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49.華麗なる王族外交

大国ギレンシュテット王国の勢威を象徴する、豪壮にして雄大な白亜の王宮。


わたしを乗せた馬車が高く悠然とそびえる城門をくぐり、瀟洒な噴水を越えて、エントランスの前で止まる。


わたしは王権代行者。


国王に等しき存在として、対外的には〈女王〉の名乗りとなる。


緊張したり、



――いや、わたしが女王って!



と、照れたりしている場合ではない。


アーヴィド殿下の奪還をかけて挑む、大国間の王族外交。


その煌びやかな場に相応しい、



優雅な微笑みを、つくる。



馬車の扉の下からクルクルと緋の毛氈が伸び、わたしが降り立ったその先では、


文武百官を従えたギレンシュテット国王、アーヴィド・ギレンス陛下がお待ちくださっていた。


わたしは、あわい青色の勿忘草(わすれなぐさ)色をしたエンパイアラインのドレスに身を包み、頭に載せる白銀のティアラには、すみれ色のアイオライトをあしらわせている。


肩には王権を象徴する純白のローブ。


儀仗の兵が立ち並ぶなか、


微笑を絶やさず、威厳を損なわないよう、ゆったりとゆったりと進む。


そして、アーヴィド陛下の前に立つ。



御自(おんみずか)らのお出迎え。誠に光栄ですわ、アーヴィド陛下。ヴィラーグの女王、ガブリエラにございます」


「花の王国から、ようこそギレンシュテットへ。美しき女王陛下のご来訪。心より歓迎いたします、ガブリエラ陛下」



にこやかな笑みが浮かぶ眉目秀麗なアーヴィド陛下のお顔立ち。お若い頃は、さぞや美少年であられたことだろう。


ヴェーラ陛下のご伴侶は御歳52歳。


朗らかなお人柄が伝わる笑みの中に、渋みと落ち着きも感じされられる。


レモン色にも喩えられる爽やかな色をした金髪をそよがせられるけれど、首は太く、ご長身。絢爛たるパール色をした礼服越しにも解る胸板の厚さには、武威が漂う。



――さすがは、一代で14ヶ国を征服併呑した、武神オロフ王のご子息、……といったところか。馬上槍試合にて手合わせを願いたいところだが……、



とは、おくびにも出さない優雅な微笑みを絶やさず、招き入れられたアーヴィド陛下のお隣へと並び立つ。


まずは、春の陽光が噴水の水飛沫をキラキラと反射させる前庭で、歓迎の式典を開いていだたく。


勇壮な調べを軍楽隊が奏でる中、儀仗隊が統率のとれた一糸乱れぬ動きで華麗な装飾の施された剣を、わたしに捧げる。


いわゆる栄誉礼。



「見事なる礼容。さすがは武名轟くギレンシュテットの儀仗と感服いたしましたわ」



と、(たお)やかな微笑みを向けた。


そして、王宮の中にはアーヴィド陛下みずからご案内していただき、並んで歩く。


深紅の絨毯が敷かれたひろく長い廊下には、瀟洒な彫刻が施された大理石の柱が荘厳に立ち並ぶ。



「王妃のヴェーラが、貴国の花壇ほど美しい花壇は見たことがないと、目を輝かせておりましたよ」


「あら、嬉しいお言葉ですわ。国の庭師たちが喜びましょう」


「ヴェーラから、ずいぶん自慢されてしまいました」


「ふふっ。仲がよろしいのですね」



かるく歓談しながら謁見の間へと入る。


中央の高台には玉座がふたつ並び、わたしとアーヴィド陛下とが並んで腰を降ろす。



国王が国王を迎える外交儀礼。



広大な謁見の間には、互いの重臣が立ち並び、謁見式が始まる。


わが国危急の時であるので滞在期間も長くはとれず、簡略な形式で、とは申し入れてあるけれど、最低限の儀礼まで欠かすことは出来ない。


互いの重臣がひとりずつ前に進み、わたしたちに拝礼を捧げては、自らの出自や身分を述べて挨拶をしてゆく。



「新たにカールマーン公爵に叙爵されましたエルジェーベト・カールマーンにございます。アーヴィド陛下の拝謁を賜り、幸甚に存じます」



優美なカーテシーを披露するエルジェーベト様のお姿に、ギレンシュテットの重臣たちから感嘆のため息がもれる。


けれど、アーヴィド陛下は泰然と受け止められて、にこやかにお言葉をかけられる。



「うんうん。国王のアーヴィドだ。ヴィラーグ王国で由緒正しきカールマーン公爵に会えて、ボクも嬉しいよ。叙爵、おめでとう。ガブリエラ陛下に尽くされるといい」


「エルジェーベトは、わたしの恩人。王都社交界への手を引いてくれました。いまは顧問伝奏の役にて王政を支えております」



と、お隣に座るアーヴィド陛下に、エルジェーベト様をご紹介する。


次はナーダシュディ公爵家のメリンダ様が前に進まれて……、


とまあ、こんなやり取りが人数分続く。



