守りたいものを守るために
小役人の陸山が悩まされているのは、跋扈してやまない盗賊の存在だった。
彼らが山や洞窟を棲家にしている、のであるならば、まだ可愛気がある方で、実際は百、千単位の徒党を組んで、村に押し寄せることもある。彼らが起こす被害は甚大で、だからこそ一度はとっちめたいと思っていた、人間を不幸の絶頂に陥れるのは、自然界の現象よりも人間の事象であることの方が多い。
陸山の上司は、盗賊から村を守るために、柵で囲い、見回りの番を立てさせた。昼夜問わず見張っていれば、盗賊が来た時にいち早く知らせることができるという計画だ。
だが、上に政策あれば下に対策ありで、盗賊団と繋がりある、いわゆる不定の輩は、盗賊団に哨戒ルートやその死角を伝えた。盗賊は夜陰に乗じて村に襲い掛かった。瞬く間に上司の家も襲撃され、上司は吊し上げられた後、惨殺されたという。見回りをしているという安心感が、逆に隙を生むという結果になった。
陸山は先祖代々から伝わる偃月刀を振るって応戦し、生き延びた。周りは地獄絵図の壮観に変わってしまっていたが、陸山にとっては、ここからが始まりとなった。
上司の死によって、後任に据えられてしまったのだ。昇進祝いに、大量の賄賂と大量の陳情が降ってきたが、陸山は全くもって嬉しくなかった。なぜなら、次、盗賊団が狙うのは陸山の命に違いないからである。
畑も荒らされ、家畜も虐殺され、貧窮した村を、それでも守らなくてはいけない。そのために陸山はない知恵を振り絞って、考え続けた。
一番いい案だと思えたのは、村民の民兵化だった。時の朝廷に懇願すればどうにかなるなどという、甘い期待をしてはいけない。訴えるまでに数年がかりで準備をしなければならず、しかも聞き届けられるのがいつになるかわからないものに頼っていては、被害は深まるばかりだ。自分たちの命は、自分たちで守る気概があってこそ、初めて生きる誇りも、適切な自尊心も生まれてくるというものだ。
民兵制度と言ったが、これは一種の屯田兵と言っても良い。平時には畑を耕し、緊急時には兵士に代わる、というものだ。
そのために鍛冶屋が繁盛した。経費は当然の如く陸山持ちとなった。渡された武器を金にかえて、「壊れたからもう一本くれ」なんていう奴もいたが、そんなしょうもないやつの最後まで面倒を見る義理はないと思い、無視した。
盗賊は村に被害を及ぼすが、彼らも悪知恵に長けている。村の持久力を見て、壊滅的被害の手前で止めて去っていくのだ。そして村が回復してきた頃、作物や資源を「収穫」していく。
だから、ここ数年が勝負どころだった。
「任命された以上、やるしかない」
それが陸山の結論だった。村に被害が出れば、次に死ぬのは自分だ。家族に被害が及ぶことだけは、何としても防ぎたい。
集会所となっている寺院に村人を集め、陸山は自分の計画を伝えた。陸山の提案を、村人の7割は受け入れた。残りの3割は、そんなことをすれば、盗賊にもっと酷い目に遭わされる、だとか、うちにそんな余裕はない、とか言って反対した。
「余裕がないのはどこも一緒だ。それでも、なけなしの力をみんなが出せば、総量は大きくなる。盗賊に対抗するには、これしかないんだ」
陸山は説得に当たる。最後には、ものを握らせて黙らそうとした。
数年後、盗賊団が再来した。来襲を告げる銅鑼の音が鳴った。
陸山には多少の軍才があったと見ていい。陸山の指揮のもと、急拵えの兵士たちは奮闘し、盗賊を撃退した。逃げ散っていく盗賊の後ろ姿を、村中の人々が呆然と眺めていた。自分たちに撃退できる力があったことが、信じられなかったのだ。村に取り残された残党は、村人たちの自主的な制裁を加えられ、平和が訪れた。
陸山も、胸を撫で下ろした。これでこの村は安泰だと、崩れるように空を見上げた。ここ数年の気苦労で、眉間に皺が刻まれてしまった。
ところが、村に平和は訪れても、陸山の心に平和は訪れなかったのである。もちろん、村人は陸山に感謝し、生き神様のように崇める人まで出た。木建築の邸宅まで与えられた。
だが常時、敵の存在に神経を尖らせていた彼は、心の平安というものを忘れて久しかった。
ある日、遠方から昔の親友、李陽が従者を連れてやってきた。陸山は久しぶりに童心を思い出して、懐かしい友を歓迎した。
