おいおい冗談はよした前田のスライディングショット
よろしくお願いします
私の父親はヤクザをしている
とは言っても有名どころに所属しているわけでも闇金、詐欺とかをしているわけでもない
田舎も田舎、ド田舎で温泉宿を経営している
これだけで聞くと『ヤクザじゃないじゃん』と思うだろう。私なら絶対思ってる
でも、たまに来るグラサンつけたスキンヘッドやオールバックのにいちゃんズを引き連れた身なりのいいおじ様が温泉宿に来る度にあぁ、うちはヤクザだ…と思わされる
そのおじ様は日本で三本の指に入る組、つまりうちの総本家のご隠居様で御歳60歳。見た目だけだと45くらいだと思う程の若々しさなだけに、最初聞いた時は思わず飛び上がった
今は亡き祖父の代に当時現役だったおじ様が激しい抗争で重傷を負い、たまたま傘下だったうちの宿に療養しに来たのが始まりだそうで今では月に2回は来る古参のひとりだ
その日私が手伝いで番頭をしているとおじ様集団が来たので父親に連絡して彼らを応対する
「かえちゃんはもう大学生か、おおきくなったなぁ」
「あはは…ソウデスネ」
本来末端の娘が総本家のご隠居と会話するなんてありえない事だ
うちがどのくらい末端かというと、おじ様の総本家の直下組織の下の下の下…チンピラといい勝負かもしれない
実際従業員はほとんどチンピラのような風体をしているので否定はしない。中身はいい人なのだが
「どこの大学に行くんだい?」
「隣県で最近新しく出来た大学ですよ」
「あぁ、あの大学か。通学は大丈夫?私のところの車を使っても構わないよ」
「あはは〜電車があるので大丈夫で〜す」
あんな外車乗るだけで殺されそう
小さい頃はそんな偉い人だなんて分からないから、「おいさん」(おじさん)と呼んで肩車をしてもらったりお菓子くれたりしてくれたが
その延長線上で私を甘やかすのは勘弁して欲しい。今はもう立場というものを理解している
「丁度私の孫がそこに在学しているから、何かあったら孫を頼るといいよ」
「え」
待てそれは初耳だ。一気に大学行きたくなくなった
お孫様は会ったことがないが、祖父であるおじ様の顔の整い方からして相当な美形だと思われる。そんな美形を周りが放っておく訳が無い
新入りの芋女がイケメンと繋がりがあるだなんてハブの対象もいいところだ。おじ様には申し訳ないけれどお孫様とは知り合わずに穏やかに過ごさせてもらう
「お前が楓か」
「…あい」
入学式も終わり、1ヶ月ほど普通の大学生として過ごしていた私に降りかかった厄災
同じ講義を受けていた男子づてに呼び出されて生きた心地がしないまま指定された場所へ向かった
そして現在、目の前には超絶イケメンのヤンキーとチャラ男
そうヤンキー。少し長めのパツキン、両耳にピアスと黒い大きめのワイシャツ、白いスキニーがこんなに似合う人なんて私は見た事がない
おじ様の面影があるヤンキーなイケメンがお孫様と気づくのにそう時間はかからなかった。ただどうして私は呼ばれたのでしょうか
「ホントにこの子が『かえちゃん』?思ってたのと90度違うんだけど」
「間違いない。あのクソジジイが好きそうなツラしてる」
「怯えてる〜ねぇかえちゃんどこの講義選んでるの?」
ご要件はなんでしょうか
「ごょっごようけんはなんでしゅか」
あ、噛んだ
ギラっと睨まれて「ヒュッ」と私の息が一瞬途絶えた
リンチに合うんだ…『てめぇが総本家と話すなんて100年早い』とか一生サンドバッグになるんだ…
金よこせよオラオラしながらパシリにするんだ…
「あー、ごめんごめん、別に俺たちとって食うわけじゃないんだよ?ちょっと先代が気にかけてるっていう子がどんな子なのか見たかったっていうだけだから」
