39 開眼
――ドゥシュッ! ドゥシュッ! ドゥシュッ!!
「――陸先輩!? 大丈夫ですか!?」
改造ネイルガンの音と共に萌衣が建物から飛び出し、間一髪のところで俺を救ってくれた。
「――バカッ! 何やってんだ! 地下から逃げろって指示があっただろうが!!」
「ありましたけど……萌衣、泳げないですからどのみち死んじゃいますよぅ、それに陸先輩をおいて萌衣たちだけで逃げ出すなんてこと、出来るわけないじゃないですかぁ……」
この娘も覚悟を決めて、俺のために飛び出して来てくれたのだろう……なんとも気位の高い、それでいて穏やかな表情をしていた――――――。
「女だ! ついに女がでてきたぞ! 京羅さん、あの女ども、俺等がやってもいいっすよね! 女どもの面倒はまたおれらにまかせてくださいよ!!」
「ほほほほ、構いませんよ……我は女なんぞに興味はありませぬ故………………」
「やったぜ! 捕まえろ! 女は全員生け捕りだ!!」
「萌衣、早く逃げろ!! 捕まったら終わりだ!!」
「今逃げたら、陸先輩が殺されちゃいますよぅ……まだ弾は残ってます……どうせ死ぬなら、陸先輩とここで………………」
嬉々として迫りくる鬼畜どもを前にして微塵も恐れるそぶりを見せない萌衣。揺れない心、崇高なる精神、今の萌衣をなんと形容すればいいのだろう。一切の迷いを感じさせない萌衣は、改造ネイルガンのトリガーを引く、自らの死を決定づける、最後の一撃を――――――。
「――うぎゃぁぁぁぁぁ!! 眼が!! 眼がァァァッ!!」
改造ネイルガンの最後の一発は敵の右目に華麗にヒットした。
「こんのくそアマぁ! 少しは優しく扱ってやろうと思ってたのに……もう容赦しねえぞ!!」
右目を貫かれ、完全に逆上した敵は小柄な女の娘を相手に、言葉通り容赦なく釘バット振り抜いた――即座に反応し左腕で顔面をガードした萌衣だったが……抵抗虚しく、左腕のガードごと萌衣は顔面を打ち抜かれる。
「萌衣ッ! 萌衣ィィィ!! 大丈夫か!? 死ぬな!! しっかりしろ萌衣ッ!!」
「うぅ……陸……先輩………………」
混濁した意識の中、萌衣は俺の名を呼び、傷ついた左腕を差し出した。
「萌衣、じっとしているんだ……ひどい……こんなに傷だらけで………………」
この時、俺は初めて気付く――。先の攻撃で受けた真新しい傷以外にも、無数の古い切り傷があることに………………。
「……なんの役にも立てなくて……ごめんなさい、陸先輩……萌衣ね、何度も死のうと思ったことがあるんですよぅ……だから萌衣の命なんて軽いんです……だから気にしないでください……萌衣、親に虐待されていたんです……だから中学卒業してすぐに……親元を離れておばあちゃん家に来たんです……最初はなんの夢も希望もなかったですけど……初めて陸先輩を見たときに気付いたんです……この世界にはまだ希望があるって……陸先輩みたいにあったかくて優しくて……ぽかぽかしてる人がいるんだって……先輩は萌衣にとって太陽みたいな人でした……こんな世界だからこそ……陸先輩みたいな人に生き残ってほしいですぅ………………」
そのまま瞳を閉じて……萌衣は動かなくなった――――――。
「――話は済んだか? お別れの時間を恵んでやったんだぜ、おれさまってやさしいだろ? 感謝しろよ、クソガキ!」
こいつだけは……こいつだけは絶対に許せない……。そう思い、目の前にある優馬が投げた日本刀を俺は手に取る――その刹那、俺の中に奇妙な音声とコンピューターか何かの機械的な作動音が聞こえた気がした――――――。
『(キュイィィィィィ――タンマツニンショウカクニン……コタイニンショウシキベツチュウ……シキベツシュウリョウ……パスワード……ロックシュウリョウ……ヨウコソ!!)』
――今、すべてがつながった……。あの禍々しい力を感じさせた日本刀が俺の目の前にあり、そして今、俺の手の中にある。運命とか宿命とか、そんなチープなものに身を委ねるつもりは更々なかったが、そんなことはもう俺にはどうでもいいことだ。この『御神物』というものがなんなのかはわからない。『新世界の創造』、『全能なる者』、『ウェイクラム』、なにもかも俺にはわからない……、でも俺が今、成すべきことだけはハッキリとわかる。この能力、使わせてもらう!! 新世界のため、未来のため、そして仲間たちのために――――――。
