第2話:血なまぐさい森林デート
[混色]...複数種類の魔法属性に対応している人のこと。稀有な存在であり、戦いにおいても戦略の幅が広がるため有力。かつては多色と呼ばれていた。
[小編隊]...依頼内容に応じて編成された、2~6人の冒険者で構成された部隊のこと。依頼受注〜出発の間に編成され、報告・報酬の振分け完了を以て解散される。冒険者の中には特定の者同士で常に小編隊を組んでいる者もおり、そういった小編隊は「固定小編隊」と呼ばれることもある。
[冒険者同盟]...冒険者同士で結成された集団のこと。略して「同盟」とも。同盟に加入することで個人よりも効率的に活動できる他、抗争を恐れた他冒険者とのトラブルにおける抑止力にもなる。
結成には責任者として黄色級以上の冒険者の登録が必要である。
「おお...さすがは職人さん」
改めて見るとゴードンさんの腕は凄かった。
ヘコみくたびれていた鉄の胸当てや腰当てはぴかぴかに磨きあげられていたし、ところどころ破れていた布の部分は新しいものに縫い直されていた。
ベルトを締め直し姿見の前で装備の確認をする。
頭環、よし。お気に入りのポニーテールも決まってる。胸当て、よし。インナー、よし。ズボンもほつれなしでブーツもよし。
右肩に投擲用ナイフを2本、左肩には幅広の短剣を1本、後ろ腰に解体用のナタ1振をベルトで留め、左腰にゴードンさんから貰った刺突短剣、反対側に小剣を差しつつブーツの側面に仕込んだ黒塗りの鉄針も確認。
「すごい...ステラさんまるでハリネズミみたいですね」
「あはは、まぁね。あたし他の人みたいに"戦技"とかも使えないから、ひとつを突き詰めるよりも手札を多く持つようにしたんだ」
――"戦技"。武器を扱う戦士が魔力を用いて強化して放つ攻撃。一見何の変哲もない回転斬りも風の魔力を纏わせれば竜巻のような剣風を放ち、地の魔力を纏った戦鎚の打ち下ろしは大岩をも粉砕してしまう、まさに戦士の必殺技。実際に組合の仲間や敵が放つところも見た。
何とかして自分も使おうと試みたけど結果は惨敗。魔力がなければ動きを模倣したただの攻撃と同じだった。
悲しい気持ちは頭をぶんぶんと振って追い出しシエルの格好に目を向ける。
「それにしてもシエルの格好は可愛いなぁ」
くるりと回る姿に思わずため息が出る。
昨日とは色違いな若草色のワンピースに、同じ色の頭巾がよく似合う。厚底のブーツも可愛い。大胆に切り開かれたスリットから見える黒タイツに包まれた膝頭がなんとも艶かしい...ん、黒タイツ?
「シエル...なんというか、その...ちょっと大胆すぎない?」
下手をすれば太ももやその先まで見えてしまいそうな程に大きな切れ込みが目を引いた。
シエルは「そうでもないですよ」とご機嫌のままさらに服の裾をひら、と捲る。
すると出るわ出るわ…所狭しと詰め込まれた短矢の数。ざっと見積って10本はありそう。両脚なら20本?
