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59.冠を授ける者

ヴィクトリア殿下の白みがかった銀髪の耳元に、わたしのスモーキーシルバーな髪を寄せ、そっと囁く。



「……あ、(あね)さん」


「姐さん?」


「や……、やっちゃって、いいんですかね?」


「はははははっ! それはもう、ガブリエラ陛下の御意のままに!!」



ふと、ヴィクトリア殿下は少し寂しそうに、声の調子を落とされた。



「ただ……、あんな、どうしようもなく醜い老耄(おいぼれ)でも、元は帝国千余の領邦君主が主君と仰いだ皇帝だ。帝冠を被り、玉座に座った男。……願わくば、丁重に〈保護〉していただければ、幸甚に思う」


「かしこまりました」



わたしがヴィクトリア殿下に恭しくカーテシーの礼を捧げ、玉座に向き直ると、


元皇帝、アルブレヒトは見苦しく喚き立てていた。



「朕は退位などせぬ! 朕は皇帝ぞ! これは謀叛である! 女大公の謀叛ぞ! 守れ、守れ――っ! 侍従! 朕を守らぬか!!」



けれど、宮中官僚たちは皇帝の側に寄ろうともしない。


それどころか、この場から逃げ出そうとする者までいる始末。



「ん」



と、わたしがブレスレットの光る右腕を、横に伸ばすと、


シャルロタが剣を握らせてくれた。



――ん~、さすがに他国の玉座を血で汚す訳にもなぁ~……。



と、鞘に納めたままの剣をぶんぶん振り回して、わたしにかかってきた何人かの宮中官僚を投げ飛ばした。


壁にベシャと張り付いて、ズルズル落ちていく。


無様ではあるけれど、かかってきただけ、まだマシというものだ。



「ま、待て! どこに行く!? 朕を守らぬか――っ!!」



と、喚き立てるアルブレヒトには構いもせず、すべての宮中官僚が逃げ出し、謁見の間の入口に向けて駆けるけど、


扉を押し破って入ってきた、ピエカル家の近衛兵たちが取り押さえていく。



「アルパード殿下の捕囚に関わった者がおらんか、厳しく詮議する! 宮中官僚の誰ひとりとして宮殿内から逃すな!!」



と、ヴィクトリア殿下は近衛兵の陣頭指揮を執り始め、この分ではエルハーベン宮殿全体の制圧にかかっているのだろう。


手回しが良すぎる。



――どういうことか、後でじっくり聞かせてもらおう。



と、苦笑いしつつ、玉座へと歩み寄る。


思わぬ荒事展開になって、ご令嬢方が怯えていないかとチラッと視線をやると、


謁見の間の窓辺で、キャッキャと楽しげなお茶会を始めてた。



「わぁ~っ! さすがにいい眺めですわねぇ~~~っ!」



と、ヘレナ様のはしゃぐ声と、茶を淹れるイロナの声は聞き分けられた。



「こちらがカモミールティで、こちらがローズヒップ。こちらはラベンダー……」



皇帝との交渉材料にならないかと持ってきてたハーブティー。


うん。もう使わないし、皆さんに振る舞ってあげてほしい。花菓子もご遠慮なく。


エルハーベン宮殿、それも玉座の置かれた謁見の間で開く眺望茶会。家史にも先例にも遺せないだろうけど、一生の思い出にはなるよね。



いや~、乙女はみんな可憐で強か。



優美で逞しい。


権力にたかったゴミ虫おじさんたちが、失脚した主君を見放し逃げ惑うのとは、器の大きさが桁違いだ。


この状況に退屈して、お茶会始めるかね?


クスリと笑ってから、歩みを速める。



優雅に、(あで)やかに、



グングンと歩み、元皇帝アルブレヒトが惨めにしがみつく玉座へと詰め寄った。


おでこが引っ付くかの至近の距離で、色をなくしたギョロ目を強く直視して、視線を逸らさせない。


たぶん、わたしの目は大きく開かれ、こめかみには血管が浮かんでる。そして、口の端を大きく上げて笑っていた。


おでこは付けないけど。気持ち悪いし。



「アルブレヒト。そなたが名誉を守れる最後の機会を与える」


「な、なんだと!?」


「帝冠を置き、ローブを脱ぎ、自分の足で立ち上がり、自ら玉座を降りる栄誉を授けてやる」


「……な、な、なにを」


「それとも腰が抜けて立ち上がれぬか? ならば、わたしが投げ上げてやろう。わが近侍、ガーベラとアマリリスの騎士がキャッチしようと待機中だ。うまく飛べよ? でないと騎槍(ランス)に突き刺さるかもしれんぞ?」


