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四ツ目の復讐者《アヴェンジャー》  作者: ソラリス
第1章:2人の復讐者編
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第1話:邂逅するふたり

[冒険者(ウォーカー)]...組合(ギルド)に所属し依頼を受け、採取や討伐・護衛などを請け負う者たち。

個人〜数人単位で活動するため団体行動が基本となる騎士団や軍と異なり、個人的な依頼や多少非合法な依頼でも通りやすい。


[黄色級(イエローランク)]...この世界における冒険者や騎士、軍人の階級。

赤・橙・黄・黄緑・緑・青・紫の7階級で構成されており、それぞれの組織に対する貢献度合いにより決定される。

黄色は第3階級であり、この辺りから1人前として認められるようになる。

虹の女神アルカンシエルの伝承にちなんで付けられた制度。


[組合(ギルド)]...冒険者や商人、鍛冶師などが個人同士による相互支援・情報共有の為に結成した独立組織。

こと冒険者組合(ウォーカーズギルド)では登録された冒険者に依頼の斡旋や小編隊(パーティ)のマッチングなどを請け負っており、冒険者にとってなくてはならない組織である。

 薄暗い森の中に、鉄の打ち合う音が響く。

 一人、また一人と斬り伏せながら周囲に視線を巡らせる。

 鉄鎧に身を包んだ男が2人、あたしの周囲で物言わぬ屍となって転がっている。

 そして丁度今、3人目がどさりと音を立てて崩れ落ちたところだ。


『中々の腕前だが、惜しいな――焼き切れ、《白灼刃(フラムヴァイス)》』


 じゅう、とあり得ない音があたしの右腕から発せられた。


「あ――あァァァァァァァァッ!!」


 激痛と喪失感にあたしの視界が真紅に染る。

 滲む視界の中で斬り飛ばされた右腕がボトッと音を立てて墜ち、その手が握っていた短剣が乾いた金属音を立てて落ちた。

 その先には返り血を啜った白いローブに身を包んだ仮面の男が膝をついたあたしを嘲笑う様に見下ろし、その手に握られた白く輝く曲剣シミターが血を焦がしていた。

 込み上がる涙を押し流し、震える膝に喝を入れ、どうにか立ち上がる。


『ほう、まだ闘志はあると見える。女だてらに見上げた気概だ。とても黄色級(イエローランク)とは思えんな』


 仮面の男が声音に喜色を混ぜる。仮面越しでもニタッと笑う様が想像できた。

 正直、勝てる気が全くしない。元々の技量に大きく水を空けられている上に文字通り片手落ちと来た。そして何より――


『よくやった、と褒めておこうか。魔力なし(ノーマ)の身でありながら3人を返り討ち。全く殺すに惜しい逸材だ』

「はぁ...はぁ...っ、そりゃどーも。それならそのま...ま引き返してくれると...嬉しいんだけ...どね...」


 ――魔力なし(ノーマ)

 貴賎に関係なく魔法の存在が当たり前なこの世界において魔力を一切持たない者。忌み者扱いとは行かないまでも基本的には"格下"扱いされる存在だ。

 ましてや冒険者や軍人のような荒事を請け負う人達であれば、その戦力差を埋めるのは困難を極める。

 "魔法"を扱えなくとも身体能力の強化や探知など、使い方はそれこそいくらでもある。

 普通なら脇目も振らずに全力で逃げるべき相手だ。自分の中の理性もそう叫んでいる。それでも――


「今更この子を置いて逃げ出したらカッコ悪いじゃない...!」


 あたしの後ろで怯え震える1人の少女。腰が抜けているのだろう逃げることもままならない状態だ。

 近くにいた兵士も物言わぬ骸となって転がっている。1人だけ運良く逃げだせたみたいだけど、どうなっていることやらか。


『世迷言を。その娘の生き死になどお前には関係の無い話であろうに』

「好きになったんだから仕方ないでしょ...!」


 男はわからないと言わんばかりに首を振る。どことなく小馬鹿にされた気がした。

 確かに彼女を守るのは仕事でもなんでもない。そもそも休暇を取ってぶらついていた所で出くわしただけなのだ。

 それでも、退けない理由はもう出来ていた。

 晴れ渡る空のような青いロングヘア。

 透き通る海のような群青色の瞳。

 ぷっくりと膨らんだ桜色の唇。

 どこまでも透き通るような綺麗な声。

 少し話しただけなのにあたしの心を掴んで離さない。

 所謂、一目惚れだった。


『まぁよい、喋り過ぎた。では死ぬがよい』


 男は半身になり剣を構える。

 傷口を焼かれたおかげで失血死の心配はなさそうだけど、正直体力も気力も限界だ。あたしと奴との力量差に絶望的な開きがある以上、次の一合であたしは確実に殺されるだろう。