「私は魔法が主力ですけど、魔法以外には重弩弓もある程度扱えます。これでも狩りとかできるんですよ?」
どこから持ってきたのか少し古びたクロスボウを持ち上げ、ベルトを回して背負う。
小柄なシエルには少し大きめなそれだけど、不思議と様になっている。ちょっとかっこいいかも。
「魔法かぁ、ゴードンさんから聞いたけど〈水属性〉の魔法が使えるの?」
「正確には〈水属性〉と、少しの〈地属性〉魔法も使えますよ」
「混色!?凄いじゃん!」
「えへへ、それほどでも」
頭を掻きながら謙遜するシエルだけど、これは凄いことだ。
通常、あたしみたいなのは別として人ひとりが扱える魔法は火、水、地、風、光、闇の中から一属性と初級の〈無属性〉のみだ。
その中で選ばれた一属性がその人の属性となり、扱うことのできる魔法の種類になる。
たまに才能や努力によって複数種類の属性を得る人は混色と呼ばれる。どれだけ使いこなせるかにもよるけど2属性でも凄いことだし3属性以上なら引く手数多だろう。
シエルはその中で〈水属性〉と〈地属性〉の混色らしい。
本人曰く〈地属性〉の魔法はまだまだらしいけど、そもそも使えないあたしからすれば雲の上の存在だ。
「魔法2属性に武器も使えるとか天才なのでは...?」
◇ ◇ ◇
森の小道を進みながらシエルと話していると、シエルのことが少しずつわかった。
シエルのお母さん――マリアさんは元冒険者だったがシエルがまだ幼い頃に病気が原因で片腕を失い、ゴードンさんの献身も虚しく亡くなってしまったこと。シエルの属性はマリアさんの〈水属性〉とゴードンさんの〈地属性〉を受け継いだものである...らしいこと。クロスボウはゴードンさんが得意としていた武器であること。ちなみにゴードンさんはシエルが冒険者になりたがっていることをあまり快く思っていないらしい。何となく気持ちはわかる気がする。最愛の人に続いて娘まで死の危険のある職に就いて欲しくはないのだろう。
ぶっきらぼうに見えてその実ゴードンさんがシエルを見る時やマリアさんの話をした時は決まって優しい目をしていたから。
あたしがシエルについて聞いていると今度はシエルから冒険者について訊ねられた。
冒険者になりたがっているということだけあってあたしから説明するようなことはあまり無かった。
女神アルカンシエルにちなんで7色の階級に分かれていること、あたしはその第3階級であること。あたしが所属している冒険者集団のこと。やがて話はあたしの事に変化していった。
「…ステラさんもご両親を亡くされているのですか」
「冒険者ならそういうこともあるよ。良くも悪くも命の取り合いだからね」
痛みをこらえるような顔でシエルが呟く。
あたしの両親も冒険者で、幼いあたしは孤児院を経営している叔母のところに預けられ両親の帰りを待つのが日課だった。でも10年前に両親は物言わぬ死体となって帰ってきた。大型の魔物を討伐しようとして返り討ちに遭ったのだと叔母から聞かされた。あたしが冒険者になることを目指したのは確かその頃からだったはず。もちろん叔母には猛反対されたのは言うまでもない。「魔力なしが冒険者になど死にに行くようなものだ」と。
その時、あたしとシエルは同時に足を止める。
ちら、とシエルに目配せをすると彼女はこくんと頷いた――ちゃんと"気付いている"ようだ。
「あたしが前に出るから、援護お願いね」
「はい、お任せ下さいっ」
ショートソードを抜き、中腰で一歩前に。
背後でガコン、と重厚な音が鼓膜を叩く。視線を向けるとクロスボウを構えていたシエルと目が合った。
2人の気配に当てられたのか、5m程先の茂みからガサガサと騒がしく揺れ、それは飛び出した。
体長2m程の"大型のイノシシ"だ。
「少し様子が違うね、かなり興奮してる」
「自分から襲いかかることは稀なはずなのですが、少し見てみますね――《"解析"》っ」
互いに睨み合った状態のまま、数秒が経つ。その間にあたしは後衛が狙われないように剣を小さく揺らし、木漏れ日をチカチカと反射させてやつの気を惹く。
後ろでシエルが"魔法"を使用する。《解析》の魔法は無属性の初級魔法で対象の大まかな状態や能力を文字として認識する魔法――だったはず。使い手の性質によって見え方に違いがあり、熟練するほどより細かい情報もわかるのだとか。
同時にあたしもやつの動きに注意しつつ目視と記憶でおおよその推測を立てる。――よく見ると体のあちこちに傷があり、牙も左右で長さが違う。縄張り争いに負けて折れたのだろうか。
「派手にやられて憂さ晴らしでもしようってハラなのかな」
「気をつけてください、随分消耗はしていますが"単純な能力"は私たちより上です!」
「りょーかいっ、それじゃ行くよっ!」
右手で投擲用ナイフを1本抜き放ち、同時に左に飛び出す。
