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聖女、首輪を引きちぎる ~私を犠牲にして裏切った婚約者に「彼が破滅する言葉」を言わせることに成功した~

掲載日:2024/12/13

 

 婚約者は私を犠牲にして裏切った。

 まだ十六歳だけれど、私はこのまま悲しみのうちに死んでいくのだと思っていた。

 けれどある日、私は前聖女の書いた日記を見つけ――それをヒントにして「彼が破滅する言葉」を言わせることに成功した。

 結果、私は首輪を引きちぎり、自由になった。


 さようなら、バーナード。

 もう二度と会うことはないでしょう。

 私は隣国で幸せに暮らします。


 * * *


 一時期、私が死にそうになるまで追い詰められたのは、家族の助けがなかったせいかもしれない。

 父のシートン子爵は厳しい人だった。

 亡くなった母に対しても冷たかったので、娘である私のことも愛せないのだろうか。


 父が厳しいぶん、ばあやは私に優しかった。ふくよかで少し腰の曲がったばあやは、母を早くに亡くした私に寄り添い、ずっと面倒を見てくれた。

 ばあやは私が世間から「大聖女」と呼ばれるようになると、とても喜んでくれた。

 私が注目を浴びるようになったのは十歳――あの時はまだ子供だった。


 * * *


 人々が私を褒める言葉は大体同じだ。「数々の奇跡を起こし続け」「失敗知らず」――「清らかな天使」「祝福の大聖女」――皆が瞳を輝かせ、私を見た。

 当時、私は状況がよく理解できていなかった。なぜ人々があそこまで熱狂しているのか。自分は何を期待されているのか。どう振舞うべきなのか。

 外の人たちは熱狂しているけれど、近くにいる大聖堂のシスターはとてもおそろしい人で、私を氷のような目で見る。その落差にも戸惑っていたのかもしれない。


 私の世界はふたつに分かれていた。

 ひとつは、ばあやのいる優しい世界。ばあやは私が何をしても褒めてくれる。たくさん寝れば褒めてくれるし、お歌の音程が外れても褒めてくれる。お菓子を食べても褒めてくれる。「可愛い、可愛い、ネリー」……ばあやと一緒にいる世界が、本当の私が生きている場所。


 もうひとつは、「大聖女」として扱われる世界。

 こちらはよそいきの、ちゃんとした顔をしないといけない。おしとやかに、行儀良く。そうしないと、大聖堂のシスターから、ひどく怒られてしまう。


 * * *


 十二歳になり、私に婚約者ができた。

 お相手は公爵家のご子息で、同い年の十二歳。

 周囲の大人から「公爵家は、貴族の中で一番偉い家柄ですよ」と、まるで私が身分制度を理解できていないかのように、くどくどと説明された。そして「お相手のご子息は、本妻の子供ではないのですけれどね」とも……「ホンサイノコドモデハナイ」……それは大人の世界ではいけないこと? 私が思うに、子供本人には、どうしようもないことだわ。『本妻の子供として生まれたい』『愛人の子供として生まれたい』――そんなの、自由に選べないものね。


 顔合わせのため、婚約者の家に行くことになった。

 お目付け役として、大聖堂のシスター・マーゴが付いて来た。老齢のシスター・マーゴは私の周囲にいる大人の中で、もっともルールに細かい人だ。

 年齢と性別は違うけれど、生きざまが父によく似ている。魂の片割れ同士かしら……私はそんなことを思った。


 お屋敷に着き、応接広間に通された。公爵閣下こうしゃくかっか、愛人の女性、その子息バーナード――私、そしてシスター・マーゴの五人で面会。

 少し面長おもながのバーナードは、公爵閣下に顔立ちが似ている。バーナードは神経質そうに袖口そでぐちのボタンをいじりながら、終始チラチラと、父である公爵閣下の顔色をうかがっていた。

 この顔合わせの場で、私は丁寧に扱ってもらったけれど、太ももを針でチクチク刺されているような、奇妙な居心地の悪さを感じた。

 婚約の書類にサインをして、これにて終了――という空気になったところで、シスター・マーゴが突然声を張り上げた。


「まだ終わりではありません。本妻と、大聖女――おふたりが直接顔を合わせないかぎり、この婚約は成立しませんので」


 この発言を聞き、私は頭を抱えてテーブルの下に隠れたくなった。公爵閣下の青ざめた顔――まるで幽鬼ゆうきのようだ。なぜシスター・マーゴは場の空気を最悪にするのだろう……私は彼女の厳格さをうらめしく感じた。