「つまり烏滸がましいからサンドバッグになれと」
「違う違う」
笑いながら否定するイケメンはどうしたものかと思案している。あぁイケメンだ
「この厳つい顔してるのが総本家跡継ぎの神宮寺秀悟で俺は藤澤涼太、総本家の直下組織の若頭だけど実際やってることは秀悟の世話しかない」
あっはっは、と笑う彼だけどごめん笑えないです
「で、さっきも言った通り先代が足繁く通ってる温泉宿に孫のように可愛がっている俺達とほぼ同年代の女の子がいるって噂を聞いてね。どんな珍獣か気になって見に来たらびっくり仰天普通の女の子じゃないか〜ということでこれからよろしくね日崎楓ちゃん」
「へっ」
「ん?先代が気に入った子なんだから、誰かに狙われるかもしれないでしょ?だから俺達と一緒に行動した方がいいんだよね。あと面白そう」
最後が本音じゃないのかなって珍獣思います
「まぁ仲良くしようね?かえちゃん」
アイドル並みの微笑みと最初しか喋らなかった仏頂面に振り回される予感しかしない私はムカつくほどの青い空を見て現実逃避していた
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「かえちゃん一緒に帰ろ〜」
「………」
「おい楓食堂いくぞ」
「………」
最初はビクビクしながら言うことを聞いていたが、人は慣れると強くなる生き物だと痛感した
気付けば、毎日私のところに来る2人に辟易しているくらいには月日が経っていた
事実、世間話する程度の子から「大丈夫?弱みとか握られてるの?」と本気で心配されるくらいにしつこい
その子から聞く噂によるとあの人たちかなりやらかしていたようだ
ネズミ講の勧誘をしていた2つ上の先輩を潰したとか人殴ったとかヤクザの跡取りとか人殴ったとかリアルジャイ○ンと呼ばれていたやばい先輩をのしたとか人殴ったとか
両方イケメンで有名ではあるが悪い方でも有名だった。
曰くサークルの先輩から目を合わせないこと、例え合っても慌てずゆっくりその場から立ち去ること、いきなり話しかけないことなどなど、野犬かと思うくらいの扱い方を教えられたらしく、話を聞いている私でも少し笑えてくる
「でも最近飼い主が現れたみたいで、大人しくなっているみたいだよ」
「へ、へぇ」
飼い主さん、いるのなら早く回収してください。放し飼いしているおかげで私がしょっちゅう絡まれるのです
突然、頭にズシッと重しが乗ってきてお香の香りが鼻を掠めた
「おい何やってる」
「げ」
身長差のおかげで159ある私の頭を肘掛のように扱う神宮寺さんを見て嫌な顔をする私とは違い、先程まで話していた子は軽い悲鳴をあげた
よく周りを見ると、全員こちらに視線を集めている。いたたまれない気持ちだ…
「神宮寺さん人の頭を肘掛けにしちゃいけないって何度言ったら分かるんですか」
「丁度いいところにあるのがいけない」
「いけなくないです。それなら私だって丁度いいから神宮寺さんの片足に乗ってヤッター○ンごっこしますよ」
「やりたいのなら別にやればいい。次の日には話題になるだろうがな」
「ちきしょうめ……」
くっくと笑う神宮寺さんと、後ろで会話を聞いていた藤澤さんが1人で笑いの沼にハマっていて苦しそうにしている。そのまま窒息したらいいのに
一方さっきの子はその様子を見てポカンとしている
「それよりさっさと昨日言ってた喫茶店行くぞ、割と人いるから新作が売り切れる」
「分かりましたから藤澤さん連れて先に行っててください」
「早くしろよ」と渋々離れていった2人を見送って、ぶちぶち文句を言いながら荷物をまとめる
すごいものを見るような彼女に別れを告げて先に行った2人の後を追った
「日崎さんだったんだ…」
と独り言ちる彼女の声はの耳には届かなかった