 ――上等だ、タダでは死ぬもんか。せめて道連れにしてやろうと左手で小剣(ショートソード)を構え直す。

 その瞬間、風切り音と共に何かが視界を横切り仮面の男の男がそれを斬り払う。炭化しながら落ちたそれは絡繰り仕掛けの弩(クロスボウ)で使用する短矢(ボルト)のようだ。


「いたぞ、《白の教団(アルバス・ドグマ)》だ!」

『...邪魔が入ったか』


 短矢を飛ばした方向から緑色のサーコートを着込んだ騎士が部下と共に男を取り囲むように現れた。

 仮面の男は忌々しげに舌打ちをし、こちらに向かい「命拾いしたな」と残すとそのまま掻き消えるように姿を消した。


「なっ、消えた!?」

「私が追跡する。お前たちは現場の処理を!」

「はっ!」


 騎士が森の中に走り去っていく。

 あたしはと言うと緊張が解けたことにより押し込んでいた痛みが殺到し――


「なん...とか、助かった...」


 ぐるん、と視界が空に吸い込まれる。

 薄れゆく意識の中、何かを叫びながら駆け寄ってくる彼女が視界に入る。

 ――ああ、やっぱり可愛いな。



 ◇ ◇ ◇



 目を覚ますと見覚えのない天井が見えた。

 首を傾けると体に被せられた麻布が見える。

 どうやら、どこかのベッドのようだ。

 ちら、と肩口が見えると見覚えのない服。

 汗のベタつきも感じられないことから体も清めてくれたようだ。

 さらに視界を動かすとあの時の少女が寝台に寄りかかるようにして眠っている。無事に助かったんだ、と安堵したのも束の間。同時に先日(・・)のことを思い出す。

 ここに彼女がいるということは、つまりあたしの右腕は――。

 恐る恐る左手を動かし、布団を剥ぎ取る。


「なに、これ...!?」


 無くなったはずの肘から先には、()()()()()()()()()()()()()()

 思わず目を見開き、その腕をまじまじと凝視する。材質は木材と骨だろうか。そして所々に歯車と蔦?のようなものも見える。拳から先は...さっぱり分からない。ゆっくりと、無いはずの手を握る様にイメージすると絡繰り仕掛けの拳もゆっくりと小指から順番に指を折り曲げる。

 思わず「すっご...」と声が漏れる。義手自体はそこまで珍しくは無いけど、手作り(ハンドメイド)、それもここまで精密にとなれば話は別だ――一体誰が作ったのだろう、もしかしてこの子?

 そんなあたしの視線に気づいたのか、少女の目がぱちり、と開いた。

 吸い込まれそうなディープブルーに思わず見とれているとその瞳がこちらをはっきりと視認し。


「よかった、目が覚めたんですね」


 鈴を転がすような声でふにゃ、と可愛らしく微笑んだ。

 やばい、可愛すぎる。よくよく見るとまつ毛も長いし鼻筋もしゅっとしてるしなんだかいい匂いもするしでご馳走様です。


「天使がいた」

「えっ?」

「あ、ごめん。そうじゃなくて、ええと。とりあえず聞きたいことは山ほどあるけど...ここ、きみの家なのかな?」


 あまりの可愛さに本音がストレートに出てしまった。

 当たり前のようだけど驚く少女、そりゃそうだ。

 慌てて沢山ある質問の山からひとつ抜きだすと、少女はうんと頷く。


「駐在していた騎士団の方がここまで連れてきてくださったんです」

「そっか。どのくらい寝てたの?」

「えっと、2日です。丸2日」

「...そんなに?」


 てっきり一晩かと思ってたけど予想以上に体力の消費が激しかったみたい。


「ありがと。だいぶ世話になっちゃったみたいだね。きみ――ええと、そう言えば名乗ってなかったね。あたしはステラ。ステラ・パーシヴァル。しがない冒険者(ウォーカー)だよ」