 公爵閣下はムキになって文句を言ったが、シスター・マーゴは「大聖堂の決まりです」の一点張り。やがて公爵閣下も折れた。


 * * *



「バーナード、お前が案内しなさい」


 公爵閣下がそう命じると、バーナードは奥歯を噛み、くやしそうに両親をじっと眺めた。しかし公爵閣下も愛人である母親も、冷ややかに視線を外し、貝のように沈黙を守る。


「……ではこちらへ」


 バーナードは不貞腐ふてくされれてそう言い、私とシスター・マーゴを促した。

 この時、彼はシスター・マーゴを睨みつけたのだけれど、敵意を向けられた本人は、何も気にしていないようだった。

 バーナードの先導で、私たちは広大な屋敷の廊下を進んで行った。何度も角を曲がり、最後には渡り廊下も通過し、あまり手入れのされていないさびれた別棟に入る。

 その別棟の入口で、バーナードが足を止めた。


「一番北の黒い扉だ。僕はここで待つ」


 私がシスター・マーゴのほうを振り返ると、


「ひとりでどうぞ」


 と言われてしまう。

 私は心細い気持ちで、黒い扉のほうに向かった。

 扉外でノックをしても返事がない。迷いながら振り返れば、シスター・マーゴが怒った牛のような顔でこちらを見ている。入らないことには終わらない……私は覚悟を決めて、そっと扉を押した。

 カーテンは開けてあるのに、とても薄暗い部屋だった。窓が小さく、日当たりも悪い。壁紙は古ぼけ、一部が湿気で剥がれ落ちていた。健康な人でもこんな陰気なところにいたら、一日で病気になってしまいそうだと思うような、寒々しい部屋だった。


 粗末な木のベッドに、ひとりの女性が寝ている。病んでやつれているのに、綺麗な人だ。眠っているのね……私は部屋の中に入り、そっと扉を閉めた。すると目を閉じていたその女性が睫毛まつげを揺らし、ゆっくりと覚醒かくせいした。

 戸惑ったように視線が揺れ、女性がこちらに顔を向ける――ヘーゼルの神秘的な瞳が、私をとらえた。


「失礼します、レディ――私にできることはありますか?」


 体調がつらそうに見えたので、ベッドのそばに歩み寄り、こわごわ尋ねた。

 女性の瞳に哀しみが浮かぶ。


「……あなたは聖女ね?」


「はい」


 頷いてみせると、手を掴まれた。病人とは思えないほど、切羽詰まった力が込められている。


「この家に来てはだめ」


「え?」


 女性が上半身を少し起こしたため、顎下にからみついていた薄茶の髪が動き、首に巻かれた黒い輪が見えた。

 首……輪? なぜ?

 材質はつるりとした黒金ブラックゴールドでできていて、武骨ぶこつ――チョーカーかと思ったけれど、装飾的な代物しろものには見えない。それに具合が悪くて寝ているのに、首にわずらわしい飾りなどつけないだろう。

 首輪が気になったものの、私は彼女の手を取り、懸命けんめいに祈った。

 癒しの魔法を全力で注ぎ込むが、効かない……どうして……焦りが込み上げてくる。

 聖女の能力をもってしても、病気は治せない。それはそうなのだけれど、目の前の女性は病気ではなく、呪いに侵されているように感じられた。ならば私に治せるはず……でもまったく歯が立たない。


「ごめんなさい……私の力不足で」


 これまで生きてきた中で、無力感を味わったのは、これがはじめてのことだった。

 泣きそうになりながら謝ると、女性が温かく微笑んでくれた。


「優しい方ね……ありがとう」


「いえ、私、何もできていません」


「そんなことない、私に救いをくださった。手が……温かい」


 ふたり、至近距離で見つめ合う。心の一部を交換し合ったような、不思議な感じがした。

 女性が心から感謝しているのが伝わってきた。私もたぶん、彼女に感謝していた。

 しかし、まどろむような幸せな時間は、長く続かなかった。

 勢い良く扉が開き、婚約者のバーナードが廊下から叫んだのだ。


「早く出て来てくれ! 病気をうつされたら困る!」


 なんてひどいことを言うのだろう……胸が引き裂かれるように痛んだ。

 女性が『いいのよ』というように頷いてみせる。


「ありがとう、行ってちょうだい」


「でも」


「お願い、行って」


 私がなかなか立てずにいると、部屋の入口のほうが騒がしくなった。バーナードがさらに癇癪かんしゃくを起こしたのかと思ったら、違うようだ。

 バーナードを押しのけて、部屋にひとりの美しい少年が駆け込んで来た。年は私より、ひとつかふたつ上だろうか。つぎはぎだらけの古ぼけたシャツを着ているが、身のこなしや顔立ちには品がある。綺麗な服を着たバーナードよりも、よほど特別な感じがする人だった。


「――母上」


 彼が寝込んでいる女性をそう呼んだので、私は驚いた。

 では……この少年は本妻の子供で、本来ならば、この公爵家を継ぐべき人なのか。けれど彼の身なりを見ると、屋敷での冷遇ぶりが分かる。おそらくこの少年が「公爵閣下」と呼ばれる未来は来ない。

 彼が寝ている女性を気遣っているのが分かり、私は謝った。


「ごめんなさい……私には治せませんでした。本当にごめんなさい」


 無力感から胸が痛む。

 彼は怒るかと思ったの……私が聖女だということを知っていても、知らなくても、どのみち不快だろう、と。聖女だと知っているなら、『なぜ治せないんだ』と腹を立てるに違いない。そして聖女だと知らないなら、『変なやつが、勝手に母の部屋に入った』と嫌な気持ちになったはず。