「李くん、君は隣県の役人になれたんだって?」
「まあ、ぼちぼちやってるよ。休暇が入ったから、故郷に戻ろうと思って」
「それでわざわざ会いに来てくれたのか」
離れていても、友情がここにあることを感じた。
酒が運ばれると、昔や近況を肴に盛り上がった。陸山はここ数年のことを語った。
「やけに家が立派になったと思ったら、そういうことだったのか」
と李陽は納得して頷いた。さらに顔を赤らめ、舌を少し緩ませながら話した。
「家も変わったけど、お前も変わったな。正直、陸山がここまで出世するとは思わなかった」
「おいおい、やめてくれよ。お世辞なら、もううんざりするほど聞いているんだ」
「お世辞なんかじゃない」
と、李陽はやけにムキになった。
「これは僕の本心だ。故郷を飛び出さず、陸山の後に続いて、ここの役人にでもなっていたら、僕はもっと愉快に過ごせていたかもしれない。最近本気でそう思うんだ」
「昔は飛び出すことしか頭に無かったのにな」
陸山の指摘に、少し恥ずかしそうにたじろいだが、開き直って、
「あの時は確かに、その通りだった。でも、もし、やり直せるなら……」
「おい、そんな女々しい後悔はやめにしようや。誰だってやり直したい過去はあるんだ。叶いもしないことをいちいち口に出しても、キリがない」
「だけど……」
「ここと向こうの違いって言っても、程度の差だ。善いも悪いも噛み砕いていけなくちゃ、この先、苦労で押し潰されちまう。君はちょっと理想肌が入っているからなあ」
陸山は盃を空けた。今日に限って、いつものように酔えず、思考という思考が冷めていくように感じられた。だが確実に酔っている証拠に、柄にもなく哲学じみた戯言を語りたくなった。
「いいか、じ、人生は、選択の連続なんだよ。何を選んで何を捨てるか。その総決算が、自分は何者かということを、語ることになるのさ」
陸山が厠へ行こうと思い、立ち上がって席を外すと、なぜか李陽の従者がついてきた。
「どうした?」
「お耳に入れたいことがありまして、ちょっと……」
従者は周りを気にするそぶりを見せて、二人きりになるようほのめかした。
「それは今、聞かないと駄目なことなのか」
陸山は、その胡散臭い態度に嫌気がさした。しかし、従者は意に介さない様子だった。
「ええ。あなたのためです」
陸山が庭へ連れていくと、深刻そうな表情で、重い口を開けた。
「あなたは李陽を友人だと思っていらっしゃるようですが」
「いかにも、そうだが」
「それならその思いを捨てるべきです。李陽はあなたの首を狙っていますから」
「……ほう」
陸山は疑わしげに相手を見た。相手が真実を言っているのか、頭がおかしくて奸計にはめようとしているのか、答えは二つに一つのはずだ。
「李陽の上司は、出世したあなたの活躍を快く思っておりません、あなたが民のために活躍すればするほど、自分の責務を人民に問われるからです」
と従者は告げた。とんでもなく迷惑な話だと陸山は思った。俺だって、出世したくて出世したわけじゃないと思ったが、その思いを腹の奥で握りつぶす。
「そこで上官は李陽に命令しました。『陸山を殺せ。さすれば出世させてやろう』と」
「それは本当なのか」
陸山は相手の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで、睨みつけた。もし嘘であれば、自分の面子のためにも、李陽の面子のためにも、こいつをタダで置くわけにはいかないと思った。従者は物怖じせず、相変わらず真面目ぶった面を貼り付けていた。
「ええ、私もその場で見ましたので。李陽はその件でとても考えていました。私には本心を打ち明けませんでしたが、ここに来たということは、やる可能性もあります」
「……口止めされなかったのか」
「私は李陽の従者です。もし李陽が事を起こせば、友人を殺害した男の従者として、周りから見られることになります」
失敗すれば殺人未遂で汚名を被り、自分も命はない。仮に成功して、本当に出世できたとしても、暗い噂はずっとついて回るだろう。
「結局、自分のためか」
陸山は吐き捨てるように言った。
「いいえ。李陽とあなた様のためを思えばこそ」
「黙れ。そんな言葉は聞き飽きている」
陸山は苦虫を潰したような顔になった。声は苛立ち、目には敵意がこもっていた。