「ぐ……」


「玉座から力ずくで引きずり降ろされる汚辱と、自ら降りる名誉と、どちらが好みだ? おやさしいアルパード殿下の妃になる者として、ここはやさしく選ばせてやろうというのだ。光栄であろう?」


「う、ぐぐぐ……」


「ぐぐぐじゃない。返事は〈はい〉か〈いいえ〉かだ。早く決めろ。本来のわたしはせっかちなんだ」


「……ぐう」



やめろ。



「わ、分かった……」



と、よろめきながら立ち上がったアルブレヒトは、自らの手で帝冠を玉座に置いた。


そして、皇帝たる自分が、近侍の者ではなく自らの手で脱がなくてはならない屈辱に身を打ち震わせながら、ローブも置いた。


露わになった貧相な体躯が、


ほそい顎と怨みがましいギョロ目の顔付きを、より貧弱で、より陰険に見せた。


バルバーラとシャルロタに拘束させ、謁見の間から追い出す。


身柄はそのままヴィラーグ王国で引き取り、僻地の牢獄で余生を送らせる。



異国の地での、捕囚の身の惨めさ。



残りわずかな生涯ではあろうが、最後の瞬間まで存分に味わってもらおう。


思い知ったらいい。


けど、ま、まあ……、わたしのやさし過ぎるアルパード殿下が帰ってこられたら、



「いいよ、いいよ」



と、釈放されてしまうかもしれないけど、それまでの間は、牢に叩き込んでおく。


わたしもお茶会に混ぜてもらい、


気持ちの落ち着くカモミールティをイロナに淹れてもらって、景色を眺めて、


一息ついた。



――意味が分からないわね。



と、苦笑いしたところに、ヴィクトリア殿下が宮殿制圧を終え、戻って来られた。



「帝国の政変に巻き込む形となってしまい、申し訳ない」


「いいえ、ヴィクトリア殿下。鮮やかなお手並に舌を巻いておりますわ」


「そう言ってもらえるなら、救われる」


「それにしても、皇太子を立てた皇帝は即座に退位する……。この不思議な先例は、一体どのような……」


「さあ? ……美味いんじゃねぇか?」


「………………、ん?」



目を見開くだけでなく、首が前に出た。



「あははははははははっ!」



と、気持ち良さそうに大口を開けて笑われるヴィクトリア殿下を、わたしもパカっと口を開けて、しばらく見詰めてしまった。


けれど、ヒーヒー笑われては、こちらも一緒に笑うしかない。



「わ、わっるいなぁ~~~~~っ!!」


「私は、神をデッチ上げた無頼令嬢の末裔だぞ!? 先例をデッチ上げるくらい、可愛らしいもんだろ!?」


「おかしいと思ったんですよ。帝国で帝位の世襲例は少ないし、そもそも立太子、即退位だなんて聞いたことないし」


「はははははっ! 機会があれば宮中官僚どもに講義してやってくれ! ないものはないと断言できるまでに学べと!」



ないことを証明するのは難しい。


ましてや自信満々に、このわたしに冷や汗をかかせるほどの気迫を放ちながら断言したのが、


ピエカル宗家のご当主、帝国内外、全ピエカルの総帥、女大公ヴィクトリア・ピエカル殿下なのだ。


相当に学び、確信がなければ、抗弁など出来るはずもない。


そして、これで新たな先例が帝国に打ち立てられたことにもなる。帝国の民が朝夕の食卓で〈パンの女神〉に感謝の祈りを捧げるように。


してやられた思いとは、このことだ。


けれど、悪い気分ではない。



――ただの誘拐犯だ。



この1年ほど、皇帝に言ってやりたくてたまらなかったセリフを、スカッと言ってくださった。


もう、わたしの口から出たのでなくても、全然かまわない。


ヴィクトリア殿下と、ケタケタ笑い続けてしまった。



  Ψ



邸宅で待機していたゲオルグ殿下を、エルハーベン宮殿に呼び、


ヴィクトリア殿下がただちに、皇帝およびシャウナス大公に即位させた。


さらに、新皇帝ゲオルグ2世の名で、帝都滞在中の領邦君主に招集をかける。



「わ、わたしがですか?」


「ああ。頼まれてくれんかな?」



領邦君主を呼んだのは、すぐさま新皇帝の戴冠式を執り行うためだった。


その戴冠式で、ゲオルグ2世陛下に帝冠をかぶせる授冠役を頼まれたのだ。



「……ヴィラーグ王は祭祀王。花の女神ヴィラーグの聖職者だ。しかも、豊穣を司る花神ヴィラーグは地母神の一形態、あるいは地母神の娘と解するのが一般的。帝冠を授けてもらえたら新皇帝の権威が増す」