 けれど彼は涙ぐみ、私に頭を下げた。


「母に救いをくれて、ありがとう。感謝します」


 それが心からの礼だと分かったので、私は戸惑った。

 ばあや以外の周囲の大人たちは、私がいつも奇跡を起こすから、褒めてくれる。

 それなのに彼は、失敗した私に頭を下げてくれた。

 私も彼に頭を下げた。彼の親切な心遣いに感謝したからだ。

 廊下に出た私は、扉前に立っていた婚約者と対面した。バーナードは、


「バイキンがうつる」


 と言って、汚物を見るような目でこちらを睨んだ。そして冷たく距離を取ったので、私は傷ついた。


 * * *


 帰り道、私は気持ちがモヤモヤしていた。そこで思い切ってシスター・マーゴに相談してみることにした。

 先ほどシスター・マーゴは公爵に対し毅然きぜんと、「本妻と、大聖女――おふたりが直接顔を合わせないかぎり、この婚約は成立しません」と主張して戦った。ずっと理不尽で怖い人だと思っていたけれど、実は公平で、話が分かる人かもしれない……私はそんなふうに期待していた。


「バーナードさんは寝込んでいる本妻さんをバイキン扱いして、ひどくないですか? 私……彼と上手くやっていく自信がありません」


 そう告げると、シスター・マーゴから叱責しっせきを受けた。


「大聖女ネリー、勘違いしないでください。あなた、ずいぶん我儘わがままですね」


「え」


「大聖堂に一番寄付をしてくださっているのは、先ほどお会いした公爵閣下です。こちらからすると大事な御方なのですよ。先ほど本妻とあなたを合わせるよう主張したのは、規則上必要だからです。顔合わせしなかったことで、あとで問題にならないよう、必要だから公爵閣下にお願いした――すべてはこの婚約を完璧にまとめるためです。私はあなたを甘やかせるつもりはありません。大聖女と呼ばれているからといって、調子に乗らないでください」


 ピシャリ……むちを打たれたような心地だった。

 私は恥ずかしくなり、言葉もなくうつむいた。


 * * *


 三年後、私は十五歳になった。

 婚約者のバーナードとは、月に一度、定期的に大聖堂で面会している。初回の印象はかなり悪かったけれど、以降の彼は紳士的だった。

 といっても月に一度の面会は、たった三十分しか時間がない。近況を話すだけで、あっという間に終わる。たった三十分でも、威張った態度で来られると嫌なので、バーナードが常識的に振舞ってくれて、私はホッとしていた。

 ただ……『この人は弱者にああいう態度を取るんだ』という、私の心の中に根を張った警戒心は、ずっとなくならなかった。この先、私が何かで弱ったら、彼はきっとバイキン扱いするに違いない。

 三年を経て彼の見た目は大人に近づいている。もしかすると中身も成長しているかもしれない……そうは思うのだけれど、やはり心を許すことはできない。

 そんなふうに私たちは礼儀正しく、けれどどこかよそよそしく、婚約者として関わった。


 そんな中で、本妻が亡くなったという噂を聞いた。

 私も葬儀に呼ばれるかと思っていたけれど、声はかけられなかった。そもそも公爵家で葬儀は開かれないらしい。

 三年前、「母に救いをくれて、ありがとう。感謝します」と頭を下げてくれたあの本妻の息子は、今どうしているのだろう……葬儀もしてもらえないだなんて。


 数カ月後、ふたたび大聖堂でバーナードと面会した時のこと。


「プレゼントがあるんだ」


 そう彼に言われた。


「ああ――いいから、君は座ったままで」


 彼が席を立ち、私が腰かけている椅子の背後に回る。

 なんだか背中がゾワっとした……ばあやには後ろに立たれても問題ないのに、バーナードが死角にいると思うと、恐怖を覚えた。

 プレゼントなんていらない……だけどここで拒絶したら、あとで厳格なシスター・マーゴからお叱りを受けるだろう。「大聖堂に一番寄付をしてくださっているのは、公爵家ですよ!」――きっと雷が落ちる。それが嫌で、私は体を強張らせてじっと我慢した。


 事件はあっという間に起こった。

 ――カチリ――。

 首に何かこすれる感じがしたと思ったら、冷たいものを着けられていた。

 慌てて指でなぞれば、つるりとした金属の触感――これはまさか!

 慌てて席を立ち、壁面に設置された鏡の前に向かう。

 私の首には黒金ブラックゴールドで作られた首輪が巻かれていた。

 あの日当たりの悪い部屋で寝ていた、本妻が着けていたものだ。

 バーナードが鏡越しに私を見つめ、ポン……とこちらの肩に手のひらを触れた。


「よく似合うよ、ネリー」


 鏡に映った私の顔は、紙のように白く、恐怖で歪んでいる。

 棒立ちになる私の手を取り、彼が勝手に指輪リングをはめた。


指輪リングも君にあげる。これも首輪と同じ材質の黒金ブラックゴールドでできているんだよ。セットなんだ、嬉しいだろう?」


 私はまず先に着けられた首輪を外そうとした。

 しかしどんなに力を入れても――押しても、引いても、どうしても外すことができない。

 ……何かの呪いがかかっている?

