08 人間の本質
「――朝日か……、嫌味なくらいに眩しいな」
「さわやかでいいじゃんか、いこうぜ」
「道わかるのかよ、陸」
「あっ……わかんないかも、優馬に案内してもらうしかねえな」
「ったく……了解。とりあえずみんな、オレについてきてくれ」
不安に苛まれながらも俺たちは優馬の後に続く。そして、その不安はほんの数分後に最悪の形で目の前に具現化されていた――――――。
「………………ひでえ街並みだな」
「ほんの一瞬で世界が変わっちゃいましたねぇ……」
「裏道でこのあり様だからな、陸、表通りはおそらくもっと酷いぞ」
「強盗、強姦、略奪は当たり前、各商店も当然荒らされているでしょうね」
「それが人間の本質なのかもな………………」
「優馬先輩は性悪説に立ち過ぎですぅ、もう少し希望を持ちましょうよぅ」
「持っているさ、だからこうして皆と生きてる。只、現実的なものの見方をしているだけさ」
優馬の気持ちは俺にもよくわかった気がした。あちこちで人々は殺し合い、建物は破壊され、欲望のままに人間が動いた結果が今の惨状だ。この光景をみて人間なんかを信じ切れるわけはないと俺も痛切に感じていた――――――。
「――優馬、結構歩いたけど、あとどれくらい掛かる?」
「そうだな、あと一時間ってところかな」
「まだそんなにかかるのかよ!?」
「あたりを警戒しながら、女子にあわせて歩いているんだ、時間は掛かるさ」
「近道とかなかったのかよ」
「当然あったさ、表の橋久保通りを行けばとっくに着いていたかもな」
「今からでも近道しねえ? 優馬の家に早く着いた方が安全なんじゃないか」
「そうしたいが……、リスクが高すぎるな………………」
「誰かに見つかったからってそんなに危険か?」
「陸、オレは最悪の事態を考えて行動している、みんなを危険にさらしたくはない」
「でも優馬先輩、ひょっとしたら案外さらっと大通りを抜けられるかもしれませんよ」
「そうだぜ、優馬、意外と大丈夫なんじゃないか? 今のところ誰とも出くわしてないし」
「ねえ優馬、もし大通りを抜けたらどれくらいの時間が短縮できるのかしら」
「……三十分は早く着くかもな」
「なあ優馬、ちょっとだけ大通りに出てみないか」
「どうなっても知らないぞ、少し様子を見て危険を感じたらすぐに退避するんだ、わかったな」
「解かってるって、そんなに心配すんな」
こうして俺たちは表の橋久保通りを抜ける事にした。本音をいえば、俺たちはとにかくこの緊張感から早く解放されたかっただけなのかもしれなかった――――――。
「――さらにひどい街並みね……悲しいことに、こんな光景にもさすがに少し慣れてきたわ」
「まあ、予想の範疇だったしな……みんな急ごう、なるべく早く大通りを抜けるんだ」
「了解、異議なしだ。詩織里、萌衣、ちゃんとついてこいよ」
「わかっているわ、萌衣ちゃん仲良くいきましょう」
「了解ですぅ、詩織里先輩!」
俺たちは駆け足で表通りを抜けるつもりだった……しかし、ほんの数分走ったところで遠方から正月の深夜によく聞く嫌な爆音が聞こえてくる。
「みんな! とまれ! 陸、この音は………………」
「あぁ、典型的なあの音だぜ……、とにかくみんな身を隠せ、あの建物の中に!」
「よし! みんな早くしろ! 念の為に上まであがるんだ!!」
やや焦りつつも冷静且つ迅速に、必至で階段を駆け上がった俺たちは、気付かれないように静かに建物の上から橋久保通りを見下ろす――――――。
「……きたぞ、みんな静かにしてろよ」
俺たちは息を殺して、バイクを蛇行させながら嬉々として奇声を発する連中が橋久保通りを通過するのを只ひたすら、待ち続けた――。
「………………やっと通過したみたいだぜ」
「あいつらなんなんですか、陸先輩」
「いわゆる『族』ってやつか、暴走族ってやつだろうな」
「あたしたちには最悪な世界だけど、彼らにとってこの世界は最高の世界かもしれないわね」
「やりたい放題だろうな……陸、一番後ろのバイクの奴を見たか」
「いや、よくは見てないけど……なんかあったのか?」
「オレは目がいいからよく見えたんだがな……女の首を荷台に乗せて走っていたぞ…………」
「――!? ――冗談だろッ!?」
「こんな状況でつまらない冗談なんか言わないさ……」
全員一瞬で凍りつく。俺はこの時はじめて、俗にいう『背筋も凍る』という感覚を体験した。
「マジかよ……最悪の趣味だな………………」
「もし、あんな連中が新世界の神になったら……どうなっちゃうんでしょう?」
「想像もしたくないわね……」
「とにかく安全な場所に移動しようぜ、一刻も早く優馬の家へ………………」
――建物から出ようとしたその時だった、目のいい優馬が表通りの異変に気付く。この時、俺たちは、表通りに出たことを真に悔やむことになる………………。
「――!? 陸、ちょっと待て! あそこをよく見てみろ……」
「……ん? あれは………………?」
「さっきの連中と似たような人種さ、おそらく集団で獲物を狙っているんだろう」
「おいおい……あんな連中がうろついているんじゃ身動き取れないぜ」
「でも、あれだけ離れていれば見つからずにやり過ごせるんじゃないかしら」
「詩織里……、もしみつかったら?」
「………………おしまいね」
「優馬……向こうは何人いる?」
「正確な人数はオレにもわからないが、見た感じでは六人くらいか……」
「こっちの装備は木刀が二本、まともに戦えるのは俺と優馬だけか……お話にならねぇな」
「黙ってやり過ごすしかないわね」
「萌衣お腹空いてきちゃいましたけど……」
「学園で食料を確保出来なかったものね……萌衣ちゃん……もう少し我慢しましょう」
「すまないが皆、堪えてくれ……この状況じゃどうしようもない………………」
今の俺たちには只、この状況を静かにやり過ごす以外に選択肢が思い浮かばなかった――。
「――陸、見えるか? 手前のビルの右向こうだ」
「……ゴルフクラブを持ったおっさんにお年寄りが二人、連中とおんなじ類か?」
「いや、様子が違うな………………」
「ん~、食料を調達しにきたんですかね~」
「――!? ……優馬、このままじゃ、あの人たちヤバいぞ」
「ああ、このままだと橋久保通りに出てくるな」
「あの連中に見つかっちまうぞ! どうにかしないと……」
「陸、残念だが今のオレたちには、どうすることも出来ない………………」
「でもあのままじゃ………………」
俺たちがそうこうしているうちにゴルフクラブを持ったおっさんは無警戒にも橋久保通りに出てきてしまっていた――。
「おいおい……あのおっさんたち、連中の存在に気付いてねぇぞ…………このままだとマジでヤバいぞ! 連中のいる商店の方に向かっている! 優馬!!」
「陸、今のオレたちにはどうすることも出来ない………………」
「でも、このままじゃ……あの人たち、みんな………………」
「陸、身を隠して……、もう手遅れよ………………………………………………」
――詩織里のその言葉を聞いて俺は身を隠し、外の様子をおそるおそる窺う。言葉通りに、まさしくもう手遅れだった……嬉々として連中はゴルフクラブのおっさんとお年寄り二人に、今にも襲いかかろうかとしているところだったから………………。
「逃げろ、逃げるんだ……」
俺は、決して誰にも聞こえないほどの声で呟いていた――――――。