06 夜明け
「――なぁ優馬、とりあえず俺たちもある程度の武装をした方がいいんじゃないのか」
「今できることに限界はあるが、そうした方がいいかもしれんな」
「幸い学園には様々なものがありますから、考えがまとまったら後で色々調達しましょう」
「そうね、それとゆっくり休めるところが欲しいわよね」
「今はここで休めてますけど、いつまでも安全とはいえませんよねぇ」
「それに、食料や備品もすぐに底をつくから、確かに長居は出来ないぜ」
「じゃあ、どうしたらいいのかしらね………………」
「現状を鑑みて、次に起こすべき行動はより安全な場所への移動だが……陸たちの家はオレの家より学園から相当遠い。そうなると必然的に一番近いオレの家が次の目的地になりそうだな」
「優馬先輩の家ってどこなんですか?」
「ここから歩いて一時間半くらいの所だ」
「歩いてですか!? じゃあ近いですね! 萌衣なんか電車で二時間ですよ!!」
「そんじゃ、ということで自動的に優馬の家が次の目的地だな」
「了解、狭苦しいところですが遠慮なくどうぞ」
「少しずつだけど、それなりに具体的になってきたわね」
「あとは必要な物も揃えなきゃな」
「とりあえず剣道部に行けば木刀くらいはあるんじゃないかしら?」
「木刀ねぇ、ないよりはマシか………………」
「あとはミネラルウォーターも欲しいわね」
「食べるものもいっぱい欲しいですぅ!」
「あと、他にも………………」
「待て待て、なんでもかんでも持ってはいけないぞ、本当に必要な物を優先的に持っていけ、いらないものは邪魔だから捨てるんだ。みんな、鞄の中の教科書の類も今すぐ捨てろ!」
「……確かに、もう必要はなさそうだな、まぁ俺の場合は元々必要ねぇけどな」
「萌衣、はじめから教科書持ってきてな~い」
「ならいいんだけどよ、何しに学園に来てるんだ?」
「……? 勉強ですよ?」
教科書を持ってきている俺の方がおかしいとでも言いたげな素振りで、あろうことか萌衣は不思議そうな顔をした――。
「……もういいや、優馬、次はどうする」
「鞄の中を空にして、本当に必要な物を入るだけ持っていこう」
「本当に必要な物って言われると、どうしていいのか……急にわからなくなるわね」
「今までが便利すぎたんだよ……これからはきっと、そうはいかないんだろうぜ」
「必要な物……とりあえず、そこの懐中電灯なんてどうですか?」
「萌衣、ナイスだ! 一個くらいはあった方が絶対にいいと思うぜ」
「あと、冷蔵庫の中身をみんなで分けよう、陸、冷蔵庫の中を見てくれ」
「あいよ……ん~、意外と色々あるぜ、ミネラルウォーターにお茶、それとおにぎりもあるし、調味料もいくつかあるな」
「詩織里はそっちの棚を見てくれ」
少し頷くが返事もせず、即座に詩織里は機敏に動き出す――。
「こっちも意外に買い置きがあるわよ、カップ麺は人数分あるし、菓子パンもいくつかあるわ」
「じゃあ、萌衣は流し台の下を見てきます……ん~、こっちは包丁とかスプーンとかフォーク、そんなのしかないですぅ」
「じゃあ萌衣ちゃんは人数分フォークを出してくれ」
「じゃあ優馬はお湯を沸かしてちょうだい、あたしたちはその間に食事の準備をするわ」
「了解、カセットコンロで不安だな、途中でガスが切れたりしないだろうな」
「切れたら切れた時さ、その時考えようぜ」
「陸の性格ってたまにすごく羨ましいって思うよ」
「嫌味にしか聞こえねえぞ」
「マジで褒めているんだぜ」
「はいはい、どうもありがとう」
「優馬、お湯が沸いたら教えてちょうだい、いったん食事にしましょう」
「わかった、とにかく何か食べないとな………………」
宿直室に置いてあった食料をみんなで分かち合い、俺たちは簡素な食事をとる。これからは食べられる時にきちんと食べておかなければ、おそらくは生き残れない……大仰な物言いかもしれないが、そんな気がした――――――。
「――全然もの足りないけど……、ごっそさん!」
「ダイエットには丁度いいわね」
「俺にはそんなもん必要ないけどな」
「陸……殺すわよ」
「………………冗談だって」
「まぁ、食べられただけでも良しとしとこうぜ、陸」
「わかってるよ。ところで、優馬の家にはいつ行くんだ?」
「そうだな、早い方がいいとは思うが……みんな、どうする?」
「一番安全な時間帯って何時ぐらいかしら?」
「萌衣が思うに、たぶん明け方ぐらいが一番安全そうな気がしませんか? しばらくはさっきみたいな殺人鬼がまだ動き回っているんじゃないかと思うんですよぅ」
「外はまだ殺し合いをやっている真っ最中って事かしら」
「萌衣は、そんな感じだと思うんですぅ」
「当たらずも遠からずって感じだな……、陸はどう思う?」
「俺は、萌衣の意見に賛成かな……っていうか単純に一眠りしたいってのが本音だけどな」
「……いつの間にかずいぶんと遅い時間になっちゃったものね」
若干、疲れた表情でちらりと時計をみる詩織里は、そういいながら軽く欠伸をした。
「じゃあこうしよう、夜明け前に起きて、それから食堂に行って水や食料、そして剣道部から木刀を拝借、他に各自必要な物があったら取っていこう」
「……んでもって、夜明けと共に出発だな、縁起が良い気がしなくもないぜ」
「萌衣も明るい方が行動しやすいような気がします」
「わかった、じゃあ日の出と共にスタートだな」
「そうと決まれば、俺は早速寝るわ」
「とてつもなく陸の性格がうらやましいわ」
「詩織里も嫌味かよ……」
「あら、あたしも褒めているのよ」
「はいはい、ホントにどうもありがとう。んじゃ、お休み!」
そういって俺は、みんなに背中を向けて寝ころんだ。俺だって本当は明日が来るのが怖くて怖くてたまらなかった……でもなんとなく、不安を見せずに、こうして能天気に振る舞う事が、今の俺の役目なんじゃないかと感じていた――――――。
「――陸、起きろ……陸!!」
「陸ってば……いい加減にしなさい! そろそろ時間よ、起きてちょうだい」
「ん? 詩織里か……」
「まったく……良く熟睡なんて出来るわよね、陸ってホントに大物ね」
「萌衣たちはみんな全然眠れませんでしたよぅ……」
目の下のくまを気にしているのか、萌衣は指で眼輪筋をぐにぐにとマッサージしていた。
「陸、そろそろ夜明けだ、行こう……」
「あぁ……そういえば、確か優馬の家に行くんだったっけか?」
「その前にいったん寄るところがあるだろ」
「――? どこだっけ?」
「剣道部の部室と食堂よ」
「……そうだったな、マジですっかり忘れてた………………」
「陸先輩、ちゃんと起きてください」
「大丈夫、全部思い出した。ちゃんと起きてるよ」
そういって、急いで俺は出発の準備をする。一眠りしただけで体力的にも精神的にもこれ程までにスッキリしていることが自分でも意外だった――。
「まずは剣道部からかしらね」
「そうだな、近い順にあたっていこう」
「さて、目覚めスッキリだし、さっそく行きますか」
「陸の性格って本当に羨ましいわ」
「どうもありがとう、早速行こうぜ!」
俺はガムテープと段ボールを剥がし、強い警戒心を持って宿直室のドアをゆっくりと開ける。このドアを開ける事は、急激に変貌してしまった世界への扉を開ける事と同義だった――。