「………………………………………………………………………………………………」
「――? 何だこのくそガキ……黙り込んじまいやがった………………」
「………………起動確認……いけるのか……?」
「おいコラッ! くそガキッ! なにブツブツ言ってやがるんだよ! メンドくせぇからもう殺しちまうぞ……おいコラッ! 聞いてんのか!!」
楽に殺してしまうのは癪に障るが、記念すべき試し切りだ。これ以上の適任者はいない――俺は軽く刀を水平に振ってみる――――――。
「はぃ? ……なにそれ、テメエやる気あんのかよ? もっと腰を入れて……ん? 痛ぇ……なんだとぉぉぉぉ!! う、腕が! おれの腕がぁぁぁぁぁぁ!!」
なんという軽さだ……俺はほとんど力を入れていない。にもかかわらず、釘バットごと奇麗に相手の腕を切り落としている……いや、厳密には切ったとはいえないかもしれない……なぜなら切った感触さえなかったから――――――。
「ひぃぃぃぃ!! テ、テメエ……いったい何しやがったんだ!?」
「クズに教えてやる義理はねぇ……散れ!!」
刀を一振りするごとに目の前の男は醜い血の徒花を咲かせていった――。
「――面倒だ……クズども全員でかかって来いよ………………」
「このクソガキ! マジむかつくッ!! あんま調子こいてんじゃねえぞ!!」
次は三人同時か……だが問題はないはずだ、やれる……いや、絶対にやらなければならない――今度は力を込め、出来る限りのスピードで刀を振る。
「おっとっと……あぶねえあぶねえ……残念でしたぁハッズレぇぇぇ……ええええええ!! 完全に避け切ッ……て………………」
またも切った感触すらない……しかし矛盾しているようだが、奇妙なことに手応えはなぜか十分にある……刀身が触れてすらいない三人目までをも一刀両断にした手応えが――。
「こ、このガキ……なんなんだよ!? ……人間じゃねぇ!! 京羅さんッ!! お願いします!! こいつ殺っちゃってくださいよ!!」
「君は……、ホントに楽しませてくれますね……もう手加減は致しませんよ!!」
扇子を広げ、見苦しくも必死に俺に向かって雨弾扇を何度も扇ぐ――だが、今の俺にそんな能力は無力に等しい。ショッピングモールのあの時と同じだ……ほんの少し扇子を握る右腕を動かした瞬間には、次の動作が俺にはわかる……見え見えだ――――――。
「当たれ! 当たれッ!! 当たれぇぇぇぇッ!!」
京羅雨刹、こいつは確実に今の俺を恐れている……感じる……感じるぞ、おまえの恐れ……その余裕のなさからも――――――。
「何故だ!? なぜ当たらないッ!! き、きさまは……ま、まさか本物のウェイクラム………………い、いや、それともその逆、オーバーサリアンか!? 神を狩る者なのかッ!?」
「なんだっていいさ、俺は、俺だ……それ以外の何者でもない………………」
「お、おまえら一斉に飛びかかれ! こ、こいつをなんとかしろッ!!」
「京羅さんでも敵わないのに、こんな化け物まともに相手できるわけないじゃないですか!!」
「う、うるさい!! きさまらのかわりなどいくらでもいるが、我のかわりはいないのだぞ!! 早くしろ!! さもなくば我がきさまらを殺すぞッ!!」
余裕を失うと人はこうも醜いものか……狼狽した京羅は部下の顔めがけて雨弾扇を扇ぐ――まるでショットガンで西瓜でも打ち抜いたかのように京羅の部下の頭部は散り散りに飛散した。
「ひッ!! 全員で一斉に飛びかかれ!! これだけの人数で囲めば……さすがにこいつも……」
物事の本質をこいつらはまるでわかってはいない……もはや人数とかそんな問題ではない。愚かにも言葉通り、こいつらは一斉に俺に飛びかかって来る――。だがしかし、俺はたったの一振りで、こいつら全員の上半身と下半身を分断した――――――。




