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33.ほほほ

 


「邪魔よ」



と、カタリン様が、王弟ヨージェフ殿下を護る近衛兵たちに道をあけさせ、


花壇のなかのわたしの方へと、悠然と、つまらなさそうに、歩いてこられる。



とても、絵になる。



憂鬱な女神像のモデルになってもらいたいくらいだ。


そして、カタリン様のあとを他のご令嬢方が、微笑みを浮かべて進まれる。


その光景にヨージェフ殿下たちがただ困惑されている中、わたしの背後で、イロナが戻った気配を感じた。



――万が一、ヨージェフ殿下の兵がご令嬢方に手を出そうものなら……、ただちに斬り込む。



イロナが手にする、わたしの騎槍(ランス)と剣とを横目に確認し、幅広のスカートの中では、いつでも飛び出せるように腰を落とした。


ただし、優雅さを損なわせずに。



「カ、カタリンっ!!」



と、声を裏返したのは、ミハーイ閣下だ。


ニタニタとした、人を見下す不快な笑みは消えている。



「黙れ」



冷ややかな声を発せられたカタリン様は、ミハーイ閣下の顔を見ようともされない。



「一介の侯爵ごときが、ナーダシュディ公爵家の令嬢たる私を呼び捨てにするとは、いかなる存念か。親の顔が見てみたいとはこのことか。ねぇ、ヨージェフ殿下?」



最後にヨージェフ殿下のお名前をお呼びするときだけ、甘い声に切り替えられる。



――煽りますねぇ~、カタリン様。



と、つい感心してしまう。


やがて、カタリン様はわたしの隣に立たれ、ご令嬢方はみな、花壇のなかへと入られた。



「……カタリン殿」



カールマーン公爵ガーボル閣下が、忌々しげに声を絞りだされた。



「なんでしょう?」


「……慣例に外れる、侯爵家よりの王太子妃候補にくれてやった花冠など、忘れてしまわれるのがよろしかろう」


「あら? われらの授けた花冠を蔑ろにされる非礼。たとえ、ガーボル閣下といえども見過ごすことはできませんわよ?」


「花はまた咲かせれば良い」


「……ガブリエラ様は、これまでの王家累代14人の王太子妃候補の、どなたとも異なります」



背筋を伸ばされたカタリン様が、厳かに断言された。



――こうも感情の色彩豊かにふる舞えるとは……、カタリン様こそが〈ご令嬢〉の鑑なのかも。



と、思わず、怜悧な表情を浮かべられる横顔を、チラッとのぞき見てしまった。


ミハーイ閣下は顔を青白くさせて屈辱に打ち震えているし、ヨージェフ殿下は見苦しく狼狽を隠せていない。


けれど、さすがはガーボル閣下。


カタリン様を見据えて、微塵も揺らぎを見せられない。



「ほう……、異なるとは?」


「ガブリエラ様ほど、われら貴族家を大切にしてくださる王太子妃候補は、過去のどの先例を辿っても見受けられません」



と、カタリン様がわたしに向き直られ、美しく可憐なカーテシーの礼をとってくださった。



「花冠巡賜におけるお振る舞い、また、わがナーダシュディ公爵家のみならず、ナーダシュディ家門のすべてに対する、ふかいご理解と共感。……この、カタリン。ただただ、敬服するばかりにございました」


「お……、恐れ入ります」



慌てて腰の位置を戦闘モードから戻して、わたしもカーテシーで応える。



「ガブリエラ様。カーテシーは目上の存在に対する礼容。もはや、私に対しては必要ございませんわ」


「あ……、いえ」


「過去の花冠巡賜のどの先例を読み返しても、各家各家門の歴史と伝統を、ひとつの誤りもなく述べられた王太子妃候補は、ガブリエラ様おひとりだけにございます」



き……、記憶力には自信があります。



「私もですわ、ガブリエラ様」



と、レオノーラ様まで、わたしにカーテシーの礼を執ってくださる。


つまり、カタリン様に続いてレオノーラ様まで、ガーボル閣下の存在を無視した。



「わがトルダイ公爵家の歩みのみならず、トルダイ家門が他の家門と結んできた縁、因縁、分家の行跡にいたるまですべてに誤りがなく、むしろ私の方がトルダイ家門について理解を深めさせていただきました」


