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暇という悪魔

作者: 羽柴

暇だと感じるなら暇ではない。

暇は感じることすらできない場面的空気。

暇は感情を持たない。

戦争は恐ろしい、人が毎秒死に絶える。私は戦争を研究し、戦争遺跡や痕跡を調べ、戦中の方から当時の様子を聴いたりしているうちに戦争の現実性も恐ろしさも身に染みて理解している。だが、私は戦争よりも更に恐ろしい悪魔を知っている。暇という悪魔だ。

人は死なない。空襲はない。一瞬で目の前が全てなくなることもない。ただあるのは空白。何もない。

宇宙船事故で宇宙に一人取り残される感覚を手短に安く実際に味わえる体験がある。五年以上隔離されて引きこもることだ。

やることや、やりたいこともなく、何の目的も、何の方向性もなく生きる。まるでドブネズミのように汚い部屋でひっそりと暮らす。

さながら戦争状態でも無いなかで防空壕に隠れているのと同義。外からは笑い声、人々の歓声。その傍で五年以上防空壕に、地下壕で暮らす。明日、明後日の予定はなく、生きる目的もない。そんな暮らしは嬲り殺しにされているのと変わらない。暇とは最大の悪夢にして、最大の絶望。

引きこもりの大半は数年で死に至る。これは暇という悪魔が突如、意図せぬ時期に訪れるからだ。引きこもる理由は人それぞれだが、引きこもりたくて引きこもっている人間はいない。また引きこもらなくても人々に拒絶され社会から村八分されたら結局地下壕で暮らさねばならない。私はこれに当てはまるわけだが。

暇の恐怖は最終的に精神異常をきたす。何をやるかを考えられる状態は「暇」では無い。全てに拒絶された瞬間が「暇」なのだ。よく勘違いしている人がいる。「暇だ」と考えて「じゃあ」と自己提案ができる人間は「暇」ではないのだ。「暇」という状態は「何もできない」という不可能的意味合いが含まれる。

確かに、物理的に正確に言えば引きこもりや村八分された者でもやれることは沢山ある。しかし全ては人によれど三年継続してやれば「飽き」という無思考状態に苛まれる。飽きるという状態はいわばやる気の低下=意識の喪失だ。つまりやればやるほど、できる時間が長いほど不器用になっていく。練度は上がっても集中力も記憶力も衰えていく。意識の喪失を防ぐのが周知の通りモチベーションと言われる多目的用語だが。モチベーションを維持するには対価が必要だ。練度から承認へ次第に変わっていくにつれて、社会と変わらず一極集中人気の職人が生まれ、それ以外は淘汰される。職人になるには何万人といる暇と斗う者と戦わねばならず、結局環境に依存する。蓋を開ければ社会となんら変わらないシステムだ。つまりいくら出来ることがあろうとも暇が到来するのは時間の問題だと言うことだ。

暇には感情がない。怖い、憎い、嬉しい、楽しい、愛しいなどの感情は暇という状態に持ち合わせることはできない。すなわち、暇そのものが感情だ。暇という感情が脳内を支配して他のシナプス回路を断ち切るのだ。

人は暇を内心理解している。だから日々行動ができる。なぜなら誰しもが暇を刹那的に感じたことがあるからだ。暇という状態ではなく暇であると感じることは誰でもある。ゆえに暇の底が見えない空洞のような恐怖感は誰しもが理解している。だが、本質的に暇な状態になっていないから暇な人を「暇人」と差別までしてしまう。

アメリカでとある実験があった。洞窟内で何ヶ月も生活するというもの。勿論食事は付くし、希望があれば娯楽物の持ち込みは自由。結果は九割が時間感覚を無くし、一割は自殺。この狂気じみた実験で「暇という悪魔」が証明された。

暇である状態は死んでいるのと大して変わらない。変わるのは呼吸、身体の代謝のみ。暇という悪魔からは逃げ切ることができない。なぜなら彼は常に脳内に巣を作り、思考を傀儡しようと試みているからだ。具体的に言えば、常に人間社会は下層を作り誰かしらを村八分にしているため、この災厄がいつ誰に降りかかるかわからない。暇という悪魔は人間が作り出した狂気なのだろう。人間は人間社会を維持するために人間を蹴落としている。就職、受験、昇進全て席の奪い合いだ。人間は無力なため、自然環境に身を委ねることしかできない。しかしこの自覚を得るには一般的(普遍的な意味で)失敗をしなければならず、一般的な(普遍的な)出世をしてしまうと自覚できない。だから一般的人生(普遍的、能動的、社会的、社交的人生)を送る者は平気で他者を蹴落とし嘲笑う事ができる。

堕落(現社会体制で言えば)させられた人間は死に絶えるまで暇という悪魔に拷問されるのだ。社会の外は地獄そのもの。

暇は戦争よりも怖く、痛く、苦しく。過去のあらゆる拷問よりも拷問に適している。

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