04 少年の良心
「さてと……、次は誰にするかな………………」
「待ってください! わ、わかりました。僕たちは神様のお役にたてるように頑張りますから、どうか、命だけは、命だけは助けてください!!」
優馬は『神』の足元に視線を集中させながら、まったく心のこもっていない事務的な交渉をするように命乞いをし、俺に目で合図を送ってきた。
『神』の足元を注意深く観察してみると、スニーカーをまるでサンダルの様にかかとを踏んづけて履き、おまけに靴ひもが解けている。そして、偶然にもその解けた靴紐が倒れた先生の下敷きになっていた……さらに足元は血液でビチャビチャだ――ここまでくればさすがに俺も優馬の意図がわかった気がした………………。
ギャンブルは好きじゃないが、イチかバチかの賭けにでるしかこの時の俺たちには選ぶべき道はなく、全員が生き残るための唯一の選択肢だった――――――。
「……やれやれ、なんでこの俺がお前みてぇなクソ野郎にビクビクしなきゃなんねえんだよ、お前みたいなおっさんに俺が負けるわけねぇし!! どうしたおっさん!! 若者が怖いのか? 今なら見逃してやってもいいぜ!!」
凶器を持ったこんな狂った奴に勝てる訳がない。内心はまったく逆のことを考えていたが、少しずつ距離をあけながら、俺は精一杯の挑発をする。
「くそガキがっ! てめぇは楽には殺さねえぞっ!!」
そう叫ぶと『神』は刃物を握る手を高々と上げ俺に襲いかかって来た!!
よし! 狙い通りだ、頼む! うまくいってくれ!! 心臓をギュッと握られるような思いで俺は願った。そして次の瞬間、『神』はバランスを崩し『うわッ』と声をあげる。やっぱりだ、あれだけの悪条件がそろっていれば足を取られるのは必定だった。
「陸ッ!!」
「わかってる!!」
優馬とアイコンタクトを取った時から、すべてが決まっていたかのように俺たちは行動することができた。勝てる! 俺たちの思惑が確信に変わったその時だった――――――。
「げふっ………………………………」
滑る血に足をとられた『神』は、俺たちの追撃を受ける事なくそのまま床に倒れこんだ……、形容し難い不快で鈍い音と共に――――――。
「優馬っ! 早くナイフをっ!!」
鋭い目つきのまま、優馬は黙っていた。そして間を置き、いつもの口調で優馬が話し始める。
「いや、その必要はない……もう終わったようだ」
「終わったって………………」
そういわれて『神』をみやると、なぜか『神』の首元と床が血みどろになっていた。
「えっ!? なんで……?」
おそるおそる優馬が『神』を仰向けにする。すると、ついさっきまで『神』が手にしていたナイフが首元に深く突き刺さっていた――。
「……まさか、死んだ……のか? そ、そんな……俺は、何も殺すつもりは………………」
「落ち着け、陸、お前は何も悪くない」
「お、俺は、人を……殺した?」
「違う!! よく聞け、これは事故だ、誰も悪くない………………」
世界中の悲惨な殺人事件をニュースで毎日見ていても所詮は他人事だと感じているのと同じように、こんな狂人が死んだってなんとも思わない。ついさっきまでそう考えていた……俺は自分がいったい何をしたのか、理解できなくなっていた。
「陸先輩は悪くありません!」
「陸、あなたが動いてくれなかったら、最終的にはみんなやられていたわ」
「そうですよ、陸先輩がいなかったら大変な事になってましたよぅ」
「気休めにしかならないかもしれないが、お前のやったことは正当防衛だ、陸に責任はない。……しかし自滅とは、選ばれた者にしては随分と哀れな末路だな………………」
複雑な感情をうまくコントロールできない状態だったが、今回の優馬の皮肉には同感だった。
「『神の啓示』だの『新世界の創造』だの『ウェイクラム』だの、いったいなんだってんだよ! まったく訳がわかんねえ! どいつもこいつもイカれちまったのかよ、ちくしょう!!」
