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22.王都は沸いている

広大なナーダシュディ公爵家の王都屋敷に足を踏み入れさせていただくのは、花乙女宮に入って以来の、まだ2度目。


だけど、緊張してる場合ではない。


大勢の侍女とメイドをしたがえ、にこやかにお出迎えくださったカタリン様に、丁重にお礼申し上げる。



「初代王妃を輩出されたる伝統あるナーダシュディ家におかれましては、さすが格調高きお出迎え。心より御礼申し上げます」


「丁重なるご挨拶、痛み入ります。ガブリエラ様の佳日、招きに応じていただき光栄にございます」



いくら口のお悪いカタリン様でも、すべてのご発言が記録され先例としてのこる儀礼の場においては様子が異なる。


華麗な装い、慇懃な口上を交わしたのち、お屋敷のなかへとご案内くださった。


花冠巡賜で各家を巡る順番は、家格順ではない。


各家が編む花冠のため、花の状態がいちばんいいと予測される日を希望され、伝奏が調整する。


最初がカタリン様のナーダシュディ公爵家になったのは、各家の意向を調整した結果の偶然でしかない。


ただし始まったら、おなじペースで間断なく続き、それは74日間にもおよぶ。



まずは、わたしが招かれて訪問し、花冠を授かる。


翌日はわたしが返礼のため、花冠役を花乙女宮にお招きして茶会をひらく。


その翌日には次の家を訪問。


さらに、返礼の茶会。


そして、休息日。


この5日間をワンセットにして、三大公爵家と27侯爵家の全30家を巡る。


最後の休息日は省かれるため、74日間。


ふた月以上のながい期間、王都を華やかに彩る、壮大にして優美な〈嫁入り挨拶〉の儀礼だ。


カタリン様からは、格別のお部屋にご案内していただく。


花乙女宮の花壇にもまして美麗に造営された庭園を見渡せるお部屋で、無数のメイドたちの優雅な微笑みに囲まれ、最高級のお茶とお菓子でもてなしていただく。



「過日は貴重な先例集をご提供くださり、さすがは王家に献身的な忠義を尽くされた3代ナーダシュディ公爵アンタル閣下の後裔と、胸を打たれる思いにございました」



優雅に微笑み合いながら、そっとお家の歴史に触れる。


王太子妃たるものの、たしなみだ。



「ふふっ。私ごときの行いをアンタルになぞらえていただけるとは光栄ですわ、ガブリエラ様」



カタリン様の魅了される微笑み。


さすがはナーダシュディ公爵家領530万領民に君臨するお姫様。


本気を出されたら破壊力がすごい。


そして、庭園の奥に立つ豪勢な温室にご案内していただく。


すべての季節の花が色とりどりに咲き誇る、ナーダシュディ公爵家の権勢を誇示するがごときの温室。


要するに、自慢されている訳だけど、ここは素直に褒めるのが礼儀というもの。


だけど、心の底から驚くほどの立派な温室に、わたしの目が奪われる。



「さすが……、ナーダシュディ公爵家の温室。王家に〈花の会盟〉を発起された、女神ヴィラーグへの篤い信仰心が窺われる花々に、……感服するばかりですわ」



温室には通路のせまいところもあって、わたしが選んだドレスは動きやすいマーメイドラインのドレス。


ラベンダー色のシルクが、どんな花を眺めるときにも雰囲気を壊さない。デコルテの繊細なレースとパールのネックレスが、わたしのツン顔と優美な花園とを穏やかに調和させてくれる。


