その顔面で?
「おまたせしました、限定マンゴーパンケーキです」
笑顔が可愛らしいお姉さんが美しく盛られたパンケーキをもって私の前に置き、「ごゆっくりどうぞ」と言ってその場を去った
完全に意識がここから逸れたとわかると共に隣に座る神宮寺さんへスライドパスする
「ごゆっくりどうぞ」
「おう」
「ダメだよかえちゃん今の秀悟には皮肉も効かない」
笑いながらアイスコーヒーに口をつけている藤澤さんはもう慣れたというように視線を私へ向けてくる
「似合わないよね〜見るからにブラックコーヒー飲みますみたいな奴が超甘党とか。どこの小説だよって」
「そうですねバレンタインで髪の毛が入ったチョコを渡されないよう祈っています」
「それは経験済み」
「とんでもねぇですね」
哀れみの目を向けられている本人は何処吹く風で、切り分けたパンケーキにホイップクリームとカットされたマンゴーを乗せて満足そうに食べている
「かえちゃんは甘いもの好き?」
「可もなく不可もなくですね」
「どっちかというと煎餅バリバリ食べてそうだね」
あはは、そうですね〜と愛想笑いしながら自分のミルクティーを飲む
二人に関わったからといってこれといった支障はなく、安心して大学生活を送れるのはありがたい
しつこく絡まれたりあちこち連れ回されたりはするけど、ちゃんと帰りは車で送ってくれるし、サンドバッグとか財布とかにはしないから、もしかして本当に興味本位で私を見に来たのでは…?と思う
そんなことをボケっと正面に座っている藤澤さんを見ながら考えていると、視線に気づいたのか
「ん?俺の顔になにかついてる?」
「いや、イケメンだなぁって」
一瞬びっくりしたような顔をして途端に笑い転げ始めた
彼はゲラなのかもしれない。箸転がすだけで呼吸困難になるレベルなのでは
「楓、俺はどうだ」
咀嚼しながら話しかけてくる神宮寺さんの口元をティッシュでおさえてクリームを拭いとる
「あー、イケメンですイケメンです」
「ひーっ真顔でっブフッ!感情こもって無さすぎ!そこは『涼太くんかっこいいね』とか上目遣いで可愛こぶって欲しいな」
「上目遣いって私がやったらガン飛ばしてるようになるらしいので無理ですねぇ」
私に女子を求めないで欲しいです。お菓子作れないし化粧だって最近始めたばかり、声を高くしようとすると何故か出るのはおし○かじり虫
その事をいうと彼はまた笑いの沼にどっぷり浸かった
──────
楓を迎えの車に乗せて家まで送った後のこと、車内で涼太は楽しそうに話し始める
「いやぁ、もう本当にかえちゃんといると毎日が楽しくてしょうがない」
色目を使わず、媚びを売ることもない。女は全員外見と肩書きと金にしか興味が無いという涼太の考え方を改めさせられる出会いだった
「あぁ、俺も楽しい」
フッと柔らかく笑う秀悟を見るのはこれで何度目だろうか、楓と出会う前の彼だったらありえない事だ
総本家組長の跡取りである神宮寺秀悟は幼い頃からあまり物に関心を示さない人間だった
おもちゃでもゲームでも何を渡しても眉のひとつピクリとも動かさず、それを使って遊んでいることも数回しか見たことが無い
当主も頭を悩ませていたところ、彼が唯一反応を示したものが甘いものだ。先代の奥方、秀悟の祖母が旅行のお土産にと渡したひよこ型の饅頭を食べて、もうひとつ、と欲しがったそうだ
無関心は物だけではなく人間関係でも当てはまり、同年代の中で1番相手の反応を気にしない涼太が側近として抜擢されたのは本人も知っている
幸いにも波長が合ったようで、付き合いは小学校から現在まで続いている
そんな涼太でも最近まで頭を悩ませていることがあり、甘党である秀悟のスイーツ巡りに付き合わされることだった
