第4話:離脱、そして別れ
やりたいシーンに対して文字数が安定しないですね(汗)
ちゃんとシリアスできてるといいのですが。
「爆発!?音が近い、シエルはクローゼットの中に隠れてて!」
「は、はいっ!」
状況がいまいち飲み込みきれないけどまずは敵襲と仮定すると同時に突然の事で気が動転しているシエルに指示を飛ばし、考えられる事態に備えて刺突短剣を貫頭衣の留め紐に差し込み、扉に背だけ向けて窓を覗き込むように立つ。 少し遅れて下の扉が乱暴に閉じる音が聞こえ、ドンドンドンと階段をかけ登る音が近づく。
ノックはなかった。扉がバン、と開かれると1人の兵士が駆け込んできた。
「きゃあっ!...て、この間の兵士さんですか!?」
「へぇ、あんたはこないだの冒険者か。丁度いい、シエルちゃんを知らないか?」
まるで驚いたように悲鳴を上げてシーツを引っ掴んで体を覆うあたしに兵士の目の色が僅かに変わるが、そのまま何事も無かったかのようにシエルの居場所を訊ねる。この時点であたしの中の疑惑は確信に変わった。
「...ゴードンさんとは会わなかったんですか?」
「あ?なんだゴードンも居ないのか?」
「...そう、そんなことも知らないのね」
予想通り、兵士はゴードンさんの居場所も知らずにここに来たようだ。そしてあたしの確信は確定に変わる――こいつは"敵"だ。普通に考えてゴードンさんがシエルを置いて逃げていくわけがなく、シエルを探すのにゴードンさんが居ないことすら知らないのは筋が通らない。
そんなあたしの様子に気がついたのか兵士は苛立ち気に剣を抜き、切先をこちらに向ける。
「なにか隠してやがるな...素直に吐けば優しくしてやるぜ。俺もそっちの趣味はねェからな」
「はっ、冗談は顔だけにしてよ」
本性を表した男がニタニタと下品な笑みを浮かべながらにじり寄る。あたしは心の中でタイミングを図り、間合に入ると同時にシーツを投げつけて視界を塞ぐ。その勢いのままにベッドへと飛び乗りすかさず跳躍し、逆手に抜いた短剣を男の首筋目掛けて振り下ろす――が横腹に鈍い衝撃が走ると共にあたしの体が横に飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「魔力なしの小娘が、調子乗るんじゃねぇッ!」
「あぐ...っ!」
シーツを取り払った男の腕には鈍色の小盾が装着されていた。恐らくはアレに殴られたのだろう、幸い肋は折れてはないけどスタミナを大きく奪われた。殴れた箇所を摩ることもできずよろよろと立ち上がるあたしに男は先程と同様、恐怖を煽るようにゆっくりと距離を縮める。あたしはと言うと奇襲を封じられ体格・手数でも押されていて正直、状況は芳しくない...けどこの状況だからこそ打てる手もあるはずだ。
1歩ずつ慎重に、何も無い壁側から反対側――シエルが隠れているクローゼットのある方へと位置を変える。あちらから物音はしないので上手く息をひそめられているといいのだけど。
「いい加減吐いたらどうだ?もう一本の腕も斬られたくないだろ?」
「冗談言わないでよ、シエルを売るくらいなら死んだ方がマシよ」
「強情なヤツだな、だがその方が愉しめそうだ」
「そう簡単に好き勝手できると――思わないで!」
短剣を構え直し、ベッドを踏み台に一息で距離を詰める。振り下ろされる剣柄を短剣の腹で受け流し、続けて踏み込みの勢いのままに右脚を大きく振り出し、それを軸足に腰を大きく落として身体をひねり男と背後に回り込む形で左の打撃を躱す。床に擦れた膝が少し擦り剥けたことは気にせず逆手に持ち直した短剣を男の背中に突き立てようとするが、僅かに早くなった男が前に飛び退き空振りに終わる。互いの位置を入れ替えるように男が窓際、あたしが扉側に立ちクローゼットを挟んで向かい合う。
「この女、ちょこまかと動き回りやがって」
