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第六章 

 8時になり、オレこと高藤哲治は、うっすら痛む頭を気にしながら、自転車にまたがって家を出た。

 ペダルをこぐと、心臓がドクドクと速いピッチで動き始める。血流が上がるのがよくないんだろうか? オレのこめかみの痛みは、ずんずん悪化し始めた。


 大体さ、やっと夏休みになったのに、夏の間ずーっと塾に行けって、ちょっとひどいと思うんだよな。

 うちのクラスで塾に行っているのは、オレを含めて50人中たった5人だ。

 しかも夏期講習に行く他のやつらは、妹の由美みたいに小学校からオールA以外取ったことがないってくらいの、頭がいい連中ばっかり。

 みんな勉強が大好きで、いい高校に受かるために猛勉強して、最終的には「東京大学」に行きたいんだって。オレには雲の上どころか、冥王星の先くらいの話だよ。

 あーもー、なんでオレ、こんなに勉強しなきゃいけないのかなあ……。夏休みくらい目いっぱい休みたいよお。


 ぶつくさこぼしながら、オレは駅に向かう一直線のバス通りを自転車で走り続けた。

 辺り一帯ではアブラゼミがジージーやかましく鳴いていて、空にはばかでかい入道雲がぽっかり浮かんでいる。朝だからまだ涼しいけど、今日も暑くなりそうだ。あーうざってえ……。


 駅に近づくと、後ろから追い抜く自転車の数が段々増えてきた。みんな前を凝視したまま一心不乱にペダルを漕いで、オレの真横をシャーッと抜き去っていく。

 サラリーマンも学生も背中に赤ちゃんを背負ったおばさんも、遅刻したら大変だ!ってオーラ全開だ。よく見ると、漕いでる足の動きが速すぎてぼやけてる人がいる!

 だけどさあ、あんな風に頑張って自転車を漕いだら、降りた後にどばっと汗が出るんじゃないかな。まるで熱湯シャワーを浴びたみたいになって、Tシャツが絞れるくらいにびっちょびちょになるんだぜ。

 オレはやだなあ、そういうの。

 そうでなくても頭が痛くってたまらないんだ。それなのに、ダラダラ流れる汗でシャツがべったべたになっちゃったら、もう塾になんか行けないね。

 はいー、ストライク、バッターアウト! スリーアウトでゲームセット! おうちに帰りまーす。


 なんてしょうもないことをあれこれ考えつつ、オレは風にあたりながらゆっくり自転車を漕いで、鶴川駅にたどり着いた

 ちなみにこれから行く塾は、小田急線の準急か各駅停車で2駅先にある町田駅というところにあるんだ。町田駅はこの辺り一帯で一番大きな繁華街がある場所で、お母さんと由美と一緒に買い物で何度か行ったことがある。

 オレは回数券をジーパンのポケットから取り出した。


 「個人塾ではライバルが少なくて競い合えないから、哲治のやる気が出なくていつまでもレベルが上がらない。夏休みから、もっと大きくて実績のある塾に行け」

 そんなお父さんの命令で、オレはそれまで通わさせられていた近所のおじさんがやっている塾をやめて、「志望校進学率98%!」とうたっている大手の進学塾に通うことになった。

 それが夏休みだってのに、オレが朝から町田に向かっている理由ってわけ。


 鶴川駅の改札には、チャチャチャチャ……と切符切りでリズミカルな音を立てている駅員さんがいた。

 すげーことに、駅員さんはペンチの形をした切符切りを手の中でずーっと開閉し続けているんだ! そして改札を通る人が切符を渡すと、一瞬でパチリッ!と鋏を入れてお客さんに切符を戻す。その動きときたら、ジャッキーチェンのアクションより滑らかだ! 

 あ、ほら、今もチャチャチャチャって切符切りを動かしながら、次々切符を受け取って鋏を入れてる! カッコいいなあ。大人になったら駅員になるのもいいかも!


 オレの番が来て、駅員さんに回数券を手渡した。ワクワクして駅員さんの手先を見ていると、それまでうつむき続けていた駅員さんがふと顔を上げて、帽子のつば越しにオレを見た。細身で黒縁眼鏡をかけた真面目そうな駅員さんだ。

 ―ん? どこかで会ったような……。

誰だっけ?―


 じっくり考える間もなく回数券が戻され、オレはチャチャチャチャという音に合わせて構内に押し出されてしまった。

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