十一 先代の神子
「ところで、先代の神子様は、どうなったのですか?」
「ピキーン」という音が聞こえるぐらいに、みんなの動きが止まった。
いや厳密にいえば、蘭ちゃんだけは通常運転で、抹茶ミルクを飲んでいるのだが、他のメンツは、時間が止まったように、固まってしまった。なんか聞いてはいけない事を、聞いたみたいだ。嗣基くんの方を見ると、ゆっくりと反対方向を向いてしまった。キョウは、「私は知りません」オーラを全開で出して、私と目を合わせずに、お茶に手をかけた。
頼りの蘭ちゃんは、どうも先代の神子様の事は知らないらしい。古い歴史には詳しいけど、新しい歴史は分からないので、逆に興味津々である。そうなると、さくらなのだか・・・
さくらの方に目を向けると、男3人に少し呆れ気味な目を向けつつ、話をしてくれた。
「しかたがないわね。わかる範囲で話はするけど、私も、そんなに詳しくはないのよね。」
さくらは、ため息をつきながら、話を始めた。
「私が物心ついたときには、すでに神子姉はいたの。年は凄く離れていたけど、小さい時からよく遊んでくれていたの。私も神子姉の事が大好きで、いつも神子姉の後をついて歩いていた気がするわ。神子姉に、よくお話しもしてもらったの。不思議な話も多かったけど、どれも面白かったなぁ。神子姉の話を聞くおのは、大好きだったよ。」
「それでも、ずっと一緒という訳にはいかなくてね。神子姉も、いろいろなお仕事を持っていたみたいだったし。小さいときには分からなかったけど、大宮司の仕事も大変だったみたい。私も習い事があったしね。それと、私との旅の準備も始めていたの。」
「旅の準備と言っても、まだ私が小さかったので、旅立ちまで時間があったから、護衛集めはまだ初めていなくってね。神子姉が、旅の準備として最初に始めたのは、移動用の馬車作りだったの。神子姉は、快適な旅をしたいと言って、すごく面白い馬車を作り始めたの。馬車で生活が出来るぐらいの装備を、詰め込んでいたわね。」
キャンピングカーみたいな感じかな。私も賛成だね。
「神子姉は、すごく楽しく馬車作りを進めていたわ。私も馬車作りの場所に、たまに連れて行ってくれたけど、面白い仕掛けがいっぱいの馬車だったので、わくわくしたのを覚えている。だけどある夜、もう少しで完成する予定だった馬車が、火事になって燃えてしまったの。出火の原因は、結局わからなかったの。」
「神子姉も、すごく残念そうだったけど、何でも前向きに捉える人だったから、暫くすると立ち直って、また馬車を作り始めたの。今度は、馬車を作っている場所の結界を強力にして、夜も護衛をつけて警戒していたわ。でも、またそこで事件が起こってしまったの。」
「馬車の護衛は、この城の武士、徳井寺の武道士が何人かついていたのだけど、突然馬車が燃え出したの。火が上がったのに気が付いて、最初に駆けつけたのは、徳井川家の武士である嗣秋おじさまと、武道士で最強の一角である山の坊の二人だった。駆けつけた二人が見たのは、燃え上がっている馬車と、気を失っている護衛達だったの。」
「二人は、馬車の裏にいる魔物の気配に気が付いて、燃えている馬車の反対側に回り込むと、そこには狐の妖魔と、背中を刺された神子姉がいたの。狐の妖魔は、二人が到着したと同時にいなくなったので、追うのは無理だと判断して、神子姉の元に駆け付けたのだけど、神子姉は、その場で息を引き取ったらしいのよ。」
なるほど、これは話をするのをためらうのも、分かる気がする。しかし、なかなか重い話だったが、やっぱり先代の神子は良い娘だったようだ。面倒見が良いギャルは、ポイントが高いよね。考え方も私に近い感じだし。
それはそうとして、何点か疑問があるので聞いてみた。
「さくら、質問しても良い?」と聞くと、「どうぞ」というので「じゃあ」と聞いてみる。
「話の中で出てきた、嗣秋おじさまと山の坊だったっけ。この二人は誰?」
