第3話:異変
リアル多忙により更新遅くなりました。
デート回の続きです。
目的の花は麓に入るとすぐに見つかった。いくつか生えている内の、いちばん大きな一輪を丁寧に摘むと痛まないように小箱にしまい背負い袋に入れる。あとは無事に持ち帰るだけだ。
「よし、これで依頼の品回収っと。それじゃ帰ろっか。ベッタベタになった服も洗いたいよ...」
「それなら、近くに小川がありますよ。そこで洗っていきましょう」
「さんせーい...そろそろ鼻曲がっちゃいそう」
背負い袋を担ぎ、来た道を戻る。結局アレから魔物と出くわすこともなくすんなりと辿り着くことが出来たのはさすが騎士団、きちんと周辺の警備をしてくれているようだ。
大イノシシの解体は少し難儀した。あたしとシエルだけでは持ち帰られる素材量なんてたかが知れてる。悩んだ末どうにか牙を切り出せたけどそれだけで汗だくになり、元の匂いと混ざり本当に参った。
◇ ◇ ◇
シエルの言う通り小藪を抜けると程なくして小さめの川にたどり着いた。鉄板を取り外し、身につけていた衣服を取り払うと汗に塗れた肌が風に晒されて心地よかった。
ざぶざぶと川に入るとふくらはぎの中ほどまでが浸かる、ひんやりしていて気持ちいい。シエルは見張り番をしていてくれると言うので甘えることにして川に寝そべる。川の水は澄んでいてひょっとしたら飲めるのかも...いややっぱりやめておこう。仰向けに浸りながらお腹のあたりに視線を向けると血液が水煙となって川に溶け込んでいて、ついでに頭についていた土埃も溶けて下流へと流れていく。
しばらくそうした後、体を起こして岸まで戻る。リボンを取った髪から背中伝いに水が流れていくのを軽く絞っていると、丁度見張りから戻って来ていたシエルと目が合った。手を振ると何故かそっぽ向かれてしまったのは、同性でもやっぱり裸はマズかったかな。
「ふぃー、さっぱりしたぁ...あれ、もう乾いてる?」
「かっ簡単にではありますが、水気はとっておきましたっ」
シエルは相変わらず顔を背けたままで返事をするけど、その視線がチラチラとこっちを向いているのがわかる。一体どこを見ているのかなと視線を辿ると、あたしのお腹――そこに深々と刻まれた傷痕に辿り着いた。
「ああ、これ?だいぶ前にね、しくじってキツいの貰っちゃったんだ」
「そ、そうなんですか...痛くないんですか?」
「もう塞がってるしね、痛みとかはないよ」
装備品を身につけていくあたしを見るシエルはまるで自分が傷ついたような表情で、あたしの事を思ってくれているのかなと思うと胸が熱くなった。
「ほら、日が落ちる前に村に戻ろう。ゴードンさんたちが心配しちゃう」
「あ、はい。そうですね...戻りましょう」
あたしが声をかけると「ハッ」とした表情でシエルが駆けてくる。それからお互いの思い出話をしながら歩いていると、村に着いたのは日が傾きかけた頃だった。
◇ ◇ ◇
「はいゴードンさん、ラッカの花納品ですよー」
「嬢ちゃんか、無事で何よりだ」
ゴードンさんは家で晩御飯の準備をしていた。相変わらず筋骨隆々に花柄のエプロンがなんとも言えない印象を放つけど漂う香辛料の香りが絶妙な加減であたしの胃を刺激する。シエルは別用ということでどこかに出かけていたので、あたし一人で達成報告となり背負い袋に入れていた小箱を渡す。受け取ったゴードンさんは「どれどれ」と箱を開けて中身を確認するとやがて満足そうに大きく頷いた。よかった。
「大きさに色合いよし、傷もなく文句なしだ。いい仕事をするな嬢ちゃん」
「いえいえ、シエルがいてくれたからですよ」
「そうか、あいつも嬢ちゃんの役に立てたなら喜んでるだろうさ...ところでそいつは?」
ゴードンさんが背負い袋からはみ出てる"それ"に目を付けた。
あたしは"大イノシシ"と遭遇したこと、それを2人で協力して討伐したことを伝えると、ゴードンさんはなにやら考え込むような表情を見せた。そしてその視線が袋の中とあたし、そしてあたしの右腕に移ると大きく頷き