苛立ちを隠しきれない俺は、ぐちゃぐちゃした感情のまま、がなり声をあげてしまった。
「……本当に一体何が、どうなってしまったのかしら?」
「と、とりあえず警察に連絡しましょうよぅ……」
「警察にはついさっき連絡をしてみたよ、連絡が付かなかったらしいがね」
「は? 連絡が付かなかったって……どういう事ですか?」
「こっちが聞きたいくらいだよ……」
この娘は今までの経過をまったく知らないのだから仕方がない。それはわかってはいるが、同じやりとりを繰り返している感覚に襲われた優馬は少し食傷気味に返答した。
「そうだ、森下さんってケータイ持ってる?」
「萌衣です! 萌衣って呼んでください!」
なんかこの娘めんどくせぇな、と感じたが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「……じゃあ、萌衣ちゃん、あらためて聞くけど……ケータイ持ってる?」
「陸先輩なら呼び捨てでもいいですよぅ」
「……持ってるの? 持ってないの?」
「あ、持ってます!」
「ちょっと、家に連絡してみてもらえるかな?」
「萌衣のおばあちゃん家にですか?」
「おばあちゃん家でも何でもいいからさ、自分の家に……可能性がほとんどないのはわかっているつもりだけど、一応ね」
「可能性? 変な陸先輩」
「もういいから、はやくしてくれ」
怪訝な顔で首をかしげ、萌衣ちゃんはケータイを取り出して家に連絡をし始めた。
――トゥルルルル――トゥルルルル。
「……ん~、出ませんね」
「まぁ、わかってはいたけどな」
「全員連絡が取れず、警察にもつながらず、そして桜専学園前駅から今までのこと……本当に最悪の事態を想定して行動したほうがいいのかも知れないな」
「最悪な事態って……ねぇ優馬、一体どういう事なの?」
「『神』のおっさんが言っていた通りに『新世界の創造』ってやつが本当に行われているのかも知れないって事さ」
「だから、それってどういうことだよ?」
「新しい世界に創りかえようって本気で考えている奴等がいるかも知れないってことさ、古い世界はすべて壊してな………………」
「そんな、マンガみたいなことが現実にあるわけないだろ」
「じゃあ、これまでの事象はどう説明する、陸に何か説明ができるのか」
「それは………………」
「でもやっぱり、極端すぎるとはいえ優馬の言う通りよ、あたしたちの目の前で何人もの人が殺されているのよ」
「そして、オレたちも殺されそうになったんだ。はっきりいって異常だよ、この現象は……。しかしまぁ、なにはともあれ、今は現状を把握することが最優先だな――」
やっぱり優馬の判断はいつも正しい、そう思わせてくれる言葉だった。
「そ、そうだな、俺たちが本当に何をすべきなのか、それから考えても遅くはないよな」
「そうね、それならまずは情報が欲しいわよね」
「先輩、だったら視聴覚室に行ってテレビ放送を見てみたらいいんじゃないでしょうか?」
「なるほど、オレたちに今できる最善の策かも知れんな。森下さん……いや、萌衣ちゃんってオレも呼んでいいのかな? いいアイデアだ、ありがとう」
「はい、そう呼んでください!」
「しゃあねえな、善は急げだ、さっそく視聴覚室に行ってみようぜ。萌衣ちゃん、こんな事態に巻き込まれたっていうのに君は落ち着いてて強い娘だね」
「やだ、そんな……恥ずかしい、あっ! 陸先輩は萌衣って呼び捨てにしていいんですよぅ」
「………………視聴覚室にいこうか」
「ちょっと陸先輩! なんでそんなに素っ気ないんです! もぉ~」
出来ることをやるしかない、俺たちは最上階にある視聴覚室へと向かう。そして今、世界で何が起きているのか……今は只々、それが知りたかった――――――。