3話 レースの先に
「うわあぁぁぁ」
月明かりに照らされている幻想的な森の中、その命がけのレースは突然始まった。悠は自分へと振り下ろされる爪や牙を間一髪避けながら、目の前の木々を右へ左へと避けながらなんとかワイバーンから逃げていく。しかし、ワイバーンからしたら自分の攻撃が当たりそうで当たらない状況が面白いわけがなく、一度上昇し、全速力で滑空し口を開けながら悠へと突っ込む。
「くそっ!いい加減にしろ!」
一度上昇したから諦めたのか?と希望を抱いた悠だったがすぐに自分に猛スピードで突っ込んでくるワイバーンに向かってそんな通用するはずもない文句を言う。悠が水を求めて森に入ったように、このワイバーンも腹が減ったからこの森に入ってきたのだ。そこに現れた柔らかそうな極上の肉をそうそう諦めれるわけがなく、いつまでも悠を追っているわけだ。しかし今は逃げることで必死な悠にそんなことが分かるはずもなく、できるのは文句を言いながら逃げることのみ。
「はあああぁぁ!」
自分に向かって猛スピードで突っ込んでくるワイバーンに向かって全力で掴んだ土砂をワイバーンの顔に向かって投げる。この世界に来た時に手に入れた驚異的な身体能力で投げられた土砂は、運よく開いた口や目に当たり、のどを内側から切り裂き、視界を奪う。
「アギャアアァ」
獲物としてしか見ていなかった物に、突如反撃され、さらに視界を塞がれたためワイバーンは悠のもとから少し離れた所に落下し、ズズズッと数メートル地面を滑っていく。
(今だ!)
そんな二度とないチャンスを逃すものかと悠はワイバーンが滑って行った反対方向に走り出す。しかしそれも長くは続かず、
「アガアアアァァ」
視界が戻ったワイバーンがそんな怒りに満ちた声を上げて悠を再び追いかける。ワイバーンはこれまで使ってこなかったファイアーブレスまでを使って自分に攻撃してきた悠を殺さんとばかりに追ってくる。その目に浮かんでいるものは獲物を前にしたようなものではなく、純粋な殺意。その強烈な殺意に背筋に冷たいものを感じ、悠はさらに走るスピードを上げる。しかし走った方向が悪かったのか、ザパアアアという音が聞こえてきて、さらに
(ん?この匂いは、、、水か!?となるとこの音は!)
突然きた匂いや音に嫌な予想を抱きながら走っていると、少しずつ視界が開けていき、完全に目の前から木がなくなった時に悠が目にしたものは予想通り巨大な崖とその下から噴き出している滝。そしてその近くの森の一角にある古びた小屋のようなもの。しかし崖は悠が予想していたものよりも高く、悠がいる場所から崖の下まで20メートル弱もある。そんな崖を前に
(くそっ引き返すか?しかしそんなことをしたらワイバーンに..)
そんなことを考えていると止まっている今がチャンスだといわんばかりにスピードを上げて口を開いたワイバーンが突っ込んでくる。このままだとあと数秒しないうちに食われると判断した悠は
「うわあぁぁぁ!」
と声を上げながらワイバーンに背を向け、眼前の崖の下にある滝に向かって飛び降りるのだった。