華麗にして優雅な王族外交。



わたしの性分としては、共同書簡に名を連ねていただく交渉に、すぐにも入りたい。


だけど、国王にも等しい王権代行者、すなわち女王として訪問している以上、必要な儀礼を欠かすことはできない。



「やあ……、これは見事な」



と、アーヴィド陛下に感嘆の声をあげていただいたのは、生花のブーケ。


やっとこさ、互いの重臣の謁見を終え、贈物進呈の儀に移っている。


荷馬車に温室を積んだ、通称〈温室馬車〉で運んだ花々を、今朝摘んで、大きなバスケットブーケに仕上げた。


侍女長のイロナがワゴンに載せ、謁見の間に運び入れると、重臣のおっさん連中までもが、少女のように目を輝かせてくれた。


〈温室馬車〉は、花々を帝都に運び入れるのにも活躍した。ピエカル宗家から提供された邸宅で、庭師たちが見事な花壇に仕上げてくれた。



「婿探しがはかどるわ」



と、カタリン様から、軽妙な書きぶりのご書簡をいただいている。


けれど、カタリン様が帝都入りされて、まもなく3ヶ月。もどかしい忍従の日々を耐えてくださっているはずだ。


皇帝への謁見に、許可が出ないのだ。


そこで、カタリン様は花壇囲む邸宅で園遊会、舞踏会に晩餐会など社交の場を開き、


宮中官僚や、帝都滞在中の領邦貴族を招いては、アルパード殿下解放の働きかけを続けてくださっている。


同情を示す貴族や官僚も出てきているようで、


ここで、ギレンシュテット王国も名を連ねた共同書簡の発出に成功すれば、皇帝への働きかけとして強力だ。


わたしは、なんとしてもアーヴィド陛下を「うん」と言わせなくてはならない。



「……本当に見事な花だ。思わず見惚れてしまった。こんなに素敵な贈り物は、もらったことがないよ」


「お褒めに預かり光栄ですわ。花には〈花神ヴィラーグ〉が宿ります。貴国の〈運命の女神〉に供していただければ幸いにございますわ」


「うん、そうさせてもらおう。大聖堂に供えて、王都の民たちにも見てもらおう」



少年のような天真爛漫さでお喜びくださるアーヴィド陛下。


そして、ご自分のお部屋に飾ることも出来るお立場なのに、平民の目も楽しませたいというご気性には好感が持てる。


会場はさらに広大な大会堂へと移る。


ギレンシュテット王国の高位貴族がわたしを歓待してくれる、晩餐会がはじまる。



――しかし、多いな……。



14ヶ国を征服し、滅ぼした国々の貴族に帰順を許したギレンシュテット王国。


色合いの異なる礼服、ドレスに身を包んだ貴族やご令嬢が、わたしに挨拶をと、長蛇の列をつくる。


この一人ひとりを、わたしは味方に付けたい。せめて、敵にしてはいけない。



「……お母上が、わざわざハーヴェッツのニクラス殿下にご挨拶くださったそうで」



と、声を潜める者がいた。



「ええ。貴国の尊貴なお血筋。蔑ろには出来ませんわ」


「……痛み入ります。きっと、お力に」



王宮内の離宮をひとつ宿舎としてあてがわれ、夜は随行の重臣たちと打ち合わせる。


晩餐会ではレオノーラ様やエルジェーベト様、それにメリンダ様なども、ギレンシュテットの高位貴族と交誼を深められ、


交渉の突破口を探してくださった。



「聞きしに勝る、ギレンシュテット貴族の権力構造の複雑怪奇さ……」



と、レオノーラ様が眉間にシワを寄せた。


エルジェーベト様も、やや困惑されたご表情だ。



「公爵並みの礼遇を与えねばならない子爵とは……、さすがに意味が分かりませんでしたわ」


「ええ……、こちらの侍女からの耳打ちなしでは、迂闊に挨拶も出来ませんでした」



と、リリがツンとした顔に、情けない表情を浮かべた。



  Ψ



翌日は、アーヴィド陛下とは朝餐会を共にするだけで、重臣たちと手分けしてギレンシュテットの貴族家を訪問して回る。


正式な外交儀礼だとは扱われないけれど、貴族に女王たるわたしをもてなす機会を与えることで、顔を立てる。


ヴェーラ陛下がホルヴァース侯爵家の主城にお立ち寄りくださったのと同様、貴族家の家史を彩ることになる、



王族外交の華だ。



重臣たちは、わたしの名代として各家を訪問してくれている。


わたしはまず、お母様からの助言に従い、オクスティエルナ伯爵家を訪ねた。



「……ご当主をはじめ、男性の方のお姿が見えないようですが?」


「ガブリエラ陛下が〈花乙女宮〉にあられるとおうかがいし、正式な外交の場ではない我が家ではせめて……と、父の意向にございます」



と、清楚な微笑みで出迎えてくださった、ツヤのある黒髪のご令嬢が、王都屋敷の最上階にご案内くださった。


四方に窓が開けた、小部屋……。