「私はシエル・アストラです。あの時は助けて下さりありがとうございましたっ」

「どういたしまして。シエル――女神様と同じ、素敵な名前だね」

「えへへ、お父さんとお母さんの想いが込められてるんです」


 そう言いながら少女――シエルは優しく微笑む。

 どきっ。心臓に悪い、いやいいと言うべきなのだろうか。顔に熱が集まり、魔力もないのに顔から火を吹きそうだ。

 そういう趣味(同性に恋する)なんてないと思っていたけど、なる時はなるもんなんだと改めて思う。本音を言えばこのまま告白だってしてしまいたいくらいだ。でもそれは今じゃない。


「ステラさん?そんなじっと見てどうしました?」

「え、あ、ごめん。つい」


 悶々としながら次に出す言葉を探しているとシエルは少し居心地悪そうに視線を揺らしていた。どうやら穴が開きそうなほど凝視していたらしい。

 微妙な雰囲気にどうしたものかと困っていると不意に扉がノックされ、開かれる。


「嬢ちゃん、目が覚めたみたいだな」

「お父さん!」


 "お父さん"と呼ばれた人はあたしより――もっと言えばシエルより"ちょっとだけ"小柄で、それでいてがしっとした体格をしていた。浅黒い肌に立派な顎髭、頭皮を晒したある意味男らしい髪型――ドワーフ族の特徴だ。

 ん?お父さん?シエルの?


「お義父さん!?」

「嬢ちゃんにそう言呼ばれる筋合いはねぇが――よく馴染んでいるようだな、その()


 胡乱気な眼差し――俗に言うジト目でこちらを見遣る"お義父さん"は直ぐに気を取り直しあたしの右腕に視線を移す。

 どうやらこの人が作ったもののようだ。


「これ、お義父さんが作ってくれたんですか?」

「ゴードンと呼びな。それとそいつァ嬢ちゃんにくれてやる。娘を守ってくれた礼だ」

「ありがとうございます、ゴードンさん」


 お義父さ...もとい、ゴードンさんは「飯にするぞ」とぶっきらぼうに言うとそのままのっしのっしと部屋を後にしてしまった。意識の外に置いてしまっていたけど花柄のエプロンだったのはそういうことなんだろう。


「ステラさん、行きましょう。お父さん、ああ見えて料理上手なんですよ」

「あはは、じゃあお言葉に甘えて――おっとと」


 ご好意に甘えて、と立ち上がろうとすると体が立ち方を忘れてしまったかのように足元がぐらつく。

 慌てて体を支えてくれるシエル。やっば、すごい柔らかい。


「あ、ありがと。もう大丈夫」


 そのまま抱きしめてしまいそうな衝動を何とか跳ね除けて今度こそしゃきっと立ち上がる。改めて見るとなんと小柄なことか。お揃いの貫頭衣姿から、あたしが来ているのはこの子と同じものなのだろうか。身長差があるのに裾の位置がそんなに変わらない気がするのは発育の差なのだろう。


「では案内しますね」


 シエルはにっこりと笑うと先に部屋を出た。後を追うと数歩先でこっちの様子を伺っている。先導してくれるようだ。



 ◇ ◇ ◇



 前評判に違わず、ゴードンさんの作った朝食はとても美味しかった。

 腸詰め(ソーセージ)と野菜のミルク粥はぷりぷりのソーセージの弾力と脂が野菜の旨みと溶け合い、病み上がりにもかかわらずおかわりしたい位だった。


「いい喰いっぷりだな、もう少し多めに作ってやりゃよかったか」


 食事を終え、すっかり空になった器を見て満足気に笑うゴードンさん。多分あと2杯は食べられる気がする。

 下膳くらいは手伝おうとしたけど「お父さんが話したいことあるって」とシエルに止められた。

 がっくりと肩を落とすあたしを見て苦笑するゴードンさんが「こっちに来な」とジェスチャーをして家を出る。慌てて着いて行くとそこはあたしが立ち寄る予定だったリンデル村だった。土壁に茅葺き屋根の建物が並び、行き交う人々はこちらを見ると気さくに挨拶してくれた。どうやらシエルを助けたことは知れ渡っているみたいだ。