「嬢ちゃん、その牙を使う予定はあるか?」
「へ?いえ、どこかに売れないかなーって位しか」
「ならそいつと右腕を一晩預けな。面白ェもんを見せてやる」
そう言ってニヤリ、と笑った。あたしが頷くと早速と言って切り出した牙と義手を持ち、エプロンを壁に掛けた。あの、晩御飯は――
「悪いが飯はあいつとやってくれ。ちィとばかり忙しくなる」
そう言い残してバタンと扉が閉まった。仕方ない、シエルが戻ってくるまで鍋のお守りをしていよう...。
しばらく煮込み、金串で火の通りを確認していると丁度ご機嫌なシエルが戻ってきた。ちょっと間延びした「ただいま」が可愛い。あたしがおかえりと言うと飛び上がるほどびっくりして手に持っていた紙袋を落としそうになっていた。
「す、ステラさん!?どうしてそこに、というか腕どうしたんですか!?お父さんはどこに!?」
「落ち着いてシエル、ゴードンさんは工房じゃないかな」
すごい剣幕で詰め寄るシエルに慌てて経緯を説明するとやっと落ち着いたのか大きなため息を吐いた。
なんでもゴードンさんの悪癖みたいなものらしく、ココ最近は大人しかったそうけどあたしに着けた義手と持ってきた素材で火がついたみたい、もう一個の方も関係しているのじゃないかな。
いつの間にかすっかり日は落ちて、ゴードンさん抜きのふたりで食事をすることになった――と言っても黒パンと野菜のスープという簡単なものだけど。大イノシシの肉も持って帰られればよかった。
「それにしても、あの時のシエルかっこよかったよ。狩りができるって言ってたけどほんとに強くてびっくりした」
「えへへ、それほどでも。ステラさんもかっこよかったです。あんなギリギリで躱すの怖くないんですか?」
「そりゃ怖いよ?でも後ろにシエルがいると思うと、絶対に抜かせられないぞってなったんだ」
あたしがそう言うとシエルは少しだけ頬を紅くさせてはにかんだ。その表情を見るとトクン、と心臓が跳ね上がる。この瞬間を絵にして永遠に残したい、そう思えるほどに美しかった。
思わず黙ってしまったあたしのせいか、微妙な雰囲気のまま無言で食事が進み空になった食器の前で「ご馳走様でした」と2人して手を合わす――あたしは片手だけだけど。
片付けはシエルが「私がやります」と言ってくれたけどなんとか説得して2人ですることにしたんだけど、シエルのエプロン姿はこれまたよく似合っていた。 ゴードンさんと色違いな花柄で、元々の幼げな顔立ちも相まって庇護欲を刺激する。
「これ、お母さんがお父さんとお揃いのものを買ったんです。お父さんは『ガラじゃない』て最初は着けたがらなかったんですけど、お母さんが死んでからすごく後悔したみたいで」
皿を洗いながらシエルが懐かしむように微笑む。どこか遠くにいるような表情にあたしは気の利いた返事が思いつかなかった。
片付けと入浴を済ませあたしとシエルは部屋に戻る。流石にベッドは返してベッド脇の床に腰を下ろす。危険と隣合わせの冒険者は基本的に寝床を選ばない。もちろん上質な寝具は睡眠の質を高めるのであるに越したことはないけど、無ければ無いでそこまで問題にはならない。
毛布に包まりながらあたしはふと気になったことを聞いてみる。
――白の教団。シエルを襲い、あたしが右腕と引替えに稼いだ時間でなんとか撃退した襲撃者たち。
彼らは一体何者なのだろうか。少なくともあたしはここに来るまでその名前を聞いたことがなかった。あの時の騎士にしてもそうだ。サーコートの色から緑色級と思しきあの人は単独で追撃に出たけど、まるで彼の行き先を知っているかのようだった。
何となく嫌な予感がする。冒険者の勘が警鐘を鳴らしている。
「ねぇシエル。この間のことなんだけどさ――」
直後、窓の外が眩しく光ると共に腹の奥を揺するような爆発音が轟いた。
次からシリアスめになります。