投げつけたナイフは大イノシシの眉間に衝突し、甲高い音を立てて弾き飛ばされる――やっぱり堅いな。
それでも完全に釘付けに出来たようで「フゴォォォォォッ!!」と雄叫びを上げるとこちらに向かって砲弾のような勢いで突っ込んできた。ズドドドドと土煙を引き連れて凄まじい速さで距離が縮まる。
あたしは飛び出した勢いのまま着地の瞬間に体勢を低くし、素早く抜いた短剣を逆手に握り地面に突き刺すとそこを支点に膝当てで滑るように反転する。直後、ブォンと頭の上を鈍い風切り音が通り抜ける。
「あっぶないなぁ!」
振り向きざまに剣を一閃、大イノシシの左後ろ脚を浅く斬りつける。魔力による身体強化や戦技の大技を持たないあたしでは少しずつダメージを蓄積させる戦い方が基本となる。危険だけど、常に注意を向け続けられることで後衛の魔法使いや射手を間接的に守ることができる。
お互いの位置を入れ替えるようすれ違い、体勢を立て直す。
同じやり取りならあと数回で大きく体勢を崩してトドメをさす。だがこれは複数戦だ。
「隙あり――ですっ」
「ブギィィィ!?」
バシュン、と放たれた太い短矢が無防備に晒されたイノシシの左後ろ脚――さっきあたしが付けた切り傷を目印に膝に突き刺さりその鏃を露出させていた。うへぇ、痛そう。
イノシシはその一撃でシエルの方が危険と判断したのか血走った目で勢いよく振り返る。
「あんたの相手はあたしでしょ!」
その隙を衝いて飛び込んでまだ土の残る短剣をイノシシのお尻に勢いよく突き立てる。イノシシの悲鳴と共に肉を裂く感覚が短剣越しに伝わる。そのまま直ぐに手を離しバックステップで距離を取ると後ろ脚で打ち出された土礫がこっちに飛んできた。首を傾げてギリギリのところで躱すと直後目の前をえらく使い込まれた蹄が通り抜ける。流石に直撃すると大怪我しそうだ。
「ステラさん、こちらに!」
声のした方を向くとシエルが地面に手を当てていた。それが〈水属性〉の魔法であることを直感したあたしはその場所を飛び越してシエルの2歩ほど後ろに着地する。
そのままシエルの手を取り、勢いよく引き寄せ――そのまま抱くように密着したまま横っ飛びでそれを躱す。
直後ズゥン、と地面を揺らし泥を撒き散らしながらてさっきの大イノシシが転がってきた。予想通り、シエルは〈水属性〉の魔法で踏みしめられた土の地面を泥にしていたのだ。
勢いよく転倒したイノシシは蓄積されたダメージによりその動きがやや緩慢だった。ひょっとしたら脳震盪を起こしているのかもしれない。なら、その隙を逃す手はない。
「これで、とどめだっ!」
「ピギィィィィィィィィッ!?!?」
あたしは右手でスティレットを抜き、未だにもがき続けるイノシシの頭の近くに立つと牙に引っ掛けられないように注意しながら逆手で目玉から脳天目掛けて勢いよく突き刺した。
ぶちゅ、と何かが潰れて弾ける感覚に思わず顔を顰めるが、それよりも振り飛ばされないようにしっかりと牙に左腕を絡めて密着し短剣で「ぐりっ」と傷口を拡げる。直後溢れ出した温かい何かがあたしのお腹をぐっしょりと濡らすが構わずイノシシが動かなくなるまで脳内を掻き回す。
十数秒ほどそうしているとやがてイノシシはビクッと震えた後身動ぎ1つしなくなった。
登場人物の紹介がまだでした。
◆ステラ・パーシヴァル
種族:人間/女性 年齢:17歳
身長/体重:167cm/54kg
橙色のポニーテールとやや吊り気味な琥珀色の瞳がトレードマークの少女。
軽戦士に分類される前衛型の冒険者で色々な小型武器を使用した戦い方が得意。
防具は鉄製の頭環に胸当て、腰当て、肩と膝と肘それぞれにベルトで固定した鉄板に麻布製のズボン、革ブーツでインナーには水着のようなぴっちりとしたボディスーツを着用している。
生まれつき魔力を一切持たない魔力なしと呼ばれる個体であり、魔法や戦技の類を一切使用できない。
ぺったんこ。
◆シエル・アストラ
種族:人間/女性 年齢:15歳
身長/体重:155cm/59kg
青色の肩甲骨まで伸ばしたロングヘアとタレ気味な青い瞳が特徴的な少女。
〈水属性〉と〈地属性〉の2種類の魔法を使用できる混色と呼ばれる魔法使いであり、同時に機械仕掛けの重弩を操る狩人でもある。冒険者ではないが村では狩りをしていたこともあり戦う力は持っている。
防具は若草色のワンピースとその中に着込んだ鎖帷子、同じく若草色の頭巾に革製のブーツ。
小柄だが出てるところは出ているトランジスタグラマー。
◆ゴードン・アストラ
種族:ドワーフ/男性 年齢:46歳
身長/体重:152cm/74kg
真っ白な髭と頭頂部を晒した髪型と体格に似合わない筋肉量が特徴的な、シエルの父親。
元冒険者兼鍛冶屋であり、シエルの重弩の腕は彼譲り。
愛妻家で亡き妻マリアのために手作りの義手を用意していたほど手先も器用。