予定なら今頃あたしを組み敷いている頃なのだろう、いらだちを隠そうともしなくなった男は剣を両手に握り刃を水平に寝かせるようにしてその切先をこちらに向ける。確か刺突向けの型だったはずだけど、一体何をするつもりなのか。
「多少傷だらけでも中身は変わらんだろうさ..."戦技:風塵剣"!」
"戦技"の宣言と共に男の剣に魔力の風が集い、横薙きとともにそれが不可視の刃となってあたしに襲いかかる。 咄嗟に腕を顔の前に掲げ、僅かに前かがみになることで防御態勢をとるが無数の刃があたしの体を浅く切り裂き、扉へと吹き飛ばす。2度目の強い衝撃があたしの意識をぐらつかせるが気合いで何とか持ちこたえ、扉に背中を預ける形で立ち上がる。さっきの一撃で留め紐を斬られた貫頭衣はもはやボロきれ同然であり、汗と袖でどうにか肌にくっついている状態だ。
男の鼻息が僅かに荒くなる。勝利を確信したのだろうが、それはこっちも同じこと。あたしはできる限りクローゼットに視線を向けないようにしながら"そのタイミング"を待つ。チャンスは1度だけな上に打ち合わせもしていない連携、普通なら命をかけるなんて馬鹿げた賭けだけどあたしには確信めいた予感があった。きっとシエルなら分かってくれるはず。
残り3歩。
男が何か言っているけど聞き流す。
残り2歩。
視線をチラ、と"窓の外"に向ける。
残り1歩。
そんなあたしの変化に男が僅かに訝しむ――が遅い。
残り、0歩。
「シエル、今だ!」
「え、えいやっ!」
「何――ぐおっ!?」
男がクローゼットの真正面に立つと同時にあたしは窓の外に向かって吼える。居ないはずの増援に男の足が止まり背後に視線を回す、その無意識な後頭部にシエルが勢いよく開けたクローゼットの扉が直撃し男の呻き声と共にその体が大きく揺らいだ。もちろんその隙を逃しはしない!
その背中に思い切り体当たりをぶちかまし、うつ伏せに倒れた上に馬乗りになると短剣を振りかぶり――そのまま男の心臓目掛けて渾身の勢いで振り下ろす!
「ま、待て降さ――」
「これで――トドメだッ!」
命乞いの言葉を無視して振り下ろされた凶刃が背骨を砕き心臓に突き刺さる。そのまま全体重をかけて短剣を男の体に沈めると男の体は1度だけびくんと大きく跳ね、そのまま動かなくなった。
「す、ステラさん...」
「大丈夫、あたしは生きてるよ。あぁ、それとごめんね、服ダメにしちゃった」
おずおずと近づくシエル。あたしはゆっくりと短剣を引き抜き、男の服の端で血を拭い立ち上がる。シエルから借りていた貫頭衣はズタボロの上に返り血で染まっていてとても使えたものじゃなくなっていたけどそれ以上にシエルの精神面が心配だった。
「いいんです、それよりもこの人...」
「うん、この村に駐在していた騎士団の兵士だよ」
「そんな...!」
予想通り、騎士団と"白の教団"はどこかで繋がっているのだろう。理由は分からないけど狙いは多分、シエルだろう。
シエルはと言うと見知った顔の死体に言葉を無くしていた。同時に、この状況が何を意味するのかも理解したのだろう。少しだけ間を置いてシエルの顔から怯えの色が無くなっていた。
「ひとまず着替えましょう。私が見張りますので、その間に」
「ありがと、すぐに着替えるね」
「はい。その前に血を洗い流しておきますね――《水球》!」
シエルが手を翳すとシャボン玉のようにふわふわと浮きながら形を変える水の珠が現れる。水の珠はあたしに触れると同時に弾け、返り血を洗い流した。あたしは一言「ごめん」と謝りシーツで体を拭き、そのまま急いで防具を身につける。あたしが着替えると交代してシエルも装備を整える。あまりじっとしていたくは無いけど丸腰で飛び出すよりは遥かにマシだ。
シエルが着替え終わろうかという頃、不意に階段を上る音が響いた。新手か、と武器を構える2人。だが今度は扉がノックされた。
『シエル、嬢ちゃん、生きてるか!?』
声の主はゴードンさんだった。よかった、生きていたんだ!