 首輪は外せなかった――ならばこちらは?

 私は指輪リングのほうを外そうと試みたが、やはり外すことができない。

 彼が勝ち誇ったように微笑んだ。


「だめだめ、ネリー……指輪リングは僕が君を捨てない限り、外せない。たとえ君が大聖女で、癒しの力で反発したとしても、ね。首輪も指輪リングも、一生君と一緒だよ」


 * * *


 段々と体調が悪くなっていった。

 一年もたつ頃には、朝、起きるだけで数時間を要するようになった。体がなまりのように重い。

 黒金ブラックゴールドの首輪が恨めしい……指輪リングも外したい……けれど願いは叶わない。

 以前は表向き優しかった婚約者も、段々と態度を変え始める。彼が近頃こちらを見る目は、冷ややかで、氷のようだ。


 私もバーナードも共に十六歳――同い年であるのに、明暗くっきり、という感じだった。

 彼の父である公爵閣下は騎士で、バーナードもその道に進んだ。公爵閣下が率いる隊で、バーナードはめきめき頭角とうかくを現し始める――彼の勇猛果敢な戦いぶりは、戯曲ぎきょくにされるほどだった。

 バーナードは強い魔獣を次々に打ち倒し、人々を救った。

 対照的に、私は大聖堂での失敗が目立つようになる。困っている人の怪我や呪いを治すことができず、これまで羨望せんぼうの眼差しで見てきた大勢の人たちが、怒りの感情を向けてくるようになった。最近では詐欺師呼ばわりされることもある。


 * * *


 やがて私は大聖堂での居場所を失った。

 これまでずっと、週末は実家に帰って別館でばあやと過ごし、それ以外の日は大聖堂で寝泊まりするという生活を送っていたのだが、すべてが変わった。

 大聖堂を追われた私は、実家に帰れるものと考えていた。けれど甘かった。


 私は公爵邸に預けられた。

 婚約者であるバーナードも、その父の公爵閣下も出迎えてはくれず、メイドの案内で私は公爵邸の廊下を何度か曲がり、渡り廊下も通過し、獣のすみかのように荒れ果てた一角に連れて来られた。

 この場所は見覚えがある……あの黒い扉。

 私が十二歳の時――今から四年前か――あの部屋に押し込められている本妻と対面した。月日が流れ、私は彼女と同じ首輪を嵌められて、同じ部屋に入る運命なのか。


 部屋に入ると、四年前よりさらに荒れ果てていた。掃除もしていないようで、埃が積もってジメジメしている。

 不浄の部屋として、誰も中に入らないのだろう。

 本棚に近寄ると、一冊だけ、上下逆さまになった革装丁の本があった。それを手に取り開いてみて、ハッと息を呑む――これは本ではなく日記だ。本妻が書いたものらしい。

 急ぎ目を通した。日記には首輪と指輪リングの秘密が記してあった。


 首輪と指輪リング、ふたつはセットになっていて、聖女だけに効くいにしえの呪いがかけられている。

 これは世界の災を引き受けるという大規模なものではなく、公爵家が背負う不浄、災いの芽、男系継承者が日々の生活で負う体のダメージ、それらすべてが首輪に転送されるという仕かけである。

 首輪が呪いの本体であるが、セットになった指輪リングは、呪いを聖女本人に固定する『ピン』のような役割を果たす。


 公爵家の男がかなりひどい怪我を負っても、聖女は首輪経由で転送されてきた傷を、自己治癒能力で無意識に治してしまう。そのため聖女の見た目に傷は転移されないが、副作用は大きい。公爵家の男のためだけに力を使うよう、強制的に魔力循環を捻じ曲げる強い呪いに支配されるため、聖女本人は常に疲労が抜けず、また以降は民衆のために力を使うことができなくなる。


 本来首輪はふたつあり、その負担を分けていた。ひとつは聖女が着け、もうひとつは聖女の身内――姉か妹が着ける。姉、妹に聖なる力はないが、肉親から聖女が輩出されていることから素質は見込める。姉、妹の生命力を犠牲にすることで、聖女がかぶる負担は各段に軽くなる。ただし姉、妹は短命となる。


 私は妹が犠牲になることに耐えられず、スペアの首輪を火山火口に捨ててしまった。私自身はもう首輪を着けられており、逃げられない。せめて妹だけでも助けたかった。

 夫は怒り狂い、以降、私はこの部屋に隔離されるようになった。


 ――首輪が呪いの本体であるが、セットになった指輪リングは、呪いを聖女本人に固定する『ピン』のような役割を果たす――それは先に述べた。

 つまり解呪の条件は、先に指輪リングを外すことだ。

 夫が私を捨てると宣言して、彼の手で私の指から指輪リングを抜き取ってくれれば、首輪のほうも連動して外れる。けれど夫は絶対に私と離婚しないし、指輪リングを抜き取ってはくれない。

