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5.嬉しそうになどできない

テレーズ様は小柄なお身体をさらに小さくたたんで、わたしにふかく頭を下げてくださる。


花乙女宮のメイド長にして教育役の筆頭。


その後ろに並ぶ教育役令嬢6人も、申し訳なさそうに恐縮しこうべを垂れている。



――わたしに〈言いにくいこと〉を告げに来てくださったのだ!



と、弾む心を押さえつける。



――カタリン様が暴れてくれた!?


――それとも、お母様がなにかしら手を打ってくださった!?


――いや、むしろこの花衣伯爵家の7令嬢が、わたしの立場を慮ってくださった!?



いろいろ想像してしまう。


だけど、理由はなんでもいい。


王宮の侍女様や女騎士、あるいは女獄吏でもなく、花乙女宮の教育役から〈言いにくいこと〉を告げられる。


まちがいなく〈穏便な結末〉だ。


送別の言葉をいただいたら、あとは花乙女宮をス――ッと、煙のように退出するだけ。



もちろん、嬉しそうになどできない。



やっほーいっ! などと本音を漏らしては不敬の極み。厳粛な雰囲気を壊すことなく、神妙にテレーズ様のお言葉を待つ。


華やかな居室に漂う、張り詰めた空気。


そばで控えるイロナが青い顔をしていた。


王太子妃侍女長、ひいては王妃侍女長になれると、ぬか喜びさせてしまった。


ほんとうに申し訳ない。


だけど、わがホルヴァース侯爵家が三大公爵家にいじめ潰されたら、分家であるイロナのカピターニュ男爵家だって無事で済むわけがない。



――これで、良かったのよ?



テレーズ様たちにも、言いたくもないことを言わせることになってしまい、大変申し訳ない。


全部、ふわふわ王太子のせいだ。


なんだか、わたしにガチ惚れしてたみたいだけど、ようやく目が覚めたのだろう。



あるべき姿に戻るだけだ。



だいたい、エルジェーベト様のどこが不満だというのだ?


あんないい女、ほかにいないぞ!?


ある種の儀礼的な時間は静かに流れ、やがてテレーズ様が絞り出すような声をわたしに向けられた。



「ガブリエラ様の、驚くべき聡明さ」


「はい。それでは退出させてい……」



ん?


聡明さ?