夏の花を咲かせた暑い温室でも見苦しく汗をしたたらせることのないよう、通気性も考慮されたデザイン。


また、冬の花を咲かせる風の冷たいお部屋にも対応できるよう、レースのショールを羽織っている。


そして、貴賓室へと案内される。


優美に微笑まれたカタリン様が取り出された花冠。



「おめでとうございます、ガブリエラ様。アルパード殿下とのご婚約、心からお祝いさせていただきますわ」



その手に持たれた花冠。


白く儚げな月下美人を中心に、華やかな赤いダリアと、厳かな黒薔薇で編まれていた。


夜にしか咲かない月下美人を、どのように咲かせているのか想像もつかない。しかも、この日に合わせて花開かせたのだ。


白、赤、黒のコントラストが鮮やかで、ナーダシュディ公爵家の権勢を象徴するかのように見事な花冠。


しかも、花言葉の良い意味だけを繋げば、



――儚い恋、感謝、永遠の愛。



けれど、悪い意味を繋げれば、



――短命の美、不安定、憎しみ。



祝福とも呪いともとれる、絶妙な選択だ。



――姉が怒ってみせないと、ガブリエラ様やアルパード殿下に非難がいく……。



妹君メリンダ様の言葉が本当なら、カタリン様が花冠の花選びにお心を砕いてくださったことが伝わる。


わたしとアルパード殿下の婚約を喜んでいる者は祝福と受け取り、反感を持つ者は呪いと受け取って溜飲を下げるだろう。


恭しく両膝を突き、カタリン様からわたしの頭に花冠を載せていただく。



「よかった。ガブリエラ様のスモーキーシルバーの銀髪によくお似合いだわ」



カタリン様が優美に微笑まれた。



   Ψ



「お母様に泣きつかれたのよ。ほんとうは花冠役もメリンダに譲るつもりだったのに」



と、カタリン様はぶっきらぼうに仰られ、窓のそとに目を向けられた。


ナーダシュディ公爵家の王都屋敷を訪ねた翌日、花乙女宮で返礼の茶会にお招きしている。


取り囲む花壇がすべて見渡せる花乙女宮の最上階、四方に窓のひらけた小部屋で、ふたりきりでおもてなしする。



「……ガブリエラの気持ちも定まったみたいじゃない」


「ええ……、おかげさまで」



遠目には高貴な貴族令嬢がふたり、広大な花壇のまん中で、優雅な茶会をひらいているように見えていることだろう。


つまらなさそうな表情をされたカタリン様に、お茶をお勧めし、ひと時を共有する。


発言が記録にも先例にものこらない、ふたりきりの茶会。


本来であれば王太子妃の座をかけて競った三大公爵家のご令嬢がふたり。勝者と敗者。これまでの〈花冠巡賜〉では、どれほど優雅で壮絶な時間だったことだろう。



「それにしても、やるわねガブリエラ。あれじゃあ、花冠に手を抜くこともできないわ」



と、カタリン様がニヤリと笑われた。


三大公爵家と27侯爵家から授けていただく30の花冠。


現王妃フランツィスカ陛下はすべてを編み直して巨大なプリザードフラワーにされ、王太后マルギット陛下はひとつにまとめた押し花を額装されていた。


これをわたしは、ホルヴァース侯爵家流の儀礼として、各家個別に額装することにしたのだ。


見かけはすこし貧相だろう。だけど、各家がわたしにどんな花冠を授けたのか、永遠に分かる。


茶会でわたしを祝福してみせた侯爵令嬢たちも、心の内ではなにを考えているか分からない。


ちょっとした嫌がらせも出来ないように、手を打たせてもらった。


ただ、侯爵家のなかには治める領地が、大きな男爵家より少なくて、財力に乏しい家もある。


そういった家には、お母様からそっと心付けを届けさせていただいた。


わざわざ恥をかかせるようなことをしては、思わぬ形で敵をつくってしまう。


いかなる含意があろうとも、見栄えだけは麗しい花冠をご用意していただけることだろう。


もちろん、ナーダシュディ公爵家にそんな気遣いは無用だ。



「カタリン様から授けていただいた花冠。生涯の誉れを頂戴した思いにございます」


「ふん」



と、あごを手に乗せたカタリン様が、目元にだけかすかに、嬉しそうな色を漂わせてくださった。



「幸せになりなさいよ、ガブリエラ」



   Ψ



粛々と、しかし盛大に〈花冠巡賜〉が続いて行く。



――見て見て! 今日のガブリエラ様のドレスも素敵だわ~っ!



街娘があげる羨望の声には、いつまでたっても慣れない。


気品と威厳を損なわないよう表情からは微笑を絶やさないけれど、ほほを紅く染め、壮麗な馬車の上で視線をさげる。


つねに品定めされる時間が続き、経験のない緊張で、休息日はぐったりと過ごす。


きれいな花がいっぱいに浮かぶバスタブで、のんびりと身体を伸ばすけれど、



――も、もう……、花は見たくない……。



という気持ちでいっぱいだ。


けれど、わたしが王太子妃を目指すと決めた以上、それもワガママというもの。


わたしは、花の女神ヴィラーグへの祭祀権を独占する王家に嫁ぐのだ。


花を見たくないなどと口にすれば、ヴィラーグからの天罰が下ろうというもの。


おとなしく目を閉じ、優雅な香りに包まれて心身を休める。


二度目の休息日には、カールマーン公爵家領からの兵が、王都に入った。


国王陛下が率いられる東方出兵の兵といえども、花冠巡賜の催行中とあれば、王都入りのタイミングをはかられる。


貴族家は軍役で王家に奉仕する。


名前は軍役だけど、それには土木工事なども含まれ、王都をはじめ王家領での建設は貴族家が負担する。


ただし、今回は東方出兵を先導されたカールマーン公爵家がほぼすべての兵を出し、わが家をはじめ他の貴族家は軍役免除金を献納した。


領地のすくない侯爵家に心付けを届けたのは、軍役免除金の負担が重いこともある。


花の王都は、優美な〈花冠巡賜〉と、国王出兵の勇壮な兵団とで沸いている。



長期にわたる〈花冠巡賜〉では、天気に恵まれる日ばかりではない。


ぶ厚い雲が空を覆うなか、わたしが花冠を授かる、6家目となるラコチ侯爵家から花乙女宮に戻ったときのことだ。


イロナが青い顔をしてわたしを出迎えた。



「……こっ、……国王陛下が」


「ん? 陛下がどうされたの?」



重大な報せが届いているのだろう。


わたしは、つとめて明るい声を出し、イロナに微笑みを向けた。



「……国王陛下が、お倒れになられたそうです」


「えっ……?」



ポツリと、雨粒がわたしのほほを打った。


国王陛下の東方出兵、7日前の出来事だった。

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