 スペアの首輪を火山火口に捨ててしまったので、これまでふたつの首輪で分けていた負担が、今、私ひとりにかかっている。

 部屋に閉じ込められてから、私は息子を産み、このことで体に一気に負担がかかった。


 しかし聖女の強い治癒力が私を生かそうとする――ずっと体が重いのに、なんとか耐えしのいでいる。息子のためにも、一日でも長く生きたいけれど……こんなことでいいのだろうか。

 息子が一歳になるまでこの部屋で共に過ごせたが、一歳の誕生日が過ぎると、夫が私を脅した――「お前が生きているあいだは、息子の衣食住いしょくじゅう保障ほしょうしてやる。とはいえこれ以上当家に置くことはできないから、近くの教会で面倒を見させる。数日おきに、数時間だけ会わせてやろう」


 幸いにも息子は優しい子に育った。母親がこの暗い部屋に押し込められているのはおかしいと、ある日事情を問われたのだが、私は答えを拒否した。「聖女としての理由があるけれど説明できない。あなたの父のせいではないから、彼を恨まないで。このことをあなたが追及すると、私は死ぬほどつらい」と懇願こんがんし、それで押し切った。真相を話すことで、人を恨んでほしくない。清らかなあの子が父親を殺したいほど憎むなんてことは、あってはならない。あの子の魂を汚させるわけにはいかない。


 本当は私自身が、首輪と指輪リングを着けた状態で、火山火口に飛び込んで終わりにするつもりだった。

 けれど「また息子に会いたい」となかなか思い切ることができず、やがて自力では長く歩けなくなってしまった。

 息子に「私を火山火口まで連れて行って」と頼むことはできない。それをさせたらあの子の心が壊れてしまう。

 この先、呪いに負けて私が死んだら、次代の聖女様にこの首輪と指輪リングが渡る。聖女本人が死ぬと、首輪と指輪リングは外れる仕組みだ。


 この日記は、次代の聖女様のために残します。最後の力を使って、息子や他人には見つけられない目くらましの魔法をかけておきました。息子にはこの首輪と指輪リングの残酷な真実を知られたくない。息子にはこの黒い首輪のことは、「たくさんの人を救った聖女だけがご褒美で着けられる、祝福の首輪なのよ」と嘘を教えていました。


 次代の聖女様、弱い私を許して、ごめんなさい。


 * * *


 日記を読んでいて、涙が出た。

 ご子息への愛情、妹さんへの愛情、体のつらさ、理不尽な現状とひとりで戦ってきた孤独、それらすべてが私の心を揺さぶった。

 とても苦しかったでしょう……体のつらさもそうだけれど、すべきことを達成できなかった後悔を抱えたまま亡くなったのだ。

 気の毒だった。

 次代の聖女のことを気にしてった彼女に、


「どうかもう気にしないで、安らかにお眠りください」


 と伝えたかった。


 日記の余白には、ライラックの花の絵が描かれていた。丁寧で美しい筆致ひっちを見て、『ライラックの花が好きだったのかしら』と私は思った。

 天国で、好きな花に囲まれて過ごせているといい。

 私は彼女のために祈った。


 * * *


 実家に私物を取りに帰ることを許され、私は久しぶりに外出した。

 屋敷に着き、ばあやが暮らす部屋を目指して廊下を進んでいると、室内から話し声が聞こえてきた。

 この声は……大聖堂のシスター・マーゴ?

 私は息が止まりそうになり、ふらつきながら扉に近づいた。

 少し開いていた扉を開け放つ前に、シスター・マーゴがひどいことを言った。


「あなたの可愛いネリーは今、『詐欺師ネリー』と呼ばれていますよ。あの子はなんの役にも立たないし、どうしようもないダニのような存在です。世界中のすべての人々が、詐欺師ネリーを嫌っています」