2人で無事だと返事をし、扉を開けるとそこには赤ちゃんほどの大きさの箱を持った汗だくのゴードンさんが立っていた。
「待たせて悪かったな、大急ぎで拵えたんだが邪魔が入ってな」
「邪魔って――ゴードンさん、その傷...!」
慌てて部屋に招き入れたけどゴードンさんの状態は控えめに言っても満身創痍だった。
恐らくあたしたちと同じ頃に襲撃されたんだ。シエルが目を見開き口を覆う。あたしも言葉が出てこなかった。
そんな様子をゴードンさんはニカと笑うと閉じた扉の前に座り、箱を置くとあたしたちの方へ足で押し出した――開けろ、ということなんだよね。
アイコンタクトを交わして箱を開けると中には花飾りの額当てに作り直された義手と小さな箱、そして短矢が収められていた。
「ゴードンさん、これって...!」
「あぁ、あの義手を戦闘用に改造したものだ。中には嬢ちゃんが狩った牙が仕込んである。使い方はこうして、こうだ」
ゴードンさんの言う通り、預けた義手にはいくつか改造が施されていた。骨組みのようだった剥き出しの表面には覆うように装甲がつけられており、中には牙を削り出した杭が仕掛けられていた。ゼンマイとバネでこんなことまでできるなんて。
息も絶え絶えにもかかわらず、ゴードンさんは身振り手振りで"それ"の使い方を教えてくれた。そしてシエルに向き直ると、何かを覚悟したように口を開く。
「シエル、これはおめぇにやる。餞別だ」
「お父さん...」
その言葉にシエルも察したのだろう、その瞳に涙が湧き上がる。
ゴードンさんは止まらない。時間を惜しむようにシエルの反応を待たずに言葉を続ける。
「そのクローゼットの底から村の外に出られる。ワケを話す暇はねぇ、すぐにこの村から出るんだ。そして王都に向かえ。細けぇことは箱の中にある」
「でも、お父さんが...それに村のみんなも...!」
「聞き分けのねぇこと言うんじゃねぇ、普段から冒険者になりてぇ、て聞かなかったくせによ。それに、嬢ちゃんならもう分かるだろ、なぁ?」
「...きっと、『あたしたちでどうにかなる問題じゃない』んですよね」
「ああそうだ。この村はもう助からん。村の戦力はもはや機能していないんだ。だからこそお前たちだけは逃がさなくちゃならねぇ」
ゴードンさんの言うことは正論だ。少なくともあたしたちが飛び出したところで村が滅びるのを一瞬遅らせるのが関の山だ。
故に彼はあたしたち――正確にはシエルを逃がすことにした。それが父親として最後の勤めなのだと。
「でも、そんな...私には...!」
「ワガママ言うんじゃねぇ!生き残れるやつは生き残るのが役目だ!お前はここで死ぬわけには行かないんだよ!」
それでも唯一の肉親を見捨てろという指示に食い下がろうとするシエルをゴードンさんが叱り飛ばす。
ゴードンさんの目は本気だった。例え村のみんなを見殺しにするのだとしてもそれでも娘だけは守りきる、そんな決意が現れていた。あたしは、そんなゴードンさんの覚悟を無下にする訳には行かない。
「シエル、行こう。あたしは、シエルはまだ生きなくちゃいけない」
「ステラさん!」
「ゴードンさん...短い間でしたが、お世話になりました」
「嬢ちゃん、娘を託した」
互いの握り拳を軽く打ち合す――冒険者に伝わる別れの挨拶。
短い挨拶を終え、シエルの手をとりクローゼットの底板を剥がし、現れた扉を開けると朽ちかけのハシゴを掴む。
ゴードンさんは笑っている。
あたしが先に闇の中に沈み、シエルがそれに続く。直後、小さな爆発とともに頭上で何かが崩れた。
ステラの戦い方は結構無茶苦茶です。
基本的にハンデを背負った状態での戦いなので罠なり騙し討ちなり使えるものはなんでも使う感じです。誉れは死んだのです。