「用はそれだけか」
「いえ、でも、ご理解いただけないことには……」
「それだけだな」
「いいえ、ですから……」
「とっとと失せろ。今すぐだ!」
陸山は怒鳴りつけた。従者は形成不利と見たのか、それ以上食い下がろうとはせず、おとなしく立ち下がった。それが余計に腹立たしく思えた。
陸山が部屋に戻ると、怒鳴り声が部屋まで届いていたらしい、
「何かあったのかい」
と李陽が聞いた。
「大したことない。出来の悪い奴を叱りつけただけだ」
と陸山は答えた。陸山はしばらく陰鬱な影を引きずっていたが、だんだん明るく陽気な表情を見せるようになった。
話もたけなわの頃、李陽はふと思い出したように言った。
「そうだ。話には聞いたことがあるんだけど、君の家には代々伝わる秘蔵の刀があるんだって? 僕、武器には目がないんだ。不躾な頼みかもしれないけど、一度でいいから見せてもらえないだろうか」
「いいだろう。おい、もってこい」
陸山は快く受けた。家の者に命令すると、日本の薙刀に似た重量のある大刀が運ばれてきた。
よく手入れがなされていて、刀身は銀色に美しく輝いている。実に見事な逸物だった。
「触ってみてもいいかな」
刀の持つ魅力に吸い込まれ、李陽は興奮していた。
「まあ待て。これには相応しい構え方というものがあるんだ。手本を見せてやろう」
陸山は赤ら顔を崩して体を揺らしながら立ち上がる。お酒が回りすぎているのか、足元がおぼつかない。
「おいおい、大丈夫か」
「うむ」
偃月刀を手に持った途端、陸山の態度は豹変した。友の胸元に矛先を突きつけた。
李陽は青ざめた。
「気でも狂ったか」
と叫んだ。だが、陸山の目は座っている。
「狂っているのはお前の方だ。欲しいのは私の首か? 刀か? いや、両方だろう」
というと、李陽は顔面蒼白になった。生きた心地のなさそうな表情を見つめていると、こんな小心者に自分は気が立っていたのか、と陸山は失望した。
「縄をもってこい。こいつを縛り上げろ」
「待て、待ってくれ、君は酔っているんだ。僕がそんなことをする奴なんかじゃないって、一番知っているのは君じゃないか」
「……上官から言われたそうだな」
李陽は一瞬黙った、その反応に、陸山はまくし立てた。
「それでも酔っ払いだって言えるか? ああ?」
李陽は柱に巻かれた。再び現れた従者には銭をぶつけて追い返した。
「こん畜生」
何が友情だ。何が忠誠だ。
何もかもが、嫌な気分だった。
陸山は真っ暗な寝室で、ガンガンと激しい痛みを訴える頭を抱えながら、悪態をつく。
廊下に足音がしたかと思うと、妻が入ってきた。
「あなた」
妻は、女性としての非力を知りながら、しかし毅然とした態度で訴えた。
「どうしてあんなことをするの。李陽さんは、昔からの友人だったじゃない」
「昔に友人だった頃があっただけだ」
「でも」
「変わっちまったんだ。あいつも俺も。昔の話を持ち出したところで、何になる? お前やこの村が、一体誰のおかげで守られていると思っているんだ」
陸山は眉を吊り上げて怒った。蝋燭越しに見る彼の顔は、修羅の形相をしていて、妻はハッと恐怖で息を呑んだ。
「今のあなたのお顔……恐ろしい盗賊とそっくり」
「何だと」
陸山は少なからぬショックを受けた。
妻はしおらしい仕草で陸山にすり寄り、懇願するように涙を見せた。
「ねえ、昔のあなたに戻って頂戴。盗賊を追い出せても、あなたが悪魔になってしまったら、悲しすぎるわ。……おお、神様」
「……神を持ち出すのはよしてくれ」
陸山は、もう、それしか答えることができなかった。妻は涙まじりに李陽を解放してほしいとあれこれ言い続けていたが、陸山が背を向けてむっつりと黙りこくっていると、諦めて帰っていた。
一人になった。陸山は空虚さを感じて、ようやく本音を壁にぶちまけた。
「こんな社会だと自分の身を守るのに精一杯だ。だが疑っているうちに自分の身すら守れなくなりそうだよ。畜生、ほんと、気がおかしくなってくる」
夜の静寂が苦痛だった。
陸山は一睡すると、煩悶の末、決断を下した。李陽のところに行った。李陽は疲れのせいで、目にクマができていた。その目が、物を言いたげに光っていた。
「いっそのこと、何も知らずにお前に殺されていた方が楽だったかもしれない」
