十三 嗣秋おじさまのはなし
「この後神子殿には、わが城でゆっくりして頂きたい。夕餉の前に城を案内させよう、嗣家。」
「はっ。」
「案内を頼む。」
「御意。」
「兄上、私も一緒に城を案内しますわ。でも、その前に嗣秋おじさまと少しお話する時間を頂きたく思っています。おじさま、時間を取って頂けますでしょうか?」
「もちろん。わしは、姫のお願いを聞かなかったことはないのが自慢だからな」
「叔父貴、櫻花を甘やかすのは、程々にお願いいたします。では神子殿、今宵は神子殿が顕現された祝いの席を用意させておるので、その時にまたお会いさせていただくとしよう。」
領主代行の言葉で、この場はお開きのようだ。
さくらが立ち上がって「それでは失礼します。」と挨拶をしたので、私も慌てて立ち上がって、礼をしてさくらの後についていく。一旦、姫さま部屋に戻るようだ。ちょっとホッとした。今日初めて来たけど、さくらの部屋が一番落ち着くのよね。
部屋に戻ると、さくらと私は、だらけモードに突入。
さくらは、「疲れたぁ、かたっ苦しいの苦手なのよね。」というと仰向けに寝っ転がった。
さすがに私は、そこまでは出来ないのだが、手を後ろについて足を伸ばした状態で、天井を見る姿勢になった。嗣基くんとキョウは、部屋の入り口で胡座をかいて座っている。偉そうにしている訳ではなく、ゆったりと座っているだけだが、二人とも生暖かい目で姫様を見守っている感じで、どうもこの状態が日常のようだ。
有能な蘭ちゃんは、「暖かい飲み物をご用意いたします」と部屋に帰る途中で離れて、いま飲み物を持ってきたところだ。確かに蘭ちゃんがいないと、姫様の生活が大変なことになりそうだ。
蘭ちゃんが持ってきた、砂糖入りの甘々なホットミルクを飲みながら、まったりしていると、「失礼させていただく」といって、領主代行と嗣秋おじさまが普通に入って来た。さっきの厳かな雰囲気はなく、かなり砕けた感じで、何事もなかったように「蘭ちゃん、同じものをお願いする」といって、テーブルに着いた。
「治にぃ、おつかれ。」
「ああいう場は疲れるな。まあ立場もあるので我慢してくれ。」
「嗣秋おじさまも、時間を空けてくれてありがとうございます。」
「さくらの頼みだからな。問題ないよ。」
なるほど、この人たちもここで息抜きをするのが、いつもの光景なのだろう。何となく、学校の昼休み。
領主代行も、普段は威厳がある態度で仕事も大変なのだろうけど、この場では完全に気を抜いている。兄弟の前では、気を抜けるということだろう。
しかし、改めて見てみると、この兄弟かなり似ている。当然、年が違うのと、まとっている雰囲気が違うのだが、目元と口元はそっくりだ。さっきの領主代行の嗣治様は、オーラを纏っている感じがあった。
今は、威厳もオーラもないのだけどね。
嗣秋おじさまは、三兄弟と雰囲気は似ているけど、容姿が似ている訳ではない。年は四十歳だと聞いているが、もう少し若く見える。見た目だけだと、近所のお兄ちゃんって感じかな。嗣秋おじさまにとって、さくらは姪になるのだけど、本当の娘を見るように暖かい目で見ている。目元だけだと、親というより祖父に近いかな。かなりニコニコしながら、さくらを見守っている感じだ。
姫さまが甘えられる相手の一人だと思うので、貴重な存在なのだろう。
蘭ちゃんは、二人のためにホットミルクを持ってきて二人に渡したら、テーブルについた。これからの話に、参加する気満々である。先代の神子の事はよく知らないようなので、興味があるんだろう。目をキラキラさせている。多分、好奇心旺盛なんだろうね。勉強が好きなタイプだ。
「もう少しまったりしたいところだけど、城主代行というのは、これでも忙しくてね。叔父貴、そろそろ説明をお願いしますよ。」