「似てる……」


「ふふっ。わがオクスティエルナ伯爵家は、オロフ王に帰順する前、いまは滅んだ旧ヴィルトマーク王国で外交を担う家柄だったのです」


「……それは?」


「先祖に貴国ヴィラーグ王国を訪問させていただいた者がおり〈花乙女宮〉の意匠にいたく感銘を受けて帰ったのです。もちろん外から拝見しただけだったそうですが」


「そのような、ご縁が……」


「もうひとつ、このお部屋には謂れがございますのよ?」



と、黒髪のご令嬢が意味ありげに微笑んだとき、マロンブロンドをしたお人形のようなご令嬢と、赤髪をしたミア夫人によく似た顔立ちのご令嬢が部屋に入ってきた。



「事前のご了承も得ずに申し訳ございません。レヴェンハプト侯爵家とテュレン伯爵家のご令嬢にございます」



と、黒髪のご令嬢が紹介すると、ふたりはわたしにカーテシーの礼を捧げる。


オクスティエルナ、レヴェンハプト、それに、テュレン。


お母様から「押さえておくべき」と教えていただいた3家のご令嬢がそろっていた。



「このお部屋の謂れ。……30年前の内乱時、わがオクスティエルナ伯爵家のエルンストと申す者が、ここでヴェーラ陛下と反王政の密儀を開いたのです」


「まあ……、そのようなお部屋でしたか」


「わがギレンシュテット王国には、貴国の三大公爵家のような存在がありません。群小の貴族がひしめき合っております」


「ええ……」


「貴国では王家に比肩する存在にご苦労されることもございましょうが、わが国で貴族は〈群れ〉にございます」


「……群れ」


「適切な言い方ではないかもしれませんが、群小貴族がつくる〈雰囲気〉が国政を左右させる影響力を持ちます」



なるほど。それはそれで大変そうだ。


誰か特定の貴族を説得したらよいという訳でないなら、国王がよほど強権的か専制的でもない限り、国論の形成には相当に苦労するだろう。



「ですが、ガブリエラ陛下。我ら3家は、アルパード殿下のご受難に対し、つよい憤りを抱いております」


「……お心強いお言葉、痛み入ります」


「皇帝みずから旗を振る異民族への反攻。それを利用したような卑劣な行い。到底、看過できません」



と、マロンブロンドのご令嬢が眉をしかめた。



「……異民族への反攻はまだまだ続くでしょう。が、そのような所へ、われらのアーヴィド陛下を再び送り出すことなど絶対に承服できません」


「まったくですわね」



と、赤髪のご令嬢が険しい表情でうなずかれる。


ご令嬢方の仰られる通りだ。


皇帝の身勝手極まる卑劣な行い。やはり、負ける訳にはいかない。



――帝国領内で〈迷子〉になっていたアルパード殿下を保護したのだ。保護料を請求するのは当然のことだ。



と、皇帝は、宮中官僚を通じて、開き直っているらしい。


盗人猛々しいとは、このことだ。



「ガブリエラ陛下。お恥ずかしながら、わが国にも皇帝に(おもね)る者はおります」


「ええ……。超大国エルハーベン帝国の皇帝ですもの。権威は絶大。そのような方もおられましょう」


「ですが、それぞれ内乱終結に功績ある我ら3家。その先代の功績に替えても、必ずや国論をまとめ、ガブリエラ陛下のお力にならせていただきたいと願っております」


「なんと……」



ながく続くアルパード殿下の捕囚に、わがヴィラーグ王国の者たちはみな歯を食いしばって耐えているけれど、


憤りの心が、薄らぐ瞬間もあった。


身代金を拒否してる、わたしが悪いのか? と、錯覚に苦しむこともある。


いくらわたしがガラッパチで従騎士の称号持ちでも、まだ18歳になったばかりのうら若き乙女だ。


心が潰れそうな時もある。


だけど――、



――悪いのは、皇帝ただひとりだ!!



ご令嬢方の新鮮な憤りに触れ、ふたたび力の湧き出す思いがする。



「……ヴェーラ陛下の(ひそみ)に倣った密儀だとは到底言い難い、ささやかな決意表明で恐縮ですが、どうぞ、お気を強くお持ちくださいませ」



と、あたまを下げてくれた3人のご令嬢。


その手を堅く、堅く握らせてもらった。


だけど、お礼の言葉がうまく口から出てこなくて、うなずくことしか出来ない。


抱き締めさせてもらいたかったけれど、窓が四方に開けている。外から丸見えだ。


わたしは、ただコクコクと、うなずき続けた。



  Ψ



そして、翌日。


ギレンシュテットの王宮から馬車で半日ほどかかる、山荘のような離宮に場を移す。


王都の喧騒を離れ、


アーヴィド陛下との実質協議が始まった。


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