「で、でもですね……」


「帝冠を授けていただいた皇帝ゲオルグ2世陛下の治世において、帝国はガブリエラ陛下に頭が上がらなくなる」


「そ、それっ……、美味いんですか?」


「ははははっ! ……ヴィラーグ王からの戴冠は、必ず先例になる。教義もゆるく、市井に教会も神殿も持たないヴィラーグの花女神信仰。その祭祀王からの戴冠に宗教的干渉はなく、かつ宗教的権威を得られるのだからな。この先のエルハーベン皇帝は必ず、ヴィラーグ王からの戴冠を望むことになる」


「な、なるほど……」


「花神の化身かガブリエラ。……詩人にそう歌われる美貌の女王陛下からの戴冠だ。最初の佳例となるに、申し分ない」


「い……、いや、そんなぁ~」



照れた。


最初の佳例。つまり子々孫々に渡って、わたしが〈美貌の女王〉と語り継がれると仰られたのだ。


時を超えた無限の賞賛に包まれたようなもので、さすがに照れる。



「……これは、帝国からの詫びでもある。われらの戴いた愚帝が、あまりに非道な行いで貴国を大きく傷付けた。わけても結婚直前の婚約者を、ながく囚われたガブリエラ陛下のご心痛を思えば、とても許されるものではない」


「ヴィクトリア殿下……」


「この先のエルハーベン皇帝はすべて、ヴィラーグ王からの戴冠に両膝を突いて跪く。戴冠の後も、帝冠を授けてくださったヴィラーグ王を下座に置くことは出来ん。帝国にとって花の王国ヴィラーグは、特別な国として崇められることになる。その嚆矢たるガブリエラ陛下の聖名は、帝国で永遠に讃えられる。……詫びというには、いささか心許ないが」


「いえ、ヴィクトリア殿下。ご配慮をありがたくお受けいたしますわ」


「そう言ってくれるなら、われら情けなき領邦君主の立場も救われる。……いますぐにもアルパード殿下のもとに駆け付けたかろうところをお引き止めし、誠に申し訳ないが、いましばらくお付き合い願いたい」



深々とわたしに頭をさげてくださるヴィクトリア殿下に、むしろ、申し訳なくなってしまった。



――悪いのは、皇帝ただひとり!!



