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9.これでは帳消しだ

侍女にメイド、護衛の女騎士もそろって、わたしの花乙女宮での暮らしは、ずいぶん落ち着いたものになった。


お母様の選んでくださったメイドのエレノールとモニカはいつも朗らかだし、イロナは元気で前向き。


リリと女騎士のバルバーラは凛々しくて、教育役7令嬢との関係も良好。


わたしの周りから笑顔が絶えなくなった。


そして、夜にこっそり居室を抜け出しては、初夏の花が咲きはじめた闇夜の花壇でリリとヒソヒソ話す。


あれこれ相談するけど、そうそういいアイデアも浮かばない。



――王家へ不敬にあたらず、三大公爵家の機嫌を損ねず、わが家の家名に傷もいれない、……穏便な婚約破棄。



最初に思ったとおり、真っ暗闇の密室で針に黒糸を通すような話だ。


あまりの闇の深さに溺れそうになっていたけれど、リリが話し相手になってくれるだけでも気持ちが違う。



「……ガブなら、立派な王妃様になると思うけどな」



と、リリは時々、わたしにふわふわ王太子との結婚を勧めてくる。



「無理よ」


「まあ……、うん」


「リリ。わが国の王権代行順位って知ってる?」


「ああ。国王陛下がご不在のときは王妃陛下が代行されるな」



国王陛下には、まもなく出兵の噂がある。


そういうとき、王権を代行されるのは、わが国では王妃陛下だ。


宮廷も一時的に王妃宮殿に移る。


宰相も枢密院も置かれていないので、妥当といえば妥当。わたしも不思議に思ったことはない。


だけど、それには続きがあった。



「王妃陛下の次は、王太子殿下。その次は、なんと王太子妃殿下なのよ?」


「……え?」


「わたしも、王太子妃教育を受けるまで知らなかったわ……」


「あ、……うん。私もはじめて聞いた」


「ただ、王太子妃が実際に王権を代行した先例もないし、形だけといえばそうなんだろうけど、王弟殿下より上なのよ?」


「王弟殿下よりもか……」



おそらく他国にも例がない制度だ。


王妃、王太子妃が、三大公爵家から輩出されることが前提の取り決めだろう。


王国創建の基盤、王家と三大公爵家による〈花の盟約〉に明記されていた。


ただ、隠すつもりもなさそうで、機密とはいえないけど、実例がないから意識されなくなっていった……、という感じなのだろうと受け止めた。



「いいじゃないか。ガブリエラ王権代行者。ツンと怖い顔で君臨したら」


「もう……、バカ言わないでよ、リリ」



闇夜にふたりでクククッと笑い合う。


だけど、王権の代行権など特大級の特権。


そりゃあ、三大公爵家をさし置いて王太子妃を輩出したバーリント侯爵家がいじめ潰される訳だわと、納得もさせられた。


もちろん、国王陛下の外遊中や国外出兵中などに王権を代行される王妃フランツィスカ陛下が、ご実家のトルダイ公爵家を依怙贔屓されたりはしない。


とはいえ、その権威は絶大。


王太子妃を5代輩出していないナーダシュディ公爵家のカタリン様が、必死になられるのもよく分かる。



――カタリン様。はやく、花乙女宮を奪いに来てくださらないかしら?



