りをしている。城全体が結界で守られていて、それだけでも充分な守備力があるのだが、それだけではなく、あちらこちらに罠が仕掛けられており、テレビでみた忍者屋敷のような造りになっているのだ。すごい。
神子というのは、信頼されているのであろう。会ったばかりだというのに、かなり裏の裏まで案内してくれた。それはそれでありがたいのだが、かなりのVIP待遇なので、なかなか緊張する。いきなり社長になって工場視察をしている感じかな?私は社会科見学のテンションで乗り切った。
小一時間、城の見学を済ましたら、また櫻花姫の部屋に戻ってきた。夕食まではここでまったりタイムのようだ。嗣基くんとキョウは控室で待機、蘭ちゃんは夕食の準備を手伝いにいっているので、さくらと二人きりでまったりである。城にいるときは、この部屋を中心に行動していく感じだね。
さくらは、ずっとニコニコしながら、城見学についてきていたが、部屋に戻った途端に色々と質問をしてきた。昔は何をやっていたのか?とか食べ物は何が好きとか?質問は多岐に渡っていたのだが、答えたくない質問を無理に聞いてくる事はなく、次の話に展開させてくる。なかなかの、話し上手で聞き上手である。
ちなみに昔の仕事を聞かれたときに、”じぇーけー”と答えておいた。
先代がギャルと名乗ったのだから、じぇーけーもありかと思ったが、「じゃあ、じゃあ、じぇーけーって何をするの?」と聞かれたので、ちょっと困った。答えづらい訳ではなく、説明しづらいのよね。
「将来に向けて勉強するところ」って言っても、ピンとこないと思うし面白くないので、「青春を謳歌するところ」と答えたら、「へぇ、ギャルと似ているのね」と反応された。
先代は、ギャルをどう説明したのだろうか?
ぺちゃくちゃとお喋りをしながら、暫くまったりしていると、夕食を兼ねた宴会が始まると連絡がきた。感覚的には、日が暮れてすぐの時間なので、宴会には少し早い気がしたが、この世界の夕食はこの時間が一般的らしい。
今までの生活リズムでは考えられないね。早めに夕食を取って、風呂に入って、早く寝るのが続くと、健康な体になりそうだ。
宴会は、一階の大広間で私のお披露目を兼ねて開催される。大広間というだけあって、かなり広い部屋で、結構な人数が集まっている。部屋に入ると、みんなが見てくるので、少し緊張したが、領主代行が挨拶をして、私が用意された簡単な挨拶を済ませると、宴会が始まった。
この世界では、お酒を飲むのに年齢制限はない。さくらに勧められたので、チャレンジしてみた。焼酎を水で割って、その中に柚子を切って入れたもので、すごく飲みやすい。ちょっと、ほわってして心地よく大人の気分を味わっていたが、さくらは手慣れた感じで、ガンガン飲んでいた。あまり表情も変わらず、いつものさくらの感じが続いていたので、かなり酒に強いようだ。私は既に顔が火照っている。
横をみてみると、蘭ちゃんも梅酒を水で薄めて飲んでいる。蘭ちゃんの前には、嗣基くんとキョウが座っており、なんだか蘭ちゃんが説教しているようだ。普段のうっ憤を晴らしているのかな?真剣な顔をして説教している蘭ちゃんも、なんか可愛い。空回りしている感じが、逆によい感じ。嗣基くんもキョウも生温かい目をして聞いているしね。
私と姫様は一段高い位置で、隣通し並んで座っているので、引っ切り無しに挨拶にやってくる。さくらは、一人ひとり紹介してくれるのだが、とても全員は覚えきれない。事前にさくらからは、「全員覚えなくても、問題ないわよ。私か蘭が知っているのだから、何とかなるわよ。」と言われているので、お言葉に甘えて、うんうんと頷きながら挨拶ラッシュを過ごしていた。
少しずつ挨拶を受ける間隔ができて、何杯目かお酒のお代わりをしていた時に、「神子様、ご挨拶をさせて頂きたく存じます。」と、私より少し背が低い、温和な感じがする女性が挨拶にやって来た。服装は派手ではないが、質のよさそうな生地で出来た和装で、艶やかな仕草の女性だ。年配だと思うのだが、見た目が幼くお嬢様感が漂っている。