「……過分にお褒めいただき、恐縮にございます」


「これほど胸を熱くしたのは、夫ゾルターンから熱烈に求婚されたとき以来ですわ」



そして、次々に花冠役のご令嬢、ご夫人方がわたしに謝辞を述べてくださり、カーテシーの礼を捧げてくださる。


花の王国が誇る麗しい花壇の入口で、


わたしを中心に、色とりどりに煌びやかなドレスで着飾るご令嬢方が花弁になった、大輪の花を咲かせたかのようだった。



「ちゃ、茶番だ! 茶番!」



と、ミハーイ閣下が、耳に不快な甲高い声で喚き始めた。



「シャルロタ! まずはカタリンを退けろ! 話はそれからだ!」


「……え?」


「なにをしている! さっさとカタリンを花壇から退かせろ!」



シャルロタが不憫になる。


奥歯を噛みしめ、眉を寄せた女騎士シャルロタが花壇に足を踏み入れ、カタリン様の肩にかけようとした手を、


ひねり上げた。


そのままの勢いで、腕を高く引いてから、


軸足を払うと、


シャルロタの身体が宙に舞い、


握ったままの手を引き降ろして、花壇の通路に敷かれた石畳に叩き落とす。



――ごめんね、可愛い女の子なのに。



と、足をシャルロタの喉にあてた。



「……ぐぇ」



なんて、女の子が発したくないであろう声を出させてしまい、申し訳ない限りだ。



「ひっ! バケモノめ!」



と、乙女に対し、絶対にかけてはいけない言葉を吐いたミハーイ閣下が、わたしに背を向け駆け出した。



「え、援軍を呼んでまいります! 女の騎士や兵士はまだおります!」



シャルロタの喉にあてていた足を引き、前に思いっきり蹴り出すと、シャルロタの身体がゴロゴロと花壇の外に出ていき、


足とは反対側の手をイロナに伸ばし、


着地した足で石畳を踏みしめる。


その反動で、振りかぶった腕をグンッと前に振り抜くと、


投擲(とうてき)した騎槍(ランス)が、ヨージェフ殿下の頬を横切って、ミハーイ閣下の右肩を貫いた。


のけぞるようにして、地面に倒れ伏すミハーイ閣下。


水色をしたジョーゼットのスカートが、ふわりと閉じてゆき陽光を受けたドレープが波の鎮まる湖面のように映えた。


裏地の頑丈なドレスを選んだので、激しく鋭い動きにも耐えられる。


イロナから剣を受け取り、ヨージェフ殿下に冷笑を浴びせかけた。



「乙女の花園を踏み荒らすとは、王国男子にあるまじき所業。それも、先例を盾にして、女子に踏み込ませるとは卑劣極まる」


「ぐっ……」


「王位簒奪の薄汚れた私欲のために、一戦交えるお覚悟ならば、花乙女宮の主、この従騎士ガブリエラがお相手いたします」



スラリと、剣を鞘から抜いた。



「わが国創建〈花の会盟〉の盟主たるエステル家の誇りがおありなら、王弟ヨージェフ・エステル」



剣の切っ先を、ヨージェフ殿下の眉間にまっすぐ向ける。



「一騎討ちにてかかってこられよ。得意の騎槍(ランス)はご子息に進呈申し上げたが、馬上槍試合199連勝中のガブリエラ。剣の腕にもいささか覚えがございます」



ヨージェフ殿下の目の奥から、完全に笑いが消えた。


まっすぐにわたしを見詰めたまま、ただピクリとも動かれない。


剣を払ったわたしの耳元に、カタリン様がその魅惑的なお口を寄せられた。



「……ガブリエラ。貴女って、……ほんとに無茶苦茶ね」


「ほほほ。お褒めに預かり光栄ですわ」



呆気にとられていたご令嬢方が、クスクスと笑い出され、やがて、わたしに大きな拍手を向けてくれた。


ぽおっとされてるご令嬢もいる。


ごめんなさい。嫁にはできません。まもなく嫁に行く身ですので。



「お姉様……。父が大変なご無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございませんでした」



ご令嬢方の輪のなかにいらっしゃった、ミハーイ閣下のご息女ヘレナ様が、深々と頭をさげてくださる。



「ごめんなさい、ヘレナ様。お父上に槍を突き立ててしまって」


「いいえ、お姉様。父にはあのくらいしていただかないと、分からないのです。……それに、拝見したお姉様の腕なら、一投にて命を断つこともお出来になられたはず」



