38 劣勢
「ほほほ、君たちにとっては貴重な弾薬なんじゃないのかい? そらっ! お返しですよ!!」
雨弾扇をバルコニーの優馬たちに向かって京羅は力の限りに扇ぐ――なにかが砕け散る音、そして詩織里たちの悲鳴と共にガラスが割れる音がした。
「ひとりでも多く……少しでもみんなのために……俺は………………」
「ほほぅ……その傷で立ち上がりますか……なかなかいい根性してますねぇ、ですがその体でいつまで持ちますかね?」
「京羅さん、ここはまかせて下さい! 野瀬浜海岸通りの因縁、ここで晴らしてみせますぜ!」
「ひとりじゃ何にもできねぇ下衆野郎の相手かよ……一対一でケリをつけてやろうか?」
「けっ! 挑発には乗らねえぜ、楽に死ねると思うなよ……てめえは袋叩きだよ!!」
タイマンなら絶対に負けない自信がある……が、この小悪党に漢気を求めた俺が馬鹿だった、この下衆野郎が正々堂々とフェアな勝負をするはずもない。
「そらよっと!」
下衆野郎が金属バットを振りおろしてくる。普段の俺ならバットを躱してこの下衆に一太刀あびせることも可能だったかもしれない……。しかし、今の俺にはマチェットで金属バットを受け止めることが精一杯だった。
「へぇ、こいつなかなかやるじゃん……だが、後ろがガラ空きだぜ!」
バットを受け止め、痛みをこらえた鍔迫り合いの最中だった……スメラギの別メンバーから俺は思い切り背中に蹴りをあびせられる……やはり多勢に無勢で、もうどうにもならなそうだ……半ば諦めかけたその時だった――――――。
「陸ちゃん! 諦めたら終わりですわよ! 生きてッ!!」
「桜華さん!? 正気ですかッ!? この状況で単身飛び出してくるなんて!? もう俺のことはいいんです、みんなで早く逃げてください!!」
「陸ちゃん、まわりをみて御覧なさいな、決してひとりではありませんですわよッ! それに絶対にひとりでは死なせないですわ!! これで貸し借りなしですわよ、ショッピングモールでの浄化教会の信者相手の時でしたわよね……、陸ちゃんのマネしてごめんあそばせ……せめて一緒に死んで差し上げましてよッ!!」
辺りを見渡すと桜華さんだけじゃなかった……弓を捨てて日本刀を携える優馬、似合いもしないのに槍もどきを装備している琥珀、それに木崎さん、瀬戸さん、ほかにも戦える男たちはみんな決死の覚悟で敵陣に吶喊していた――。
「みんな……どうして……この戦いは、もう………………」
「陸ッ!! 諦めるな!! まだ負けたと決まったわけじゃない!! 最悪でも女たちが逃げ切る時間くらいは稼いでから死ね!!」
「優馬……言ってくれるぜ!! そうだな、その通りだ……まだ……死ねないッ!!」
最悪、詩織里たちだけでも絶対に助けなければならない……俺は全身がきしむような痛みに耐えながら、再びマチェットを強く握りしめた――。
「陸さん! 詩織里さんたちにはもう支持は出してあります! 僕たちが死んだら……もし、形勢が変わらないなら……僕らを見捨てて地下から海に出て逃げるように言ってあります! だから、少しでも時間をッ!!」
槍もどきを握りしめる琥珀の言葉を確認するように俺は振り返り、詩織里と萌衣を探す――やっぱり女の子に武器は似合わないな……萌衣の小さな体のせいか改造ネイルガンがやたらと大きく見えた。ギリギリまで俺たちをサポートするつもりなのだろうが、弾は残り僅かだ……詩織里たちは建物内部から無駄弾を使わないように、慎重に敵に狙いを定めていた――。
「これで後顧の憂いなし……てやつかな? 死に場所も決まったし、後は時間を稼ぐだけだ!!」
左脇腹の激痛に耐えながら、俺はマチェットを振り続ける――もはやこの世界に何の未練もない……詩織里たちさえ生き残ってくれれば………………もう、それでいい。
「桜華さんッ! 一応、あなたも女の子でしょう、俺なんかと一緒に死ぬなんてもったいなさ過ぎますよ! 早く逃げてください!!」
「陸ちゃん、随分失礼なこと言ってくださるのね! わたくしはれっきとした乙女ですわよ!!」
そう叫ぶ桜華さんは形見の薙刀を流れるような動きで華麗に振るう――鬼に金棒、それとも水を得た魚とでもいうのだろうか、薙刀を持った彼女は凄まじい能力を発揮する。桜華さんの間合いに入ろうものなら一瞬で切り裂かれてしまいそうだった、もはや彼女の薙刀の間合いは絶対不可侵の聖域のようにさえ思えた。
「桜華さん……すげぇ!! 俺も負けてらんねえ!! ここは絶対に通さねえぞ!!」
建物を背にし、俺たちは詩織里たちの援護も相まって想像以上に善戦していた――死を覚悟した人間がこれほどまでに強いものだとは……。鬼気迫る俺たちの勢いに気圧されたのだろう、スメラギの連中たちの勢いは失われつつあった――――――。
「陸ッ! 勢いはこっちにあるぞ! このまま押しつぶせ!!」
「わかってる! 死にてえヤツは前にでろッ!!」
勢いにまかせて俺は、怯んだ相手の心臓めがけてマチェットを突き通そうと全力で突進した――が、しかし、再び俺の全身をあの鈍い痛みが走る。
「おほほほっ、いやぁ、君たちはホントに素晴らしい……ここまで楽しませて頂けるとは……心から感謝いたしますよ!」
「つッ!! またあの奇妙な扇子かよ……殺るならひと思いにやれよ!」
「――陸ッ! 後ろだ!!」
めずらしく冷静さを欠いた優馬の声で、俺は振り向いたと同時にマチェットをかまえる――。痛みのためか反応が遅れ、敵の打ち下ろしてきた釘バットをいなし切れず、俺の唯一の装備のマチェットを弾かれてしまった、とっくに死は覚悟していたが、この時ばかりは腹を括った。
「陸ッ!! これを使えッ!!」
優馬は自分が使っていた日本刀を俺に向かって投げる……しかし、もう間に合わないことは明白だ……もう今にも釘バットが俺の頭を砕こうとしていた――――――。