 扉の隙間から中を覗くと、ばあやが胸を押さえ、ショックを受けた顔をしていた。

 何度も大きく息を吸い、目を見開き、顔色が悪い。

 ばあやに会わせる顔がなくて、私はその場で回れ右をして、屋敷を飛び出した。


 半月後、ばあやが死んだ。

 まだ元気だったのに……たぶんシスター・マーゴからあんなことを言われ、すっかり弱ってしまったのだ。

 私のせいだ……せめてあの時、逃げないでばあやに会っておけばよかった。

 私はひとり、声を殺して泣いた。情けなくて、悲しかった。


 * * *


 婚約者のバーナードが恋人を作った。

 相手はデブラという名前の、勝気そうな少女だ。

 なぜ名前を知っているかというと、私のみすぼらしい部屋にデブラが押し入って来たからだ。デブラは見たところ、私と同じくらいの年齢に見えた。たぶん十六歳くらい。


「汚い部屋だこと! 聖女という立場を利用して、彼と婚約したんですって?」


 デブラに責め立てられ、ばあやの死で心が荒れていた私は、咄嗟とっさに言い返していた。


「ですが公爵家の家宝である黒金ブラックゴールド指輪リングをもらったのは、私です。あなたじゃない」


 カッとしたデブラが力任せに私の頬を叩く。

 彼女が部屋から飛び出して行ったあと、私は打たれた頬をさすり、うつむいた。

 ああ……嫌な人間になってしまった……ばあやが今の私を見たら、どう思うだろう。

 殴られた時は出なかった涙が、ばあやのことを思い出したら、ポロリとこぼれ落ちた。


 * * *



「――指輪リングを外せ!」


 部屋に飛び込んで来たバーナードが、目の前で怒り狂っている。

 その隣に寄りそうデブラは、不貞腐ふてくされた顔だ。

 指輪リングを外せというバーナードの命令を聞き、私の心臓が大きく跳ねた……そんなまさか、本当に?

 信じがたい気持ちで彼を見上げると、舌打ちが返ってくる。


「ほら早く外せよ!」


 ここで失敗はできない――上手く誘導しないと。

 私は慎重に口を開いた。


「私を捨てる気なら、デブラさんの前ではっきり宣言して、あなたが指輪リングを外してください」


「ああ分かったよ! お前なんか捨ててやる!」


 バーナードはどうかしていたのかもしれない。私の腕を乱暴に取り、指輪リングをもぎ取った。

 もしかすると彼はデブラとは付き合いたてで、頭に血が上っていたのだろうか。あるいは『黒金ブラックゴールドの首輪さえこいつに嵌めておけば問題ない』と安易あんいに考えたのかも。

 バーナードが指輪リングを抜き取った瞬間、私の全身を覆っていた、目に見えないねっとりしたまくのようなものが消え失せたのが分かった。

 あの日記に書かれていた内容が、脳裏によみがえる。


 ◇

 首輪が呪いの本体であるが、セットになった指輪リングは、呪いを聖女本人に固定する『ピン』のような役割を果たす。

 つまり解呪の条件は、先に指輪リングを外すことだ。

 夫が私を捨てると宣言して、彼の手で私の指から指輪リングを抜き取ってくれれば、首輪のほうも連動して外れる。

 ◇


 先ほどバーナードは「お前なんか捨ててやる!」と宣言した上で、彼の手で私の指から指輪リングを抜き取った。

 だから、これで終わりよ――。

 私は衝動的に首輪を引きちぎった。

 呪いの拘束力がなくなり、継ぎ目のところが簡単に砕けた。

 バーナードが呆気に取られた顔で、こちらを見ている。


「――さようなら、バーナード」


 私は黒金ブラックゴールドの首輪を粗末なテーブルに投げ出し、ふたりを残して、部屋から出て行った。


 呪わしい首輪と指輪リングだが、公爵家の宝物なので私は持ち出せない。持って出ようとした瞬間、斬られる。

 この代物が長年残ってきた理由が分かった。前聖女の日記にもあったけれど、火山火口に飛び込んで壊すのが確実であると分かっていても、実際に自分が着けている時は「まだもう少し生きたい」と先延ばしにしてしまう。そして覚悟が決まった時には体が動かなくなっていて、実行できない。


 そうではなく身に着けていない状態ならば、これらは公爵家の所有物なので、他者が壊そうとしても武力で制圧される。


 聖女が身に着けている状態なら、公爵家は「自分を犠牲にしてまで壊すわけがない」と油断しているから、こっそり火山火口まで持ち込めるだろうけれど、今はバーナードがいて持ち出せない。


 私にはどうにもならない。大聖女と呼ばれていた時だって、世界の争いは止めることができなかったのだから。

 自分が首輪を着けた状態で火山火口に飛び込める自己犠牲心のある人だけが、本物の聖女なのだろう。それを実行しなかった時点で、私には綺麗事を言える資格はない。

 過去、これを壊せなかった歴代の聖女に対しても、責める気持ちにはなれなかった。


 そもそも昔は大聖女と呼ばれていたけれど、今は詐欺師ネリーと人々から呼ばれる身だ。

 人々の羨望の眼差しが、憎悪に変わっていくさまを体験し、ふたたび皆の仲間に入れてほしくて憑かれたように大聖堂で頑張ったけれど、失敗続きで社会から弾かれた。私は異物だ。大衆の憎悪は波のようなもので、大きく膨れ上がったあと、やがておそろしいほどの残酷さで引いていく。今では人々は、私の存在すら記憶から抹消している。


 昔の聖女も同じ気持ちだったのだろう。首輪を着けられた段階で魔力が封じられ、能力を失ったことで人々から嫌われた末に公爵家に隔離され。

 首輪のせいというのはなんとなく体感で分かっても、私含め皆、仕組みは分からなかった。


 本来首輪ふたつで分散していたものを、たったひとりで長年耐え抜けた前聖女は、歴代で最も強い能力者だったのかもしれない。

 だから死の床で原因を探り、真相に辿り着くことができた。夫である公爵閣下が『この女はもう死ぬ』と悟り、魔が差して本当のことを話し、そしてすべてを知った可能性もある。それで彼女は死力を尽くして記録を残した。