「神子様、わたくしはご当主の奥方である、万様の侍女を務めております清花と申します。そこにおる、櫻花の母でございます。」
もしやとは思っていたが、やはりさくらの母親だった。聞いていた通りの穏やかな雰囲気と低身長、見た目はさくらと姉妹のようだ。さくらは照れくさそうにしていたが、笑顔のままなので、母娘関係は良好のようだ。
「櫻花は、見ての通り幼い容姿をしておりますが、芯がしっかりとした娘に育てたつもりです。とはいえ、まだまだ未熟な娘ですので、神子様には大変ご負担をかけるかと思いますが、どうか寛大なお心でお守り頂けることを、切に望んでおります。櫻花には、この火の国を更に良き国へ導くという、大切な使命がございます。神子様も、同じ志で役目を全うされることを希望しております。しかし、母としての気持ちは櫻花が無事に戻ってくることが、一番の望みでございます。どうか心の片隅に置いておいて頂ければ、幸甚でございます。」
「桃ちゃん、どうしたの?」
さくらに言われて、目から涙が零れているのに気が付いた。
清花さんの話を聞いているうちに、ママを思い出していた。私の家族は、すごく仲の良い家族だった。パパとも友達のような関係だったし、年の離れた弟も私を良く慕ってくれた。中でもママとは何でも話せる関係で、私がやりたいことは全面的に賛成して応援してくれた。決して裕福ではなかったが、ママはパートをしてまで、私のやりたいことの金銭的サポートをしてくれていた。
きっと前の世界では、私は忽然と姿を消したことになっているのだろう。パパは単身赴任中だから、ママは一人でいなくなった私を探すのかもしれない。娘が行方不明ということで、ママは凄く心配するのだと思うと、知らない間に涙が出ていた。一度涙が出ると、次から次へと涙が出てくる。清花さんに、母の面影を感じたのかもしれない。
何かを察したさくらの行動は早かった。
おもむろに立ち上がったと思ったら、私を顔を隠すように私の前に出て、宴会の参加者に向かって、「神子様は顕現されたばかりで大変お疲れのご様子、本日の主役なのだが、先に失礼させて頂くとしよう。酒と肴は充分に用意しておるので、皆はまだまだ楽しんで頂きたい。くれぐれも明日の仕事に影響が出ないよう様に、よろしく頼む。」
さくらが話し始めたら少し静かになったが、話し終わったら、「姫様、ありがとうございます。」と口々に言ったあと、宴会が再開した。私は何とか清花さんに、「全力で頑張ります。」と伝えると、清花さんも空気を読んで「ありがとうございます。」と短く答えたあと、さくらに目配せをして離れていった。
そのあと、私はかろうじて立ち上がって一礼すると、さくらと一緒に櫻花姫の部屋に向かった。いつのまにか、嗣基くん、キョウ、蘭ちゃんも心配そうについてきている。
「桃ちゃん、昔を思い出したの? 桃ちゃんは、急にこの世界に呼び出されて、悲しみなんかより、戸惑いの方が大きかったけど、何かのきっかけで、悲しいことを思い出す事もあるよね。これからも悲しいことは沢山あるかも知れない。なのに、私のような小娘の面倒をみなければいけない。大変かも知れないけど、これは変えられない運命なの。こんな運命は、残念な事かもしれないけど。」
「桃ちゃんが私を守ってくれるのなら、私が桃ちゃんを全力で守ってあげるからね。それが私の運命だから。」
そんなことを言われると、惚れちゃうよね。
私は鼻をすすり上げながら、「さくら、ありがとう。でもさくらを守るのは、残念なことではないよ。」と返答すると、さくらは天使のスマイルを見せてくれた。
櫻花姫の部屋に戻ると、蘭ちゃんが「神子様、良かったら使ってください」といって、濡れた手ぬぐいを渡してくれた。部屋に戻った後も、暫くは涙が湧いて出てきていたのだが、手ぬぐいで顔をぬぐったらさっぱりした。さすが、蘭ちゃん。気が利くよね。
私は、この世界で泣くのは、これを最後にしようと心に誓った。