40 終戦
「………………も、もうだめだ……逃げろッ!! こんな化け物に勝てるわけねえッ!!」
しばらくの静寂の後、スメラギの連中はそう叫びながら蜘蛛の子を散らすように一斉に逃走を開始しようとする――所詮は『利』のみでつながっているだけの下衆どもだ、戦いの雲行きが怪しくなればこんなものなのだろう。
「敵の数は残りわずかです!! ただのひとりも決して逃さないでください!!」
どこまでいっても、なにがあっても頭の回転数は落ちないのだろうか……今の戦況を完全に把握した琥珀はやつらよりも一手早く支持をだし、行動を開始する――形勢は完全に逆転した。いつの間にか俺たちは逆にスメラギの連中を包囲する陣形となっていた……、もはやここから生きて帰れる者はいないだろう――――――。
「――終わりだな、京羅雨刹……俺たちの勝ちだ」
「終わり……? まだ終わってなどおらぬ………………」
「どうあがいても無駄だ、それに天もおまえを見放した……雨だってもう止みそうだぜ」
「ふっ……終わりかどうかを決めるのは我にある……君が決めることではない………………」
突如、京羅は何を思ったか、左手首を噛み千切りおびただしい量の血液を体外に流し始めた。
「……!? まさか!? 雨の代わりに自分の血液を弾丸にするつもりかッ!?」
「そんな愚かなまねは致しませぬ……ただ、我は誰にも屈しない。それだけです……ふふっ、まさかこのようなところで『本物』に出会ってしまうとは……、不運というべきか……いや、それとも最大の幸運か。どちらにせよ、我の唯一の心残りはこの先に待ち受けている貴様等の地獄がみられないということだけだ……覚えておくがよい、次にこの新世界を統べる者は最高、最大の能力を得た者だ……この新世界を支配したいのならば探すがよい……世界中に散らばる御神物を……究極の御神物をッ!! そして、最強のチカラをもって覇者となるがよいッ!!」
淡々と講釈をたれた後、大量に血液の滴り落ちる左手首を京羅雨刹は自らの顔の前に固定し、おもむろに扇を広げる――。
「もしや……!? やめろ! まだ聞きたいことがあるッ!!」
「貴様等ごときに屈するくらいなら………………」
その一言を最後に京羅雨刹は滴り落ちる血液を自らの顔めがけ、全力で雨弾扇をあおぐ――そして、その血液の弾丸は眉間を打ち抜き、京羅の首から上を完全に粉砕した。
「――京羅雨刹、下衆野郎に変わりはないが、誇り高さだけは認めてやるよ……」
京羅雨刹の死によって、俺たちの勝利は完全に確定する――辺りを見渡すと生き残っているスメラギの者はいなかった……ただひとりを除いては――。
「おまえが最後の生き残りか……小悪党らしく、逃げ回る事に関しては卓越しているようだな」
「ち、違うんですよ! お、おれは、京羅の野郎に脅されてて……仕方なくつき従っていただけなんです! 京羅の野郎を倒してくれてありがとうございます! ア、アニキって呼ばせてください!! こ、これからはアニキについていきますぜ!!」
これほどまでの見苦しさは他に類を見ない……ここまでくると見事と称賛したくなるほどの小者っぷりだ――。
「俺たちは、お前等みたいに拷問、強姦を楽しむつもりはねぇ……これで許してやるよ」
握る御神物の刀の切先を、俺はこの小悪党の胸の辺りに触れるか触れないかくらいの感覚で軽く前へと突き出した。
「……? た、助けてくれるんですか!? あ、ありがとうございます! さっすがアニキ! そんじょそこらの奴等とは一味違うと思ってたんですよ、これからもアニキにつ……」
まだ話の途中だったのであろうが小悪党は吐血し、血の泡を吹きながら溺れる様に絶命した。
「お前の内臓だけを切り裂いた……せめて、安らかに逝け………………」
最後の生き残りの小悪党を、俺は天へと送る。天国とか、地獄とか、そんな世界があるのかどうかは知らないが、少なくともこの新世界よりかはマシだろう。これで最後だ……何もかも終わった……、俺たちは生き残ったのだ……多くの犠牲を払いながら――――――。
「陸ちゃん……やっと……やっと、終わりましたですわね……陸ちゃんのおかげですわよ……貴男がいなければ、きっと今頃は………………。」
血油の着いた薙刀を握りしめ、桜華さんはおびただしい数の死体が散乱する周囲を見渡した。
「桜華さん……御無事で何よりです……みんなは?」
「みんなも無事ですわよ……琥珀ちゃんに優馬ちゃん、それに詩織里ちゃんも無事ですわよ」
「そうですか……みんな無事ですか……よかった……本当によかった………………」
しかしこの時、俺も桜華さんも頭に浮かんではいたが、萌衣の名前を口に出せずにいた――。
「――萌衣……本当にごめん………………」
力なく横たわる萌衣の小さな身体を抱きかかえ、俺は何度も何度も心の中で謝っていた……悲しい気持ちも、感謝の気持ちも、せつない気持ちも、何もかもがごちゃ混ぜになった感情のままに、俺は強く萌衣を抱きしめた――。
「………………うぅ……」
「――!? 生きてる……!? 萌衣!? 萌衣! 萌衣ッ!!」
無我夢中で俺は、萌衣の名を叫び続ける――そして、ただひたすらに萌衣が目覚めることを望み、萌衣の小さな身体を揺さぶっていた。
「陸さん……どうか落ち着いて下さい、萌衣さんは怪我をしていますから、ここは安静に……」
俺の肩に軽く手を置き、琥珀が少し息を切らせて中腰で俺の顔を覗き込む。
「……左腕の骨折と眼底骨折くらいはしているかもしれませんが、幸運にも命に別条はなさそうですね……おそらく強い衝撃を受けての脳震盪でしょう」
「萌衣……俺はもう……てっきり………………」
「萌衣さんは他の誰かに暖かい室内に運んでもらって安静にしていただきましょう……倉庫の備品を使えば手当てもできるはずです」
まだ少し、息を切らせたまま、戦後処理でもしているつもりなのか、琥珀は即座に瀬戸さんたちに指示を出す――。凄惨な殺し合いが終わったばかりだというのに、琥珀のその冷静さは一切の陰りを見せず、むしろ冴えわたっているようにさえ感じられた。琥珀の指示に従うみんなの動きも信じられないくらいに迅速だ……俺たちが、この不条理な殺戮合戦を生き残れたのも頷ける気がする――――――。
「それよりも……むしろ心配なのは陸さんの身体の方ですよ……相当なダメージを受けているはずですし、それに……あなたのチカラは………………」
「琥珀、言いたい事はわかるよ。でも俺は大丈夫だ、身体の傷も大したことないし……それに……どんなチカラがあったとしても、俺は、俺だ……なにも変わっちゃいないさ………………」
「そうですか……そうですよね、陸さんは、陸さんですよね! パッと見は怖そうですけど、あたたかい陸さんのままですよね! ならそれでいいんです、今は細かい事を考えるのはやめておきましょう!!」
何が嬉しいのかわからないが、琥珀はにこやかに俺に微笑んだ。そして、怪我人の手当てを最優先に琥珀は支持を出し、再びバタバタと慌ただしく動き始める――――――。