そう憤る気持ちに変わりはないけれど、ヴィクトリア殿下のお立場ではそうもいかない。


労いの言葉を選んで、頭をあげていただいた。



  Ψ



かつて地母神教会の聖職者が、戴冠式の前に控え室として使ったという豪勢なお部屋に案内され、


領邦君主たちの到着を待つ。


暇なので、ご令嬢方のお喋りに花が咲く。



「う~ん、私ったら、本当に皇帝の奥さんになっちゃうわね……」



と、カタリン様がつまらなさそうな顔で、眉間をかかれた。


戴冠式で、新皇帝ゲオルグ2世陛下と公女カタリン殿下の婚約が正式に布告される。


エルジェーベト様が、やさしく慈悲深い微笑みを向けられた。



「おめでとうございます、カタリン殿下」


「……ありがとう、エルジェーベト。だけど、貴女はどうなのよ?」


「あら? 私もこう見えて〈モテモテ〉ですのよ?」



エルジェーベト様に、こう見えてもなにもないと思うのだけど。



「それにね、カタリン殿下。私にはまだ大事なお役目が残っておりますのよ?」


「ん? ……なによ?」


「ふふっ。ガブリエラ陛下とアルパード殿下の婚礼の儀に立ち会い、盛大に悔しがらないといけませんわ」


「ははっ。……本当ね、エルジェーベト。忘れてたわ」


「……忘れられる恋に、カタリン殿下が出会われましたこと、心から羨ましく思いましてよ?」


「乙女の結婚に、なによりの祝福ね」


「ふふっ。ガブリエラ陛下の花嫁姿を見届けさせていただき……、それから、ゆっくり婿を探しますわ」



わたしの前でする話ではない気もするのだけど、それはそれで、わたしへの深い信頼と友情の裏返しのような気もして、


なんだか、変な心持ちだ。


グンヒルト様は、



――もう少し、エルジェーベト様の婿取りを早めてもらえませんかね? ……ヘ、ヘレナの婿探しが……。



という視線で、エルジェーベト様をジトっと見ておられるけれど、


当のヘレナ様は目を輝かせておられる。


三大公爵家のご令嬢同士が交わされる、特別な紐帯を感じさせられるお言葉。


わたしの胸にだって響くものがある。



「……出番がなかったわ」



と、無表情にポツリとつぶやかれたイルマ妃殿下に、ヴェーラ陛下が可憐な微笑みを向けられた。



「良かったではありませんか。これでアルパード殿下の解放は確定。すでにシャウナス大公国には、ゲオルグ陛下による大公位の継承を報せる早馬が飛んでおりますわ」


「わざわざ張り切って、ソルフエゴから出てきたのに……。お姉ちゃん、頑張ったわよ! と、アルパードに自慢できることも特になく……」



皇帝との交渉で、切り札のひとつが共同書簡を発出してくださった、ソルフエゴ王国、ギレンシュテット王国、レトキ王国からの糾弾と、


異民族への反攻で、帝国の旗振りを拒否するとの宣明だった。



――女神諸国の盟主たるに相応しくございませんわっ!!



と、ソルフエゴ王太子妃イルマ妃殿下と、ギレンシュテット王妃にしてレトキ女王のヴェーラ陛下から絶縁を突き付ける!


そして、それは困ると皇帝を糾弾する、東方女神諸国の王妃に王女!!


さらに、弟君ワルデン公ラヨシュ様を通じてオステンホフ家の縁戚となられたエルジェーベト様が、家名の恥と優雅に詰る!!



皇帝断罪の波状攻撃!!!!



という……、


段取りだった。



「ふふっ。……ヴィクトリア殿下に、いいところを全部持っていかれてしまいましたわね?」


「ほんとですわ、ヴェーラ陛下」


「さすがは無頼令嬢の末裔。ここ一番の大舞台では〈役者が違う〉といったところですわね」



ヴェーラ陛下、大人だ。


まだまだお若いイルマ妃殿下を労いつつ、お慰めしてくださる。


フィルボ王妃ヨランダ様ことヨラーンも、ツツとイルマ妃殿下に寄り添い、



「アルパード殿下は〈イルマ姉様〉のことが大好きでございました。駆け付けてくださっただけでも、大喜びしてくださるに違いありませんわ」



と、微笑みかけている。


邸宅で開き続けた花の茶会では、エスメラルダ様のぽわんとしたお仲立ちもあって、おふたりは打ち解け、肝胆相照らす仲となられた。


それに、ヨランダ様によるメラン家の説得は、皇帝勢力の切り崩しに大きな役割を果たしてくださっていたのだ。


戴冠式の段取りを終えられたヴィクトリア殿下が、ご令嬢方のお喋りで賑やかなお部屋の壁に背を預け、


わたしに声を潜められる。



「……メラン家から私に申し入れがあったのだ。私がアルブレヒトを退位させたならば、ピエカル家による次期皇帝の推戴を認める……、とな」


「そのような申し入れが……」


「フルスタール家、ロプコヴィッツ家も追随し、同様の申し入れがあった」


「……すっかり話がまとまっていたのですわね」


「ガブリエラ陛下が華麗に展開した〈花冠外交〉の賜物であるぞ?」


「えっ?」


「ふふっ。みな、ヴィラーグの花がほしくてたまらず、アルパード殿下の解放をアルブレヒトに何度も働きかけていたのだ。だけど、爺さんは耳を貸さない。『それなら、お前たちが〈保護料〉を払え』と言ってくる始末」


「ま、まあ……」


「……ヴィラーグとの友好通商、花を輸出してもらうために、アルブレヒトの排除に舵を切った。……だけど、自分たちの手は汚したくない」



どこの国でも、貴族ってヤツは……。


と、苦笑いだ。



「ピエカル家には皇帝推戴の故事がある」


「ええ、無頼令嬢マウゴジャータ様による女帝クリスティナ様の推戴ですわね!?」


「ふふっ。さすがによくご存じだ」


「あ、いえ……、へへっ」


「〈パン窯戦争〉において、皇帝がいるにも関わらず、マウゴジャータはレヴァンドフ家の令嬢クリスティナを推戴し、即位させた。帝国に二帝ある、僭主もいいところの偽帝状態だったが、皇帝軍を撃破し、退位に追い込んで選帝侯会議に追認させた」