肩をすくめて、苦笑いを返すしかない。


さすがに、ご息女に御父君まで目の前におられるなか、命まで奪おうとは思わない。


痛みに苦しんでおられるけど、駆け寄った近衛兵たちが介抱を始めている。


命に別状はないだろう。



「ヘ、ヘレナ!! 祖父が王権を担おうというときに……、そなたは何をしているのだ!? こっちへ来い!!」



狼狽を隠し切れないヨージェフ殿下が、金切り声を上げられた。


ふだんは人格者ぶっていても、所詮はミハーイ閣下の御父君か。見苦しい。



「お祖父様。ヘレナは、お祖母様に花冠を授けることは出来ません」


「なに!?」


「ヘレナの花冠は一世一代。ガブリエラ様に捧げさせていただいた、あのひとつだけでございます」


「か、花冠など……」



震えながら祖父ヨージェフ殿下に抗うヘレナ様を、そっと、わたしの後ろに隠した。



「われがヴィラーグ王国で、王から王弟への王位継承は一度だけ。4代ベルタラン王から、5代アドリアーン王への御継承。その一例のみ」


「そ、それがどうしたというのだ!? 王弟が王位を継承する、その先例があるというだけのことではないか!?」


「あら? 王弟殿下ともあろうお方がご存知ないのですか? 5代アドリアーン王のご即位に先立ち、すでにご結婚されていたオルソリャ王妃は改めて花冠巡賜を執り行われたのですわよ?」


「……ぬっ」


「あらあら。王弟殿下のお妃様、マティルデ妃殿下に花冠を授けない家があろうとは……、困りましたわねぇ?」



ちょっとだけ、カタリン様のマネをしてみたつもり。


だけど、なかなかあの迫力と優美さ、それに癇に直撃する感じは出せないな。


今後の研究課題としておこう。


わなわなと震えるヨージェフ殿下の前に、ガーボル閣下が進まれた。



「花冠など……、どうにでもなる」


「あら、ガーボル閣下? そのご発言は、重いですわよ?」


「なんとでも言え。王権を前にすれば、先例などいくらでも新たに出来るものだ」



へぇ~っ! いいこと聞いちゃった♪


と、わたしが跳び上がりそうな気持ちを抑えて、剣を鞘にしまったときだった。



「お父様。お控えください」



と、やさしげな慈愛にみちた声が吹き抜けていった。


ふり返り、眉をしかめたガーボル閣下が、苛立ちを隠せない声を返す。



「父に向かって控えよとは、どういうつもりだ? ……エルジェーベトよ」


「ふふっ。お父様らしからぬ見苦しいお振る舞い。誇り高きカールマーンの家名に、当主自ら泥を塗られるおつもりですか? ……恥ずかしくて、見るに耐えませんわ」


「なんだと!?」


「みな、控えよ。王妃にして王権代行者、フランツィスカ陛下のおなりである」



スッと、流麗な所作で身体をひらいて道をあけ、カーテシーの礼を執られたエルジェーベト様の向こうに、


第1王女エミリー殿下とリリに両脇を支えられ、よろめきながら、ゆっくりと歩まれるフランツィスカ陛下のお姿が見えた。


わたしと、花壇に立ち並ぶご令嬢方がカーテシーの礼を執り、イロナとバルバーラが片膝を突くと、


ヨージェフ殿下の連れてきた騎士や近衛兵たちも、慌てて片膝を突き、


我に返ったヨージェフ殿下とガーボル閣下も、フランツィスカ陛下をお迎えする礼容を整えた。



――フランツィスカ陛下……。



すっかり、おやつれになられたお労しいお姿ながら、王妃としての威厳は損なわれていない。


むしろ、鬼気迫るその歩みには、みながひれ伏さんばかりだ。


緩慢にして荘厳な歩みを、みなが見守るなか、フランツィスカ陛下は花壇のなかへと入られた。



「……ガブリエラ。(わらわ)の娘よ」



エミリー殿下にお預けになられていた〈王笏(おうしゃく)〉を握られると、フランツィスカ陛下はスウッと背筋を伸ばされ、


わたしを、まっすぐお見詰めになられた。


本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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