 ゴードンさんはそのまま隣の建物へと進む。石積みの建物は入口に【鍛冶屋(スミス)】を表す紋章が掲げられていた。そんな気はしていたけどやっぱり鍛冶屋さんだったんだ。

 扉が開かれるとむわっとした熱気が頬を撫でる。炉はまだ熱せられてもないのにこもった熱がこの人の仕事風景を夢想させる――きっと"いい"武器を打つ人なんだろうな。

 "工房"に入り作業台まで進み、あたしと向かい合う形で「それで、だ」と切り出したゴードンさんは、少し真面目な表情でシーツを広げた。


「これ、あたしの装備...!直してくれたんですか!?」

「すまねぇな、勝手にだが傷んだところは修繕させてもらった。だが――」

「あー...剣、折れちゃってますね...」

「預かった時には既に真っ二つになってた。随分使い込んでいたみたいだな」


 ゴードンさんが直してくれた防具がシーツの上に並んでいた。綺麗に手入れと修繕がなされており、まるで新品のようだ。だけどショートソードだけは刃の中程から先が無くなっていた。刃もガタガタに刃こぼれしていてゴードンさんでもお手上げだったみたいだ。


「むしろよく保ってくれました。途中で折れてたら間違いなく死んでましたでしょうし」

「違いねぇ、きっと根性で耐えてくれたんだろうよ。そこでだ――と、これだこれだ。よっと、持っていきな」


 そう言いながら台の上に置いたのはこれまた丁寧に手入れされたショートソードと、刃の無い刺突用の短剣(スティレット)だ。ゴードンさん曰く、「もう使うことの無い代物」と言っていたけど、それってもしかして――


「......元々は義手(それ)と併せてヨメの為に作ったヤツだった。もっとも、今じゃあすっかりホコリを被って蔵の肥やしさ」

「そう...でしたか...」


 きっと奥さんは冒険者か騎士だったのだろう。そして何かの拍子に隻腕となり、そしてこの世を去った。

 思わず言葉を失った。そんな思い入れのある品をあたしが受け取って良いのだろうか。


「構わんさ。どうせ処分に困っていた。それに捨てるくらいなら使われた方がアイツも喜ぶだろうさ」


 ぶっきらぼうに言い捨てるゴードンさん。だけどその目はどこか寂しげだ。ゴードンさんの後押しもあって装備はありがたく受け取ることにした。どの道武器がなければあたしに戦う術は無いのだし。


「その代わりと言っちゃあなんだが、ひとつ頼まれ事をしてもらえるか?依頼と言ってもいいだろうよ、メンテナンス代とでも思ってくれ」


 そう言いながら1枚の紙を差し出した。その表情はさっきとは打って変わってどこか悪戯げだ。受け取ると紙には一輪の花が描かれていた。ちょっと独特なタッチで、判別に困る。


「これは...ラッカの花...ですか?」

「ああそうだ。冒険者(あんたら)風に言えば『幸運の花』とでも言えばいいか。元々こいつが目当てだったんだろう?」


 幸運(ラッカ)の花。白い縁に真っ赤な花を咲かせることで有名な花で、古くは英雄の命を救った花として冒険者の間ではお守りによく使われる花だ。あたしがこの村の近くにいたのも、この花を探してぶらついていたからであり、その結果がこれなのだけれども。ゴードンさんはこの花――それもとびきり大輪のそれを所望されているようだ。ところで。


「たはは、よくご存知で」

「この村の特産品だからな。それくらいしかわざわざこの村に立ち寄る物好きもいないさ」


 バレてました。そりゃそうか。

 そしてもうひとつ、大事な情報が分かった。明日はシエルの誕生日だと言うのだ。つまり誕生日プレゼントということか!俄然やる気が出るってものよ!


「はいっもちろん受けます!受けさせてください!」

「お、おう」


 ふたつ返事で引き受け勢い余って両手でゴードンさんの手を取りそのまま上下にシェイク。流石にゴードンさんは少し引いた顔をしていたけど、シエルのためにできることは何でもするつもりだ。

 ちなみにラッカの花は森林部ではなくもう少し離れた山の麓に生るらしい。


「それとだ、シエルのやつも連れて行ってくれ。アイツも恩返しがしたいと息巻いていてな。ああ見えて〈水属性〉の魔法が扱える。きっと役に立つさ」


 それってもしかして、親公認デートのお許し!?


「まぁ、嬢ちゃんに限って無いとは思うが――娘を泣かせたらタダじゃ置かないからな」


 ゴードンさんのでっかいハンバーグみたいな掌が肩に置かれ、ドスの効いた声が釘を刺す。

 ――ハイ、ワカリマシタ。


本書を手に取って頂きありがとうございます。

書き溜めの類は全くないので鈍亀更新ですが生暖かく見守っていただけると幸いです。

感想、誤字脱字報告などコメントお待ちしております。


次回、お花を求めて森林デート。ようやくまともな戦闘に入ります。

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