陸山は開口一番、そう言った。李陽は縛られてもなお、気持ちだけは強気を保っていた。
「僕はそんなことしない」
「だったら来なければよかったじゃないか。『李下に冠を正さず』、『瓜田に履を納れず』というのに、お前はここに来てしまった」
「上の命令なんて、ぼくにはどうでもいい」
「仮にそれが真実だとして……いや、俺だってどうでもいい。お前の本心がどこにあったかなんてな。縄を解くから、消えてくれ」
陸山の孤独は深まるばかりだった。
李陽は正直に言った。
「こんな最悪な別れ方をするくらいなら、会わなきゃよかった」
「同感だ」
いつだって、思い出の方が美しい。陸山はそれを切に感じた。
そして、それをまざまざと見せつけられる出来事が、立て続けに発生した。
村民がストライキを起こしたのだ。
「こんなもの、やってられない」
「毎週、課される練習が厳しすぎる、農作業との両立も大変なんだ、もっと楽にしてくれ」
と陸山の考案した民兵制度に、不満を言い立てる。陸山は突き上げを喰らってしまった。上司の二の舞には、絶対になるまいと思っていたのに、その末路が自分に近づいてくるのを感じた。これでは吊し上げをするのが、外からやってくる盗賊ではなく、村民になっただけだ。
やってられない? 一体誰のおかげで、村の平和が守られたと思っているんだ。
陸山はどなり返してやりたかったが、今、外に出れば興奮した村民たちに何をされるかわからない。家から出ようにも、一歩も出られない状態が半日続いた。
昼頃に、寺院の寺僧が「仲裁と伝言をする」と呼ばわって、陸山に会いにきた。僧は順々と諭すように話し出した。
「最初は、能力があれば人々は一目を置いて、従ってくれることもあります。ですけどね、長く付き合うということになりますと、人柄の方が大切になってくるかもしれませんよ」
「何が言いたい?」
訳知り顔で抹香臭い説教をしてくる寺僧を、陸山は非常に嫌っていた。今からでも帰って欲しいと、あからさまに冷たい対応を取った。
それでも寺僧は臆することなく、話し続ける。
「戦ってくれた村人に、今も感謝していますか」
と、全く考えていなかったことを言ってきた。
「初めは感謝できても、だんだん当たり前になってきて、有り難みを感じなくなってくるのが人間の常ですからね」
それは村人の方に言ってやりたい、と陸山は心から思った。その思いが表情に出ていたらしく、寺僧は苦笑して、
「例え話をしましょう。あるところに、一人の農夫がおりました。彼は池から水を引いてくれば、田畑を広げることができると考えて、用水路を掘り始めました。すると他の農民も手伝ってくれて、無事、水を通すことができました」
「いい話だな」
「では、この農夫が『自分のアイデアで行ったことだから、全て自分のおかげでできたんだ、自分の水だ』と言い始めたらどうでしょう」
寺僧の言いたいことが見えてきて、陸山は苦虫を噛み潰したような表情に変わっていった。
「それに、そもそも天が池というものを与えたから、水を引くことができたのです。全ての物事は、このような調子です。誰一人として、自分だけでなし得ることなど一つもない。『だから、成功したのは全て自分の手柄だ』と考えていては、人心は離れていきます」
ましてや、失敗したのは全て他人のせいだと考えていては、成長がない、とも寺僧は付け加えた。耳の痛い話だった。
寺僧の言いたいことは、理屈では分かる。だが、心からは納得できなかった。納得するということは、自分の非を認めるということになるからだ。
寺僧は、
「三日後の午後に、寺院で話し合って決めましょう」
と言って、家を後にした。寺僧が村民にも同じ内容を告げると、陸山の家は喧騒から解放された。
陸山は再び悩みの渦中に突き落とされた。訓練を緩めたら、何のための民兵制度なのかわからなくなってしまう。かと言って、陳情を拒絶すれば、不満を持った村民たちが蜂起を起こすのは目に見えている。やはり緩めるしか、手はないのだろうか……。朝三暮四のような、うまい解決法がないかと頭をこねくり回したが、あちらを立てればこちらが立たずで、そんな都合の良い方法は思いつかなかった。
ポツポツと思いついたのは、完璧ではない制度の無理、無駄をなくし、改善していくことだ。