とは思うものの、こればかりはナーダシュディ公爵家にも体面というものがある。


王家の意向に表立って反発すれば、権威を毀損するのはナーダシュディ公爵家の方だ。



「……陰湿な感じでいいから、はやくわたしを引きずり降ろしてくれないかなぁ」


「そんなこと言って、罪でも着せられたらどうするんだ?」


「それはない」


「えらくハッキリ断言するな」


「わたしが罪人になれば、アルパード殿下は罪人に騙されたってことになるから、そんなあからさまなことは出来ないわ」


「そか……、なるほどな」


「政治力による穏便な解決しか打てる手はないはず。……花乙女宮に入るまえなら暗殺もあり得たけど、王宮敷地内の花乙女宮に入った今となっては暗殺もないわ」


「……ちゃんと考えてるんだな」



そりゃ、考えてますよ。


考え続けてますよ。


なにしろ愛する実家の存亡に関わるんですから。知恵を絞ってますよ。


そして、ふわふわ王太子はいっこうに姿を見せない。


一応、待っている。


わたしを口説きに来てくれるのを。



「釣った魚にエサはやらないタイプなのかね?」



と、リリは笑うけど、わたしに釣り上げられた覚えはない。


いや……、結婚の申し出を受けてしまっている訳で、ふわふわ王太子の方では釣り上げたつもりなのかもしれないけど。


だんだんイライラしてきて、ふわふわ王太子のことを考える時間がながくなってる。


まったく……、どういうつもりなのか。


さすがに王太子妃教育を終えて、わたしが〈花冠巡賜〉に出るまえには会いに来てくれると思うのだけど……。



「せめて、わたしのどこに惚れたのかくらい教えろっていうのよ」



と、わたしがため息を吐くと、リリに笑われた。


正直、笑い飛ばしてもらえて、気持ちはすこし軽くなる。


リリに来てもらって、良かったと思う。



   Ψ



リリと闇夜の逢瀬で馬鹿話を積み重ねていたある日。


教育役の花衣伯爵家7令嬢が、そろってわたしのところに来てくれた。


みんな、目が充血してる。



「……さすがに文書でお渡しする訳にはいきませんので、口頭になりますが……」



と、教えてくださったのは、累代王太子妃候補の花乙女宮での過ごし方。


花衣伯爵家7家の先例集にのこる断片的な記述をつなぎあわせて検証し、確証のとれたものだけを伝えに来てくださったのだ。



――あ、ありがたい……。



おそらく、というかまちがいなく、睡眠時間を削って作業にあたって下さったのだ。


その貴重な情報のなかに、宝物があった。



「茶会……」


「はい……。〈花冠巡賜〉に出られるまえに、公爵家や侯爵家のご令嬢を非公式にお招きしていたようです」



といってもすべてのご令嬢ではなく、招く相手は選んでいたようで、公爵家のご令嬢を主にお招きしていたようだ。



――競争相手だったご令嬢を慰めるためか……、勝ち誇るためか……。



とにかく、ヤな茶会だ。


そのほか〈花冠巡賜〉を円滑に終わらせるために、あまり縁のなかった侯爵家の令嬢を招くこともあったようだ。


リリに目くばせした。



――コレね……。コレしかないわ。



わたしの高揚した眼差しに、リリが肩をすくめた。



   Ψ



さっそく書簡をしたため、わたしとおなじ侯爵家各家のご令嬢を茶会にお招きする。


非公式な存在であるメイドは使えないので、侍女のイロナに給仕を担当してもらうことにして、準備を整えてその日を待つ。


果たして――、



だ、誰も来ない!!!!!!



やったーっ!! と、叫びたいところをグッとこらえた。


貴賓室にならぶ27のティーセット。


わたしのほかに座っているのは、メイドから侯爵令嬢に戻ったリリと、ケベンティ侯爵家のエスメラルダ様だけ。


エスメラルダ様のお母様は、王家から輿入れされた第2王女フローラ殿下だ。


おなじく侯爵家に輿入れされた第1王女エミリー殿下同様、フローラ殿下も歳の離れた弟である王太子アルパード殿下の結婚を祝福されているのだろう。


だけど王家には『わたしの結婚を通じてホルヴァース侯爵家を利用しようとしているのではないか?』という、疑いがある。


素直に受け止めるのは危険だ。


それよりも、来なかった24の侯爵家だ。


これでは、侯爵家の令嬢たちが王太子妃の婚約を祝福する〈花冠巡賜〉を、まともに執り行えるはずがない。



――誰も来なかった。



という噂をリリに広めてもらえば、自然と婚約破棄に向かうはずだ。


いや?


むしろ、こちらから婚約辞退を申し出ても角が立たないのではないか?


花乙女宮に入れば実質的には王太子殿下の婚約者だけど、正式な婚約の成立は、花乙女宮を出たときだ。



――侯爵家から祝福されていないようにございますれば……。



うん。力技だけど、口上の文言を慎重に選べば、絶妙にわが家の責任でも、わたしの責任でもない感じにできそうだ。


おお……。


心が弾んできた。


せっかく足を運んでくださったエスメラルダ様を歓待して、気持ちよく帰っていただき、話はそれからだ。


イロナ。


暗い顔をしてる場合じゃないわよ?


エスメラルダ様を精一杯にもてなしてこそ、わが家の家名に傷を入れずに婚約破棄できるってもんなんだから。


と、貴賓室のドアをノックする音がして、教育役筆頭にしてメイド長のテレーズ様が案内してこられたのは――、



「ちょっと! 茶会をするのに私を招かないって、どういうつもりなの!?」



ゆれるストロベリーブロンドの髪。チェリーピンクの派手なドレス。


小悪魔的な風貌で、わたしを睨みつけているのはナーダシュディ公爵家のご令嬢、カタリン様だった。



――マジか……。押しかけて来るかね、ふつう……。



呆気にとられるわたしの目に、カタリン様のうしろから黄色みを帯びたやわらかなハニーブロンドが見えた。



「ごめんなさいね、ガブリエラ様」



世界でいちばん優雅な苦笑いを見せてくださるのは、カールマーン公爵家のご令嬢、エルジェーベト様だ。


ふんっ! と、カタリン様が分かりやすく、ドヤられた。



「エルジェーベトも連れて来てあげたわ! 感謝しなさいよね!?」



い、いらん……。


ずけずけ入ってこられるカタリン様に、首座をお譲りしようとしたら、わたしを蔑むような視線で見下ろされる。



「はあ!? 貴女、茶会の主人役も務められないの?」


「あ、いえ……」


「貴女、花乙女宮の主人なんでしょ!? 私たちをもてなす側なんだから、ちゃんと立場を弁えてよね!?」



適当な席にドカッと座られるカタリン様。お向かいの席に、エルジェーベト様も優雅な所作で腰をおろされた。


序列も席次もあったもんじゃない。


リリもエスメラルダ様も浮き足立って、居住まいを定められずにいる。


せっかく侯爵家の令嬢が24人も欠席してくれたのに、カタリン様とエルジェーベト様がおみえになられたのでは帳消しだ。


侯爵令嬢がひらく茶会に、三大公爵家のご令嬢が出席してくださった例など聞いたことがない。


おふたりして、わたしに前例のない栄誉をお与えくださった形。


どうもてなしたらいいか見当もつかない。



――カタリン様もエルジェーベト様も、どういうつもりなんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!?



と、内心あたまを抱えながら、にっこりと微笑んだ。


茶会を続行するしかない。


本日の更新は以上になります。

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