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1.千年を生きる魔術師



 ――その日、僕は世界を呪った。



 彼女の亡骸を目にした瞬間、僕の心は時間を止めた。



 *



 千年前、大陸全土を巻き込んだ対魔物大戦争が勃発した。


 押し寄せる魔物の大群と戦った大勢の兵士が死に絶え、魔術師たちは疲弊し、民は飢えで命を落とした。

 戦争は何十年も続いた。遂に手にした勝利の犠牲はあまりにも大きかった。


 すべての国が再建を余儀なくされ、千年が経った今、かつての国の名を知るものはいない。

 ――最愛の者を殺された、一人の青年魔術師を除いては。


 *


 ――現在。


 ある寒い冬の日の午後、ウィンチェスター侯爵家の養子であるルイスは、お使い帰りの辻馬車の窓から通りを見下ろし、深い溜め息をついた。

 彼は今年で二十歳。この国では珍しい黒目黒髪の、氷魔法の使い手である。


(この国は腐ってる……。千年前と何一つ変わらない)


 ルイスの目に映るのは、路地を彷徨うの貧民街の子供たち。

 雪が降るほどの寒さのなか、裸足で冷たい地面に座り込み凍え死んでいく、無力な子供たちだった。


(いつだって犠牲になるのは弱者だ。この国が正気に戻ることは、永遠にないのだろうな)


 彼には千年間の記憶があった。いや、ただしく言うなら、千年前の記憶を最初に、転生を繰り返した際の全ての記憶を持っていた。

 この千年の間に彼が生まれ変わった回数は十二回。そのどれもが、彼にとって幸せとは言い難い人生だった。


 その理由は魔法にある。

 この大陸の者は百人に一人の割合で魔法の才能を持つが、せいぜいがロウソクに火をつけたり、コップに水を満たすくらいの微力な魔法だ。

 爆発的な火力を発揮したり、湖の水を雨に変えてしまうような力はない。当然、戦闘には不向きである。

 それでも便利なことは事実であって、昔からは魔法使いは重宝された。


 加えて、千人から一万人に一人産まれるとされる、大きな魔法を使える才能を持った者。彼らは生まれた瞬間から貴族の養子として迎えられることが決まっていた。

 その理由はこの国に徴兵制があるからだ。


 貴族は有事の際、必ず男子を一人国に差し出さねばならない決まりだ。

 それを回避するため、貴族は男児が一人しか生まれなかった場合、代わりとなる男児を養子に取るのである。――ルイスもその一人だった。


 けれど魔法は万能ではない。むしろ大きなリスクを伴う。


 それは何かと言えば、魔法は使えば使うほど命が削られることだ。


 だからほとんどの貴族は魔法の才能があるものの、決して魔法を使わない。使えば命を縮めるため、平民から魔法が使えるものを雇い入れ、死ぬまで使い潰すのである。


 金は稼げるが短命――それが大陸全土の魔法使いに対する常識であり、ルイスは過去世において、使い潰された哀れな魔法使いの一人だった。


 

「旦那、もう着きますがどうしやすか。表に停めても?」

「いや、裏に回してくれ」

「はいよ」


 ルイスの服装は貴族のそれと同じである。スーツもコートも帽子も靴も、王室御用達の店の一級品。誰が見ても彼が平民出身であるとは思うまい。

 七つのときに侯爵家に引き取られ、十年以上をこの屋敷で過ごしてきたルイス。貴族社会の礼節と生き方を叩きこまれ、表向きは貴族として生きてきた。(まぁ実際のところ、転生の記憶がある彼にとって教育は不要なものだったが)


 とは言え、元平民の彼にとってその生活は生易しいものではなかった。強い魔法が使えようと、社交界からは冷遇され、使用人からも疎まれる存在なのだ。



 使用人用の入り口から屋敷へと入ったルイスは、部屋に戻る途中に執事(バトラー)から声をかけられた。


「ルイス様、奥様が今すぐ部屋に来るようにと」


 奥様とは屋敷の主人であるウィンチェスター侯爵の夫人のことだ。

 彼女は貴族以外に興味を示さず、平民出のルイスを含め、使用人とは目も合わせないような女性である。

 そんな彼女から呼び出しということは、よほどの面倒事に違いない。


 ルイスは内心深いため息をつき、執事に向き直る。


「わかった。着替えたらすぐに向かう」

「ではそのようにお伝えいたします」


 執事は素っ気なく言い残し去っていく。


 ルイスの部屋は本館二階の一番端にあった。

 はじめは屋根裏部屋だったのだが、いつだったかこの家の一人息子であるウィリアムが、もっと近い部屋がいいと強く希望したためだ。


 ルイスは部屋に戻ると荷物を置き、帽子と外套がいとうを脱いだ。

 続けてスーツも脱ぎ去ると、侍従ヴァレットのお仕着せに袖を通す。


 そして再び部屋を出ようとして、思い出した。


(そうだ。ウィリアム様に本を届けなければ)


 今日ルイスが外出していた理由は、ウィリアムから「注文した本が届いたようだから取ってこい」と言われたからだ。

 体のいいパシリだが、ウィリアムに関するすべての世話をすることが、ルイスに与えられた仕事だった。


 ルイスは夫人の部屋へ向かう前にウィリアムの部屋を訪れた。

 だが扉を叩こうとして、ピタリと動きを止めた。


 なんと、部屋の中から嬌声が聞こえるのだ。



「……あっ……ん…ッ、……リアム、さま…っ」

「くっ……ぅ」

「ンっ、あッ……ん……、ぁ…ア……っ!」

「……シャーリー……もっと…声を、落とせ……」



「…………」


(何だ……これは……)


 ルイスは困惑した。

 中から聞こえてくる男女の声に。

 こんな真っ昼間から、主人が情事を繰り広げているあり得ない状況に。


「ウィ、リアム……さまぁッ!」

「…………くッ!」


 ああ、聞き間違えるはずがない。

 声の主の片方はウィリアムだ。だが、女の声にはまったく聞き覚えがない。シャーリーという名にも覚えがなかった。


(いったい誰だ? その女は)


 ルイスはノックする寸前で手を止めたまま、しばしの間硬直する。


 この屋敷内で唯一まともだったウィリアムが――清廉潔白を好むあなたがいったいどうしてこんなことを?

 そもそも、あなたには婚約者がいるというのに――と。


 そして同時に合点がいった。

 夫人が自分を呼び出した理由はこれに違いない。息子の不祥事の責任を問うために違いない、と。


(……最悪だな)


 ――今すぐこのドアをぶち破って、二人とも氷漬けにしてやりたい。

 そんな考えが頭を過るが、さすがに現実的ではないし、そんなことをしては自分の身が危うくなる。それに相手の女性が貴族だったら本当に取り返しがつかない。


(まぁ、既に取り返しはつかない気がするが……)


 結局ルイスはなす術なく、怒りに身を震わせながらその場を後にした。

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