「そうだね、嗣治は時間がないみたいだから、さっさと仕事に戻ってもらって、私はゆっくりと話をするとするかな。」
「そういうと思って一緒に来たのですよ。叔父貴は暇さえあればさくらを甘やかしに来るから、いろいろと困っているのですよ。叔父貴も忙しい身なので、説明をお願いしますよ。」
「これは本気で連れていかれるな。仕方がない、話をするとしますか。」
このやり取りは、嗣秋おじさまも分かっていてやっているな。領主の弟なので暇なわけがないので、ここまでが定番のやり取りだとみた。さくらもニコニコモードだし。
嗣秋おじさんの話は、大枠はさくらから聞いた話と同じだった。
「狐の妖魔を見たのですね。」
「ああ、その場を支配しているのは、間違いなくその妖狐であったと思う。姿は傾国の美女とでも言おうか、怪しげな気配を漂わしておったな。頭には狐の耳が、背後には大きな狐の尾が何本も見えていた。本数は数えられなかったが、それは九尾の狐で間違いないと思う。」
九尾の狐が、その場に来たことは間違いないようだ。
「その妖狐は、私と山の坊が見ている前で、妖艶の微笑みを浮かべた瞬間に、煙と共に消えていったのだよ。夢をみているのかとも思ったのだが、戦場の様な光景をみて、我に返ったよ。その後、神子様も消えてしまわれたので、その場には、燃えている馬車と気を失った護衛だけが残された。」
当事者がだれもいない状態になったということかな。
「意識を取り戻した護衛達の話では、戦う前に妖狐の放った光を浴びたところまでしか覚えておらず、その術で気を失ったと考えられているのだ。状況だけ見ると神子様を刺した犯人は、妖狐としか考えられないのだが、神子様と妖狐の戦いの場を見た訳ではないので、釈然としないのが正直なところだ。何より、護衛は気を失っていただけなのに、神子様だけ殺す理由が分からない。さらに神子様は背中から刺されておった。妖狐の力を考えると、背中を刺すという戦い方をしなくても、神子様に勝利するのは容易いと思うので、戦いの中で背中を刺すという事態が発生したというのが、わしには想像できないのだ。」
なるほど、嗣秋おじさまは、”九尾の狐は神子様殺しの犯人ではない”派のようだね。現場にいた人の感覚は重要だと思うので、本当に九尾の狐は犯人でないのかもしれない。山の坊さんにも聞かないとだけど、いままでの話を聞いてる限り、護衛を気絶させたのは、九尾の妖狐だと断定して良いだろう。九尾の妖狐が放った光は妖術の一種なのかな?
しかし先代には、その術が効かなかった。そして、先代と九尾の妖狐の一対一の戦いになった。
「唯一の救いは、神子様の最後の表情は、穏やかな笑顔でした。最後のお言葉はなかったので、何故笑顔だったのかはわかりませぬが、なにかをやり切ったような、穏やかな表情でした。」
やはり先代も分かっていたのだ。これは死ではなく、新たな旅立ちだとね。
「それでは我々は、先に失礼するとしよう。叔父貴行きますよ。」
嗣秋おじさまは露骨に嫌な顔をしていたが、「さあ。」と領主代行が促すと、諦めたのか一緒に出て行った。
「神子様 大丈夫ですか?」
私が考え込んでいたら、蘭ちゃんが心配してくれた。うん、心配してくれる顔もかわいい。
「ありがとう、大丈夫よ。でもこれからの私に関係する内容だから、よく考えないとね。」
「桃ちゃん。警備は万全だから安心していいよ。二度と同じ過ちは、起こさないからね。」
さくらも、先程は先代の話を淡々と話していたけど、きっと心に傷を負っているのだろうね。嗣秋おじさまの話を聞きながら、悔しそうに唇を噛みしめている。
さくらは、見た目は可愛い少女なのだが、胸の内にしっかりとしたものをもっている。きっとみんなはそこに惹かれているのだろう。
私もなのだが。