ついつい拳を握り込んで、閉じた瞳で天を仰いでしまう。



「元々小勢の軍をさらに二手に分け、はるかに劣勢なマウゴジャータ様が皇帝の軍を真正面からお引き受けになられる! その間に女帝クリスティナ様が決死隊を率いられ、山間の急峻な隘路を苦難の行軍の末に走破され裏手に回り込み、後背から皇帝の大軍を突き崩される!! おふたりの堅い友情と信頼を物語る、無頼令嬢譚のなかでも、いちばん胸を熱くさせられるエピソードですわっ!!」


「ははっ、その通りだ。……権力闘争の果てに名門貴族の親が家臣に幽閉されたクリスティナは、自身の生まれも知らずに捨て子同然の逃亡生活を送っていた。マウゴジャータは己の生まれと重なるクリスティナの境遇に、深い共感を抱いていた……。まっ! この故事を引いてまで、私にアルブレヒトを退位させろと言ってきた訳だ、メラン家は!」


「な、なるほど~」


「それほどまでに、ヴィラーグの花々に魅了されてしまったということだな」


「はい……」


「……ガブリエラ陛下は、ただのひと言もわが国皇帝に非難の言葉を浴びせず、優雅に微笑まれたままだった」


「ふふっ。その前に、ヴィクトリア殿下が退位させてくださいましたからね」


「この故事は、後々、大きい」



ヴィクトリア殿下が、泥をかぶってくださったとも読み取れる。


おそらくは、わたしのためだけではなく、民の血を流さない平和のために。



「……さらに言えば、事後の混乱を最小限に抑え込むには、オステンホフ家の世子であるゲオルグを次期皇帝に推戴するのがいちばん収まりがいい」


「それで、アルブレヒトに立太子させて、オステンホフ家当主も賛同したという形を整えられたのですわね」


「ふふっ。アルブレヒトは8000本の薔薇に目が眩み、花の通商から除け者にされることに焦った」


「ええ……」


「カタリン殿下を通じヴィラーグ王家と縁戚になるという大義名分に潜ませた罠に気が付かず、孫への世襲という餌に食い付いた。……まあ、デッチ上げた先例などは添え物に過ぎず、ガブリエラ陛下の〈花冠外交〉の為せる技に便乗させてもらったということだな!」


「恐れ入ります」


「オステンホフ家自体への罰は、カタリン殿下に免じ、堪忍してやってほしい」


「ええ、異存ございませんわ」


「まあ、カタリン殿下はゲオルグを尻に敷いてるようだし、シャウナス大公国の膿も出し切られることだろう」


「ふふっ。カタリン様なら……、きっと」


「ゲオルグ2世陛下戴冠の後は、ただちに選帝侯会議に追認させる。なに、選帝侯7名のうち、わがピエカル家の者がカミル小父(おじ)を含め2名。グンヒルト殿の御父君ゼーエン公も選帝侯。3票固まっておれば、選出はまず間違いない。女帝クリスティナの故事を引いて押し切れば、満票選出ともなろう。……ガブリエラ陛下よりお授けいただく帝冠が無駄となることはない」


「……お心遣い、痛み入ります」



ヴィクトリア殿下のお立場なら、わたしには黙っておくことも出来る。


なのに、すべての背景を明かしてくださった誠実さに胸を打たれた。



「心遣いもなにも、当然のことだ!」



と、ヴィクトリア殿下は快活に笑われて、お顔をあげてくださった。



「さあ! 帝国のすべてを代表する新皇帝をガブリエラ陛下に跪かせ、ちょこんと冠を載せていただいたら、一緒にアルパード殿下をお迎えに行こう!」


「はいっ!」


「みなで華々しく盛大にお迎えに行かせてくれ! そして、おふたりの邂逅を、われらに未来永劫、語り継がせてくれ! 花の王国ヴィラーグの王権代行者、皇帝を跪かせ冠を授ける者、われら乙女の盟主! 花神の化身か、女王ガブリエラ陛下よ!!」


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