05 今迄とこれから
――保健室を出てすぐの階段を駆け上がり、真逆の方向にある視聴覚室まで一気に突き進むつもりで俺たちは走っていた。しかし、最上階についてから窓の外を見てしまった俺たちは、視聴覚室までの廊下を素通りすることなんて出来やしなかった………………。
「マジかよ……おい、優馬、詩織里、落ち着いて窓の外を見てみろッ!!」
「嘘でしょ………………信じらんない、こんなの嘘よッ!!」
俺も詩織里と同じ気持ちだった、こんな光景を誰だって信じたくはない――。
「燃えているのか!? あそこも、あっちも、その向こうもッ!!」
――暗がりの街のところどころで暖かそうな淡い光がともっている。不謹慎にも俺は、その光景を少し美しいと感じてしまった。
「新世界の創造……もう、そういう事なのね………………」
まるで観念したかのようにそういって、詩織里は窓ガラスに手をついた。
「皆、冷静になれ……とにかく今は、視聴覚室に急ぐんだ………………」
優馬のいう通りだ……今やるべきことは何が起きているのかを知る事だ。俺たちは今度こそまっすぐに視聴覚室へと走り出す――――――。
「――ちっ! 開かねえ、鍵がかかってやがる」
「陸、退け!!」
「ちょっ、何すんだ!」
俺が身を引いた瞬間に優馬はドアをおもいっきり蹴破り、ズカズカと視聴覚室に入っていく。
「……見かけによらず派手なことやりやがる」
「人は見かけによらないってね」
「ま、緊急事態だし、仕方がないわよね……で? テレビは……?」
「あっ、詩織里先輩あれです、すぐに電源いれますね」
そういうと萌衣は手馴れた様子でテレビの電源を入れた。
「まさかとは思ったが、嫌な予感が当たるとはな………………」
優馬だけじゃない、薄々はみんな感じていた事だった……どのチャンネルにあわせてみても『そのまましばらくお待ちください』と機械的で無機質な文字が映っているだけだった――。
「………………これからどうすんだよ」
「どこか安全なところで落ち着きたいわよね」
「安全なところも確かにそうだが、情報も欲しいな」
「萌衣、おなかも空いてきちゃいましたけど……」
「困ったわね……腹が減っては戦は出来ぬ、確かにその通りよね」
「食堂に待機ってのはどうだ、俺にしてはいいアイデアだろ」
「悪いな、陸、食料はあるかもしれんが、出来ればもっと暖かいところで安全な場所がいい」
「確かにそうかもですねぇ……萌衣たちと同じようにお腹を空かせた連中が食べ物を求めて、しかも危ない奴が来るかもしれませんよねぇ」
「じゃあどうすんだよ?」
「……宿直室なんてどうかしら?」
「宿直室か……いいかもしれんな。入った事はないが、それなりに暖もとれるだろう」
「いいですね、それ。詩織里先輩さすがですぅ」
「多分、宿直室なら毛布や食料なんかもあると思うわ」
「よし、決まりだな! じゃあ早速向かおうぜ!」
こうして俺たちは地下にある宿直室へと急ぐ、ほんのひと時の休息を求めて………………。
「ラッキー、鍵開いてんじゃん! 早くみんな入れよ」
俺は、扉を大きく開けて全員が宿直室に入るのを確認して、内側から鍵を閉めた。
「陸、電気をつけてちょうだい……出入り口付近に電気のスイッチないかしら?」
「……ん、あった! 電気つけるぞ」
俺はそういって、電気のスイッチを入れた。瞬時に部屋が明るくなる。
「――予想通りだったな、毛布もあるし、冷蔵庫もある、いったん落ち着けそうだ」
「……そうね、一息つきましょう」
「大賛成です、詩織里先輩!」
「だが、その前に……陸、手伝ってくれ、中の光が漏れないように扉の小窓を塞ぎたいんだ」
「そこまで警戒しないとダメなのか……」
「用心にこしたことはないさ」
「優馬らしいな、じゃあ、そこら辺の段ボールとガムテープで塞ごうぜ」
室内の光が漏れそうなところをすべて、俺たちは段ボールとガムテープで塞ぐ――。
「――二人ともご苦労様」
「さすが優馬先輩です、これでここに人がいるようにはみえなさそうですよね」
「やはり少しでも安心したいからな……皆も今のうちにしっかり休息をとっておけ」
「んな、休息って言われてもなぁ………………」
「どうしたのよ、陸」
「いや、これからのことを真剣に考えないとって思ってさ」
「これからのことって何よ?」
「これからのことは、これからのことだよ」
「もうちょっと具体的に言ってくれないかしら?」
少し苛立ちをみせる詩織里の顔を見た優馬が助け舟を出してくれた。
「陸の言いたいことはよくわかるよ……」
「優馬、通訳してよ」
「単純な話さ、これからオレたちがどうやって生き延びるか、もしくは、生き延びるためにはどうすればいいのか……そういうことさ」
「確かに、これからの萌衣たちにとっては一番大事なことですよね……」
「やっぱり情報を集めながら、お互いに力を合わせていくってのは大前提として……具体的にどうするかだよなぁ………………」
「陸の言うとおり情報は常にアンテナを張って集めていくしかないな」
「情報量に比例して生存確率は上昇しそうですから、萌衣もそこは異議なしですね」
「あと、覚悟の問題だが……今後オレたちに襲いかかってくる連中に、もう容赦はできない」
突如、表情を一変させて鋭い眼光を俺たちに浴びせながら、強い口調で優馬が言い放つ。
「優馬は覚悟あんのかよ?」
「ああ、そう何度も奇跡は期待できない……」
「……たしかに今までのあたしたちは、本当に運が良かっただけなのかもしれないわね」
「奇跡か……次からは本当に相手を倒さなければならないんだろうな」
「陸、殺らなきゃ殺られる! 相手を気遣って戦う事なんて、きっともう出来ないぞ…………オレたちがやられたら詩織里や萌衣ちゃんも終わりだと思え!!」
相も変わらず鋭い眼光で、優馬はまるで自分の意思を押し付けるように恫喝とも威圧的とも思える態度で再び俺に言い放った――。
「上等だ、男は女を守るもの! やってやるさ!!」
「陸先輩、素敵ですぅ!」
「陸に守ってもらうのも癪だけど……よろしくね、陸」
「陸のセリフは非常に頼もしいとは思うがな……だが、勘違いはするなよ、率先して戦えとは言っていないぞ、むしろ避けられるものなら出来得る限り戦闘は避けて通るんだ。もしそれができない場合は……おそらく女のお前たちも戦わざるをえないぞ」
「優馬先輩、冷たい……」
「現実的なものの見方をしているだけだ」
「戦うっていったって、あたしたちじゃたいした戦力になれないわよ」
「わかっている、だから、オレたちのサポートをして欲しい」
「出来る限りのことはもちろんするわ」
「………………すまん」
「気にしないで……、優馬も少し気を抜いていいのよ」
「ありがとう………………」
小さな声で一言だけ礼をいった優馬は、うつむき加減で非常に申し訳なさそうにしている。世界がこうなってしまったのはなにも優馬の所為ではないのだが、強すぎる責任感と仲間想いであるが故に、俺なんかには想像もできないような苦しみを抱えているのかも知れない――。