 この忌まわしい首輪は公爵家の私物だが、これは神の意思で作られたものなのかもしれない。人々が苦労して学びを得るために、世界には聖女がいないほうが都合が良くて、存在を抹消するためにできた器具。

 これを悪用した公爵家は、世界の悪の部分を分かりやすく担当している。しかし聖女を犠牲にする代わりに魔獣討伐を成功させ、英雄的に多くの人を助けているから、表向きは善で、心根は悪だ。

 一方、首輪で力を奪われた聖女は、人々の憎悪を買っているから、表向きは悪で、心根は善だ。

 ふたつは対になり、反転している。

 そして人々は聖女が役に立つうちは歓迎するけれど、自分の得にならないと分かると、良い部分はまったく見ずに拒絶する。公爵家が持つ悪意を何倍にも膨らませ、世界が進む方向を決める担当になっている。

 それが何代も繰り返されてきた。

 人々の聖女への怒りが頂点に達した時、聖女はすべての世界から消える気がする。


 * * *


 外に出て通りを歩く。

 最初は心躍った。

 お日様、ポカポカ、自由……嬉しい。

 だけど少したつと、お金もないし、寝るところもない、どうしよう……と不安になってくる。

 しょんぼりと視線を落とし、ぼんやりしながら歩いていると、ふわりとライラックの香りが漂ってきた。

 視線を巡らせれば、少し離れた場所に、一軒の花屋がある。あんなに遠くから……ライラックの香りが?

 私はかれたように足を進め、花屋に向かった。花を買うお金なんてないのに。

 周囲をちゃんと見ていなかったせいで、通りの角から出て来た人にぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」


 私が慌てて謝ると、


「こちらこそすみません」


 丁寧なお詫びが返ってくる。

 相手の顔を見上げた私は、ハッと息を呑んだ。神秘的なヘーゼルの瞳――この瞳を、私は知っている。お母様譲りの綺麗な瞳。

 ぶつかった相手は、私よりいくつか年上の、美しい青年だった。小綺麗な身なりをして、佇まいは洗練されている。


「あなたは……大聖女ネリー?」


 彼に尋ねられ、驚いた。


「はい、あの、なぜ……」


 確かに四年前、彼とは会っている。公爵邸のあの陰気な一室で、お礼を言われた――「母に救いをくれて、ありがとう。感謝します」と。

 けれど数年ぶりに街角で偶然再会し、なぜ私の名前をすぐに口にしたのだろう?

 彼が切なげに瞳を揺らす。


「私の名前はラオール・ルグナンです。以前の名前はラオール・バックナーでした」


 バックナーは公爵閣下の姓だ。彼は今、ルグナンという姓を名乗っているのか。


「一度お会いしましたね」


 私がそう言うと、彼が優しい瞳でこちらを見つめた。


「改めてお礼を――あの時は母に親切にしてくださって、ありがとうございます。亡くなるまで、母は劣悪な環境に置かれていました。なぜなのか私が原因を詮索せんさくするといつも、母がとてもつらそうな顔をするので、いつしか真相を究明することを諦めました。父を憎むなと懇願こんがんされ、母をあれ以上苦しめることができず、私は言われたことを守りました。でもずっとつらかった」


 耳を傾けていた私は涙ぐんだ。お母様の日記を読んだこともあって、ふたりの気持ちが痛いほどによく分かった。

 彼が続ける。


「母が亡くなり……結局私は遺言を守って、父を憎むのをやめ、この国を出ました。それから姓を変え、がむしゃらに働いた」


「あなたのお母様は優しい方ですね。そして理不尽さを感じながらも、お母様の遺言に従ったあなたも優しい方です」


 ふたりはしばらくのあいだ黙して見つめ合った。

 あのつらい境遇から抜け出し、こうして日の照った屋外で、互いに元気に、話ができている。

 なんて幸せなのだろう……私は心からそう思った。

 過去はもう変えられないけれど、今は幸せ。

 しばらくして彼が口を開いた。


「半月前……隣国で暮らしていた私は、ライラックの香りに誘われ、一軒の花屋に入りました。そこで店主の女性に言われたんです――『大聖女ネリーの噂、知っている? 奇跡の力を失って、今、行方不明らしいよ』と。それで私は慌てて隣国をち、先ほどここに着いたばかりでした」


「私を心配して駆けつけてくださったのですか?」


「聖女だった母の人生は悲惨でした。私がこの国を出た時、あなたは大聖女として活躍していたから、母とは違う、大丈夫だと思っていたんです。でも奇跡の力を失ったと聞き、まさか母のように、公爵邸に監禁されているのでは? と怖くなって、確認しなければ、と」