「あっ、そういえばまだ会ってないのか。嗣秋おじさまはお父様の弟で、この国で、相談役って感じの仕事をしているわ。本来ならば、父上の次に偉い立場なのだけど、”役職には興味がない。まして城主代行には、私のような立場の者がなるべきではない。本人たちの思いを無視して、争いになるかもしれないしな。立派な跡取りがいるのだから、将来を考えて城主代行には、息子の嗣治がなるのがよかろう。もちろん全力で協力させて頂く”とかいって一線から身を引いて、役職がない相談役をやっているのよ。」
「私は、小さい頃か神子姉と一緒に、よく遊んでもらったわ。嗣治兄さま、嗣家兄さまはとても忙しかったので、実質私の兄のような存在かな。神子姉も、お兄さんのように慕っていて、いろいろ相談もしていたみたい。とっても良い人よ。今日の午後に、嗣治兄さまに挨拶するけど、その時に居ると思うわ。」
「山の坊は、隣の徳井寺の武道士ね。徳井寺は棒術を中心にした武闘集団なの。山伏として、影のものを率いている集団でもあるので、魔物退治の中心といってもいいかな。歴代の姫の旅にも、かならず同行していると聞いているしね。その武道士の中でも、最強と言われているのが、山の坊っていう武道士なの。あした徳井寺に挨拶に行くって聞いているから、行けば会えると思うよ。」
「二つ目の質問は、先代の神子を殺したのは、狐の妖魔なの?」
「う~ん、それはそうとも言えないんだよね。その時にいた妖魔は、九匹の妖鬼を九つの尾に持つと言われている、九尾の狐といわれる妖狐だと考えられるの。九尾の狐は、さっき蘭ちゃんが話した建国の物語にでてくる、はじまりの島の妖魔だと言われているの。九尾の狐は姫や神の子と、この南洲の最初を作ったと言われている妖魔で、今まで人を懲らしめたことはあっても、殺していないのよ。邪気をもっているとも言われているから、九尾の狐が神子姉を殺していないとは、言い切れないけど・・・」
「それに、神子姉は九尾の狐と戦っていたと思うのだけど、背中を刺されていたの。これも、あり得ないことではないのだけど、今まで伝わっている九尾の狐の伝説では、人間と戦った時は、圧倒的な強さと妖術をもって戦っていて圧勝しているので、人の背中を狙うような、卑怯な戦い方は考えられないのよね。でも、結局刺された現場を見ていた人がいないから、推定でしかないのよ。嗣秋おじさまか山の坊なら、もう少し詳しい話が聞けると思うけど。」
こっちは、良くわからないらしい。でも、今の私は神子なのだから、この話は重要だと思う。櫻花姫の出発を邪魔をして、さらに神子を殺したものがいる。これは、私も狙われる流れだと思うので、先代を誰が殺したのかを知っておく必要がある。犯人探しかぁ、私にできるかな?
さくらの話だと、はっきりは言わないけど、犯人は九尾の狐ではないと思っている。身内に裏切者がいると疑っているようだけど、犯人が分からないので困っている感じかな。まあ、このメンバーは姫様の旅については肯定的なので、犯人の可能性は低そうだと思うし、信用してみようと思う。そうはいっても、とりあえず一人にならないように気をつけよう。
「ところで、建国の物語では、妖鬼は十人だったけど、九尾だと一人足りなくないかな?」
この質問には、蘭ちゃんが答えてくれた。
「それには、建国の物語の後日譚がございます。十匹の妖鬼の一人が妖魔に進化したのです。新しく誕生した妖魔は、はじまりの島の妖魔と話し合いをして、外国に旅立ちました。一つの島に複数の妖魔がいると、将来争いになると考えたのです。」
妖鬼は匹で良いのね。まあ人じゃないので、匹で良いか。
「分かった。じゃあ最後の質問は、さっきの説明で、先代の神子は、息を引き取ったらしいって言ってたけど、”らしい”ってどういうこと?」
ここで、櫻花姫は困った顔をした。
「これも、嗣秋おじさまか山の坊に聞いてもらうしかないのだけど、息を引き取った瞬間に神子姉は消えたのよ。」
「消えた?」
「そう、煙のように消えたって聞いたわ。だから、それが犯人が分からない理由の一つでもあるの。どうして消えたのかも、謎のまま。」
これについては、何となく分かってしまった。先代の神子は、きっと違う世界に転生したのだろう。ギャルからこの世界に転生してきて、またどこかの世界に転生したに違いない。
いや、そうであってほしい。何年間この世界にいたか分からないが、志半ばだったのだから、次の世界で頑張ってほしいと思ったのだ。