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第八章

 ドクンドクンドクン……。

 頭が痛くて吐き気がする。胸の中にぐつぐつと煮えたぎるお父さんへの怒りが、行き場がなくて頭を内側から殴っているみたいだ。

 お父さんに叩かれた頬の内側も、出血は止まったものの、ぷっくりと膨れ上がってじりじりと嫌な痛みを発している。これがさらにオレこと高藤哲治をイライラさせた。


 「クソが!」


 悪態をつきながらオレは暗くなった鶴川の街を当てもなくずんずんと歩いた。通りに面した明るく電気のついた家々からは、夕飯のいい匂いや子供たちの元気な声、そしてにぎやかなテレビの音が漏れてくる。



 グウウウウ……

 おなかが大きな音を立てた。


 「腹減ったなあ……」


 ぺったんこになったおなかをさすってオレは呟いた。でも、どうしたって帰る気にはなれない。どうせまた怒鳴られて叩かれるに決まってる。

 勉強ができないバカなオレは、あの家ではお荷物扱いだ。瞬間湯沸かし器みたいなお父さんも、クソ生意気なことしか言わない妹の由美も大大大嫌いだ! 



 ふと、オレは立ち止まった。


 「お母さん……」


 黒いロングヘアを後ろに一つ結びにしてエプロンを付けたお母さんの顔がふと頭をよぎる。オレが家を飛び出して、お母さんは心配しているだろうか。オレの分のご飯も作って待ってくれているんじゃないのかな……。

 ほほ笑みながらご飯の支度をしているお母さんの姿を思い出し、罪悪感がむくむくと頭をもたげてきた。


 やっぱり帰った方がいいかもしれない。

 でも、また叱られるのはゼッタイ嫌だ。

 うーん、どうしよう、どうしよう……。


 ぐるぐる考えながらも、オレは家とは真逆の方向にひたすら歩き続けた。毎日通っている明光寺中学校を通り過ぎ、どんどん山の方に向かっていく。

 こっちの方は、通学路から外れているから、オレは一度も来たことがなかった。

 辺りは田んぼが広がるばっかりで、人の気配はない。でも、何百匹いるんだろうというくらいのカエルの大合唱が、道の左右に広がる水田のあちこちから聞こえてくる。木製のぼろい電柱の電灯が、パチンパチンとついたり消えたりしている。



 「うわあ、でかい……」


 南東の方角のまっ暗な山の上から、オレンジ色の巨大な月が上ってきていることにオレは気がついた。しかも月の大きさがいつもよりずっとずっと大きい。そのせいだと思うんだけど、電灯がほとんどない道路でも全然暗くなくて、辺りの様子がはっきり見えた。

 そうして月のオレンジ色の光とカエルの大合唱に包まれて更に歩いていくと、道路の終点の大きなバリケードが見えてきた。



 バリケードは太い丸太を組み合わせて作られていて、その奥を走る鶴川街道との間を完璧に塞いでいる。「16メーター道路」と言われるだけあって、16メートルの幅なんだろうけど、バリケードは高さもオレ二人分の身長くらいはあって、めちゃくちゃでかい。鶴川街道と16メーター道路はあと4,5メートルでつながっちゃうくらい近いところにあるのに、どうしてこんな徹底的に道を分断しているんだろうね。

 オレは電柱みたいにぶっとい丸太をぐっと押してみた。あちこちを太い鉄線で巻かれた丸太はびくともしない。土台になっている丸太の上に乗ってもへっちゃらだ。アスレチックで遊んでいるような気になって、オレはもう一段上に登ってみようと思った。

 すると


 「あれ? お前、哲治?」


という声が、頭の上から降ってきた。

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