「花乙女宮にて修めていただく王太子妃教育の、すでに4分の3をガブリエラ様は終えられました」


「……それって」


「先例集を読むかぎり、最速です」



しまった……。



「前代未聞の聡明さ。このままではどうしても、王太子妃教育を終えられた後の〈花冠巡賜〉との間があき過ぎることになってしまいます」


「は、はは……」


「……誠に申し訳なきことながら、すこし速度を落としていただきたく、われら7人そろってお願いに参上いたしました」



や、やってしまった……。


次々出てくる新知識が楽しくて、ホイホイ喰いついてふわふわ王太子との結婚をはやめてしまった。


ガラッパチの学問好きなんて嫁の貰い手がなくなると思って、王都では控えめにしてたのに、肝心なところでつい夢中になってしまった。



――前代未聞の聡明さ。



やばい。


伝説の王太子妃になってしまう……。


顔をあげられたテレーズ様が、わたしを真っ直ぐに見詰められる。


知ってる、この視線。


イロナがいつもわたしに向けてくれるのと同じ種類のヤツだ。



「ガブリエラ様はまさしく、花乙女宮の主に相応しきお方にございました」


「あ……、え~っと、……光栄ですわ」


「この上は、われら7人、改めてガブリエラ様への忠誠を誓わせてくださいませ」



花衣伯爵家から教育役に出たご令嬢は、いずれなんらかの役職で王太子妃、そして王妃の内廷を形成するのが慣例だ。


どなたも才媛ぞろい。


気品もあるし、容姿も申し分ない。


そのうちのおひとり、わたしに王族としての儀礼、なかでも宮廷儀礼と内廷儀礼をご教授してくださるセグフ伯爵家のジェシカ様が口をひらかれた。



「……申し訳ございません。われらとしてもほぼ先例なき侯爵家よりの花乙女宮入り。いたらぬところが多々ございました」



ジェシカ様は7人の教育役のなかでもとりわけお美しい。ラベンダーアッシュなパープルがかったクセのないストレートな金髪に、少年のように無垢な水色の瞳。


ジェンダーレスな美しさとも言え、わたしの好みドンピシャだ。


続いて、わたしにエルジェーベト様のカールマーン公爵家はじめ、王国東方の貴族家について教授してくださるオーシローザ伯爵家のユディト様があたまを下げられる。


ピッカピカの金髪に赤縁眼鏡。いちばん〈先生〉らしい風貌のご令嬢。



「……いたらぬところが多々ございました」



そして、カタリン様のナーダシュディ公爵家など王国南方を受け持たれる、クリザンテーム伯爵家のゲルトルード様が言葉を継がれる。


毛先がゆるやかにウェーブした色の薄い金髪に、黒縁の丸眼鏡。ちいさな頭に凛々しい眉、だけどおしとやかな雰囲気は才女そのものだ。



「本来は王太子妃候補として花乙女宮に入られる公爵家側の先例になりますので、口出しを控えておりましたが……」


「え、ええ……」


「これまで累代の王太子妃候補はみな様、非公式にメイドと護衛の女騎士をお連れになられております」



おーう……。


なるほど、たしかにホルヴァース侯爵家には、王太子妃候補を出した先例がない。


花乙女宮での過ごし方やふる舞い方が伝えられているはずもない。


ひと月、イロナとふたり孤独を感じながら修行僧のように踏ん張ってきたけど、公爵家出身の累代王太子妃候補のみな様はもっと暮らしやすく過ごされてきたのね。


教育役のおひとり、生まれ持っての憂い顔が魅力的なアーヴァーチュカ伯爵家のカロラ様がうつむき加減にわたしを見た。



「……もっとはやくに気が付ければ良かったのですが」



肩幅のせまい華奢な体躯にローズゴールドのお髪と、派手に見えてもおかしくないのに落ち着いた雰囲気なのは、やはり学究肌だから。



「……正直、ガブリエラ様の学習スピードについていくのが精一杯。わたしどもの予習が追い付かず……、暮らし向きにまで気が回っておりませんでした」



と、おおきな目を充血させているのはゲルベラ伯爵家のルユザ様。トルダイ公爵家を含む王国西方をご担当。


教育役7人のなかではいちばん背がたかくてスラリとスマート。腰が細い。とがったあごが印象的で、ミントグリーンの髪をいつもハーフアップにまとめられている。


リリとの〈ツン顔同盟〉にお誘いしたい眼つきの悪いご令嬢だと思っていたけど、わたしのために睡眠時間を削って次の日の教授内容を予習してくれていたのか……。



要するにだ。



いま、わたしは、主君であるわたしの優秀さに興奮して顔を紅潮させてるイロナもいれてあげるとして、タイプの違う美人さん8人に囲まれてるわけだ。



――こんな内廷を形成できたら、そりゃ華やかだろうけども……。



それで実家が消滅したのでは、お父様とお母様にも、ご先祖様にも、申し訳が立たなさ過ぎる。


160年前にいじめ潰されたバーリント侯爵家だって、当の王太子妃は順調に王妃となられて天寿をまっとうされたのだ。


ただ、実家がなくなっただけ。


進行スピードが速すぎるので王太子妃教育を3日ほどお休みにさせてほしい、という教育役たちをさがらせ、



「さすがですぅ~~~っ!! さすが、ガブリエラ様ですぅ~~~っ!!!!」



と、わたしの周りをパタパタ駆け回るイロナもさがらせ、


わたしはおおきく息を吸い込んだ。


そして、



「応援団を増やしてどうするんじゃゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」



と、叫んだ。


小声で。


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