野郎2人で女子に人気なパンケーキ屋やカフェなどに行ってもそれは異分子でしかなく、さすがの2人も気まずく誰か着いてきてくれる女を探していた
2人は自他ともに認める美形で出自を知っていても尚、女達からわんさか誘いが来る
その中から1人選んでスイーツ店に行っていたのが高校の時だが、夜の誘いを仕掛けてくる女やアクセサリーやバッグをねだる女、私よりスイーツを選ぶのと勘違いする女、秀悟が甘党と知った途端に冷めたと言って出ていく女と、まぁ丁度いいタイプが現れなかった
後処理をする涼太もストレスが溜まっているが、何よりスイーツを満足いくまで食べれない秀悟もストレスが酷かった
秀悟は日に日に荒れていき、大学に入った頃は手当り次第流れていた悪い噂の人物を八つ当たりに潰していた
そのおかげで言い寄ってくる女も居なくなったが根本は解決していない
そんな時に、先代がよく行っている温泉宿の娘が同じ大学に入学したという情報を耳にした
そこで涼太は思いつく
その子を連れて行けば万事解決じゃないか、?と
一応傘下である組員の娘なので最悪こちらから圧をかければ大人しく従うだろうし、いちいち女を選ぶ手間も後処理をする手間も、秀悟の八つ当たりに付き合うことも無い
いいアイデアだと思って秀悟に提案し、翌日新入生であろう男を捕まえて日崎楓を呼んで来るようお願いしたのだった
そして現在、思っていたよりも違和感なく、嫌な顔ひとつせずにスイーツ巡りに付き合う楓を2人は重宝していた
楓も慣れたようで、少し軽口を叩く程には信頼されている
以前にカフェで「欲しいものとかない?」と聞いたら「神宮寺さんと同じチョコパフェが食べたいです」と真剣に言って思わず笑ってしまった
アクセサリーやブランドのバッグを欲しがらないあたり、やはり今までの人間とは違うと思う
その後に秀悟が新しいスプーンで自分のパフェを掬い、楓に差し出していた場面を思い出して、楓のような人間が秀悟の奥方になってくれたらどんなに幸せなことかと涼太は本気で思った
─────
「あなたが日崎楓さん?」
「はぁ、そうですが」
休日、宿の番頭をしていた時に絶世の美女がやってきた。ストレートの黒髪と凹凸がハッキリしている身体、白いワンピースを身につけてまるでアニメの清楚系ヒロイン枠に居そうな人
そんな人がなんの荷物を持たずにカウンター越しに私を上から下へとじっくり観察してきた。
「わたくし、秀悟様の婚約者の東雲莉奈と言います」
「東雲…」
どこの組でしょうか
必死に覚えている限りの組名を探すも『東雲』という組員はいない。もしかして敵対組織の政略結婚的な…?
思考をめぐらせていると何を勘違いしたのか東雲さんは満足そうな顔をした
「このわたくしを敵に回したくないのであれば秀悟様に近づくのはおやめになって」
「はぁ、それはすみません、婚約者様がいるとは知らずに」
「あら、随分素直ですのね」
「そんな壁があって燃え上がる乙女ゲームみたいなことはしませんよ。そもそも恋愛沙汰は一切ないですからねぇ」
怪訝そうなお顔をした東雲さんは「どういうことです?」と聞いてきたので、私は様々なカフェ巡りに付き合っていること。帰りは車で送ってくれるがそれ以外ではわりと接触がないことを話した
説明が終わると、東雲さんは一層表情を険しくさせていた
あっもしかして一緒にカフェ行ったのダメだった?そりゃそうだよ理由がどうであれ婚約者そっちのけで別の女連れているんだもん
「あの、すみませ」
「信じられませんわ!」
そうですよね、芋女は退散しますのでどうかあの2匹を引き取ってくd
「わたくしをなぜ誘って下さらないのです!?」
はい?