伝統の良さを活かすなどというように、古ければ古いほど価値を生むもの以外は、現状維持ではボロやほつれが出てくる。初心は忘れるものだし、基本動作は疎かになるものだし、人間はいつまでも過去の栄光にすがっていたいものだ。だが現実は厳しい。常に自分を変え、改善し続けるものでなければ、厳しい現実に淘汰されていく。
陸山はそれを、肌身で持って感じていた。もし維持して行こうと思えば、譲歩できるところは譲歩しなければならないのか……そう考えていた時だった。家内が陸山の耳に、ある情報を入れたのは。
「お聞きなさった? 李陽さんの住んでいる村が、盗賊に襲われたんですって」
本当は、李陽のその後を、陸山は非常に気にしていた。だが喧嘩別れをした手前、興味を持っているとは思われたくなかった。しかし、長年、毎日顔を突き合わせている家内にはお見通しだったらしい。聞いてもいないのに、詳細を語り始めた。
「壊滅的被害を受けたそう」
「……あいつはどうなった」
あいつとは、言わずもがな、李陽のことだ。
「そこまでは聞いてないわ。でも、草の根一本も残らないほど大変なことになっているって」
「だから言ったんだ」
陸山は込み上げてくる思いを抑えきれず、語った。
「あいつら村民が何を言おうが、俺は譲歩しない。守る組織と制度がなければ、守れる村も守れないことが、よくわかったじゃないか。今は文句を言えても、盗賊に殺された後では何も言えまい」
「……無理はしすぎないでね」
家内はこの件に関しては、賛成も反対もしなかった。
三日後、その時がやってきた。
三日という時間は、事実に対して心を落ち着かせる効果があった。陸山は上から押さえつけるようなやり方ではなく、淡々と事実を挙げながら民兵制度の必要性を語る方法を取った。
「俺も村のためにとは言いながら、村に暮らしている人のことを真っ直ぐに見ていなかった。防衛のためにこの決まりは続けていきたい、なくてはならないと思うが、守りたいという気持ちが先行しすぎて、守るものに目を向けなかったら、それは本当の意味で守ることにはなれていないんだと、最近になってようやく気づいた。
そこで提案なのだが、例えばここそこのルール、いたずらに負担をかけて実りは少ない。だからこうしたらいいかと思うが、どうだろうか」
制度の廃止ではなく、改善案を出していくうちに、最初は反対の態度だった村民代表も、目を輝かせ、
「それなら、ここはこうしたらどうですか」
と、自分から意見を言い出すまでになった。この変化に陸山は驚いた。自分がどう思うかは一旦脇に置いて、村民の立場で物事を考えたことが、彼らにも伝わったのだ。最初の険悪な雰囲気が、嘘のように前向きな空気になり、
「陸山あってこその、この村だ」
と言われて別れた時には、満更でもない気持ちに浸った。
晴れやかな気分で家に帰り、家内に事のあらすじを説明すると、
「すごいじゃない」
と素直に喜んでくれた。思えば家族を守りたいという思いで、必死になって考えできたのが、民兵制度だ。家内なくしては、ここまで来ることもできなかったとしみじみ思えて、愛らしく見えてきた。
「どうしたの」
「……ここまでついてきてくれて、ありがとう」
照れ臭さを隠しきれずに告げると、あなた、急にどうなっちゃったの、大丈夫? と心配された。
陸山は李陽にも、思いを馳せた。理想肌で頑固なところが玉に瑕だが、それ以外は本当にいいやつなのだ。もし彼が生きていて、もし、もう一度人生のどこかで出会えるのならば……謝れるのならば謝りたい。そして、今度こそ、彼のことを、最後まで信じてやりたい。
陸山の思いは天に伝わったのだろうか。大切な友が遠方より来る知らせを、陸山は聞いたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
個人的には割合好きな話です。色んな意味で時代錯誤も甚だしいですが(笑)
中国も色々興味があるのですが、歴史が長いのでどこから取り掛かろうかと迷い中。
なので、どこの時代、と確固としたイメージがあるわけではなく、こんな感じかなあと思いながら書きました。
お気に入りは、「初心は忘れるものだし、基本動作は疎かになるものだし、人間はいつまでも過去の栄光にすがっていたいものだ。」というところですね。自分で書いてじわじわ来ていました。Mかもしれない。