 以前、大聖堂のシスター・マーゴは、ばあやにこう言った――「世界中のすべての人々が、詐欺師ネリーを嫌っています」――でも違った。

 私の身を心配して、隣国から駆けつけてくれる人がいたなんて。

 彼がとても親切なので、私は彼の慈悲にすがることにした。


「あの……私、お金がないのです。今夜泊まる場所もありません。よろしければお金を貸していただけませんか? 働いて、必ず返します」


 それを聞き、彼が私の手を取る。


「あなたは恩人です。あなたのおかげで母は救いを得た。こちらからお願いします――居場所がないなら、私と一緒に隣国へ行きませんか?」


 そこまでしていただいては申し訳ない……本来ならそう遠慮すべきだったかもしれない。

 けれど私は彼の言葉をとてもありがたく感じて、すぐに頷いていた。


「助かります、ありがとうございます」


 彼がホッとしたように微笑み、照れたようにつけ加える。


「あなたの弱みにつけ込んで、不埒ふらちな真似はいたしません。どうか安心してください」


 不埒ふらちな真似……私は頬を赤らめた。

 それについてはまるで心配していなかった自分は、考えが幼いのかもしれないと思ったからだ。

 そして気まずいだろうに、私を気遣ってあえて伝えてくれた彼に感謝した。

 私が赤面するのを見て、彼も顔を赤らめた。


 ふと横を見れば、花屋のカゴで咲き乱れるライラックの花が。

 ライラック――……もしかすると彼のお母様の導きかしら。


「……あなたに花を贈らせてください」


 ラオールがそう言って、私に美しいライラックの花を買ってくれた。


 * * *


 ――隣国に向かう船旅の最中、ラオールはずっとネリーのことを心配していた。

 国を出てしまうまでは、彼女にまだ悪い縁が繋がっている気がして。

 だけどもう大丈夫だ。彼女はもう安全。


 たぶん……初恋だった。

 大聖女として彼女が幸せに暮らしているのなら、それでよかったのだけれど、国で居場所をなくしたというなら、放っておけない。困り果てていた彼女と通りで偶然出会えたことは、奇跡だと思った。


 ネリーと共に隣国に戻ったラオールは、町である噂を聞いた。

 それは実父の不幸についてだった。

 バックナー公爵が魔獣退治の遠征で大怪我を負い、寝たきりの状態になったこと。

 これをきっかけに、周囲から悪評が噴出し、名誉すらも失ったこと。

 バックナー公爵が多額の寄付をしていた大聖堂にも悪いイメージがつき、人々の憎悪が膨れ上がっていったこと。

 日頃の鬱憤が溜まっていた一部の暴徒が、大聖堂を襲ったこと。

 騒動に巻き込まれ、シスター・マーゴが階段から突き落とされて亡くなったこと。


 おそろしいことだ。

 ネリーを隣国に連れ出せて良かった。

 彼女の危機を知れたことも、街角で偶然ぶつかって出会えたことも、普通では起こりえない幸運だった。

 母が導いてくれたのだろうか……ラオールは熱いものが込み上げてきて、手のひらで目元を覆った。


 * * *


 ――当主が魔獣退治の遠征で大怪我を負い、名誉すら失った公爵邸。

 ひっそり静まり返った応接間で、バーナードは恋人のデブラに優しく囁きかけた。


「君にね、家宝の首輪と指輪リングをあげよう――これらは一生、君のものだよ」


 バーナードの手により、デブラは首に黒金ブラックゴールドの首輪を嵌められた。


   * * *


 隣国での生活はとても楽しい。

 見るもの、聞くもの、すべてが新鮮で。

 ラオールはいつも優しくて、彼に感謝している。

 あなたは恩人なので……と彼は言うけれど、元々の気質が親切なのだと思う。


 私がどん底からい上がれた理由はなんだろう?

 前聖女の日記――彼女の愛が、私を助けてくれた。

 そして彼女の優しさは、子息のラオールに受け継がれて、彼もまた私を助けてくれた。

 昔を振り返れば、ばあや……子供の頃から私のそばにいて、愛してくれた。今はもうこの世にいないけれど、ばあやに大切にされた記憶は、私の中にちゃんと残っている。


 昔は、ばあや以外の前で上手く笑えなかった。

 けれどラオールと一緒にいると、私はいつも笑顔になれるの。

 特殊な生活を送ってきたから、学ぶことがたくさんある。

 今日もラオールに料理を教えてもらいながら、彼と台所で並んで生地をこねてパンを焼き、紅茶を淹れてふたりで乾杯したよ。




 (終)


   * * *

お読みいただき、ありがとうございました。

卑しいバーナードはこのあと勝ち逃げできるでしょうか?

「絶対無理」と思われた方は、下部の☆☆☆☆☆を押して、評価ポイントを入れていただけると嬉しいです。

   * * *

新連載始めました。

◆後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~◆

不思議なハサミを使ったら、部下が増えて、皇帝の弟が溺愛してきた……という話です。

面白いので読んでいただけると嬉しいです。


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ヴェールの聖女 漫画3巻
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